播磨国の山のほうに仕達、しだちという名の隠れ湯があるという。

あまりに奥深いので町の者は何も知らず、近隣の村の者が僅かに知るような場所だ。

そんな村にある母子が住んでいた。母は三十四でいさといい、子は九つで藤次といった。

父は流行り病で藤次が幼い頃死んだ。それからずっと、母子二人きりだ。

古い地の者ではなかったがわずかな土地もあり、それを耕して暮らす。

いさはとにかく働く女だったので村の者もしっかり支えた。

いさも我が子のためにそれに応え、朝から晩まで畑で働いた。

そんな体の疲れを、たまに向かうしだちの湯で落としていたというわけだ。

 

さて。

村の子たちを遊んでいる時、藤次は奇妙な話を聞く。

村の者たちが、しだちの湯へは行かなくなっているという話だった。

「なんで」

藤次は尋ね、一人の子が答えた。

「しだちの湯には、物の怪が出る」と。

夜に湯を浴んでいると、やがて山のほうから黒い影が湧いて出て、人を脅すというのだ。

危害を加えられるわけではないが、男なら「帰れ」、おなごなら「違う」と言って消えるという。

親が影を見たという子は「あれは落ち武者の姿をしていた」とも話した。

子たちが口々に「大人はもうしばらくしだちのほうに行っておらん」と語るを聞くに、藤次は恐れた。まだ母いさは、当たり前のようにしだちの湯へ行っているからだ。

物の怪の噂を知らぬのか。そもそも物の怪などいないのか。

ただ、疲れたいさを労って、しだちの湯を教えたのは村の者であり、村の者が行きもしないのにいさだけ行き続けるというのは、藤次にとって奇妙極まりなかった。

そういえば。藤次はふと思い出す。

ここしばらく、いさはしだちから夜が明ける間際に帰って来る。

山深い場所なのでそれは仕方ないのだが、帰って来た時のいさの姿だ。

「暑い」と言いながら服を着崩し、顔を火照らせて戻って来るのだ。

湯に浸かったのだから当たり前だとは思うが、涼しい朝でもそうだった。

思えば思うほど、母の身が心配になる。藤次はすぐさま家へと駆け戻った。

 

母はいた。今日も朝からずっと畑を耕し、そろそろと家に戻って来たところだった。

「おかえり藤次」

母の笑い顔はいつもと変わらないように見える。額の汗の美しさも昔からずっと見て来たものだ。

「ただいま」

だから藤次は、しだちの物の怪の話など、母にできようがなかった。

静かな夕餉を済ませ、やがて夜が更け、藤次が話し疲れてうとうとし始めた時だ。

「なあ藤次」

「なあに」

「母ちゃん、しだちに行って来るから」

藤次はどきりとした。しかし母にそんな顔は見せられなかった。

いつものように、あたりまえに、母いさは微笑みながら藤次に告げる。

「もう寝るんだから、一人でも大丈夫だね。戸締りはしておくから」

藤次は答えを返したのか覚えていない。

そのまま眠るであろう子を気にせず、いさは支度を整える。

そして亥の刻ほどに、家を出て行った。

さて。藤次は眠れない。普段なら寝て当たり前の時に目が冴える。

母が、もし物の怪に襲われたとしたら。自分は身寄りのない者になってしまう。

いやしかし。藤次の胸騒ぎはそこではない気がする。

湯浴みする母が落ち武者に斬られる姿より、服を着崩す母の姿が浮かぶ。

「しだちに行かなけりゃ」。藤次は着替え、夜道に母を追った。

しだちには何度か母親と行った事がある。道は分かる。

運よく月夜である。しかし幼い藤次に夜道は怖い。

自分が草を踏む音さえ恐ろしい音に聞こえる。明るいが、暗くないわけではない。

しかし藤次は山道をひたすら進んだ。のどの渇くのも忘れ、ひたすら母を追った。

 

やがて。しだちの湯に近いところに出る。耳を澄ませば湧く湯の音さえ聞こえる。

藤次は体を草むらに隠して進み、しだちの湯壷が見える場所に進んだ。

果たして、そこに母いさはいた。裸になって、いい具合の湯壷に身を浸していた。

何を思うでもなくぼんやりと、月でも眺めているのかといった顔立ち。

物の怪に襲われる最中でもなく、謂れなき恐れに慄いている様子もない。

藤次はひとまず安堵する。だが安堵した事で、別の感慨が沸く。

ここしばらく、母親と一緒に風呂に入らなくなった気がする。

もう少し幼い頃は、そもそもこのしだちの湯にも連れ立って来た。

なのに母は、今は当たり前のようにひとりでここに来る。

だから、母の裸を見るのは久々なのだ。

全て脱いでしまわないでする家近くの川での水浴びとは、まるで違って見える。

力仕事で締まってはいるが、緩く柔らかそうな肉。

日焼けた所以外はまるで娘のように真白な肌。

揺れる湯の中で同じように揺れる大きな乳。

そんな乳と同じような丸みで沈む尻。

ああ。母の体だ。良く知る女の体だ。藤次は凝視し、そして少し上気した。

奇妙ではあった。心配だと母を追い、今は母の裸を見てなぜか猛っている。

表しようのない気分に藤次はなっていた。

ならばと。今はともかく声をかけよう、と。「一緒に入ってもいいか」と。

母は必ず許してくれるだろう。

夜道を駆けて来た事を叱りながらも、頭を抱いてくれるだろう。

そうしたら、惚けた振りをして乳に触れてみよう。

母は必ず許してくれるだろう。

藤次は、そこまで思った。そしてきつく締めた帯を解こうと手をかけた。

 

