顔に当たった。 |
土井はごくりと唾を飲む。 尊敬していたろう、目標にもしていたろう。忍びとしての矜持を己に課すとき、父の姿が支えになったこともあったろう。その父が、同僚の若い男と睦む姿を見たのだ…… 利吉の気持ちが、痛い。 殴られた痛みより、痛い。 「……山田先生は……悪くない……」 最前、利吉の怒りをあおった言葉を、土井はもう一度繰り返した。 利吉の頬が、ひくりと引きつった。 「……じゃあ……悪いのはやっぱりあなたですか……」 再び、土井は荒々しく床へと突き倒され、肩をしたたかに打ちつけた。 床に顔を擦り付け、荒い息で痛みをこらえようとしている土井の下半身に、利吉の手が掛かる。 袴を取られる。 下帯も取られた。 膝を立てて、高く尻をかかげさせられた。 ひゅうひゅうと、利吉の息も荒いでいる。 むきだしのそこを殴られるのを、土井は覚悟した。 だが。 覚悟していた痛みは与えられず…… 代わりに、利吉の手は土井のむきだしの臀部を、撫で始めていた…… 「ここが……そんなにいいんでしょうか……」 床に顔を擦り付ける格好の土井には、利吉の顔が見えない。 憎憎しげないたぶりの言葉ではなく、好色にゆるんだ口調でもなく。 利吉は芯から不思議そうに呟いている。 「わたしがいる……母がいる……なのに……ここがそんなに具合がいいのかな……」 溝の奥の菊のすぼまりを、利吉の指にさすられた。 「……きゅっと閉じてる……本当にここに、父のモノが入るんですか……?」 質問の形ではあっても、答えを求められているとは思えなかった。 土井が黙っていると、 「父が、ちっとも家に帰ろうとしないのも、やはりあなたのせいですか」 今度ははっきりと問いかけられた。 土井はやはり正確に答えようとする。 「……そうなら、うれしいけれどね……」 ちがうんだよ、本当に今年の受け持ちのクラスは大変で…… 言葉は最後まで聞いてもらえなかった。 狭間に鋭い痛みが走った。 指を突き込まれたのだ、と理解するより早く、再び利吉の暴力が始まっていた…… 殴られた。 突きこんだ指で、中を抉られた。 手ひどく痛めつけられる中で。 指が利吉自身に代わった。 裂ける痛みにたまらず声が上がった。 その口を塞がれた。 彼の父が、あの夜、したように。 布の塊が、口の中に押し込まれた。 ただそれが。 頭巾でも手ぬぐいでもなく。 土井自身の下帯だっただけのこと。 嵐の一刻。 終わりを告げたのは、高く細い音だった。 それが利吉の泣き声だと。 顔は擦り傷だらけ、下半身は痛めつけられて疼痛が消えない状態で。 土井が気づくことができたのは、ぽたりと背に垂れた、あたたかい雫のせいだった。 土井は身じろぎして、利吉の顔を見る。 歯を食いしばり、利吉が泣いていた。 泣きながら……土井の手を戒めていた縄をほどき、口の中のものを取り、おそらく血が流れているだろう、陵辱の跡をぬぐう。 ぬぐいながら、利吉が口を開いた。 「……なんで……父なんですか……」 え、と土井は目を見開く。 これは、ちがう。今までの利吉の怒りとは方向が、ちがう。 「なんで……父なんですか……」 ただそう繰り返す利吉の眼から、ぽたぽたぽたぽた、涙がこぼれてくる。 「……あなたに……こんな……こんなことが、したかったんじゃない……!」 歯を食いしばり、涙をこぼし、握り締めた拳を震わせ、利吉が呻く。 なぜ、土井の相手が父なのか、と。 こんなことがしたかったんじゃない、と。 「……利吉くん……」 もしかしたら、と思ったことがないわけではなかった。利吉の視線に熱や優しさを感じたことが、なかったわけではなかったのだ。 今日初めて、土井は自分のほうから利吉に問いを放った。 「……わたしが、好きなの……?」 利吉の言葉はなく。 ただ、床に落ちる涙の雫と、膝の上で固く握られた拳の震えが、土井に答える。 「…………」 身を起こしかけると、体中の節々が悲鳴を上げたが、土井はうなだれる利吉へと手を伸ばした。 こんな暴行に彼を走らせたのは……父の不倫を知った衝撃のせいばかりではなかったのか。 尊敬する父に裏切られた、失望した、そのつらさのせいばかりではなかったのか。 一人家を守る母に代わっての、怒りばかりではなかったのか…… 「利吉くん……」 手をかけると、それとわかるほど、びくりと利吉の肩がはねた。 払いのけられるかと思った。 また侮蔑の言葉を投げられるかと思った。 それでもいいと思った。 ゆっくり土井は利吉の肩を抱きこんだ。 拒絶はない。 それこそが、彼の傷の深さを語るようで…… 「……ごめんね……ごめんね」 背を撫でた。 父上に、君の母上を裏切らせることになって。 ――君の想いに、応えられなくて。 利吉の背を撫でながら、土井の眼は利吉の着物の裾に散る糸文字を捉えた。 南無阿弥陀仏 六文字にこめられた想い。 土井はそっと頭(こうべ)を垂れる。 許してください。 利吉へと、呟いた。
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