くのいちハガネ忍法帖特別編 女忍者無残

第一話「屈辱の娘」

 女は、どうしようもなく惨めだった。自分がどんな立場にあるのかいまだ理解できないが、身も心も恥辱にまみれていた。
 目に見えるのは、闇。その闇の中に、自分の姿だけが蝋燭の明かりに照らし出されている。周囲からは、ひそひそと、何やら話す声が聞こえてくる。そして、女にはその話が、自分のことについて語っていることだけは分かっていた。
 両手首は荒縄で縛られ、そしてその荒縄は真上の太い梁にしっかりと括りつけられている。自分の躰は、その縄によって床にやっとつま先がつくという態勢で吊り下げられているのだ。そして、自分は裸なのだ。何とか周囲の者たちから自分の躰を隠そうと、身を捩じらせている。

「……女」

 静かだが、強い語の声が耳に響く。しかし女は応えない。自分をこんな所に連れて来た連中の一味に違いないからだ。

「女!」

 今度の声には、女も全身を身震いさせた。身の危険を感じるほどの恐怖を感じたのだ。

「は、はい……」
「我らの言うことに応えよ」
「……はい」

 男に大きな声で怒鳴られるのは、もう嫌だった。小さい頃から今まで、いつも自分は男に怒鳴られてきた。

「男は知っているか」
「……」
「男は知っておるか、と訊いている」
「……し、知りませぬ」
「男に触れられたことは」
「あ、あります」
「相手は、誰じゃ」
「相手は、うう……っ」

 あの屈辱を語らねばならないのか。女の閉じた目からは、一筋の涙が伝って流れた。



 痩せた畑では、ろくな作物は採れない。しかしその少女は、今日もその畑を耕すしかなかった。いくさの続く世の中も一つの理由であるが、最大のわけは、少し離れたところで呑気に酒をかっ食らっている男だ。少女は恨みがましい視線を男に送るが、男はそれすらも気がつかない。
 少女の母親が死んだのは二年前のことだ。働き者の母親は、忙しいながらも一人娘である少女をよく可愛がった。だからこそ少女も、母親を助けるつもりで自然に畑仕事なども覚えた。しかし、母親が生きていたそんな時でも、この男はけして働こうとはしなかった。妻と、実の娘が額に汗しているのにだ。少女はずっとこの能無しの父を恨んできたが、母親はそんな娘の様子を見咎めていつもこう言った。

「父ちゃんが働けないのは、いくさで足に大きな怪我をしたからだよ。だから恨んじゃいけねえ。な?」

 もちろん母親には頷いてみせるのだが、少女はけして納得はしていない。自分は知っているからだ。母親の見ていないところで、あの男はひょこひょこと歩いて、川で洗濯している村娘たちに下卑た冗談を投げかけたりしているのを。
 そして、母親はあっけなく死んだ。働き過ぎで疲れた体に、肺の病気が襲って来たのだ。粗末な葬式の最中も、父親は酒を飲んで酔っ払っていた。
 少女は、それからも必死で働いた。父のためではない。死んだ母親のためだ。しかし相変わらず男は働かずにただ酒を呑むだけだ。

 今日もまた働きづめの一日が終わろうとしていた。少女は鍬を杖にして体を起こした。汗を拭いながら見ると、能無し男はいびきをかいて酒瓶の横に寝ている。別に声をかける義理もなければ、ここで男が風邪をひいて死んでも悲しくもないので、少女は一人で道具を片づけ、汗を流すために近くの小川へと向かった。

 土に汚れた着物を枝にかけ、少女は裸になって小川に身を浸す。汗で火照った躰に、冷たい水の流れが気持ちいい。

「ああ……」

 働いた後のこの行水は、畑仕事に従事する娘たちの間の習慣だった。そして、そんな若い娘たちの姿を覗こうと、歳若い男の子達がよく草むらに身を隠していることがある。そして、娘たちもそんな慣習を楽しんでいる風であった。もちろんこの少女も、そんな子供たちの遊び半分の戯れには目をつぶっていた。
 しかし、少女は最近違和感を感じている。娘たちは男の子達をからかおうと、その草むらに川の小石を投げて脅かしたりした。それにびっくりして飛び出てくるのを楽しむためだ。少女はあるとき、皆にならって草むらに小石を投げてみた。しかし、草むらからは誰も飛び出てこなかった。確かに誰かがそこにいて、こちらを覗いているのに、だ。それが最近毎日続く。そして今日、今も。少女は少しだけ不気味さを感じ、枝から着物を取って自分の家へと急いだ。

