「ソリッドファイター完全版」の感想をば!
多分うちに来る人で現物(文庫の打ち切り版含む)を読んでる人はいないだろうから、「読んでない人向け」にくどく書くですよ。
舞台は多分、文庫版発行当時の1997年前後。
具体的に言うと、バーチャ2とかのアーケード対戦格ゲーが盛り上がってた頃。
あるいは、流石にリリースされて時間が経ってるのでマニアはそろそろ稼働バージョンを極め尽くし、バーチャ3どんなんだろうなー、と夢見てた辺り、のような雰囲気。
作中のアーケード格ゲーはしかし、当時の現実の対戦システムからは大きく進化している。
向かい合わせの対戦筐体でしか対人戦は出来ず、ゲーム単価が1コイン、ゲーム本体は基盤を筐体にセットして~というのは、作品世界での前バージョン「ソリッドファイター(バージョン8)」までの話。
現在は新システム「ヴァルカン」対応になった「アルティメット・ソリッド」、通称U・Sが主流。
USは、プログラムを焼いた基盤というものが存在しない。
本社のチェッカーがリアルタイムでオンラインプレイヤーの状況をモニタし、バグが発見されたらその部分のデータを修正。
凶悪即死コンボが発見されて不当に勝率を上げてきたら、バランスを調整してコンボが繋がらないようにする。
あるいは、普通にやり込むに従って特定のキャラが有利になってきた時なども、それを均すべく調整する。
そうして刻々とゲームは調整され、毎週ゲーセンのサーバに修正版プログラムがアップデート配信される、というシステム。
課金もコイン単位ではなく、プリペイド/チャージ式のポイント制カードに。
ログイン時の課金はコイン時代と同じだが、ゲームに勝てばボーナスポイントが貰えたりする。ので、同じ金額をチャージしても、ゲームが上手ければ少々長く遊べるようになっている。
その上、US専用カード(ヴァルカンシステム汎用よりちょっと高い)を購入すれば、自宅のPCと市販の改造アプリ・データで使用キャラの外観や性能、技のアクションを好きなようにカスタム出来る。
例えると、オンラインRPGのキャラをヤフーのアバターみたいに作り替えられる感じっぽい。<オンラインゲーをやらないので、この例えが適切かどうかは曖昧だが。
で、主人公は、前バージョン時代からこのゲームに血道を上げる高校生・増田研二。通称スダケン。
(ネーミングの元は多分ストIIのケン・マスターズ。<でもキャラ描写は「メガネトカゲ」とか言われる爬虫類顔のややチビゲーオタ)
他にも、学校の怪しい先生・岳神隆子/通称タケちゃん(名前は多分ストIIのリュウから)とか、オヤジ顔の空手家クラスメイト・溝口(多分ファイターズヒストリーの溝口)とか、US開発者の結城晶一とか鈴本部長とか、キャラは全員格ゲーキャラ&開発関係者のもじり。
スダケンはヴァルカンとUSを開発した有名ゲーム会社「SEPCOM」(セガ+カプコンらしい)の地元・虹田市在住なので、縁あってUSのバグチェックのバイトなんかもしている、ある意味「会社の中の人」の末端でもある。
それで、会社の人とのゲームを巡る大人の都合vsいちゲーマーとしてのあれこれとか、
理由無き犬猿の仲だった溝口との揉め事や、
年の離れた溝口妹(7歳)が迷子になってるのを助けた縁で何となく歩み寄ったり、
ゲーセンで会うヤンキーヌルゲーマー・トオル君とのリアルファイトとか、
怪しき体育会系女教師(でも国語の先生)タケちゃんが、実はすんごい武道の継承者らしかったりとか、
タケちゃんのモーションをキャプチャしてUSに持ち込んだら、あまりに高性能でさあ大変!とか、
学園の憧れのお嬢様・春日井麗子サマが、実は相当に気の強いガサツ女だったとか、
なおかつ実は凄腕ゲーマーで、その筋では有名な「虹田兄貴」であったとか(有名プレイヤーは地名もしくはプレイスタイル+使用キャラ名で呼ばれたりする)、
US完成と同時に亡くなった、天才プログラマー影山の残したとんでもない代物とは!
