生プラッサくん物語
その四 世界一幸せなプラッサくん
ある日曜日、陸くんに、研究所から緊急の呼び出しがかかりました。二体いる試作型プラッサくんのうちの一体が、急な機能停止でセンターに運び込まれたと言うのです。
「お父さん、遅くなるかも知れないから、晩ご飯いらないってお母さんに伝えといて」
必要な資料をかき集め、そう言って出掛けようとした陸くんに、生プラッサくんがたたっと駆け寄りました。
「プラッサも行きます!」
「え、でも」
「神社のプラッサは大事なともだちです。プラッサ心配です」
「うーん‥‥退屈してもおとなしくしてられる?」
「します。だから連れてってください」
あんまり、考えたり説得している暇はありません。陸くんはとりあえず生プラッサくんを連れて、急いで研究所に向かいました。
二体の試作型プラッサくん(コードPPーA号、PPーB号)は、神社の離れに住んでいる、アメリカ人の兄弟と暮らしています。正確には、弟さんのところにお兄さんが居候しているらしいのですが、どっちにしろ、この二人が試作型プラッサくんの基本的な性格を育てたことに違いはありません。
弟さんの話によると、もともと怪我(故障)が多かった方のA号プラッサくんが、
『何だか痛いです』
と、突然ポロポロと泣きだして痛みを訴え、センターに電話をしている最中に、ころんと倒れて動かなくなってしまったと云うことでした。
ロボットのプラッサくんにとって、『痛み』は故障を示す重要なサインです。持ち主か連絡できない環境にあっても、製品版のプラッサくんなら、自動的にシグナルを出すので、すぐにサービスマンが来てくれます。
でも、試作型プラッサくんはそうはいきません。何と云っても、商品化前の試作機なので、回線が整理されていませんし、部品ひとつにしても陸くんの手作りだったりするのです。自動発信機能はついていませんし、修理も陸くんにしか出来ません。
陸くんは専用の研究室で、早速A号プラッサくんを調べてみました。
傍らでは、持ち主であるお兄さんと弟さんが、不安気な顔で佇んでいます。
「‥‥どうかな、陸ちゃん」
「『ちゃん』はやめてよ、俺もう中学生なんだから」
「ああ‥‥ごめん。そうか、もうそんなになるんだなあ」
「俺が小学校の時だもんね、このプラッサくん作ったの。‥‥試作型の部品の耐用年数って、最初っから考慮してなかったしなあ。三年もったのはいい方かな」
言いながら、A号プラッサくんの毛皮にメスを入れて切り開くと、生プラッサくんが、
「わひゃっ!」
と叫んで目をつむりました。
「い‥‥いたいですか?」
「大丈夫、ここは痛くないとこだから」
言いながら陸くんが毛皮をめくると、中にはびっしりと精密な機械が詰まっています。
弟さんは何だかぎょっとした顔をしました。
「‥‥やっぱりロボットなんだなあ」
「お前、今まで何だと思ってたんだ?」
ずっと黙っていたお兄さんが、変な顔をしてたずねます。
「いや、解ってはいるんだけど‥‥あんまり生き物っぽいから、いつも何となく忘れてるんだ。‥‥すごいな、陸くんは」
ぽつりと、弟さんが言いました。
手元から目を離さずに、陸くんが答えます。
「何が?」
「‥‥こうして中の機械部品まで見ても、プラッサくんがロボットだなんてとても思えない。善良で悪意の無い、美しい生き物に見える」
「なんか照れるです」
B号プラッサくんが、かりかりと頭をかきました。その頭をなでてやりながら、
「陸くんはプラッサくんにとっては造物主だろう?‥‥‥だとししたら、人間よりもよっぽどすごいものを創造したじゃないか」
「そうかなあ」
「そうさ。‥‥ロボットなのに、プラッサくんには、俺達なんかよりよっぽど上等な魂が宿っているような気がする」
「でもさあ」
手元の細かい配線を外しながら、陸くんは言いました。
「そのプラッサくん達の基本メモリーを育てたのは、お兄ちゃん達じゃん。プラッサくんに魂があるかどうかは解んないけど、あるとしたらそれはお兄ちゃん達から生まれたものなんじゃないの?」
「いや‥‥でも、俺には‥‥‥」
何を言おうとしたのかは解りません。そのまま、弟さんは黙ってしまいました。
「‥‥ああ、やっぱり」
カチャカチャと、部品をひとつずつ取り出していた陸くんが呟きました。しばらく黙って見つめていた何かを、掌に乗せて差し出します。