「女」

思わず声が出そうになった。しかし出なかった。それは恐れのせいだ。

湯浴む母に向かって、どこからか声がかけられた。

生身の声ではない。間違いなく妖かしの声。

藤次は慌てて湯壷を見る。母もまた、声がしたほうに首を曲げていた。

「女」

もう一度声が聞こえる。しかし姿は見えぬ。

同じほうから聞こえたので、母いさはずっとそちらを向いている。

聞いた話ではこのあと「違う」と物の怪は言うらしい。

そのようになった時何が起こるのか。自分は母を救うためどのようにしたらよいのか。

藤次は覚悟して次の言葉を待った。「違う」という声を待った。

ところが。

 

「女」

三度呼ばれた時に、母は首を元に戻した。姿の見えぬ者の声がするのに、だ。

「また来たか」

そして藤次が聞いていた言葉とは違う声が聞こえる。「また来たか」と。

母はもちろん返事はしない。不思議な事に、強張っているが慄いてる表情ではない。

飛び上がってしまうほどの場であるはずなのに、母は何食わぬ顔で湯に浸かったまま。

「湯浴みしてるだけです」

小さく母は口を動かした。湯につけた手ぬぐいで首筋をゆっくりと撫でながら。

なぜ母はあの声を恐れぬのだろう。自分は猛りも失せひたすら震えているというのに。

「そうか」

また誰かの声がし、不思議な事が続く。湧く湯と母が動かす水音しか聞こえないはず。

なのにその湯壷から、ざぶざぶと誰かが進んでいく音が聞こえる。波は立たぬのに。

誰かいる。母が浸かる湯壷に、誰かいるのだ。

やがてそのざぶざぶとした音も消えた。しばらく音も止む。

しんとした湯壷。ゆっくりと肌に湯を滑らす母。

そしてその母が、「ふうう」と奇妙に長いため息を吐く。

藤次はしばらくぶりに母の顔を見た。ああ、あの顔をしている。

しだちから帰って来たばかりの、あの赤く火照った顔だ。

 

「女」

「はい」

「お前が来るのをずっと待っていた」

「はあ」

「お前は、我が一族の女だ」

「それは前に聞きました」

「ではなぜ早く来なんだ」

「ここで知るまで知りませんでした」

「いくさで破れてからずっとだぞ」

「ですから、知らなかったと」

「いくさに破れ、血が絶えそうになったら、ここで再び会おうと」

「いくさからは、とうに百年経っております」

詳しくは知らないが、母の言う通り都などでいくさがあってから百年以上も経つ。

殿さまの武者行列などたまに見たりはするが、それもまるで祭りのようだ。

藤次には、男がなぜ母にそれを問うているのか分からない。

母がなぜ、それに応えているのかも分からない。

相手が、生身の者でなく物の怪であるのは明らかなのにだ。

「あ」

藤次は驚く。母いさが、小さく喘いだからだ。

「ああ、嫌」

「嫌か。この前もその前もしたのに」

「嫌です。ああ」

「したからこそ、お前と我らが一族であると分かったのであろう」

「そうです。ですが、ああ。あ、ああ」

母は手ぬぐいを動かすのを止めていた。両手を湯に沈め、それを突っ張っている。

薄く目を閉じ、体を強張らせて首筋をひどく伸ばしている。

どこかを触られているのか。どこかを撫でられているのか。

少しずつ、湯がちゃぷちゃぷと揺れ始める。湯の中の様子が見えなくなる。

母は、身悶えている。揺れる湯の中で、やはりどこか触られているのか。

「ああ、ああ。嫌です」

「まだ触っておるだけだ」

「ですが」

「ではなぜ逃げぬ。他の者たちは声を聞いただけで逃げた」

「それは、怖いから」

「怖いのか。本当は逃げたいのか」

「はい。ですから、おやめ下さい」

「面妖な。ここはそう申しておらぬ」

「ひいい、あああ。それは、違います」

母の顔はますます赤くなり、白い首筋にも汗が浮かび始める。

藤次にはまるで分からない。母いさがどこを弄られているのか。

物の怪の言う通り、怖いのならなぜ逃げぬのか。

 

