利吉が忍び道具にやすりをかけている。
金物の道具は時々こうしてやすりをかけ油を塗っておいてやらないと、いざと言うとき、錆びが来て使い物にならない。
半助は、囲炉裏端で作業に余念のない利吉の横顔をちらりと見やる。
ともに暮らしてもう五年を過ぎるが、それでもやはり見飽きない、見るたび、ほんとうに綺麗だと思う。
半助は利吉を綺麗だと思う。
絹糸のようになめらかな髪がうつむく顔に沿って流れ、長い睫毛が鳶色の瞳を覆って陰を作る。形よく高い鼻の下に、今はきゅっと結ばれた唇も、上唇下唇のバランスよくほどよく肉付いて嫌みがない。……口元には品が出るから、やはり利吉は品があるんだよな、などと半助は思う。
女めいた線の細さはない。二十も半ばになって、肩にも首にも胸にも手首にも厚みがつき、十代の頃のまだ成熟しきらぬたおやかさは脱ぎ去っている利吉だ。裸体をさらせば、それは男性美の極致と思われるほど、整って力強い肢体なのだ。
しかし。母譲りと言われる美貌のせいだろうか、それとも、男性らしさを備えながらも、もとは細みな造りのせいだろうか。どこか付け入りたくなる甘さがあるように半助には思える。
――押し倒してみたくなるんだよなあ。
本の陰から、半助は利吉を見る。
実際、押し倒してみたことがある。
抱いたことがある。
去年のことか。女装の利吉のあまりの美しさに、つい、我慢がきかなくなった。
涙ながらに半助の欲望を受け入れてくれた利吉はけなげで可愛らしく、半助はよく見知ったはずの相手の、見知らぬ一面に触れた思いがしたのだった。
きれいで、かわいく、そして……色っぽかった。
何度も何度も触れたことのある躯だったが、男として半助の上にある時と、半助を受け入れるために開かれている時とでは、まるで肌そのものがちがってみえた。
半助の中にあったほの暗い欲望が、刺激された。
初めてではないと本人が言ったし、こういう生業で操が無傷で来たとも思えないが、蹂躙を常に許しているはずもないそこは堅くきつく……痛みをこらえて半助を受け入れるそのさまには、少女の破瓜(はか)の痛々しさがあった。
つい。夢中でむさぼった。
――それがまずかったんだよなあ。
半助がそう思うのは、反省しているわけではない。失敗を悔やんでいるだけである。
攻守逆転させたその情交のあと、利吉は男性としての自信を喪失してしまった。
その自信を取り戻させるのに神経を使ったのだから、もう攻守交替は望まぬ方がよいのだとは、半助も思うのだが。
――二度目なら……一度目ほどはショックも受けないんじゃ……。
つい、不埒な欲望が頭をもたげる。
「そういう目で見るのはやめて下さい」
突然だった。
手入れの手を休めもせず目も上げず、突然、利吉がそう言った。
盗み見ているだけのつもりだったのに、気づかれていたか。半助は少しばかりうろたえる。
「そ、そういう目って……」
「そういう目です。いやらしいオヤジのような目で人を見るのはやめて下さい」
「……綺麗だなあと思って見とれてただけなんだけど」
半助は持っていた本から目だけを出して利吉を見る。
「こういう目はだめ?」
「羨望や憧憬の眼差しは受け慣れていますが、あなたの視線にはもっと淫らなものを感じます」
初めて利吉が顔を上げた。真正面から半助に目を合わせ、
「不愉快です。やめて下さい」
言うだけ言うと、また何事もなかったかのように、道具の手入れを続ける。
「……はあ」
これだけきっちり予防線を張られては、なかなか次の機会は作りづらい。
同居を始めて間もない頃は、一緒に春本をのぞき込んでからかえば、耳まで真っ赤にしていたのに。
――さて。どうしようか。
すっかりしなやかにたくましく成長した『獲物』を前に、半助は思案した。
プライドは高い。
姑息な罠を使って思いを遂げても、怒りと反発を食らうだけだろう。
が、ここまでこちらの下心を読み警戒している相手を、一から口説くといっても無理がある。
利吉と不仲になるのは本意ではない。
――なんとかその気になってくれないか……。