「ほら、ここんとこが焼き切れてる。今まで交換したことがないとこだから、部品そのものが寿命だったんだね」
弟さんの顔色が、さっと青ざめたように見えました。
「‥‥寿命って、直らないのかい?」
「大丈夫」
陸くんはにっこり笑いました。
「メモリーチップさえ無事なら、記憶はそのままで、本体をまるごと製品版に取り替えてあげられるよ」
「それって、脳移植みたいなものか?」
「そうそう」
「‥‥‥よかった‥‥‥」
お兄さんの質問に、陸くんがこくこくと頷くと、立ち尽くしていた弟さんが、安心してかぐったりと椅子に座り込みました。
「普通なら有料なんだけど、今回はサービス。何と言っても育ての親だもんね、お兄ちゃん達は」
陸くんはサービスセンターに連絡すると、メモリー未搭載の製品ボディのみを一体、届けてくれるよう頼みました。
生プラッサくんが、一緒に成りゆきを見ていたB号プラッサくんと話しています。
「神社のプラッサはあいかわらず大事にされてます。よかったです」
「とても大事です。僕らは幸せなプラッサです」
待っている間に陸くんが、みんなにお茶を入れてくれました。
「プラッサくんは大事に扱って、故障する前にパーツを取り替えたり、メモリーをコピーして交換していけば、ほぼ半永久的に稼動するんだよ」
生プラッサくんが、びっくりしてぱかりと口を開けます。
「すごいです! 機械のプラッサは永遠です!」
「ああ、でも、もしかしたら生プラッサくんも永遠かもよ」
「えっ」
「老化って云うのは、細胞の複写・再生・機能維持のサイクルが終わるか、途中で能力が衰えることだと思うんだよね。で、生プラッサくんの場合、大雑把な遺伝子は普通の生き物のやつを改造して組み込んだけど、細胞はオリジナルのバイオ合成ものを使ったんだ。だから、死んだ細胞と同じものを復元し続ける機能が衰えるってことは無いはずなんだな、理論的には。めんどくさかったから、テロメア限界とかまでは再現してないし。‥‥老化しない以上、突発的な事故とかに遭わない限りは死なないんじゃないかなあ」
プラッサくん達は、難しい話についていけないのか、困った顔で何だかきょろきょろしています。
弟さんの方が、複雑な顔で陸くんを見ました。
「じゃあ、プラッサくんは俺達よりずっと長生きなんだな‥‥」
「そうかも知んないね。でも、『ずっと』って言うほどじゃないよ、多分。今どきは平均寿命がかなり伸びてるし」
弟さんが、少しだけ笑いました。
「‥‥多分、俺達は平均寿命までは生きられないよ」
「? 何で」
「おい、勝手に俺の寿命まで決めるなよ」
困ったような顔のお兄さんに、弟さんは意外そうに言いました。
「何だ、兄さんは長生きするつもりでいたのか?」
「物騒なことを言うなよ。早死にする予定だとでも言うのか? お前は」
「‥‥父さんがいくつで死んだか覚えてないのか?」
その言葉に、お兄さんはハッと息を飲みました。
「父さんだけじゃない。俺だって、兄さんだって、ここまで来るには色々あっただろ?‥‥どうして俺達だけ、長生き出来ると思うんだ?」
‥‥お兄さんは何も言いません。
何か複雑な事情がありそうで、陸くんも何も言えませんでした。
でもその時、
「‥‥そんなこと言わないで下さい」
小さな声に、そっちを見たみんなはびっくりしました。テーブルの上で、B号プラッサくんがポロポロと涙をこぼしていたのです。
B号プラッサくんは言いました。
「プラッサ達はとても大事にされています。だからきっと長生きします。ご主人も長生きしてくれないと、プラッサはとても悲しいです」
ちいさな涙が肉球にしみて、手元の毛並みを濡らしています。
みんな、びっくりのあまり、しばらく何も言えませんでしたが、弟さんがやがて、困ったように手を伸ばし、うなだれた、小さな頭をそっとなでました。
B号プラッサくんは、その手にぎゅっと抱きついて泣きました。
「‥‥ごめんよ」
「約束です。ご主人も長生きしてください。でないとプラッサも生きていて楽しくありません」
「そうだね‥‥」
しばらくの間、弟さんはB号プラッサくんを優しくなでていました。でも、生プラッサくんがつられて泣き出してしまうまで、こぼれ落ちる涙は止まりませんでした。
そうして、二人のプラッサくんがようやく泣きやんだ頃、A号プラッサくん用の新しい体が届けられました。