 その日の夜。昼間の疲れからぐっすりと眠っていた少女が、物音に薄目を明けたのはまさに真夜中のことだった。

「……?」

 しかし、それ以上の音はしなかったので、少女は再び目を閉じた。
 それはまさに突然だった。少女の太腿に、誰かの手が這ったのだ。

「ひっ!」

 自分の躰に触れる人間など、この家には居やしない。たった一人の人間を除いては。

「……動くな。今から俺のすることに文句をつけるんじゃねえ、いいな?」

 間違いない。あの男だ。
 太腿の手は、せかしげに動き始めた。少女が感じるのは、嫌悪感だけだ。

「や、やめ……」

 やめろ、と叫んでやろうとした少女の後ろ手を、その男は強い力で捻りあげた。太腿にはまだ手が残っているので、もう片方の手一本でだ。毎日働きもせずにだらけている男に、こんなに力があったのかと少女は驚いていた。

「動くなと言っただろう。お前は知らんだろうが、俺は女の腕を折ることなぞ、造作もないことなんだからな」

 常に憎しみを持って対していた男に、少女は初めて恐怖を感じていた。事実、捻られたままの右手はまさに折れるかのごとく強い力で握られている。
 太腿を這っていた男の手は、少しずり上がり少女のたわわな尻肉を弄び始めた。感じる嫌悪感はさらに増す。しかし、恐怖と痛みに声を上げることもできない。

「昔はいくさ場で、襲った村々の娘をこうやって脅しながら犯したもんさ……」

 尻にあてがわれた男の手は、その弾力を目一杯楽しんでいた。撫で回していたかと思うと、今度は強い力で肉自体を掴んだりした。

「どんな女だって、最初は嫌がってるが、次第に俺の珍棒のおかげで自分から気をやったりするんだ……そう、お前の母親もそうだったしな」
「う、嘘だ……っ!」
「ウソなもんか。あの女は、俺が都の戦で手をつけて、俺を追ってここまでついてきた女だ」

 精神的にも上位に立ったと悟ったのか、男は尻肉の愛撫を止め、今度はまだ膨らみ切っていない幼い乳房に手を回す。そして男の予想通り、母親のことを言われた女は、気持ちを混乱させてその手を振り払おうともしなかった。

「あいつはいい女だった。俺がちょいと腰を使えば、すぐに大きな声出してよがりやがった。淫乱たあ、あの女のことだな……」
「……っ」
「おめえはガキだったし、呑気に寝てたから気がつかなかっただろうが、あの女が生きてる間は、毎晩オ○ンコしてたんだぜ。それもおめえの寝てるすぐそばでな。俺が言い出したんじゃねえ、あいつがその方が興奮するっていうからな」

 自分のことを言われるより、少女には屈辱的だった。

「……俺だってあの女に律儀に義理立てて、二年は我慢してたんだ。だがな……全部おめえが悪いんだ」

 小さな胸を揉む力が、いっそう激しくなったような気がした。

「おめえが、あの女に似てきやがったからだ。それも俺に見せつけるようにしてな……川であんなにおおっぴらに裸見せてりゃ、俺だって珍棒が疼いて来るってもんだ」

 小川の行水を覗いていたのは、この男だったのだ。そして、少女はもうひとつこの時初めて気がついた。先ほど男の手が這っていた尻に、別の感触があることを。

「ひ……っ!」
「はは、気づきやがったか……だがな、おめえも今は俺様の珍棒を怖がってるが、いずれは喜んですがりついて来るようになるんだ。なにせ、おめえはあの淫乱な女そっくりなんだからな」

 ふいに、後ろ手が強い力で引き上げられた。少女の体は布団から無理矢理起こされたのだ。そしてそのままどんっ、と壁に激しい勢いで突き飛ばされる。少女は、そのあまりの痛みに気を失いかけたほどだ。

「……要は、やっちまえば勝ちってことだ。おめえも、無理に抗おうなんてしねえで、素直に楽しんだほうがいいぜ」

 少女が霞む瞳で見上げれば、あの憎たらしい男が、股間におぞましい凶器をいななかせて迫ってきていた。全身が恐怖に支配されて、身動きがとれない。

「そうだ、そうやってじっとしてりゃ乱暴はしねえ」

 男の肉茎は、少女の目前に迫っていた。暗い室内のはずなのに、そのモノだけはくっきりと自分の目に入ってくる。見たくもないのに、だ。

「ほうりゃ、よーく見てみろ。今からお前をよがらせてくれる立派な珍棒だ……一生忘れられねえようにしてやるよ」

 その言葉に、少女は顔をそらした。男は、それが気に入らなかったらしい。

「おい。嫌がってんじゃねえ、この野郎!」

 怒りに任せて、男は猛ったペニスを少女の、いや実の娘の横顔に押しつけた。しかし、少女はその悪寒に耐える。
 男は、自分の逸物で美しい娘の顔が歪むのに、サディスティックな感情を抱いた。少女が何も言わぬことをいいことに鼻先、頬、そして唇の表面を先端で凌辱する。