ふう、とため息をつきながら半助は触れるだけは自由に触れることのできる利吉の肩を撫で下ろす。
その撫で方にやはり下心がにじんでいたか。
「……半助」
半助の胸に唇を当てていた利吉が顔を上げた。
うん? と無邪気を装って半助は利吉を見上げる。
利吉が長々と腹の底からため息をついた。
「……どうも、自信がなくなりますね。あなたにそちらばかりを望まれると、十分な満足をあなたに味わってもらっていないのか、と」
常は、利吉が半助を抱く。
抱かれる身として十分な快感を得ていないから、抱く方に興味がわくのだろうと利吉は言っているのだが、それはちがうと半助は思う。
「男の自然な性(さが)だと思うよ」
「それがお茶屋遊びの言い訳なら、わたしも素直に聞けるのですが」
「……遊んでもいいの」
「いいわけないじゃないですか!」
まったくもう、とまたため息をつきながら、利吉は半助の上から降りてごろりと横になる。
「そんなに現状に満足してもらえていないのかと思うと、自分が情けなくなります」
これはまずいと、半助は片肘ついて身を起こす。
「君との暮らしがわたしにとってどれほど大切なものか……少しは信じてほしいな。わたしは君といて、いつもとても大きな幸せを感じるよ。本当だ。信じてくれ」
「はいはい。信じておきましょう」
昔なら涙を浮かべて感動してくれたのだろう台詞も、今の利吉はあっさり受け流す。よくも悪くも歴史を積んできた恋人同士ということなのだろうか。
それならば……新しい攻め口を半助は見つける。
「……こうは、考えてもらえないかな。……わたしは君からものすごい快楽を与えられている。君の腕の中で、わたしがシラケていると思ったことは、君もないだろう?」
「……はあ。まあ、それは……」
「だろう?」
半助は勢い込む。
「だからだよ。わたしはわたしが君からもらっている快感を、君にも味わってもらいたい、君にも感じてもらいたいんだ。快感なら分け合うべきだと思わない?」
返事を待たずに半助は上から利吉に口づけ、丁寧に舌を動かした。
「……わたしに……まかせてくれないか? 極楽に連れて行ってあげるよ……」
唇に唇を触れ合わせたまま、ささやいた。
が。ここで流されては後がないと思ったのだろう利吉に胸を押し返され、くるりと態勢をひっくり返された。
「せっかくの極楽行きのご案内ですが、けっこうです。わたしはいつも、あなたの中でこの世の極楽を味わわせてもらっていますから」
にっこりと利吉は半助の上で極上の笑みを見せた。
どうする。
半助は思案する。
利吉はなかなか手ごわい。
結局、こちらがいいだけ突き上げられ、さんざん啼かされて終わってしまった。
利吉は妙な拗ね方をしていたが、受け入れる快感に慣らされ、それを求めてしまうのはこちらのほうなのだ。十分な快感を得られずに欲求不満になっているせいで、目先の変わったことを求めているのでは、決してない。
言ってみれば、これは本当に……、
『男の性(さが)なんだよなあ』
半助は嘆息する。綺麗で可愛く、おまけに性的な愛情を抱いてかまわない相手が目の前にいるのだ。食指を動かすなというほうが無理じゃないか。
そんなことを思っていると、つい目は勝手に利吉の腰のあたりをうろついてしまう。
「……その目はやめて下さいって、言ってるでしょう!」
利吉の抗議に、半助はまたやったかと首をすくめた。
利吉が欲しがっていた信楽の湯呑みがある。
少々値の張る贅沢品に、ただ茶を飲むだけにもったいないですよねと、自分に言い聞かせるように言っていたのを、半助は覚えている。
市に出たついでに、まだ店先に飾ってあったそれを、買い求めてみた。
臨時収入があったから、と渡してみた。
ぱっと顔を輝かせ喜ぶかと思いきや、利吉は丁寧な包みの中から現れたその湯呑みに、腹の底からの、深い深いため息をついた。
「あれ? 君がいいと言っていたのは、これじゃなかったっけ?」
「……いえ……これです。これですが……」
げんなりと肩を落とした利吉の様は、欲しかったものをようやく手にした人のようではない。
