生プラッサくん物語

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  その三 冒険プラッサくん来たる  

 さて、何カ月か経ち、生プラッサくんの身長が四センチほど伸びた頃のことです。
 夜、研究所から帰ってきた陸くんが、突然普通のプラッサくんを連れてきました。
「お父さんお父さん」
「はいはい」
 膝の上の生プラッサくんが、あれ?と首をかしげます。
「何で二回返事するですか?」
「陸が二回呼んだからです」
「‥‥それでねお父さん」
「はい」
「‥‥ほんとです」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 陸くんはちょっと溜息をついて、お父さん達の前にプラッサくんバスケットを置きました。
「この子、今晩預かりだからよろしくね」
 言うと同時に、バスケットから、普通のプラッサくんがぴょこっと顔を出しました。
「あっ、プラッサです」
 生プラッサくんが、ぱかっと口を開けて言うと、
「初めまして、プラッサです」
 と普通のプラッサくんが応えました。
「どうしたの、この子」
「ほら、この前言った、川で行方不明になったやつ」
「ああ、あれか。よく見つかったね」
「うん。それで、センターで検査して修理したんだけど、すぐには持ち主に返せないんだよね。一晩普通に生活して様子見ないと」
「これで悪いとこが無かったら、プラッサはご主人のところに帰れます」
 二人の会話を聞いていた普通のプラッサくんが、身を乗り出して言いました。
「プラッサはとても大事にされています。ご主人はきっと悲しい気持ちになっているに違いないです。早くお家に帰りたいです」
「大事ですか」
「大事です」
 生プラッサくんが、ちょっとだけ何かを考えて、えいっとVサインを突き出しました。
 普通のプラッサくんは、あっと云う顔をして、それから指を三本、突き出しました。
 生プラッサくんはぱかりと口を開けました。どうしていいのか解らなくなって、困った顔で陸くんを見ます。
 陸くんは笑いながら、普通のプラッサくんに言いました。
「プラッサくん、この子は新作の生プラッサくんだよ」
「ナマですか! どこが生なんですか?」
「ほとんど全部だよ」
「全部!」
『全部』と言う言葉が気になったのでしょうか、今度は普通のプラッサくんが、ぱかりと口を開けました。
 陸くんは、次に生プラッサくんに向き直ります。
「生プラッサくん、こっちは吉井さんちの、普通のプラッサくんだよ」
「ふつうですか。どのへんがふつうなんですか?」
「生じゃないから普通だよ」
「ふつうなんですね」
 何を考えたのか、生プラッサくんは納得したようにうんうんと頷きました。
「今晩お泊まりだから、二人とも仲良くしてね」
「あい」
 二人分の返事が重なって、プラッサくん達は顔を見合わせて笑いました。



