罪人たちの季節
<四>
ただ、見せつけてやりたかった。 思い知らせてやりたかった。 こいつは、おれのものだって。 見せつけて、やりたかった―――。
その日は、梅雨の中休みの蒸し暑い日だった。
昨日までの雨をたっぷりと吸い込んだ地面は、夏に近い太陽にあぶられて生暖かな湿 気を吐き出し、肌には嫌な蒸し暑さがまとわりついた。
そんな日に、裏々山での実習に参加した六年は組の生徒達は、じわりとにじむ汗が流 れてもいかずに肌に粘つく不快感と、泥にとられた足の重さにぼやきながら、山中を駆 けずり回っていた。
六年ともなると、梅雨の間の体力維持が目当ての実習も、一筋縄では行かない工夫が されている。今日の実習はクラスの中で密書を持つ者からそれを奪うというものだが、 当然、それが誰であるのかは秘密にされている。山中に散らばったクラスの中の誰かが それを持っており、それが誰であるのか、虚々実々の情報をやりとりしながら、密書を 争うのだ。
一致団結して一人を追うならことは簡単だが、その誰かが誰かもわからず、その上に 捕まえた者には間もなく始まる期末考査に50点の上乗せがされるとあって、仲間の足 を引っ張るための嘘も駆使されたから、ややこしかった。密書を握った者は逃げ切って 一刻(二時間)の授業終了時に戻ってくれば50点の上乗せがされるから、これも必死 で嘘の情報を流して逃げ切ろうとする。足元の泥以上に、状況はぐしゃぐしゃだった。
その中で。 庄左ヱ門は番小屋の太い梁の上にいた。
授業終了まであと四半刻(30分)。さっきまで、山中で密書を持つ誰かを必死に探 す振りをしていたが、そろそろ限界だ。
ひとりひとりの懐に手を突っ込んで確認するという、おそろしく手間はかかるが、そ の分確実な消去法を使っていた金吾が的を絞り込む頃だ。後は姿を隠して授業時間が終 了する間際まで待ち、学園まで走り込むしかない。
懐の密書を押さえて、庄左ヱ門は気配が立たぬように九字を切った。 その時だ。 番小屋の戸が開いた。
入って来たのは‥‥きり丸と乱太郎だった。
「ほんとに‥‥誰が持ってるんだろう」 「金吾は気がついてるみたいだぜ」 「じゃあ、金吾にくっついてようか」 「よせよせ。50点ばか上がったってしょうがないじゃん。‥‥それよりさ‥‥」
戸につっかい棒をかませたきり丸の手が、次に乱太郎に向かって伸びた。 「‥‥え‥‥だって、きり丸、授業中だよ‥‥」 「雨のせいでさ、ずっとおあずけだったろ‥‥」 口を吸い合う濡れた音が庄左ヱ門のもとまで届いた。 「‥‥あ‥‥駄目だって‥‥授業中なんだから」
かすれたささやき声で乱太郎は言いながら、それでもきり丸の腕から逃れようとはし ない。 「つれないこと言うなよ。‥‥な、乱太郎‥‥」 きり丸がゆっくりと乱太郎を押し倒して行く‥‥。 うわあ、どうしよう、と庄左ヱ門は焦る。 見てはいけない、と思う。思いながら、目を離せない。 忍び頭巾を滑り落としながら乱太郎がのけぞる。 その喉元にきり丸が顔を伏せているのは‥‥首筋を嘗めてでもいるのだろうか‥‥。
乱太郎の上着も袴も、魔法のようにするするとほどけて行って、きり丸がたくしあげ た下衣から桜色した乳首がのぞき、きり丸の手が滑った先の下肢は覆うものもなく露に なった。 見ちゃ、いけない、と思う。が、庄左ヱ門の目はどうしてもそこから離れてくれない。
脱がされた着物がまとわりつくだけ、ほとんど全裸になって白い肌をさらした乱太郎 を、後ろから横抱きにしたきり丸が愛撫していく。きり丸の指が乱太郎の胸の小さな突 起の回りに円を描き、二本の指でそこを揉みこむ。内股を這った手が立ち上がりかけた そこを包んでしなやかにしごく。
見てはいけないと思いながら。 「うぅ‥‥ん、あ、ハ、ン‥‥あ、あ‥‥」 乱れて行く息と上がる喘ぎを聞いちゃいけないと思いながら。 庄左ヱ門は息詰めて、眼下で繰り広げられる痴態を見つめていた。
ふたりが、そういうことをする仲だとは、とうの前から知っていた。
夜中にふと目覚めて厠へ行く途中に、乱太郎が今のように上げる声を聞いたこともあ る。誰もいないと思って踏み込んだところで、ぱっとふたりが離れるのを見たこともあ る。男女の交合を描いた枕絵や、その細部を描写した艶本を見たこともある。
が、庄左ヱ門が見聞きしたそれは、「暗示」と「外郭」と「知識」でしかなかった。 情を交わすというのは‥‥本当に、全身の肌をこんなふうに‥‥くまなく触らせるこ とで‥‥こんなふうに、こんな‥‥。 壁際に座らせた乱太郎の股間にきり丸が顔を伏せている。