「……見えすいた手を使いますね、半助」
よくも悪くも、男同士、堕としたい相手に使う手口は利吉にあっさり読まれてしまったようだ。
「おや。なんのことかな。わたしは君が喜ぶならと思っただけだよ」
とぼけるしかない。
「……そうですか。では、これはあなたのわたしが喜ぶ顔が見たいという気持ちからの贈り物として、ありがたくいただいておきます」
にや、と利吉が笑った。
「あなたのわたしへの好意の証しであり、これであなたとわたしの間に貸し借りが生じるわけでは、ないんですよね? もちろん?」
「も、もちろん」
そう答えるしかなかった。
さあ。どうしよう。
半助は目を細める。
モノで釣って、あまくささやけば、女なら帯を解くよ。ああ、もちろん、そういう簡単な女としか付き合ってこなかったからだけど。
君はほんとに、やりがいをかきたててくれる。
さて……。
半助はほんのかすかに唇を持ち上げ、笑う……。
『いやらしいオヤジの目』をやめた。
利吉に対する時の親しい愛情のこもった態度は変えなかったが、利吉を視界にいれること自体をやめた。視線も合わせなかった。
そして夜は、求められれば従順に応じた。
感じれば素直に喘ぎ、後ろに自分から利吉を導いた。
ただ、利吉が半助の前をかわいがろうとする手だけはやんわり制した。
利吉は三日ともたなかった。
いいから、と半助が前に回った利吉の手を押しやりながらも、利吉のものを咥えた腰を振り、利吉にも自分にも快楽の吐精を導いた後だった。
「あの……半助」
利吉は切り出した。
「なにか、怒ってますか?」
来た。半助は魚が浮きを揺らすのを眺める気分だ。
「え。なにが」
意外そうに問い返す。
「わたしは別になにも、怒ってはいないけど」
並んだ枕に頭を乗せながら、利吉の背後三尺に焦点を合わせて半助は言う。
「ならどうして、わたしと目を合わせて下さらないんですか」
魚は盛んに釣り針についたエサをつついている。
「……ああ。いや、悪かったね、気にさせてしまって。……君に、腹を立ててるわけでもなんでもないんだ、気にしないでくれ」
にこやかに笑って半助は利吉のむきだしの肩をぽんぽんと叩く。
利吉の眉が寄る。
「……わたしが……あなたの求めに応じようとしないからですか?」
ぱく。魚はエサに食らいつく。半助は慎重に表情を操る。目に漁師の喜びではなく、傷ついた切なさが出るように。
「ああ……それは、いいんだ。もう、いいんだ」
「よくないですよ!」
ムキになった利吉は半身を起こす。……エサに食らいついてくれただけではなく、なんとおとなしく釣り上げられてくれることか。
「よくないの?」
優しくおだやかに、わかっているよと暗にほのめかせながら、半助は利吉の言葉を問い返す。とたん、利吉は自分の言った言葉の意味を悟る。
「あ。いえ……そういう意味ではなく……その、ただ、こういう……」
言い訳に必死になる利吉に、半助は理解に満ちた笑みを見せる。
「いいよ、利吉くん。わかっているから。……君が嫌なことは無理強いしたくない」
ほ、とした様子になる利吉。
半助は横を向く姿勢から、天井を向く。……釣り上げた魚はちゃんとまな板に乗せなきゃね。
「……いいよ……ほんとにわかっている。……たぶん、ほんとに生理的に受け付けがたいんだと思うんだよ。……同じ男のものだからね」
「……え?」
「考えてみれば……同じものを持ってるんだから、見て愉しいわけでもない、触って……心楽しいわけでもない……」
「半助!」
「……君とわたしの年の差というものも……わたしはもう少し考慮しなければならなかったと思ってね……わたしは君がやっぱりかわいいし、君が感じる声を聞くのは楽しいんだよ……だからって、わたしが喜んでやれることを、君も苦にせずできると決めつけてはいけなかったんだね……」
決して利吉が半助に強制しているわけではないのだが、二人で床にいる時に、利吉が半助のものを口で愛撫するよりも、半助がその口腔を使って利吉を愛でることのほうが多い。その事実をほのめかしながら、半助はやんわりと畳み掛ける。