 二人別々にバスケットを並べるのも寂しいので、プラッサくん達は特別に、毛布をたたんだ二人分の寝床を、お父さんにしつらえてもらいました。
 ちょっと向こうには、古くなった小さなソファーが猫用として置かれていて、ブチと赤猫が寝そべっています。
 普通のプラッサくんは、自分が体験した大冒険を、生プラッサくんに話していました。
「‥‥それで、プラッサはバケツタロウとなって、どんぶらこっこと流されていったのです」
「バケツタロウですか!」
「モモが流れていたらモモタロウになったかも知れないです」
「すごいです!」
 バケツタロウって何なんだろうと、傍らでお父さんが考え込んでしまいましたが、プラッサくんのお話はまだまだ続きます。
「でも、そのうち、大きな黒いコイや、あかとしろのコイの他にも、さかなが多くなってきて、海が近づいてきたのがわかりました。海には、サメや、まぐろや、シーラカンスがいます』
「まぐろはおいしいです。『しいらかんす』はおいしいですか?」
「図鑑によると、とても大きなさかなです。まだプラッサは食べたことありません。でも、プラッサは小さいので、ひとくちで食べられてしまうです」
「ひとくちですか!」
「だからバケツタロウをやめて、浅いところを歩くことにしたのです」
 その頃、話を聞いていた猫達は、
『どっちみち普通のプラッサくんはナマじゃないから、いくら大きいサカナだって食べないわよ』
『そうよね』
 などと話していましたが、プラッサくん達は聞いていないようです。それぞれの変な会話に、お父さんは茫然としていましたが、普通のプラッサくんのお話は、さらに怪しくなっていきます。
「それで、ねずみなのにねずみ色じゃないんです!」
「ええっ!!」
「ねずみはねずみ色だと思っていたのに、茶色い集団だったので、プラッサは大きな衝撃を受けました」
「集団!」
 どうも生プラッサくんは、いつも妙なことが気になるようです。
「集団とはたくさんですか?!」
「たくさんの集団でした」
 普通のプラッサくんは何となく遠い目で続けました。
「危ないところだったですが、ひっさつわざを使ってけいけんちを得ました」
「ひっさつわざ!‥‥でも『けいけんち』ってなんですか?」
「プラッサはたくさんの茶色いねずみを倒しました。少しかしこくなったのです」
 お父さんの横で、陸くんが『うそうそ』と手を振ります。
「(普通のプラッサくんは護身上、電流の一時放出が出来るんだよ)」
「(必殺技で経験値‥‥持ち主の人がゲーマーかな)」
「(小学生だって。サターン派と見たね)」
 お父さんと陸くんは、ぼそぼそと小声で語らいました。
「‥‥でも、しっぽがなくなっていたので、プラッサはもっと大きな衝撃を受けました。‥‥とても悲しかったです」
「ええっ!!」
 生プラッサくんのしっぽが、驚きに『ぼわっ!』と太くなりました。普通のプラッサくんが、その反応にびっくりして、ぱかりと大きく口を開けます。
「で、でも、ねずみ色の正しいねずみがプラッサを助けてくれました。だいじょうぶです」
「‥‥だいじょうぶですか」
 安心したらしく、生プラッサくんのしっぽは徐々に元通りになっていきました。
「茶色いねずみはまちがっているですか?」
「プラッサよくわかりません。でも図鑑には載っていたから、まちがっていないかもしれないです」
「何だかむずかしいです」
「です。‥‥そのねずみ色のねずみは、クモの糸なのでいっしょに助かりました」
「クモノイトってなんですか?」
「ひとりだけ助かろうとすると、血の池地獄に落ちてしまうです」
「チノイケジゴク!」
『蜘蛛の糸』に続いて、何だか発音があやふやですが、普通のプラッサくんは気にしていません。
「そのねずみ色のねずみは、白いねずみになったです。プラッサが修理されているうちに、ヒョウハクされて白くなりました」
 またしても、陸くんが『違う違う』と手を振りました。
「(普通のハムスターだって。多分、元々ペットかなんかの逃げたやつだったんだよ)」
「(漂白‥‥やだなあ)」
「その白くなったねずみは、はかせが飼うので持っていきました」
「(‥‥‥そうなの?)」
「(‥‥実は内緒でお母さんちに)」
 陸くんはかりかりと頭をかきました。
「プラッサはヒョウハクしても黒かったので、毛並みを伸ばして刈りました‥‥あとはご主人のところに帰るだけです」
「あした帰るですね、生プラッサはちょっとさびしいです」
「‥‥さあさあ、そろそろ寝なさい」
 適当な頃合で、お父さんは言いました。
「早く寝ると早く朝になるんだから」
「(大嘘つき)」
 と小声でささやく陸くんの頭をぐりぐりして、
「お父さんの必殺技、『寝なさい!』が炸裂! プラッサくん達は寝てしまった!」
「わひゃー!」
「ぐう!」
「バクスイです!」
 お父さんの言葉に、プラッサくん達はばたばたと倒れ込んで、眠るまねをしました。その隙に、お父さんがおなかにタオルをかけてやり、しばらく頭や背中を撫でてやると、やがて本当に二人とも眠ってしまいました。
 普通のプラッサくんはご主人の夢を、生プラッサくんはまだ見ぬシーラカンスの夢を見るに違いありません。
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