食われてしまうのだと聞いた。
「アイツ、アイツも、ホラ、食われたんだって」
級友のささやきは、ねつく、密やかだった。
「……あ、ほらっ! しっ!!」
わざとらしい指立てと同時。教室に学園一、若い教師が入ってきた。
食われたと噂された者たちは、しかし、周囲の目に動じない。
超然とし、鼻で笑いそうな気振りさえある。
噂する者たちは。
どこか隠微に、どこか恐ろしげに……そして、どこかうらやましげなのだ。
呼ばれた。
「今度はおまえだぞ、きっと」
悪友どもはヒヤヒヤと肘つつき、ひそめた笑いを漏らす。
「なにがだ」
憮然と利吉は答える。
私室に土井は一人で座していた。
「失礼します」
利吉は学園一若い教師の前に、きちんと膝をそろえて座る。
「なにか御用でしょうか」
ああ、と土井は顔を上げる。
「今度の授業をね、グループ分けして実習形式で進めるつもりなんだけど、委員長である君の意見を聞きたいと思って」
「どんなグループに分けるんですか」
問いに土井は机の上に一枚の紙を広げる。
「これなんだけど……見てもらえるかな?」
「……はい」
利吉は机ににじりより、土井の手元をのぞきこむ。
……生徒とはちがう。
でも、もとが童顔な土井の顔は、ふと教師という立場を忘れさせるほどに若い。
人好きのする、親しみを覚える顔立ちを、何人かの生徒たちは「可愛い」と評するのだ。
……確かに、利吉の見る土井のほほは柔らかそうな曲線を描いてあごへと流れている。
……この、先生が。
生徒を食らうのだと言う。
可愛く、明るい、この顔で。
人好きのする、この笑顔で。
生徒を食らうのだと言う。
相槌の止まった利吉に、土井が顔を上げる。
「……利吉君?」
間近で、目が合った。
「先生は、生徒を食うんですか」
間近で瞳を合わせたまま、利吉は一息に聞いた。
瞬間の、土井の瞳を利吉は忘れない。
笑みが消えた。
いつもの、おだやかであったかい、なにかが消えた。
かわりに……恐ろしいほどに、冴え、しかも、強い……
その視線は一瞬で利吉の底の底をさらう。
まだ、利吉自身にもどうしようもない、青くて固い芯の部分まで。
「……そうだよ」
すぐと。土井はいつに変わらぬ笑みを浮かべた。
「夜中にね、口が耳まで裂けるんだ」
はぐらかされたと、思った。
利吉15才、土井22才。
恋未満。遊びにも、未満な頃。
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