「気にしなくてもいい……そういう……生理的な拒否っていうのは、これはどうしようもないことだから。……もっと早くに、男同士なんだって意味にわたしが気がついてあげていれば……君を悩ませることもなかったと思うよ……悪かったね」
「半助……そんな、そんな誤解でわたしと目も合わせてくださらなかったんですか……」
数日振り。半助は利吉の頬に手を添え、その目をしっかりと見つめた。
「無理をしなくてもいい。君にわたしのものを拒否されるのは寂しいけれど……慣れると思うよ、そのうちにね」
利吉は小さく首を横に振り、ちがいます、とつぶやいた。
そして。
言葉より行動と思ったのだろうか、半助の上掛けをはぐり。
今は股間で安らいでいるそこを手に取ると、ぱくりと口に咥え込んだ。
かわいそうに、魚は頭を落とされてしまった。
濡れた熱い口の中は、女のそこよりも気持ちいいと云う者がある。
確かにそこには歯という障害物があるにはあるが、随意に動かすことのできる唇と舌のおかげで、多種多様な刺激を与えられる。
屈み込む利吉の熱心な奉仕に、一度埒を明けたそこが、またむくむくと大きくなってゆくのを半助は感じる。肘をついて体を起こせば、股間で上下する頭ばかりか、怒張を頬張る利吉の唇の動きさえ目に入る。
思わず手が伸びた。
頭をぐっと押さえたくなる衝動はなんとかこらえて、利吉の滑らかな髪を撫でた。
利吉が口を離し、顔を上げた。
その唇の端から、唾液が一筋、垂れる。
「……はまった自分が、くやしいです……」
どうやら半助のものを口にしながら、話の流れを読み直したらしい。利吉はそう言った。
「でも……冗談にでも、わたしがあなたを……あなたの大事な一部を拒否しているなどと、あなたに言われたくはありません……」
利吉の顔にはある種、悲壮な決意が浮かんでいる。
利吉は身を起こすと、おのれの唾で十分に潤っている半助の上にゆっくり腰を落としてゆく……。
「待って」
半助は利吉を押し止どめる。
「それでは傷つく。……言ったろう? わたしは君と快感を分かち合いたいんだ。わたしにまかせてくれないか?」
観念したように利吉がうなずくのを見て、半助は初めて勝者の笑みを浮かべた。
「極楽に、連れて行ってあげるよ」
* * * * * *
真っ暗な部屋よりも、多少の明るさがあったほうがより楽しいことに気がつき、羞恥より刺激を優先するようになったのは、いつだったか。
半助と利吉がまぐわう部屋には、灯心を加減し明かりの向きを壁に向かせた燭台がある。間接的な、柔らかな影の多い明かりに、互いの締まった身体が浮かぶ。
二つ並べた薄い布団のほかには特に調度も置かない部屋は、四囲を闇に溶かし、ただ睦む二人を包んで広い。
今はその部屋の中で、利吉が犬の姿勢になっている。
犬の姿勢で、半助に後ろの穴を愛でられている。
揺れる、淡い光りが。
利吉のよく締まった、奥に堅くすぼんだ菊花を隠した双丘が、空に向かって突き出されるさまを浮かび上がらせる。
「足を……もう少し、膝を開いて……そう……」
半助はもう声は出さない。ふたりだけの、夜の部屋。低いささやきは淫靡に流れる。
慣れぬ行為を屈辱と感じるのか、指示に従いながらもたくましい筋肉を緊張させたままの利吉の、股間のものを、半助は後ろから差し入れた手でゆっくりと握り込む。
「……君のここは……かわいいね……見たことある?」
「あ、あるわけ、ないでしょう!」
「……ほんとに、かわいいよ……きゅっとすぼんで……ひくついてる」
「は、はん……!」
抗議の声を封じようと、半助はその菊の花の中心を、舌先でえぐった。
引き出しの奥から香油を取り出す。
指にすくって、ほぐすように塗り込める。
「……わたしのすべては君のものだよ……」
円を描き、中心を圧し、それでも侵入はさせぬまま、半助は静かに語りかける。
「わたしのすべては、君のものだ。君は好きにしていい。君に好きにされて、わたしもうれしい。……うれしくなれるようになったということが……わたしと君の歴史だと思うし、付き合いだと、思うよ。
