◇ 分岐バージョンa ◇



「―――何やってるんだ、お前ら」
 一体いつの間に帰宅したのか、リビングの入り口で神無が言った。
「あ、お帰り、神無」
「よぉ、早えな」
 サイズが違いすぎて成立が難しい双魔とソードの掴み合いが、さすがに一旦停止する。
 神無は怪訝に眉をひそめ、イオスと違って壮絶に似合わない両手のエコバッグを床に置いた。その視線が、双魔のシャツを巻かれたネコと、マタタビの空き袋を一瞥してから、ソードと双魔に行き着いて止まる。
「‥‥なるほど、大体解った」
「うわ、世界の破壊者ディケイドがいる」
「何だそりゃ」
 ん? とソードが首を傾げた。
「買い物行ったのお前じゃなかったよな。イオスはどうした?」
「やかましそうだから速攻眠らせた」
「あー‥‥そうかよ」
 神無がニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「気になったか?」
「聞いてみただけだ!」
「解った。後でイオスにお前が寂しがってたと伝えといてやる」
「捏造すんじゃねー!」
 今度は楽しげに神無は笑い、殴りかかるソードをぺしと迎撃した。ぼとりと落ちたソードをまたぎ越え、未だウニャウニャと身悶えているネコの傍らに屈み込む。
「え、神無、あの―――」
 茫然と見ていた双魔の前で、巻かれたシャツを剥ぎ取ると、神無は無造作にネコの脚を開かせ、その奥に指を突っ込んだ。
「ニ゛ャッ!!」
 ネコの身体がビクリと跳ねた。悲鳴とも嬌声とも判別し難い微妙な声が上がると共に、しっぽがぼわりと総毛立つ。
「ちょ、神無、一体何を?!」
「親父の買ってきた猫の本に書いてあっただろ」
 あわあわと肩を引っ張って、止めようとする双魔に動じず、神無は至極淡々と言った。ネコが両脚をバタつかせ、腰を引こうとするのもお構いなしで、毛並みの奥の肉をめくり上げ、ピンク色の粘膜を割り開いて、ズブズブと長い指を埋め込んでいく。
 もはやチラ見えどころではなく、思いっきり直視してしまった女体(ただし猫)の奥地と、異常な状況とのダブルショックで固まってしまった双魔の横で、感心したようにソードが言った。
「人間界にゃネコの犯り方本まで売ってんのか」
「そんな訳あるか馬鹿。飼い方の本だ」
「イオスならともかく、てめえでも字の本なんか熟読すんのか‥‥」
「‥‥お前俺のこと何だと思ってるんだ」
 神無はげんなりと溜息をついた。思わずソードを殴ろうとしたが、生憎と今は手が空いていない。
「あー‥‥発情期を短縮させるには、綿棒かなんかで刺激して排卵を促すといいとか、そんなのだったっけ?」
 オタク的豆知識の想起によって、どうにか再起動した双魔が呟く。
(※グーグルで「猫 発情期 綿棒」でレッツ検索)
「それだ」
「って言うかそれ、綿棒どころの話じゃないじゃん!」
「満足させりゃいいんだから似たようなもんだろ」
「そういう問題じゃなくて!」
 横からソードが頷きつつ言う。
「変身後のサイズだと綿棒じゃ足りねーだろうしな」
「そういう問題でもなくてー!!」
「中も別に人間と変わらねえな」
 慌てふためく双魔を無視して、さして興味もなさそうに言うと、神無は掴んでいた脚を抱え上げた。そうしてさらに大きく開かせ、内部構造を確認したのち、奥を探っていた指を二本に増やす。
「うわあ!」
「‥‥何でお前が反応するんだ」
「だ、だってー!」
 なんてやり取りのその間にも、断続的に上がっていたネコの声は、動物の発情期の鳴き声的なものから、徐々に人間のそれと変わらぬ甘い喘ぎに変わっていく。
 差し入れた指を蠢かすにつれ、声の合間に粘液質の水音が生々しく響くようになり、やがてネコがかぼそい腰をうずうずと揺らし始めるに至って、何故かソードが渋い顔をした。
「くそ、こいつオレん時ゃこんないい声出さねえくせしやがって」
「どうせお前のことだ、こっちに来て以来久しぶりの女に目が眩んで、処女だってのに慣らしもせずに突っ込んだんだろ。ローションの代わりにオロナインとかで」
「見てきたように言うんじゃねー!」
「でもその通りだったよね、ソードさん‥‥」
「うッ」
「ぼく内側から全部見てたからさ―――」
「いーから黙ってろ!」
「‥‥ていうか今気付いたんだけど、ぼくの童貞ってあの時ソードさんに勝手に捨てられちゃったことになるわけ?」
「今さら気付くんじゃねー!」
「何か微妙にショックなんだけど、それ」
「むしろ感謝しとけ!」
「‥‥いいから少し黙れ、お前ら」
 地の底から響くような神無の一言に、ソードと双魔の不毛な掴み合いが、再びビクリと膠着した。
 そうして満ちた沈黙の中、感極まったような高い声を上げ、ネコがビクビクと痙攣した。‥‥しばしの硬直の後、脱力し、へにゃりと床に手足を投げ出す。
「あー、イったか」
「‥‥‥‥~~~~~~」
 平然と言うソードの横で、双魔は再び叫び出しそうになった。が、
「ティッシュ」
「あ、うん」
 さっさと指を引き抜いた神無に、いつもの調子で淡々と言われ、パニックの出鼻をくじかれた双魔は条件反射的に頷いた。命じられるまま、古い映画のロボットのようにギコギコとした機械的な動きでテーブルの上のティッシュを引き寄せ、箱ごと神無の前に置く。
