愛という名のケモノたち

 

 

もう何回ぐらいヤッただろう。
 一年365日、一緒にいられるわけではないから……
 ひとつ屋根の下で過ごせるのは、年に百日ほどかと思う。
 ……百回×付き合い出してからの年数3で、300回?
 いや。でも、一晩で「一回」ってわけじゃないから、そうすると……

 



 なにを馬鹿なことを考えているんだ!と、土井半助は自分を叱る。
 少し、頬が、熱くなっている。

 


 そのほんの少し乱れた気配に、隣の人がもぞりと身動きする。
「……どうしました?」
 聞くついでにと、寄って来た口が耳をかじる。
「いや……ちょっと考え事しちゃって……」
「眠れない?」
「だいじょうぶ」
「……ねぇ、」
 声が笑いと誘いを含んで柔らかくなった。
「ほんとはまだ疼いてるんじゃないですか……?」
 さっきの「一戦」では足りなかったのだろうと声がからかう。
「いやもう充分。わたしは御馳走様だから」
「そんな遠慮しなくても」
「遠慮じゃないって」
 会話の間に、半助は背中からまわった腕にゆったり抱かれる形になっている。
 足は足で、やはり柔らかくではあるけれど、引き締まった筋肉をまとった長い脚に搦めとられてしまっていて。こうなるともう、その後の流れは決まっているようなもので……
「……ほんとうに足りてます? 確かめても、いい?」
 半助の腰を滑り股間へと流れた手が、まだ下帯をつけない腰にもぐりこんで、そこでやすらぐものをパフリと包み込んだ。
「……ほら、もう御馳走様って、寝てるだろう?」
「ふーん……」
 やわやわとそこを揉みこんでいた手がさらに奥へともぐり、半助の小菊をなぶった。
「……でも、ここはまだ、ほぐれてますよ……?」
 最前の情事に……言われるとおり、そこはまだ湿気と柔らかさを保っているのが、半助自身にもわかる。貪欲な肉の輪は、指先の軽い訪ないにもまたすぐ熱く熟れそうだ。
「……ほら」
 ぬぷん。
 やっぱり。そこは簡単に、差し付けられた指先を飲み込んだ。
「まだまだイケルようですよ、半助?」
 うれしそうに、山田利吉の声が言った。

 



 後ろ抱きにされたまま、躯の前面を利吉の手に好きに嬲られる。
 ――今夜は珍しくあっさり済んだと思っていたけれど。
 本格的に半助の性感帯を狙って責め出した利吉に、半助は躯の力を抜いて目を閉じる。
 こうして……一夜のうちに二度三度と交わるのが普通。……平均で二回と半……。
 百×二と二分の一×三……足す…… 一 ……

 


 今夜はもうすでに一度、情を遂げているというのに。
 利吉の指先で乳首は堅く立ち、股間のモノももう勢いを取り戻しかけている。
 ……まだ、声を上げるには早い……
 半助は自制を込めて、吐く息を整える。
 今夜はもう二度目なんだし。ヤッてもヤッても収まらないなんてトシでもないんだし。
 今夜こそ、いや、今度こそ。
 冷静に平静に、乱れず騒がず……喘がず、悶えず。
 「仕方ないね利吉くん、ヤラセてあげよう」な余裕でもって最後までのぞみたい。
 が。
 そんな半助の自制が長くもったためしはなくて。
 今も、利吉のいやらしい指先の動きに、もう乳首は痛いほどに血を集めていて。
 そうとなると、利吉はさっきまでのようには乳首をいじってくれなくなる。
 ツンととう立ち、堅くなったそこは敏感で。そこへ利吉は指の腹で触れるか触れないかの微妙な接触を繰り返す。
 ふわん……ふわ、ふ……
「……ぁん……」
 心憎いばかりの焦らしに、こらえようと食いしばっていた歯の間から、吐息があまい音を乗せて、こぼれた。

 