陸くんが、取り出しておいたチップの移植に取りかかると、お兄さんと弟さん、そして二体のプラッサくんは、じっとその様子を見守っていました。
その沈黙の中、B号プラッサくんが不意に目を上げて、
「ご主人」
弟さんの手を、握手をするようにきゅっと握って言いました。
「プラッサは、『うれしい』も『悲しい』も、『おいしい』も『痛い』も知っています。この気持ちは、みんなご主人からもらったです。‥‥だからプラッサはとても幸せです。プラッサは、電気とごはんと、ご主人の愛で生きています」
少し黙っていた間に、このことを言葉にしようと、すっと考えていたのでしょう。泣きやんだはずのつぶらな眸が、ちょっとだけうるんでいるようでした。
弟さんは、もう何も言いませんでした。ただ、うんうんと頷いて、B号プラッサくんを抱きしめました。
お兄さんは、ふっと溜息をつきました。
「てめえで選んだんだ。悪意と暴力と復讐しかない人生なのはしょうがない‥‥それでも、俺達が育てた小さな生き物が、こんな立派なことを言うようになったんだ。‥‥無駄な長生きなんかより、よっぽど価値があるぜ。それで十分じゃないか」
「‥‥そうだね」
弟さんは、やっと少しだけ笑いました。
「大体、悲観的すぎるんだよ、お前は」
お兄さんが、弟さんの背中をバン!と叩きます。その音に、生プラッサくんがびっくりして、「わひゃっ」としっぽを太くしました。
「めでたしめでたし、と」
陸くんはそう言って、A号プラッサくんの背中の皮膚を接合しました。
「はい、出来上がり。あと三十秒で起動するよ」
生プラッサくんがたたっと駆けより、眠っているようなA号プラッサくんを間近でじっと見つめます。
やがてきっちり三十秒後、A号プラッサくんの耳がぴくり、と動きました。次いで黒い鼻がぴくぴくっと動き、右手が耳をもそりとひと掻き。そうしてから、かふっと大きなあくびをひとつ。
ぱちりと目を開けたA号プラッサくんは、たくさんの人に見つめられていたので、びっくりして、
「わひゃー!」
と言いました。
「プラッサBは、プラッサAがシュウリされているあいだに、ご主人の深い愛を再確認しました」
「いったい何があったですか。気になります」
きょとんと首をかしげるA号プラッサくんに、B号プラッサくんは『ふふふ』と笑い、
「それはひみつです」
「ずるいです! プラッサAも知りたいです!」
そんなやりとりを、お兄さんと弟さんは笑いながら見ていました。
そうして、兄弟と二体のプラッサくんは、そろって帰っていったのでした。
二人と二体が居なくなった研究室で、陸くんはしばらく資料整理や片づけをして、晩ご飯の時間をちょっと過ぎた頃、ようやく、
「じゃ、帰ろっか」
と言いました。根気よく待っていた生プラッサくんは、
「あい!」
と大きな返事をしました。
おうちに帰ると、いらないかも、と言ったごはんがちゃんと用意してありました。お父さんがお母さんに頼んで、取っておいてくれたのです。
「待っててくれたですか?」
「そうだよ」
お父さんは笑いました。
「陸のことだから、そんなに時間はかからないと思ったし、今日の晩ご飯はクリームピラフだったし」
「くりーむぴらふは大好きです!」
「だから取っておいたんだよ」
生プラッサくんは、何かを思い出したように、ぱかりと口を開けました。
「アイですか?」
「愛です」
生プラッサくんの顔いっぱいに、ぱっと笑顔が広がりました。
「神社のプラッサは、電気とゴハンとゴシュジンのアイで生きています。生プラッサは、電気は食べないけど、ゴハンとお父さんのアイで生きているです」
「うんうん。とりあえずごはんを食べなさい」
お父さんはそう言って、頭をなででくれました。
ごはんを食べながら、陸くんと生プラッサくんは今日の出来事を話しました。
生プラッサくんは、細かいことや難しいことは、まだよく解りませんでしたが、お父さんや陸くんと食べるご飯が、とてもおいしいことは解りました。
そして、神社の二人が世界一幸せなプラッサくんなら、自分はきっと二番目に幸せなプラッサくんに違いない、と思ったのでした。
おしまい。
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