とか―――
ソリッドは、そんなこんなな要素を大丈夫かってほど詰め込んだ、学園青春ドタバタコメディ格ゲー小説、なのである。
案の定、詰め込みすぎて第一巻が全くの導入部だったせいか、売り上げ不振で打ち切られてしまったのであるが。
ともかくそんな感じなので、当時のアーケード格ゲーの知識がある人間が読むと、ネーミングの巧みさや、ゲーム関係の「すんごい解ってる」感じで「あーそうそう!そうだったなー!」な描写に終始笑いが止まらない。
(何しろ古橋はカプコンでバイオとかのゲーム作ってた本物の「中の人」なので、そりゃあもう詳しい。どこまでがフィクションでどこまでが事実なのか、ただのヘボユーザーだった自分には全く解らないくらいリアル)
USのゲームイメージ自体は、かなーりバーチャ2+スト3/4っぽい。
デフォルトキャラの「TYPE1・武闘家(通称兄貴)」なんかはアキラなのかリュウなのか、って感じ。
(他にも姉御とかスモウとかロリとか体操とかがいる<何か色々と心当たるよね)
見た目のイメージのみならず、バーチャ好きだった人なら解るであろう「キャラ操作時の一体感」が、USの描写ではものすごくリアルに再現されている。それはもう感動的なほどに。
榊は各ゲーは好きだけどド下手、ヌルゲーマーですらないほぼ素人だったのだが、それでもバーチャ2が今までのゲームとは「何か違う」っていう妙な手応えがあったのは確かだった。本物のゲーマーの人なら、その感覚はもっと如実だっただろうと思う。
あの時代の「この先ゲームってどう進化するんだろう」というワクワク感たるや!
現実には、その後出たバーチャ3が、技術的にはすごい進化して見た目もリアルになったにも関わらず、何がどうとも言えない「あー‥‥」って感じでガッカリ感漂ったし、2DのKOFはビジュアル・設定がどんどん萌えオタ向けになっていくにも関わらず、ゲームとしては難易度を上げ続け、一部のマニアでないとついて行けない状態になり―――
というのが重なって、格ゲー全体が急速に盛り下がった感があったのだが。<実際榊はその辺でゲーセン自体から離れてしまった。まあ歳だったのもあるが。
ソリッド作中のUSは、巷では廃れる様子もなく盛り上がり続けているものの、制作会社はUSを終わらせ、次のゲームを計画中であるということが明らかになる。
だがUSを深く愛するプレイヤー・スダケンはそれに納得がいかない。刻々と修正されるデータ配信式のUSは、クリアされたら終わり、のゲームではなく、もっと何か先があるはずだ、という期待を抱かせる何かがあったからだ。
そしてUS完成と共に夭折したプログラマー影山も、同じことを考えていた。
会社としては「一生遊べるゲーム」など作ったら儲けにならない。だから場つなぎのゲームを作れと上に命令されたにも関わらず、影山は死ぬ前に恐るべきプログラムをUSに仕込んでいた。
会社の思惑/大人の事情、それを割り切れないでいたUS開発者・結城の苦悩と、スダケンのゲーマーとしての意地が激突し、天才・影山の予知とも言えるプログラムが発動する時、USを取り巻く人々の運命は大きく動くことになる―――
という、文庫未刊の3巻目に当たる山場のシーンには本気で鳥肌が立った。
何というか―――
あの時ガクーっと盛り下がったバーチャ3。
2の時にプレイヤーが夢見た3というか、見たかった世界というか、こうなって欲しかったというファンの希望みたいなものが叶うことが約束された世界。
正にそれが「ソリッドファイター」完結編の中にあったのである。
勿論、作中のゲームプレイ時の描写も素晴らしい。
レバーを回し、コンパネを叩く時の異常なまでのシンクロ感。
あの感覚は何だったのか/バーチャハイってやつのリアルな再現。
当時の達人の感覚ってのは正にこれだったに違いない、と素人にすら思わせる不可思議な手応えと臨場感。
普通に作家として「古橋上手ええーーー!」というだけでなく、「解る、解るよ‥‥!」としか言えないこの感じ。
「見てきたような嘘をつき」ってのが小説家の本領だが、
「この人本当に見たんだろうなあ」
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そんな感じで、「ソリッドファイター」完結編、超面白かったです。そして切なく懐かしかった。
こんな名作を打ち切った電撃は大失策だったな!と思うと同時に、11年も経って今出してくれたのは一体何があったんだ。でもありがとう電撃!って感じです。
これが本屋で売ってない(限定グッズ扱い)ってのは心底勿体ないと思う。
電撃フェアは終わってるはずだけど、もしアニメイトで残ってるのを見かけたら、是非入手して読んでもらいたい名作です。
四六版・全700P(文庫三冊分)で1890円という、英和辞書みたいな分厚い本だけどな!(笑)