「ああ、嫌。もうお止め下さい」

「止めぬ。口もここと同じようにならねば、止めぬ」

「ああ、あああ」

母の体はゆるゆると動き、また湯面に小さく波をわき立たせている。

ちゃぷちゃぷとした音が、ますます大きくなっていく。

「ああ、ひいい。指を入れては、なりません」

「入れてはなぜならぬ。怖いのならすぐに逃げ出せばよい」

「ああ、しかし。体が強張って、あああ、あう。動けませぬ」

「この中はこんなに緩んでおるのにか。奥を探っても緩いばかりじゃ」

「ひい、あひい。奥に指は、なりませぬ。嫌、ああ。奥は」

母いさの声が上ずり、しだちの湯全体に広がっていく。

その声と物の怪の低い声と湯が揺れる音を、藤次はずっと聞かされる。

しかしもはや、母を助ける勇気など消え失せてしまっている。

母を弄んでいる相手は、間違いなく目に見えぬ恐ろしき物の怪だからだ。

体の中央の猛りも嘘のように消え失せ、今はただ全身を震わせている。

「ああ、嫌、やはり嫌です」

突然、母の体が後ろに動く。ざぶりと湯が波立ち、上の半身が現れる。

もはや手ぬぐいで乳を隠す余裕もなく、湯の中を中腰で後ずさる。

「おお、やはり逃げるか」

少し笑いを含んだような声が聞こえる。

「しかし逃がさぬ」

「あ、ああ」

湯を進み、尻が湯壷の縁の岩に辿り着いた頃。母いさの泣き声が響いた。

「捕らえたぞ、女。くくく」

「嫌、ああ、嫌あ。触れては、なりませぬ」

その時ますます藤次の恐れを増す光景が見える。

母の乳が、誰に触れられてもいないのに、醜く歪んだのだ。

片乳が、まるで、誰かの手のひらに強く掴まれたかのように、だ。

「乳も、なりませぬ。ああ。痛い、そのように強くは、ああ、ひい」

「いいや揉む。全ては我が一族のため。お前が受け入れるまで、揉むぞ」

「ああ、そんな。嫌、そんなに強く。ああ、乳を揉んでは、なりませぬ」

ずっと母は、乳を歪ませながら痛い、嫌だと呻き続ける。

しかし、両の手は岩の縁を掴んで離さない。

見えない物の怪の手を、振り払おうとする様子もない。

母がずっと言うように、恐ろしさに身を固くして逃げられぬのか。

それとも、自分が思い及ばぬような事情があるのか。

藤次にはまるで分からなかった。

「ああ、いい乳じゃ。揉むごとに押し返して来る」

「違います、ああ、嫌。嫌なのです、ひい、あひい」

「先もいい具合にしこっている。揉まれて喜んでいる。くくく」

「ああ、違う。喜んでなど、おりませぬ」

片方の乳が潰れ、歪み、やがて弾けるように揺れる。

そうしたらもう片方の乳が同じように歪み始める。

その間には、弾ける時に乳の先がしこったまま揺れる。

母はまるで、岩に腰掛けて乳を進んで揉まれているように見えた。

もちろんそれはただそう見えるだけだろうと、藤次は思った。

嫌だと言っているのだ。痛いと言っているのだ。違うと言っているのだ。

「よし。まだ抗うのなら、こうしてやる」

「ああ、ひいいい」

しばらく、母が乱すのみだった湯壷の波が大きくうねった。

そのうねりは、ちょうど母の脚のつけ根あたりだ。

乳に目を奪われ気づかなかったが、そこには母いさの股座があった。

黒く茂った毛が、ちょうど水面あたりを揺らめいている。そこが波立った。

「ああ、またそこを。嫌、嫌」

「嫌だと言うか。わしの指がまたここに入るのが、そんなに嫌か」

「嫌です、あああ。指が、また、奥に。ひい、ひいいい」

「我慢せず悶えよ。もう何度も、ここを弄って気をやったではないか」

「ああそれは、それは無理やり」

「無理やりではない。この前の晩、最後には股を広げひくついていたのはどこに誰であったか」

「ああ、嫌。それを言っては。ああ、また、奥に。ひいい、あああ」

黒い毛のあたりの湯が、ばちゃばちゃと激しく揺らぐ。

まるでそこに男の手があるように。

まるでそこが、男の手で弄られているかのように。

「気をやるなと言うのではない。気をやれと言うのだ」

「ああ、ひい。嫌、気をやるのは、嫌です。ああ、ひいいい」

母いさは、おそらく弄られているだろうあたりを、ひくひくと揺らめかせる。

だから波はますます大きくなる。母の声もまた、夜の山中に響き渡る。

乳への責めも続いていて、常にどちらかの乳がますます淫らに歪んでいた。

「ああ、だめ。これは、いい、ひいいいいい」

「どうした。なんとか申せ」

「ひいい、いいい。ああ、嫌。これでは、だめ。ああ、ひい、いいい」

「どうした。辛抱ならずに気をやるつもりになったか」

「気をやるのは、ああ、嫌。でも、もう。ああ。ひいい、いいい、ああ」

「わしの指で、やはり気をやるのか」

「ひい、いいい、ほとが。ほとが、おかしく、なりまする。ああ、だめ、いいい」

あまり母いさの口から聞かれない、ほとという言葉が藤次に届く。

ほとが、おかしいと言う。そして、嫌なのに、気をやると母は言う。

「気をやるのか女。ならやれ。お前のみほと、わしの指で気をやれ。それ、それ、それ」

「ああ、ひい。やる、やりまする。ひいいい、ほとが、ああ、ひい、ひいい」

藤次は震える体を強張らせる。母の見た事もない姿に備えるためだった。

だが。

「しかし、やらせぬ」

「ひいい、ああ、なぜ」

波が止まった。今湯壷の中で動いているのは、母いさの尻だけだった。

母の白い肌が一気に紅潮する。

まるで滑稽な村芝居のように、母は一人で尻を振っているように見えた。

母もまた、そんな自らの姿に恥を感じている。だから、体を紅潮させたのだ。

