顔に当たった。
 ……このまま、頑として首をそむけ、口を開かぬという選択もあった。
 伝蔵の家族に顔向けできない立場ではあっても、しかしこれほどの陵辱に唯々諾々と従わねばならないというものでもない。
 だが……土井は見たことがあったのだ、墨染めの衣に、黒糸で縫いつけられた経の一文を。
 伝蔵の忍び衣の裾に、目立たぬように、黒糸でつづられたそれを見つけたのはいつだったか……
 伝蔵は知っているのか。それとも、彼の忍び衣にはすべてにその細工が施されていて、もう当然過ぎるほどのものであったのか……
 土井は一度も伝蔵にそれを訊ねたことがない。
 伝蔵の妻である女の、どんな思いがそこにこめられているものか……
 無事を祈るか。それとも、手向けの花もなく、野山に朽ちるかもしれぬ忍びに仏の導きを祈ったか。
 それを思えば、土井はただ、瞑目するしかないのだ。
 きっと。
 今、自分に陵辱の目的で男根を突きつけているこの若者の衣にも……同じ祈りの言葉が、同じ女の手によって、縫い取られているだろう……
 利吉の男根を押し付けられながら、土井にはまるでそれが、夫を思い、子を思い、家を守る女に贖罪を求められているもののように感じられるのだ……。
 土井はゆっくりと口を開いた。
 大きく開いた。
 舌に、まだ重く垂れるそれを乗せるようにしながら、口いっぱいに、頬張った。



 丁寧に。丁寧に。舌全体を使って舐め清め、唇を使ってしごいた。
「……くぅ……」
 上から、鳴くとも呻くともつかぬ声が漏れてくる。
 土井は一心に、口の中のものを、口全体を使って、愛撫する。
 すぐにそれは、土井の口の中でエラを張り、硬度を増し、猛り立った。
 ぐっと。髪をつかむ手に力がこもる。
 さらに深くへと望まれて。
 土井は喉を開く。
 利吉の若草に鼻先を埋めて、深く深く、土井は根元まで利吉自身を含みこんだ。



 突然。
 口の中からそれが引き抜かれた。
 もうそれは……土井の口の中に、青臭い香りとともに先走りの露をしたたらせていたから……土井は驚いて利吉を見上げた。
 利吉の瞳が狂おしく光っている。
「……そんなに……あなたはコレが好きなんですか……」
 低く問いかけてくる声が震えていた。
「そんなに……コレが好きですか。それとも、父のモノに似ていましたか……ずいぶんとおいしそうにしゃぶっていらっしゃった……父も、こうして喜ばせてやってたんですか……!」
 避ける間もなかった。
 利吉の拳が飛んで来て、頬を殴りつけられた。



 後ろ手に縛られている上に、膝立ちの不安定な姿勢だったから、土井は簡単に倒れこんだ。
 胸倉をつかんで引き起こされ、また殴られた。
 そしてまた、胸倉をつかんで引き起こされ……
「ねえ……教えてください……」
 利吉の血走った眼が間近にあった。
「ねえ……あの父が、どうして母を裏切るようなことができたのか……ねえ、どんな手管を使ったんですか……なんて口説いたんですか……それともあの人は……それほどだらしのない人だったんですか……?」







 土井はごくりと唾を飲む。
 尊敬していたろう、目標にもしていたろう。忍びとしての矜持を己に課すとき、父の姿が支えになったこともあったろう。その父が、同僚の若い男と睦む姿を見たのだ……
 利吉の気持ちが、痛い。
 殴られた痛みより、痛い。
「……山田先生は……悪くない……」
 最前、利吉の怒りをあおった言葉を、土井はもう一度繰り返した。
 利吉の頬が、ひくりと引きつった。
「……じゃあ……悪いのはやっぱりあなたですか……」
 再び、土井は荒々しく床へと突き倒され、肩をしたたかに打ちつけた。
 床に顔を擦り付け、荒い息で痛みをこらえようとしている土井の下半身に、利吉の手が掛かる。
 袴を取られる。
 下帯も取られた。
 膝を立てて、高く尻をかかげさせられた。
 ひゅうひゅうと、利吉の息も荒いでいる。
 むきだしのそこを殴られるのを、土井は覚悟した。
 だが。
 覚悟していた痛みは与えられず……
 代わりに、利吉の手は土井のむきだしの臀部を、撫で始めていた……