 そのまま停止してしまった双魔をさておき、神無はベタつく手を拭った。次いでネコの方の後始末をし、丸めたティッシュをゴミ箱に投げ込むと、
「手ぇ洗ってくる」
 と言って立ち上がった。
「何だ、やんねえのか?」
「猫なんかとやってたまるか阿呆」
 さも意外そうに言ったソードに、再び神無の鉄拳が飛んだ。さすがに逆鱗に触れたらしい。今度は手加減無しの右ストレートである。
 神無は置きっ放しだったエコバッグを持つと、撃沈したソードをぎゅむりと踏みつけ、すたすたと台所へ消えていった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ッてぇ―――くそ、ネコに突っ込んだ方の手で殴りやがってあのヤロー。‥‥ん?」
 神無の後ろ姿を見送ったまま、魂が抜けたような双魔に気付き、目の前でひらひらと手を振ってみる。
「おい、どーした?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥うわあーーーーー!!」
 ワンテンポ遅れて正気に返り、今度こそ双魔は絶叫した。
「ひどいよぼくのナナちゃんにあんなことを! と怒ればいいのか、神無の蓄積された経験値の出どころに焼き餅妬けばいいところなのか、すごいもの見ちゃったと堪能すればいいのか、何だかほとんどよく解らないーーー!」
 混乱のままにまくし立て、双魔は半泣きで頭を抱えた。
 その横では、単に魔力を使い果たしたのか快感に力尽きたのか、いつしか猫型に戻ったネコがぐたりと床に伸びている。
 台所から戻ってきた神無が、それをそっと抱き上げた。何だかネコが人型の時よりよほど丁寧に思える仕草で、ソファーの一角に寝かせてやる。
 そうしておいて、
「―――さて」
 と呟いて振り向いた神無が、双魔の腕をがしりと掴んだ。
「え、な、何?!」
 無言のまま、険のこもった神無の視線が、ゆっくりと双魔の下半身に落ちる。
「‥‥あ」
 今さらながらに自分の状況を思い出し、双魔はじりじりと後ずさった。―――つもりだったが、神無の腕力には当然敵わない。
「あ‥‥ははは、は‥‥」
 引きつり気味のごまかし笑いであさっての方を向いた双魔に、神無は溜息をつき、一喝した。
「‥‥猫なんかに欲情してるんじゃねえ、この馬鹿!」
「わーーーー!!」
「ネコ耳か! しっぽか! ロリ幼女か! それとも獣萌えか! どんな変態だお前は! ‥‥全くこれだからオタクってヤツは」
「いやあの、問題はそこじゃないよ神無!!」
「じゃあどこが問題なんだ」
「ていうかヤンキーのくせに何でそんな萌え属性ネタとか知ってるんだよー!」
「知られたくなかったら俺に貸すゲームの攻略本と悪趣味なエロ同人誌を重ねて置いとくな」
「見なきゃいいだけじゃんー!」
 そうして混迷を深めるばかりの神無と双魔のやり取りを、バドミントンのラリーのように右に左にと見ていたソードの首がいい加減疲れた頃、
「‥‥まあいい」
 と一方的に話を切り上げ、神無は双魔を担ぎ上げた。勿論お姫様抱っこなどではなく、マグロ一本肩に担いで方式である。
「ちょ、神無、何?!」
「いい加減そのままじゃきついだろうしな。とりあえずそっちをどうにかしてやる。細かい話は後だ」
「いやあの、先に話し合って誤解を解いてからにしてよ、この場合!」
 担がれて逆さになったまま、神無の背中をぽかぽかと叩くが、やっぱり神無は動じない。ソードが無理矢理鍛えたおかげで前よりは筋肉のついた身体を苦もなく肩に担いだまま、二階への階段を昇っていく。
「うわーソードさん助けてー!」
 身体の周辺二メートルという標準可動範囲内を、引っぱられるようにして飛んでいたソードに思わず助けを求めるも、
「あー、まあ頑張れや」
「ええー?!」
「お前こないだ、神無が素っ気ないってこぼしてたじゃねえか。だったら望むところだろ」
「だからってこんな状況で持ち込まれるのは何か釈然としないよ!」
「ソードに愚痴るほど溜まってたのか? そりゃ気付かなくて悪かったな」
「それはそっち方面の問題じゃなくてーー!!」
 果てしなく焦点がずれ込んでいく話にじたばたもがいているうちに、神無の広い部屋に辿り着き、ドサリとベッドに投げ出される。
  ネコの時より扱いが悪い!と思っても言っている暇はない。慌てて飛び起きようとした肩を掴まえ、易々と双魔を組み敷くと、神無はニヤリと笑って言った。
「どっちの問題にしろ、今後は猫なんかじゃ勃たなくなるくらいには鍛えてやるから安心しろ」
「鍛えられた結果勃たなくなるのは何か間違ってる気がするんだけど!! ‥‥ていうか猫だからじゃないってばー!!」
「‥‥つーか絶対解ってて言ってるだろ、神無のヤローは」
 早々にこの場を逃れるべく、悪魔の卵に潜り込みながら、ソードがぼそりと呟いた。

 そんなこんなで、魔界からの新たな知らせも天界からの使者もなく、ついでに台風の季節も過ぎ去り、天野家は今日も平和であった。
―― 分岐バージョンa end ――

(2010/02/16)