眼が、飢えた獣のごとくにぎらついているのが、わかる。
深く編み笠をかぶり旅人を装って足を速めるけれど、母の胸に抱かれた乳飲み子が、気配に火がついたように泣き出した。
その怯えた泣き声を背に、利吉は足をさらに速める。
きれいに拭い、水も使って落としたはずなのに。
肌に、髪に。血のこびりついた粘つく感触が残っている。
鼻に。鉄錆めいた血の匂いと臓腑の生臭さが、残っている。
腕に。人の肉と骨を断った、重く軋んだ感触も。
少数精鋭の部隊が敵の大将の首を狙って斬り込む時、そこは、かき集められた百姓たちが戦う広い合戦場の様子がまるで稚技に等しく見えるほどに、凄惨で血みどろな戦いの場となる。
何人切ったか。
どこを切ったか。
覚えていない。
血が。味方の血も、敵の血も。雨あられと降り注いで、刀の柄を滑らせ、足を取った。
戦場を離れても、なお、利吉は阿修羅の世界をひきずっている。
その人はあたたかく、穏やかな瞳で。
「湯をわかそう」
短くそれだけ言って、熱い湯で満たされた大きな盥を用意してくれる。
白く乾いたさらしで水滴をぬぐい、それでも戦の余燼の残るからだを。
その人にぶつけた。
敵を求める激しさで、その人を求める。
敵に斬りかかる狂おしさで、その人に挑む。
敵を屠る、その残虐さそのままに‥‥その人を貫く。
そして。
激しい息遣い、目も眩む高揚。生きて、暖かい肌を、互いの肌を、密着させて。
生きている。
その圧倒的な確かさの頂点で。
利吉は放ち、そして、小さな死を死ぬ‥‥。
静かに抱きとめてくれる、その人の胸が好きだ。
とくん、とくん‥‥。
互いの鼓動が響き合う、その抱擁の暖かい柔らかさ。
「‥‥半助」
見つめ返してくれる、穏やかな瞳をのぞきこむ。
ふわりとその人は笑う。
「おかえり、利吉くん」
どれほど、荒らぶれていようと。
どれほど、堕ちようと。
ここには帰る場所がある。自分を自分に戻してくれる、場所が。
すべての思いこめ。
「ただいま、帰りました。半助」
‥‥どれほど、血にまみれていようと‥‥受け止めてくれるあなたのもとへ‥‥。
了
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