気まずい沈黙が落ちている。
共に暮らすようになって、もう間もなく一年になる。
同じ時間を同じ空間で過ごし、より近しくなった。より親しくなった。より……遠慮もなくなった。
近しさと親しさと、共にあることに狎れた、その安心感が。
「これは許せぬ」と構えるほどのことではない些末事で。
簡単に、不平を爆発させる。
そう。きっかけはいつも、些末な事。
なのに伝わらぬもどかしさが、怒りに拍車をかける。
「もういいです!」
利吉はいつもの台詞を、土井に背を向けながら、吐き捨てる。
しかし。
そのまま、土間へ出ようとした利吉の手は、これは初めてのこと、土井の手にしっかりと掴まれていた。
「……もういいです……?」
振り返れば土井の瞳が怒気をはらんで利吉を見据えている。
「……なにが、もういいんだ」
「だから!」
手を引こうとしながら、利吉は叫ぶ。
「あなたにはどれだけ話しても通じない! 聞く気がない人間にいくら話しても無駄なだけだ! だからもういいと言ってるんです!!」
利吉の言葉が終わるか終わらぬうち。
「いいかげんにしろっ!!」
土井の罵声が部屋に響いた。
土井の指が手首に食い込む。
だが、それ以上にきつく激しく、土井の視線が利吉を射抜く。
「……わかろうとしないのは、どっちだ……?」
一転。
低く、低く。
利吉を責める言葉が、土井の口から放たれる。
土井の、やはり初めての糾弾に反発するように、利吉は土井をにらみ返す。
土井もまた、しっかりと利吉の瞳を見据え、そらさない。
やがて。
利吉の目がわずかに揺れ。土井の目から怒りの荒々しさが消え。
利吉の視線が力なく地へと落ちた。
それきり。
気まずい沈黙。
二人にとっては短くはない時間の後。
「……悪かった」
土井の苦い声が沈黙を破る。
利吉の手を掴んでいた土井の指が離れていく。
「うまく、言えないが……君が出て行ったら、その……仲直りだって一人ではできないだろう?
出て行ってる君も、待ってるわたしも……その間、いやな気分だ。……そういうのは……よくない。よくないよ……」
「……仲直り……」
その言葉が新鮮で。
利吉は小さく呟く。
土井が生真面目にうなずく。
「あなたが……わたしが出て行っている間……どんな気分でいるのか……正直、考えたことはありませんでした……」
「……君の気持ちはすべて……わかっているよとは言えないけど……それでもね。悪かった、の一言くらいは言いたいと思うんだよ。
なのに、その時にはもう君は家の中にいないんだから……」
「……すいません、でした」
「……いや。今度のことはわたしも……不注意だった」
フリーの一流忍者として名を馳せる利吉。
温厚で優しい人柄を生徒に慕われる土井。
だが。素に戻った彼等は、どちらも、少しわがままで。少し愚かで。
だから、ぶつかる。
だけど、許せる。
そのわがままも愚かさも。
ぶつけあって、なお。
……好きだよ。
……好きです。
柔らかく、唇合わせて……
了
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