「志穂さん、あんたって人は……とんでもない女だな」

 ゆっくりと、しかし確かな足取りで近づいてくる義父 義祐。

「あ、あ、あ……っ」

 言葉も紡げず呆然とする志穂。今できる事といえば、息子を力強く腕の中に抱き、守ろうとする事だけだった。

「まさか、実の母子で……そんな。ふ、ふはははははっ!」

 何を求め、何を奪い返そうとしているのか。義祐は、その顔に冷笑を浮かべながら必死に手を伸ばす。

「ああ、許して、下さい……っ!も、元はといえば、お義父さまが……っ!」

「……ほほう。私があんたに何をしたって言うんだね。むしろあんたは、あの時あんなに悦んでいたじゃないか。まさかそれを嘘だと言うんじゃないだろうね?」

 それは、真実。あの、初めての時。確かに自分は、それまでの常識から逸脱した自分に酔い、狂い、痴れ、悦んだ。

「あああ……っ!」

「そう言う事だ。あんたは、もう戻れないだよ。わしが求める事を、進んでするようになってしまったんだからね」

 命ぜられ、与えた。大事な物を、交し合った。「してはいけない事」だからこそ、求め合った。

「しかし、まさか等まで巻き込んでいるとは……いくらわしでも、そんな犬畜生みたいな事は考えなかったが。クククッ……」

 息子の体を抱く手に、力が篭もる。そう、その非難が事実だからだ。自分が救われるために、息子を利用した。そうじゃない、と自分が思い込もうとしているだけなのではないか……?

「違うよ」

「……ひ、とし」

「違う。僕、ママの事好きだから、したんだもん」

「ああ……っ!」

 無垢な声が、志穂の肉体に染み渡る。だが。

「違うな、等。お前はそう思ってるかも知れんが、ママはそうじゃない。要は、ガマンできなかったんだよ、ママはな……ヒッヒッヒッ!」

 心を刺す、老練な言葉のナイフ。

「大人はな、欲しいと思うと、我慢できないもんなんじゃ。満たされなければ、求める。だから、利用する。ママは利用しやすいお前を、単純に選んだだけじゃ。自分が満たされるためだけにな。子供のお前にゃ、まだ分からん事だ……」

「違うったらっ!」

 その等の声は、思いのほか大きかった。志穂も、義祐も、思わず身体を震わせるほどだった。

「僕がママを好きだったら、それでいいじゃん!ママの事、大好きだから、ママが僕のことどう思ってたって……僕、ママが望む事だったら、なんでもするよ!」

 等が、その真剣なまなざしを母親に向けた。刹那、その幼いままの手が、しなやかに奮われる。

「こんな事だって!」

「ひ、いいい……んっ!」

 志穂が、喘ぐ。息子の指先によって。それはまさに、歓喜の。

「こんな事だって!」

「あ、ひ……ひ、としぃ!」

「これだって、これだってっ!」

 母と子の、甘美な競演。義祐は、あまりの光景に魅入られてしまった。

「ダメよ、ひ、とし……っ、そんなにすると、ママ、もうっ!」

「ダメだ、する!おじいちゃんに、ママと僕の事、ちゃんと見てもらうんだ。ほらっ!」

「あ、それは……く、ひいいいっ!」

「志穂、さん……等……っ」

 なんとか喉から搾り出せたのは、その眩しい母子の名前だけ。義祐は、もはや敗北者となりつつあった。

「ママ、行くよ……これが、最後だから。おじいちゃんに、僕とママの……見て、もらおっ!」

「あ、ひ、ひひひひいいいいいいいっ!」

 等が繰り出した、最後の指先。志穂は、全身を支配したあまりの感動に、涙さえ、流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごいわ、等……全部コンプリートじゃない!どうしても揃わなかった色違いのレアものフィギュアもあるわ!」

「うん。これで全26種類、シークレットも含めてコンプリートだよ!シークレットはね、たまたま近所のお菓子屋さんで残ってた最後の一個を買ったら、それに入ってたんだ」

 テーブルに並んだ、造形の美しいプラスチックモデル。子供から大人まで大人気の、食玩だ。

「ほほう……すごいなこりゃあ。志穂さん、あんたやっぱり等のお小遣いにまで手を出したんだな?」

 意地悪な笑いを浮かべて、義祐が志穂に言う。

「違いますよお義父さま。私が買って集めてるのを見た等が「じゃあ一緒に集めよ」って言ってくれただけです」

 とかなんとかいいながら、数ヶ月間多大な出費をかけてやっと揃った食玩の列にご満悦だ。

「またまた……いいか等、ママはな、最初は『絶対人の手は借りません!』とか言いながら、先に揃え始めたわしのダブった奴を、お金を出してまで手に入れたんだぞ。そんなんは邪道だとは思わんか?」

「あー、そうなのママ?ずるいー!」

「いいの。揃えたもん勝ち♪」

 志穂はあまりの嬉しさに涙を浮かべていた。義祐だけでなく、近所の奥さんたち、そして最大のライバルだった単身赴任中の夫 祐二との戦いに勝ったのだ。酒も我慢してコンビニに通い箱買いし、毎晩の夕食のおかずがチョコだった夫に、ついに勝ったのだ。

「えー、ずるいの禁止ー!やっぱり、これ返してもらおっと」

「え、え、え!そんなー!」

「そうじゃそうじゃ等。ずるいママにはまだまだ苦労してもらわんと」

「もうっ!こうなったら、ネットオークションよ!他にどんな手を使ってでも、いくら払ってもいいわ!必ず手に入れてみせるっ!」

 志穂は力強く拳を握った。

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この作品、すでに読んだ方もいるかも知れません。実はさる4月1日エイプリルフール。嘘企画として「志穂、哭く。」最終章更新をでっち上げたのですが、
そのクオリティに納得できず、初稿UP後にこういう更なるバカSSを作成、4月1日の午後10時頃前後からわずか2時間の公開でした。ま、それでお蔵入り
させるつもりでしたが、ま、数少ないネタとしてー(笑)。 <戻る>