「ほうら、ほうら。おい、何とかいってみろ!」
「……っ」

 少女は、暴発寸前だった。この男の投げかける屈辱から、逃れることばかりを考えていた。だがこの状況では、振り払ってもすぐに男に囚われてしまうだろう。

「……おい、舐めろ」
「……?」
「舐めるんだよ、俺様のこの珍棒をよ!」

 嫌がる女の姿を見たい、という欲望も男にはあった。だが次の瞬間、男の期待は裏切られた。娘が、実の娘がゆっくりと唇を開き自分の陰茎をぱくりっ、と咥え込んだのだ。

「お、おうっ」

 娘の不意の変節に、男は情けない声で唸った。

「んっ、んっ、んんっ……」
「おお、ええぞ……っ」

 この心変わりを、男は疑いも無く受け入れた。実際、娘は心底観念したように男の怒張を舐めしゃぶっている。観念した、と言う表現は適当でないかもしれない。そのくらい、少女は一心不乱に自分の唾液をいきり立った男根にまぶしていく。

「おお、おうっ……なかなかじゃ、ああう」

 情けないことに、経験豊富を自負していた男は、いまこの少女の口淫に見事に翻弄されている。もしかしてそれは、意識してはいないが、実の娘との接触と言う事実があったのかもしれない。

「んん……っ、ん、んふう」

 鼻を鳴らしながら、少女は一所懸命父親のモノを舐め続けた。自分の意識はひた隠しにしたままで。

「んほお、ほうっ……おめえもやっぱりあの女の娘だ。立派に淫乱な血が流れていやがる……」

 その言葉がきっかけになったことなど、その時点で男は気がつかないでいた。
 娘は、自分の口内にのさばっている憎い男のペニスを、力の限りに噛み切った。

「ぎぃあーっ!!」

 熱い部分が自分の体から離れた痛みに、男はもんどりうって倒れ、そのままのた打ち回る。ぶざまな男の姿を見ながら、少女はゆっくりと立ちあがった。そのまま股間より血を噴出させている男に歩み寄り、口の中のちぎれた珍棒を吐き出してやる。

「あががががが……っ!」

 一度堰を切った怒りは、少女自身も止めることができなかった。釜屋の戸に掛けているつっかい棒のそばに駆けそれを掴むと、そのままの勢いで男の、父親の頭に振り下ろした。
 それから、何度か男のうめき声が耳に聞こえたような気がしたが、かまわず硬い棍棒を振り下ろし続けたような気がする



「あ、ああ……っ!」
「……思い出したようじゃな。そう、お前は実の父親を自分の手で殺し、ふらふらと歩んでいる所を我らの仲間に見つけられたのじゃ」

 周囲の者が言った。少女もまた、語ることでそれをはっきりと思い出している。眉を歪ませて天を仰いだその瞳からは、止めど無く涙が溢れ出していた。なぜ涙が流れるのか、理由は分からずにいたが。

 梁に全裸で吊り下げられながら泣き続ける少女。それを無言で眺める姿の見えない男たち。その様子を少し離れたところから観察する二つの影があった。

「どうじゃ、あの娘はものになりそうか……?」
「……正直なところ、分かりませぬ。憎んでいた父親に汚されそうになった衝撃に、かなりの心の傷を負った様子。あのまま他のくのいちのごとく育てようとすると、さらに心の内側から壊れてしまうやも」
「ううむ」
「しかし首領がおっしゃる通り、あの娘はくのいち向きの肉体をしております。それもかなり上等かと」
「おお、お主もやはりそう思うか。あのしなやかな躰は、筋も肉も普通のおなごより上じゃ。できれば、立派なくのいちとしたいが……」
「少し、思案させてくだされ。なにかいいやりようが思いつくやも知れません。よろしいですか?」
「分かった。あの娘のことはお主に任せるとしよう。ときに……」
「……は?」
「娘に、たまには逢ってくれているのか?」
「あ、はい」
「お主にはいつも大きな任務を任せておるが、娘もそのたびに心を痛めておる。そして……わしは、そろそろ祝言の支度をせねばならんと思っている」
「……では、今夜にも伺いまする」
「そうか。娘も喜ぼう」

 そのまま何事か言葉を交わしながら、二つの影は、どこかへと歩んでいった。

 いくらか時が経った。しかしあの暗い部屋では、少女があの恥ずかしい姿のまま晒されていた。
 すでに首領の命令で、この娘の身はある男の手に委ねられたことが知らされている。しかし大きな組織では、それが末端に伝わるまでに「時間」というものがかかる。

 暗い部屋の、戸が少しだけ開いた。

「ほう、上玉じゃねえか……!」
「おお。昨日の夜下忍仲間がさらって来た十四の娘だ。もちろん何も知らぬ乙女……味もよかろうて」

 下卑た笑いを浮かべた男たちは、泣き疲れて眠ってしまった娘に気づかれることなく部屋の中へと侵入した。

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