「ここが……そんなにいいんでしょうか……」
 床に顔を擦り付ける格好の土井には、利吉の顔が見えない。
 憎憎しげないたぶりの言葉ではなく、好色にゆるんだ口調でもなく。
 利吉は芯から不思議そうに呟いている。
「わたしがいる……母がいる……なのに……ここがそんなに具合がいいのかな……」
 溝の奥の菊のすぼまりを、利吉の指にさすられた。
「……きゅっと閉じてる……本当にここに、父のモノが入るんですか……?」
 質問の形ではあっても、答えを求められているとは思えなかった。
 土井が黙っていると、
「父が、ちっとも家に帰ろうとしないのも、やはりあなたのせいですか」
 今度ははっきりと問いかけられた。
 土井はやはり正確に答えようとする。
「……そうなら、うれしいけれどね……」
 ちがうんだよ、本当に今年の受け持ちのクラスは大変で……
 言葉は最後まで聞いてもらえなかった。
 狭間に鋭い痛みが走った。
 指を突き込まれたのだ、と理解するより早く、再び利吉の暴力が始まっていた……



 殴られた。
 突きこんだ指で、中を抉られた。
 手ひどく痛めつけられる中で。
 指が利吉自身に代わった。
 裂ける痛みにたまらず声が上がった。
 その口を塞がれた。
 彼の父が、あの夜、したように。
 布の塊が、口の中に押し込まれた。
 ただそれが。
 頭巾でも手ぬぐいでもなく。
 土井自身の下帯だっただけのこと。



 嵐の一刻。
 終わりを告げたのは、高く細い音だった。
 それが利吉の泣き声だと。
 顔は擦り傷だらけ、下半身は痛めつけられて疼痛が消えない状態で。
 土井が気づくことができたのは、ぽたりと背に垂れた、あたたかい雫のせいだった。



 土井は身じろぎして、利吉の顔を見る。
 歯を食いしばり、利吉が泣いていた。
 泣きながら……土井の手を戒めていた縄をほどき、口の中のものを取り、おそらく血が流れているだろう、陵辱の跡をぬぐう。
 ぬぐいながら、利吉が口を開いた。
「……なんで……父なんですか……」
 え、と土井は目を見開く。
 これは、ちがう。今までの利吉の怒りとは方向が、ちがう。
「なんで……父なんですか……」
 ただそう繰り返す利吉の眼から、ぽたぽたぽたぽた、涙がこぼれてくる。


「……あなたに……こんな……こんなことが、したかったんじゃない……!」
 歯を食いしばり、涙をこぼし、握り締めた拳を震わせ、利吉が呻く。
 なぜ、土井の相手が父なのか、と。
 こんなことがしたかったんじゃない、と。
「……利吉くん……」
 もしかしたら、と思ったことがないわけではなかった。利吉の視線に熱や優しさを感じたことが、なかったわけではなかったのだ。
 今日初めて、土井は自分のほうから利吉に問いを放った。
「……わたしが、好きなの……?」
 利吉の言葉はなく。
 ただ、床に落ちる涙の雫と、膝の上で固く握られた拳の震えが、土井に答える。
「…………」
 身を起こしかけると、体中の節々が悲鳴を上げたが、土井はうなだれる利吉へと手を伸ばした。
 こんな暴行に彼を走らせたのは……父の不倫を知った衝撃のせいばかりではなかったのか。
 尊敬する父に裏切られた、失望した、そのつらさのせいばかりではなかったのか。
 一人家を守る母に代わっての、怒りばかりではなかったのか……
「利吉くん……」
 手をかけると、それとわかるほど、びくりと利吉の肩がはねた。
 払いのけられるかと思った。
 また侮蔑の言葉を投げられるかと思った。
 それでもいいと思った。
 ゆっくり土井は利吉の肩を抱きこんだ。
 拒絶はない。
 それこそが、彼の傷の深さを語るようで……
「……ごめんね……ごめんね」
 背を撫でた。
 父上に、君の母上を裏切らせることになって。
 ――君の想いに、応えられなくて。



 利吉の背を撫でながら、土井の眼は利吉の着物の裾に散る糸文字を捉えた。



     南無阿弥陀仏
     六文字にこめられた想い。
     土井はそっと頭(こうべ)を垂れる。
     許してください。
     利吉へと、呟いた。

 

 


                            了

 

 

 

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