きり丸の頭をすがるように握り締めた乱太郎の上げる声に、華やぎと艶が濃い。 「きり丸‥‥! きり‥‥あっ! だめだよ‥‥っく! うあ‥‥!」 さっと全身を紅潮させた乱太郎が小刻みに震えて背をのけぞらせた。
それを‥‥受け止めたのだろうきり丸がゆっくりと顔を上げ、聞く。 「‥‥どうする?」 顔の火照りも冷めやらぬ乱太郎が、熱に浮かされたような目できり丸を見つめて、答 える。 「‥‥うん。欲しい」 「じゃあ、またがりな」 屹立したそこをさらして、きり丸が誘う。 白い裸身をふらりと起こして、乱太郎がきり丸の上に乗る。 腰を、落とす。 「アアッ‥‥ンッ!」
一際高く上がった声に、庄左ヱ門は自分の心臓が跳ねるのを覚えた。 リズミカルに乱太郎の上体が揺れる。 白い肌は上気して桜色。栗色した髪が、乱れて揺れて。その腰をつかむのは、きり丸 の手。腰をつかまれ、揺すられて、乱太郎が乱れる。
庄左ヱ門は水が欲しいと思う。‥‥口の中が‥‥カラカラだ。 もっと見ていたい、と思うのか。いや、もうたくさんだと? たくさんだ。 眼前の生々しさに圧倒されていた体に、ようやく感覚が戻って来たような気がした。 ‥‥痛い。
こんなふうに‥‥こんな‥‥きり丸に触れられて気持ち良くなる乱太郎を、見ている のは、つらい‥‥。 もういい! 激しくそう思った。 いつの間にかつかんでいた柱に、爪が立った。
その時。揺らめいた気配が伝わったのだろう、のけぞっていた乱太郎が、ふと目を開 いた。 目が、合った。
梁の上と床の上で、それぞれに、瞬間に硬直があり。
慌てた乱太郎が身を折るように竦めた。 「だ、だめ! きり丸、人が‥‥!」 「‥‥‥‥」
押し止どめようと乱太郎が動くのも構わずに。きり丸は無言で、貫いたままの乱太郎 を床の上に押し倒した。 「だ、だめだってば! き、きり丸! 庄左ヱ門が‥‥ひっ!」
大きく足を開かれて、のしかかったきり丸に深くうがたれて、乱太郎が悲鳴を上げる。 「やめて‥‥! やだ! きり丸ッ!」
乱太郎の制止を聞こうともしないきり丸に、庄左ヱ門は直感する。わざとだ。最初か ら、知ってた。自分がここにいることを。きり丸は知ってて見せつけてる‥‥。
たまらなかった。 庄左ヱ門は梁の上からふたりに背を向けて飛び降りた。 もう一秒だっていられない。 が、きり丸がかったつっかい棒はしっかりと戸に食い込んで簡単に外れなかった。 「‥‥く!」 焦った指が滑るのに歯噛みする。 「もういいのか、委員長」 後ろから落ち着き払った声がした。
思わず振り返った庄左ヱ門は、深い怒りに目を光らせたきり丸と、そのきり丸に押さ えつけられ、広げた下肢にきり丸をのんで、涙の滴を見せる乱太郎の傷ついた表情とを 視界におさめた。 「もういいのかよ、委員長。さいしょっから舌なめずりして見てたんだろうが。どうせ なら、最後まで見ていったらどうだ」
毒のこもるきり丸の言葉に、庄左ヱ門は声を絞り出す。 「‥‥最低だ。おまえは最低な奴だ‥‥!」 ふくれあがった怒りにまかせて、庄左ヱ門はつっかい棒に手をかけた。棒は音立てて 飛び上がった。 後ろ手に戸を閉めて、庄左ヱ門は荒い息をつく。 眼の前に、乱太郎の喘ぎくねっていた白い裸体がちらつく。
触れたくて触れたくて、でも、手さえ握るのも、わざとらしくはないか、変に思われ やしないかとびくびくせずにはいられなかった。それを好きに脱がせて好きに扱って、 しかも乱太郎を喜ばせていたきり丸が、許せない。
許せない‥‥! 庄左ヱ門はあふれて来た涙を、ぐい、とこぶしでぬぐい取る。 腹が立つのか、傷ついているのか、妬ましいのか‥‥ごっちゃになった涙を、こぶし でぬぐった。 駆け去りかけて、しかし、庄左ヱ門の足は止まった。 なぜ、自分が逃げ出さねばならない。
恥ずかしい思いをさせられたとは思う。が、恥ずかしがるべきなのは、自分ではなく てきり丸だ。乱太郎まで傷つけて平気なきり丸こそ、逃げ出すべきだ。
ぐっと庄左ヱ門は踏みとどまった。 小屋から飛び出してしまった。 でも、もう逃げない。 逃げ出すべきなのは、おまえだ、きり丸。 にらむように庄左ヱ門は小屋の戸を振り返る。 その戸が、外れるほどの勢いで、ばん、と開いた。
忍び頭巾を握り締め、まだ襟元も乱れたまま、袴の紐もゆがんだ乱太郎が、飛び出し て来た。 「庄ちゃん‥‥!」 驚きの声を上げて乱太郎がすくむ。 咄嗟に顔を直視できぬ思いに、庄左ヱ門も視線を泳がせる。 それぞれにいたたまれぬ思いに身動きもできぬふたりの間に、低い声が落ちる。 「なんだ。まだいたのか」 庄左ヱ門はきっと目を上げる。 小屋の戸にもたれて、きり丸が暗く目を光らせていた。
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