「なぜ、なぜ。ああ」

「気をやるのは、嫌なのであろう」

「そんな、そんな」

藤次はまた、信じられない光景を目にする。

自分で恥ずかしいと思っているはずの尻の動きを、母はまだ続けている。

そんなそんなと呟きながら、湯を小さく波立たせて、尻を腰を振っている。

「なぜ腰を振っておる。見苦しい」

「ああそんな。いさは、いさは。あああ」

「指で気をやるのは嫌なのであろう」

「そんな、お武家さま。ああ、いさのほとは、おかしくなります」

「知らぬ」

「そんな。いさは、いさは。あああ」

母は見た事もない顔をして腰を揺すり続けている。

口をだらんとあけて。尻を揺らせ。

見えぬ物の怪にお武家さまと呼びかけ、何かをして欲しそうに悶えている。

「ならば、聞け」

その声は明らかに、湯壷の真ん中から聞こえた。

湯壷の真ん中。腰を滑稽に揺すっている母いさの、目の前だ。

「ああ。お武家さま、あああ」

「お前は一族の女だ。知っているな」

「はい。はい。いさは、分かっております。ですから、あああ」

「我が一族は、再び世に討って出ねばならぬ」

「ああ、ですから。知っております、分かっております。ですから、ああ」

「しかし我らには姿がない」

また恐ろしい事が起きた。藤次の目の前で、湯壷の景色が変わったのだ。

確かに声は、姿がないと言った。しかし、姿が現れたのだ。

村の子供が言っていたのは間違いではなかった。

薄ぼんやりとしてはいるが、その姿は確かに落ち武者だった。

「もう一度聞く。気をやりたいか」

「ああ、それは」

「気をやりたいか。女」

落ち武者は、母にも見えているはずだ。定まらなかった瞳がしっかりと中心を見据えている。

恐ろしい物の怪を目の前にして、まだ淫らに尻を振っている。

「ああ、もう。気を、やりたい。後生ですから、ねえ。ねえ」

母はぐいと首を伸ばして、まるでその物の怪に覆いかぶさらんばかりに迫る。

「ならば、入れてやる。あとは知らぬぞ」

落ち武者の手が、ずいと母いさの肩口を押した。

その力でうねっていた体はよろりと倒れ、あの振られていた腰は湯壷の縁に座らされる。

「あ、あ、ああ。お武家さま、ああ。いいいいい」

それは、藤次が初めて聞く母の声だった。

先刻までの声も、ひどく甘ったるい切羽詰った響きだった。

しかし、そんな声が更に強く高く変わった。

湯壷に響くその母の声は、まるで獣のような音に聞こえた。

「おお、女。入っていくぞ。お前のほとの奥に、わしのまらが」

「はあ、あああ。いい、ひいい。お武家、さま。ほとに、ああああ」

「もっと食い締めよ。なにを一人で弛ませている」

「ああ、はいいい。奥を締めます、締めます。うう、あああ」

「まだだ、まだだ。気をやらしてやるのだ、応えよ」

「はいい、お武家さま、はあ、ああ。あ、もっと奥、ひあああ」

縁に座った母の上半身が、ぼんやりとした落ち武者に押され揺さぶられている。

先程まで湯に浸かっていた背中は、ひどく反ったまま湯気立たせている。

豊かな乳は、先から雫を滴らせてゆさゆさと珍妙な方向に揺れる。

余った肉が多い太股は、半分ほど湯に浸かりぴんと力が込められている。

そして。

そして。

腰は密着している。密着したまま動いている。

落ち武者の腰と密着している。透けたその物の怪の向こうに、母いさの動く腰がある。

僅かに見える黒い茂りの中に、何かを飲み込んでいる母のどこかが見える。

 

いさは村では若い方の女だ。

いや、いさより歳若い娘は幾人もいた。しかし地の者だ。

若衆や色狂いの狒々爺が迂闊に手を出せば、村八分にされかねない。

だからそんな男たちは、連れ合いを亡くしたいさに遠慮なく声をかけた。

したい。はめたい。と藤次がいても、挨拶代わりにいさに大声をかける。

子である藤次は嫌だったが、いさはそのたびにあけらかんと拒んでいた。

やがて男たちもいさを抱く事を諦めていった。

藤次は、そんな母が好きだった。

だから藤次は、母いさの媾いを初めて見ている。

相手はよりにもよって物の怪。見たくなぞなかったが。

 

「ああ、奥。お武家さま、ああ。いい、いいいひいい」

「嫌ではないのか。嫌という言葉を忘れたか。ええ、女」

「はい。はい。忘れました、嫌は忘れました。あああ、いい。奥がいい、いい」

「奥がいいのかいさとやら。ええ、どこの奥じゃ。言えいさ」

「ああ、堪忍。堪忍。ひい、奥、奥、奥で、ございます。あああ、ひいい」

「まだ言わんか。どこの奥か。さっきおかしくなると言ってたところだ」

「ああ、ひい。言えません、奥です、あひ、あひい。奥、奥、ううう」

「言わぬと止めるぞ。女」

「あ、ううううう。止めるの、ひい、あああ。嫌。嫌。ああ、ひいい」

「女。どっちの嫌か。くくく」

 

透けた落ち武者は笑った。惨めないさを見て笑っている。

藤次にも、それは分かった。

しばらく、落ち武者は動きを止めていく。

母いさは、逆に動きを大きくする。尻をそちらに向かって振りたくる。

嫌だと言っていた動きをすすんでして、今は止めるのは嫌とむせび泣く。

物の怪にしたら、滑稽で仕方ないに違いない。

 

「ほら止むぞ。どうか。言うか、言わぬか」

「ああお武家さま、止めるの、ひいい。いさの、いさの。あう、ううん」

「ほら、もう止む。もう二度と気をやれんぞ、女。くくく」

 

落ち武者は、また笑う。母は笑われても気にしない。藤次は。

 

