五年は組の教室は盛り上がっていた。
「そりゃ、僕も最初、弟ができた時にはうれしかったよ。でもね‥‥」
思わせぶりに切られたセリフに皆が深くうなづく。十も年の離れた弟を持つ庄左ヱ門の気持ちはわかるよ、と。
「ほんと、やってられないよね‥‥」
団蔵が呟く。
「障子やふすまって、目隠しにはなっても音は消してくれないもんねえ‥‥」
皆が、また深くうなづく。堅牢な壁によって部屋が仕切られているわけではない日本家屋に住む問題点はわかるよ、と。
「‥‥でもさ」
乱太郎が口を切る。
「みんなのうちはいいよ。うちは一間しかないんだよ」
おお、と皆がどよめく。
「おとうさんとおかあさんの仲がいいってのは、子供にとってうれしいことなんだとは思うよ。思うけどさ‥‥」
乱太郎の台詞に同調して、
「やってらんないよな、身の置き所がないっつうか」
と発言があり、皆はまた、うん、とうなづきかけて、えっと目を見開いた。
みなしごのはずのきり丸は、皆の意外そうな視線を背に、ふらりと教室を出て行った。
板戸を開けようとしてきり丸の手は止まった。
「なんですか、半助。気になるじゃないですか」
利吉の声がした。
ずっと手のなかのものを眺めてやけにうれしそうににやついている半助が、気になっていた利吉だ。
「なんですか、それ」
と尋ねて、半助が隠したものだから、余計に気になる。
「見せてくださいよ、気になるじゃないですか」
「いや‥‥これはだめだよ‥‥」
などと言われればさらに気になる。
「なんで駄目なんですか」
「うーん‥‥君はたぶん、怒るから」
「じゃあ怒りません。約束しますから」
「うん‥‥でも、やめとく」
「えーそんな。いいじゃないですか、半助」
利吉は半助の握り締められた右手に手をかけ、なんとかそれを開かせようとした。
「絶対絶対、怒ったりしませんってば。そんなにわたしは信用ないんですか」
「いや、信用はしてるよ、だけど‥‥」
「なら、見せてください」
「‥‥絶対、怒っちゃだめだよ?」
念を押して、そっと半助が開いた手の中には小さなお守りがひとつ。
「‥‥これは?」
「うん‥‥」
半助がうれしそうに笑って、ちょん、とそのお守りをつついた。
「この間の遠足でね‥‥きり丸がわたしへのお土産に買ってくれたんだ」
「へえ‥‥」
怒らない、と約束したにも関わらず、むっと来た利吉だったが。
「‥‥遠足って五年の終わりのあれでしょう? 三日でお伊勢参りして帰ってくる。よくあれだけのハードスケジュールで、あいつもお土産買うゆとりがありましたね」
「うん、きり丸はなかなか頑張ってるよ。‥‥それに、うれしいじゃないか、あの子がなにか買ってくれるなんて」
やはりにこにことうれしそうな半助に、利吉はちょっとすねた顔で横を向く。
「‥‥怒らないって約束したから怒りはしませんけど。おもしろくないですよ、半助」
「うん‥‥でも、実はね‥‥」
半助はごそごそと懐を探った。
「わたしも君に買ってたんだよ」
懐から出した手が開く。そこには半助の左手にあるのと同じお守りがちょこんと乗っていた。
「いや‥‥偶然というか、なんかね‥‥」
「じゃあ‥‥」
利吉はそっと半助の顔を見上げる。
「おそろい‥‥ですか」
半助の顔が薄赤く染まった。
「いや、まあ、その‥‥お守りなんてみんな同じなんだけどね‥‥」
「でも、おそろいだ」
利吉はお守りごと半助の手を握ると、そっと唇を寄せ‥‥。
はあ、と板戸のこちらできり丸はため息をついた。
なんであんなお守りひとつでここまで盛り上がれるかな、この人達は、と。
そりゃあ確かに、今まで守銭奴一筋で通して来た自分が買った土産を、半助が喜んでくれるのはわかるが‥‥しかし。
はあ、ときり丸はもう一度ため息をついた。
「‥‥乱太郎のとこにでも泊めてもらうか‥‥」
人の気配にぐらい、気がつけよな、と毒づきながら半助の家を後にするきり丸だった‥‥。
了
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