無理強いはしない。したくない。でもね……わたしが君を受け入れるように……わたしを君に受け入れてもらいたいと思うのは……わたしにとって自然なことだよ。わたしは君を受け入れることで、屈辱を感じない、自分がおとしめられているとも感じない。だから、わたしがこの行為を望むのは……君を犯したいからでも汚したいからでもなくて、君を愛したいから、なんだ。
わたしは……君と、愛し合っていきたいと思う……。
不思議だね。ほかにも綺麗だと言われる人はいるけれど……わたしは君以外の男を綺麗だと思ったことはない。君以外に……愛し合いたいと思った男は……いない」
一度言葉を切り、半助は問う。
「指を、入れてもいい?」
かすかに、頭が上下するのを認めて、半助は爪を立てないように気をつけながら指先を埋没させる。
油の助けを借りて、指はぬるりと狭い肉環をくぐり利吉の内部へと没入する。
「一本目……」
ゆっくりと利吉の中の熱さにただれる思いをしながら、半助は指を蠢かせる。
「……いま……回してる。わかる? ……これは抜き差し……まだ少し気持ち悪い感じがするかな……できるだけゆっくり息をはいて……そう」
慣れぬうちは、体内に異物を受け入れる攻めには内臓をかきまわされるような気持ち悪さがある。だからこそ、その刺激の強さが快感に転じた時には大きいのだろうが……半助は初心者同様の利吉に無理はかけない。ゆっくりと慣らす……。
「二本目……どう? あまりきつさは変わらないだろう?」
言葉少ない利吉だが、半助の指の動きに、時折、切なげな声の混じる吐息をもらすようになっている。半助は利吉の体に最初のような嫌悪を含んだ緊張がなくなっているのも、見てとる。
猛ったそれを、指を引き抜いた後に押し当てた。
「息を詰めて……少しいきんだ感じにして……」
「半助! 半助、待って……!」
利吉の躯が逃げた。
「いいよ……待つよ。どうした?」
釣られた魚に、頭はもうない。わたも取られた。三枚におろしかけて、片身もそいだ。
さあ、なにを焦ることがある?
「どうした?」
半助は十分に忍耐強い恋人になることができるのだった。
「ふ……あ、ああっあ!」
こらえかねて利吉が声を上げる。
半助がぐっと利吉の腰を引き寄せる。
貫かれて利吉は天を仰ぐ。
半助は自身をいっぱいに利吉に埋め込み、長く長く、息をはいた。
十分に手をかけ、時間をかけてほぐし、態勢を作ってから、貫いた。
反応を見て緩急を加減し、これはちょっときついかとは思ったが、ポイントを見つけてそこを責めた。
利吉の肌がしっとりと色づき。
声に華やいだ甘さが混じり。
半助の動きではない律動で、腰が跳ね。
朝が来た。
ふたり、互いの胸に頭を埋め合うように寄り添って、朝が来た。
おはようを言い合った時には利吉の顔に浮かんでいた、羞じらいとなんだか上気した色は、ごほん、と咳払いひとつで払われた。
「……決して成り行きに不満を言うわけではないのですが」
堅い口調で利吉が切り出す。
「それでも、なんだかずいぶん好き勝手にあなたのペースで進められたようで」
それで? と半助は目顔で聞き返す。
「その……」
半助の視線の前で、またぽっと利吉の頬が上気した。
「その……不満じゃないんですが……その……おもしろくないです!」
利吉の抗議に半助は身を折って声なく笑った。
顔を上げて、すねた恋人を流し見る。
「……かわいいね、君は」
乱れた寝衣、ほつれた、結い上げられていない髪。それでも朝の光の中で、半助に抗議する利吉は、綺麗だった。やっぱり綺麗だと半助は見て思う。
「……愛してるよ、利吉。また、やってもいい?」
ぼっと音がするほどいちどきに、利吉が赤くなった。
「いや?」
「……た……たまですよっ! た、たまならっ……」
いいです、と答えた声は蚊の泣き声だった。
ほんとうに、かわいいね、君は。
半助は口の中でそっと言う。
その目はやっぱり『すけべなオヤジ』だったかもしれない。
了
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