「ああ、言いますお武家さま。ほ、ほ、ほとです。いさのほとがおかしくなります。あひい」

「そうか、ほとか。ほとがおかしくなるかいさとやら」

「はい、はいい。ほとがおかしくなります。ですから、ですからお武家さま」

「どうしたいさ。何でどうして欲しいのか、言えほら言え。女、ほら」

「あ、ううう。いさのほとを、あ、うん。いさのほと、を。お武家さまの、あ、ああん」

「言え、いさ」

 

物の怪は一度大きく腰を突き出して、口の端を上げた。

藤次は気づいた。また奴は母を笑う気なのだ。

そして、母は笑われるような事を言うのだ。するのだ。

 

「あ、ああ。んんん、いさの、いさのほとを。ああ、んん。お武家さまの」

「わしの、なんだ」

「あう、あんん。お武家、さまの。あう、はう。ま、ま、ま、まら、を」

「くくく。まらをどうした」

「い、いさの、ほと。あああ、はああ。いさのほとを、お武家さまの、まらで、まらで」

「ほら言え、いさ。ほとをまらでどうした」

「まらで、ひいい。いさのほとの、奥に、奥に。奥に、まらを、下さいませ。ああひいい」

「ほとの奥にまらが欲しいと言うか。おいいさ、遂に言ったか。くくく」

 

嘲られながらも、母いさはずっと腰をくねらせている。

自分の中であるほとの奥に、物の怪のまらがもっと欲しいと尻を振っている。

女が腰を前に突き出す動きなど、やはり村芝居の時しか見ない。

それを母は悦んでしている。この世の者ではない相手に、している。

 

「淫らな女だ。わしのまらが欲しいと言ったな。ならばくれてやる」

「ああ、下さい。お武家さまのまらを、いさの淫らなほとの奥に。奥に下さいませ。はああ」

「知らぬぞいさ。お前はもう欲しいと言ったのだからな」

「はい。はい。まらを、ほとに。ひいいい、ひいいいいいん」

 

藤次は、母ののどが異様に反ったのを見た。ひどく高い声と一緒に反った。

その反りと声が、ずっとずっと続き始める。

物の怪が遂に、母の望み通りの動きを始めたのだ。責めを始めたのだ。

「はあ、あはあ。いい、いい。お武家さまの、まら。いさのほとに、奥に。はあああん」

「いいやまだだ。お前のほとは奥が深いぞ。ほれ、味わえ。もっと味わえ」

「はい、はいいい。ああ、まらが。まらが。ああ、いい。もっと、もっとです」

「よしもっとだないさ。ほれ、先ほどの指のようにもっと肉を食い締めよ」

「ああん、はいい。肉を、締めます。もっと締めます。ああ、いさのほと、締めます。あひい」

「おお。もっと締めよ。いいぞいさ、ほとの中が締めてくるぞ。おお、おおお」

「ああ、いさも。ほとがいい、いいい。ああお武家さま、もっとまらを。はああ、ひいい」

落ち武者が動き始めたので、二人分の揺れが湯壷を波立たせる。

ちゃぷちゃぷといった感じだった音が、ざぶざぶと激しく揺れる波となった。

落ち武者は母いさの腰を持ち、白い肌にその透けた手の先を食い込ませている。

母もまた、落ち武者に縋らずとも、まるで縄で捕らわれているかのようにその場で腰を突き出す。

藤次は、恐れ以上のものをひしひしと感じていた。

目の前の母は間違いなく本物であるのに、全てが幻のように見えるのだ。

 

夜の山中の誰もいない隠れ湯。

もはや隠す事のない濡れた白い肌。

異様なほど反らされた首。

抑える気さえ感じられぬ獣じみた声。

滑稽なまでに大きく打ち振るわれる柔らかな尻肉。

この世の者ではない体さえ透けている化け物。

 

母は今、この場所で化け物と番っている。

化け物と番って善がっている。

化け物を番うために子の藤次に嘘をつき、夜中に山道を駆けて来たのだ。

このしだちの湯に。

 

「ああ、ううう。お武家さま、ほとがいい。まらがいい。ひい、嫌、ああ、いいいい」

「嫌ではなかろう。いいのであろうほとが。ええ、おれのまらがいいのであろういさ」

「ああ、嫌。いい、いいです。お武家さまのまらのおかげで、あううう。いさのほとが、いいいい」

「そうだそれでいい。それもっと食い締めよ、ほとの肉をもっと食い締めぬか」

「はい、はいいいい。あは、あはあ。ああ、まらがいい。お武家さま、あああ。まらが、まらがあ」

「うむ。よい食い締めだ。それでこそ我が一族だ。よし、もう少し可愛がってやる。それいさ」

「は、ひいいい。お武家さま、なぜ、なぜ抜くのです。ああ。なぜ」

母の声がかすれて夜の闇に響いた。

「淫らな女を、もっと善がらせたいのでな。どうだ、まだ欲しいかいさ。おい」

「ああ、欲しい。お武家さまのまら、欲しい。いさのほとに、また、早く。あああ」

娘が駄々をこねるように、湯壷の縁で体をくねらせる母いさの姿。

畑を耕し、快活に笑む母の顔とはまるで違う、熱に浮かされたような顔だ。

「ならば這え」

「あああ、んん」

「這って馬のようにしてみよ。尻を振りねだり、武家の者としてわしに奉仕してみよ」

「ああ、そんな」

「まらが欲しいのだろう。ならばねだれ。這え。さあいさ、もうしてやらんぞ。くくく」

「ああ、嫌。ああああ」

嫌。嫌。この夜何度か聞いた言葉だ。

しかし口でそう言い放っても、母の白い体は湯壷の中でゆっくりと動いた。

まさしく物の怪に尻を向けるように、豊かな肉を回らせた。

落ち武者が言う通り、まるで盛った牝馬がそうするように。

尻を向け、あろう事かその尻を振った。肌に這った水しぶきが飛び散り夜に光るほどに。

「欲しい、欲しい。お武家さまのまらで、まだいさの奥を。ほとの奥を愛してくださいませ。ああ」

「おお、やはり馬のようだ。牝馬だ。武家の一門としてふさわしいぞいさ。くくく」

藤次は見る。透けていてもその落ち武者の口の端がひどく上がったのを。

母いさを責め始める前に見せた顔とまるで同じだった。

「ああ。後生です。まらを、まらをほとの奥に。ああ。ああ、ひいいいいいいん」

また、入れたようだ。藤次からは真横。母は馬のように四つに這っている。

両の足を湯に沈ませながら、その尻肉を物の怪に向けて揺らめかせている。

物の怪はそんな母に乗馬よろしく、手綱を捌くかのように尻肉を掴む。

先ほどよりずっとずっとざぶざぶと湯壷に波が立つ。

 

武家にふさわしいのが馬であると落ち武者は言う。

だが藤次にはそうは思えなかった。

母は畜生のように振舞ってなお、物の怪のまらを欲しがっている。

喘ぎも動きも振る舞いさえも、母は盛りのついた牝馬のように思えたのだ。

 

「ああ、また来て。お武家さまの太いまらを、まらを。いさのほとの奥に。ああ、はああ」

「よしよし。いさという牝馬にまらをくれてやる。心して鳴け。くくく」

「ああ。ああ。太い、いいい。ああ、おかしくなる、いさのほと。まらで、まらで。ひいいい」

「おかしくなれいさ。おかしくなってひんひんといやらしく鳴け、牝馬。そら、そら」

「はい、はいい。ああ、ほとが、ほとが。あああ、いいい、ひいい。はああ」

まさしく馬に乗る武者と暴れ馬のように見える。

入れられた時から、母いさはその方に向かって白い尻を振る。

湯壷をざぶざぶと遠慮なく波立たせて体を振るわせている。

透けている落ち武者も、そんな暴れまわる白い女の肉をしっかりと捕らえている。

爪あとが残りそうなほど強く尻を掴みそれを上下左右に揺り動かす。

振り落とされそうなくらい暴れる馬を、巧みな手繰りで乗りこなしているようだ。

「ああ太い、熱い。まらが熱い、です、あああお武家さま、もっといさを。ああ、ひい。もっと」

「くくく。いさ、もっと尻を振れ。中を締めよ。また緩んでいるぞこの牝馬め」

「はいい、ほとを、中を締めます。こう、こうです。ああ、熱い。太いわ。あああ、いいいい」

「そうだもっとだ。締めぬと気はやれんぞ。さあ、浅ましく振ってねだれいさ。おおお」

「はい、お武家さま。ああ、はああ。欲しい、もっと。太いの、下さいませ。ああ、ほとが。ひい」

「欲しいのか。もっと奥にくれてやるぞ。さあ、お前が咥え込まねば逃げるぞ。抜けるぞ」

「ああ嫌。逃げるの、嫌。抜けるの、嫌あ。もっと奥に。はあ、ひいい。ほとの奥に、まらを、ひいん」

母の腰は弓なりになって男のほうに向けられていた。それくらい力を込めて体を後ろに押している。

滑稽に体を歪ませても、男がくれる色の喜びを欲しがっているのだ。

 

「ではいさ、もう一度聞くぞ」

「はい、はいい」

「お前は、わしのまらで気をやりたいのだな」

「ああ、そうです。お武家さまの太い熱いまらで、気を。気を。ああああ、んんん」

「我らはずっと待った。百年以上待った。そうだな。いさ」

「はいい、知っております。ああう、ですから、気を。あああ」

「一族を再びこの世に興すために、だぞ」

「はい、はい。ああ、まらをどうか。お武家さま、まらを、おおお、あああ」

藤次はその時気づいた。あたりの木々が、不気味に風に煽られ始めたのだ。

ざわざわと。もちろん、あらぬ問答に熱中している母は気づいていないのだ。

あたりの空気もまた、一段と冷たく感じられた。全身が粟立つほどに。

悪い予感がした藤次は、更に母と物の怪をまじまじと見る。

「さあ、いさ。気をやりたいか」

「ああ、ですから。まらでいさを、ああああ。欲しいのです、まらが、まらが」

「わしの情けが欲しいのだな」

「ああ、欲しい。情けを下さいませ。お武家さまの情けを、いさに、いさに。ああ、ひいい」

「くくく。情けをほとの奥底に欲しいと言うのだな」

「欲しい、です。ああ、早く情けを。たくさん、下さいませお武家さま。ああん、はあああ」

「百年溜め込んだ情けだ。必ず孕むぞ」

「あ、あ、あああ」

その時、さすがに母いさの顔色が変わる。その表情で、背後の物の怪に顔を向ける。

「それは、お許しを。ああああ」

「なぜだ。気をやりたいと言ったな。情けが欲しいと言ったな。いさ」

「でも、それは、ああああ」

懇願の顔を、落ち武者に向ける母。しかし物の怪は、口の端に笑いを浮かべたまま。

今度は、煽るために腰を動かすのを止めたりはしない。

そんな事が必要ないと分かっているようだった。

「わしが出さねば、お前は気をやれぬ。さあどうするいさ」

「あああ、そんな。お武家さま」

「嫌ならこの前のように、火照った体で山を降りるがいい。そして二度と、ここに来るな」

「ああ、嫌。そんな」

「このように、ほとをまらで突いてやる事もないぞ。二度とな」

「あああ、嫌あ。ほとが、おかしくなる。後生ですお武家さま、ああ、ひい、ひああああ」

「お前がどう尻を振ろうと、もう成らぬ。そういうふうに、なっている。くくく」

浅ましく尻を後ろに突き出しても、甘い声でねだっても、母の求める物は与えられない。

落ち武者は意地悪く笑み、母いさはますます顔色を失っていく。

それを見ている藤次も心がますます寒くなっていた。

何かとんでもなく恐ろしい事が、起こるような気がしている。

木々を揺らす風は、更に冷たく恐ろしく渦巻いていた。

「ああ、お武家さま」

「なんだいさ。いやらしい牝馬のいさ」

「どうか、どうか。あああ、そんな、あああ」

「どうした。なにが言いたい」

「うう、ああ。下さい、ませ。はああああああ」

「なにをだ。情けをか、いさ」

「は、いい。お武家さまの情けを、どうか、下さいませ。はあああ、いいいいい」

「わしの情けを、ほとの奥に欲しいというのだな。くくく」

「はい、はいい。ほとの奥に、欲しい。熱い、お武家さまの情けをたくさん。あううううう」

「孕んでもいいと、申すのだな」

「あ、あ、あああ。それは」

「言わぬのか」

「ああ、言います。ああ、孕んでも、構いませぬ。ですから、情けを、たくさん、下さいませ」

その時の母は、もう懇願の表情ではなかった。

熱に浮かされ、半ば泡を吹くような様子でその言葉を吐いた。

孕んでもよいと。得体の知れぬ物の怪の精を体の奥に受け、孕んでもよいと言った。

 

多分、孕むのだ。

母いさは、物の怪の子を。その時自分はどうなってしまうのだろう。藤次は思う。

「よし。ならば望みどおり情けをくれてやろう。心して孕めよ、いさ。くくくく」

「ああ、来た。またまらが、あああ、ひいいい。もっと奥、もっともっと。ひい、ひい、ひいい」

首を元に戻し。また激しく反らし。

母は箍が外れたように声を上げ、尻肉を振りたくり始めた。

気味悪く木々が揺れる山中の隠れ湯で、母いさだけが、激しく熱く揺らめいていた。

 

「いいぞいさ。孕むのを決めたか。中の具合が良くなって来たぞ。おお、おお」

「ああ。はい、はいい。孕みます、ほとの奥で、奥で、いっぱい情け、欲しい。ああ、くう、ひい」

「おお、たっぷりくれてやる。たっぷりないさ、くくく。それ、それ」

「はい、ください、ませ。まらの、熱い情け、いっぱい。ああ、ひいい。ひい、んん」

木々のざわめきは益々騒がしくなる。

樹木が擦れ合う音だけでなく、恐ろしい唸りのような声も周囲から巻き起こっている。

母の事が心配な藤次も、周囲の異様な気配に再び怖れ始めていた。

だが。当の母いさは。

ただ落ち武者姿の物の怪に尻を突き出しそれをくねらせ、いい、いいと善がっている。

ざわめきや不気味な呻きもまるで聞こえぬ様子で、それ以上に喘いでいる。

情けをいっぱいくれと。遠慮なく孕むと。

自分の色の喜びだけを、絶えず口に出して叫び、涎さえ垂らしている。

「くくく。いいぞいいぞ。わしの種で孕め。そして一族の新たな礎となれ。牝馬いさよ」

「はい、はいい。お武家さまの種で、子を孕みます。孕みます。ああ、もっと、もっと。は、ひいい」

「それにな、いさ。わしはいくさの時棟梁であったが、一族はわしだけではないぞ」

「はあ、はああ。とにかく、情けを、熱い情けを。あ、あうううう」

「色に狂ったかいさ。まあ聞け。再び世に討って出るためには子がいる。分かるないさ」

「ああ、はいい。子は孕みます、孕みますので、あひい。熱いのをいっぱい、早く。はあ、ああん」

「くくく、聞け。わしの子は孕んで貰う。だがそれでは足らぬ。分かるかいさ。それ、それ」

「あ、ひい。はあ、はあ。熱いの欲しい、ああ、お武家さま。ああ、ひいいん、いいん」

「もう聞かぬか。しかし言うぞ。足らぬのだいさ。わしが出すだけではな」

「でも、でも。早く、欲しいのです。熱い種を、いさの、牝の、ほとの奥に。あはん、はあん」

「ならば孕めよ。わしの種で孕み、それでも兵は足らぬから他の種でも孕めよ。さあ、いさ」

「あああ。何でも、しますから、早く情けを、種をいさに下さい、ませ。ひいい、はああ」

熱く叫ぶ母と、低く囁く物の怪。しかし藤次は、別の事に心を奪われていた。

少し前から聞こえている低い唸りのような声。木々のざわめきだと藤次は思い込もうとしていた。

しかしそれは、あろう事か今は藤次のすぐそばで聞こえるのだ。

背中越しに、肩口に、耳元に。その音は、いや声ははっきりと藤次の周りで聞こえる。

 

「ああ、いい女だ」

「わしも出すぞ」

「それもいっぱいだ」

「早くしろ」

「本当にいい肉付きをしている」

「何人も孕ませてやる」

「俺は何度もする」

「俺も抱く」

 

藤次のすぐそばで声が聞こえた。地獄の底から響くような恐ろしい声。

何人もの物の怪たちが、生臭い響きで声を上げているのだ。

母いさの体を犯し、子種を注ぎ、孕ませようと言うのだ。

 

「さあいさ、孕めよ。孕んで生めよ。我が一族郎党皆の子を」

「ああ、ひい。それは、それは。ふああ、はああ、ひん、ひいいん」

「嫌か。嫌ではあるまい。皆いさの肉を存分に可愛がってくれるぞ」

「はああ、皆が。私を、おおおう。」

「そうだ、お前のほとをたくさんのまらで突き入れてくれるぞ」

「あ、あああん。わたしの、ほとに、まらが。ああ、それは。ひいい」

「そのたびに皆は熱い情けをくれるぞ。お前のほとの一番奥にないさ」

「ああ、情けを。いさのほとの、奥に。ああ、欲しい、欲しい。ひい、ひい、あひい」

「皆の情けだ。熱い子種だ。それが牝のほとに溢れるぞ。どうだいさ、良いだろう」

「あ、あ。それ良い、欲しい。熱い、子種。ああ、ほとに、いい。いい。ああ、欲しい」

 

色に狂い、落ち武者の物の怪が求める理不尽な要求を受けゆく母。

藤次の周りで聞こえる声もまた、姿は見えぬのに熱を帯びていた。

ますます下卑た文句を口々に吐き、湯壷のくねり合いに向かい囃し立てている。

その渦中にいる藤次はたまらない。

 

母が犯されている姿を眺め続ける辛さ。

それもあろう事かこの世にすでに生のない妖かしの者にだ。

そんな者の突きに溺れ、更には種を欲しがっている。

そしてこの後、他の者たちの子種さえ、情けと感じて欲してしまうのだ。

 

「さあ覚悟せよ。わしの情けでまず孕め。熱く濃い子種だ。いい子を孕むぞ、いさ。くくく」

「下さい、くださいませ。あひい、いい。いさのほとにいっぱい熱く濃いのを。ああ、ほとが」

「ああくれてやる。わしの子を孕んで生めば、次は他の者の子種で生め。そして増やせいさ」

「ああ、孕みます。お武家さま方の子種をほとに受けて、たくさん子を孕みまする。あひいん。ひい」

「そうだ、やがて旗揚げし再び世に出るぞ。誇れいさ、お前の牝馬の働きでだ。くくくく」

「あん、もう、もう、気をやりまする。いさのほとに早く情けを。ああ、ほとが狂うう。おひ、あひ」

「くくく。遂に牝馬いさのほとが狂うか。他の者のために、使えるようにだけはしておけよいさ」

「あ、おおう、はい、はいい。いさのほと、これからも皆さまに、ああ。ああ、まらで、ほとがああ」

「よし。出すぞ。おおおお、孕め、いさ。おおおおおお」

「あひいいい、ひいいん。ほとが、お武家さまの逞しいまらで、ひいん、ひいいいいい、んん」

 

母いさの白い体が、湯壷の中でこれまでいないくらいに反り返ったのを、藤次は見た。

全身に汗か湯しぶきかを張り付かせて、ぞくぞくと震えているのも分かった。

背後の落ち武者は、暴れ馬を征服したかのように誇らしく笑みを浮かべていた。

そんな物の怪に対して、母は潤みきった瞳で首を向けた。

そして、藤次が生まれてこれまで見た事のない、淫らな口づけをその者と交わした。

 

「さあ、いさ。聞け」

「あ、はああ。お武家、さま」

「また来い。必ず情けをくれてやる。今夜もこれだけではすまぬぞ」

「ああ、ああ、嬉しい」

「何度も何度もしてやるぞ。だからな」

「はい、はいい」

「子がいても、来い。どうせ我らには、必要のない子だ。くくく」

 

未練がましく舌を出している母いさが、唇を物の怪に向かい動かしそうになった時。

藤次は夜の道を駆け出し、しだちの湯から去った。

背後から、嘲り笑いのような風鳴りが聞こえ続けていたという。

 

 

さてその後、物の怪の一族が再興したかどうかなど分からない。

そのような事実を、他の者が辿れようはずもない。

ただ、物の話ではいさはやがて孕んだという。父も分からぬ子を、幾人か。

むしろそれが事実だったからこそ、村で語られ、今に残っているのだろう。

藤次はどうしたか。それも詳しくは分からない。

ただ、藤次が語らねばこの話は残らない。

 

しだちの湯は、しばらく恐ろしい場所と語られたと伝えられているが、今はどうか。

皮肉な話で、子宝の湯だという事で有名になり、旅籠が数件建つほどだという。

もちろん、いさの話も物の怪の話も知られずに。

ただただ、子を孕むのにいい、と。

 

出来れば一度、訪れてみたいものである。

女が喘いで浸かっているのか。

物の怪が跳梁跋扈しているのか。

はたまた藤次が歯噛み顔で覗いているのか。




大林圭支「西国よろず奇談」より



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