 ざっと計算してみても。
 もう七百回以上はヤッてるはずなんだから。
 もっとこう……なんというか、サバサバというか、あっさりというか、食事や排泄同様の何げなさが出てきてもいいんじゃないかと、半助は思う。
 利吉との夜……いや、いまだに夜に限らないが……利吉との交情には、いつもねっとりした濃度がある。
 深刻な言い合いやとげとげしい感情をぶつけ合った喧嘩のあとの仲直り、何カ月も互いに孤閨を耐えたあと再会を喜びあう一夜、一年の始まりに気持ちも新たに交わす口づけ……思い起こすまでもない、付き合いだしてからの三年の間に、実にさまざまなシチュエーションで自分たちは交わって来た。
 そうやって……シチュエーションが変われば、気持ちも変わるのはわかる。言ってみれば「特別」なわけだから……でも。
 どれほどシチュエーションが変わろうが、気持ちが変わろうが、結局は同じ相手と同じ行為を行うだけのことなのだから。
 ふつうならもっとこう、馴れ合いな部分というのが出て来て、新鮮味が薄れたり、高ぶりが平坦になったり、するもんなんじゃないか?
 それが……どうだ。こうして利吉に抱かれるたびごとに、自分は猛ったものの先からたらたらと力汁をしたたらせ、あられもなく身をくねらせ、立て続けに声を上げている。
 ――今も、だ。
 馴れるどころか、淡泊になるどころか。
「……ねえ」
 利吉の指を追って、もっととねだりつくようにくねりかけた身を引いて、半助は言ってみる。
「いいかげん……ちょっとは飽きてこない?」
「飽きる?」
 おうむ返しに聞き返してきながら、利吉はぞろりと半助の首筋を舐め上げる。
「それは……わたしのやり方がパターンにはまっているぞという、謎掛けですか?」
「ちがうちがう」
 耳たぶから生え際へと遊び出した利吉の舌をこらえながら、半助は答える。
「君が、だよ。だって、毎回毎回同じ相手と同じことをしてるのに……」
「……同じ相手と同じこと……」
 正面から向き合えるように半助の姿勢を変えさせると、利吉は自分の鼻先を半助の鼻先にこすりつけてきた。
 口づけにすぐ移れるようなその距離で、利吉は半助の瞳を見つめる。うれしそうに、そしてどこか悪戯っぽい光を浮かべて。
 ――これほどの至近距離でさえ。利吉の顔の造りは美しく、崩れない。十代の少年から二十代の青年へと、歳月が彼に施した洗礼は、さらなる力強さと凛々しさをその容貌に加えただけで、彼の持つ秀麗さを少しも損なうことがなかったのを、半助は不思議な気持ちで見つめる。
 先程からの床での行為に、絹糸のようになめらかな髪が乱れてはいるけれど。それすら。妖しくこちらの胸をざわめかせる情感を放つばかりだ。
 そんな……思わず見蕩れてしまうような美貌を間近にすりよせて、利吉は言うのだ。
「どれだけ愛していると言っても足りないくらい愛してる大事な人と、裸になって、肌を合わせて……全身を、さらけ出して、さらけ出してもらって……気がすむまで口づけ合って、からだ中、好きなところに口づけて撫で合って……ああ本当に自分を受け入れてもらってるんだと感じながら抱き合う……そんな素敵なことに飽きるほど、わたしは無粋な人間じゃあ、ありませんけど?」
 ちぅ、小さく利吉は半助の唇を吸い上げ、まだ鼻はつけたまま、笑った。
「それとも、あなたは飽きてるんですか、半助?」
 飽きるわけがないじゃないか、言下に答えてしまいそうになるのを、半助はため息をついて避けた。
「……正直に言えば……飽きれられればいいなと思うよ……」
「……なぜ?」
 半助は腕を伸ばすと、やっぱり悪戯っ子の瞳でこちらの表情をうかがっている利吉の頭を抱え込んだ。
 顔を見られなくしておいて……
「……乱れ、過ぎるから……」
 利吉の耳元に、小さく小さくささやいた。

 


「ほら」
 利吉の声が笑った。
「そんなうれしいことを言ってくれるあなたに、どうやって飽きればいいんです?」

 


 今でも、信じられないんです、と利吉が言う。
 あなたが。
 土井半助が。
 こうして、わたしの腕の中にいてくれること。
 わたしの望みに応じて……こんな……イヤラシイことをさせてくれること……
 わたしの愛撫にこたえて……こんな……イヤラシイ……
「もう……挿れても、いい?」
 ほんの少し、苦しげにも聞こえる声で利吉が聞いて来る。
「練り物は……使わなくてもいいでしょう? ほら……あなたのドロドロ……もう、ここまで垂れて来てますよ……?」
 うれしいんです、と利吉が言う。
 あなたがわたしとこうなってくれること。
 あなたが……こんなに大きく足を開いて……あなたの大事なところでわたしのことを呑み込んで……
「そんなに一度に締めないで……!」
 利吉の声が高くなった。
「キツすぎる……たださえ……あなたの中は、熱いのに」
 知ってますか? わかる?
 あなたはわたしに絡んでくるんですよ? もっともっとって、奥へ奥へって誘うみたいに……
 あなたがわたしを咥え込んでるんだ……
 今でも、信じられないんです。
 あなたとわたしが、こんな……イヤラシくて、あさましくて……そしてこんなに気持ちのいいことを、許し合える関係なのが。

 



 ――それでも関係が始まった当初は、こんなじゃなかった。
 半助は言い訳がましく、熱と快感に浮かされ出した頭で考える。
 あの頃は……そう、自制しようと思えば自制もできたし。
 逆に、どうしたって愛だ恋だと浮かれられない自分に、利吉が業を煮やすほどだった。
 ……今だって。日常の生活が浮かれているわけではないと思うけど。
 それでも、ともすれば「忍術学園の教師」としての殻にだけ引きこもろうとする自分に……利吉は愛をささやき続け、頼んでもいないのに、誠を誓い続けた。つれない恋人を口説き続け、抱き続けた。
 執拗なほどの愛撫。思いのこもった抱擁。激しくも、大事にされていると感じることのできる情交。それを利吉は与え続けてくれたのだ。
 ……結果。
 躯が変わったんだと半助は思う。
 こんなふうじゃなかった、前は。
 いや。今だって、利吉以外の相手に、快感に流されて悶えながら口づけをねだるなんて真似は、しない。
 そこまでしたくなるほどの快感を、感じることができると、教えたのが利吉なら。
 感じていいと、乱れていいと、受け止めてくれたのも、利吉。
 だから。
 利吉の腕の中で。
 自分は狂うのだ。
 ほかの誰にも見せない痴態を。
 おまえがわたしを、わたしの躯を変えたから。
 こんなにも感じて、こんなにも淫らに燃える……そんな躯にしたのは、おまえだから。
 だから。
 おまえとまぐわうこの一時に。
 わたしは、安んじて、ケモノに変わる……

 


 何度も何度も激しく打ち付けられた。
「ああああっ!!」
 その利吉の責めに、半助は大きく背をのけぞらせる。
 体内を、深く、大きく、何度も何度もえぐる動きは脳天にまで響く。
 ……ツライ。そして、たまらなく。気持ちイイ……
 このままイッてしまいたい。
 だが、利吉の手が半助の怒張の根元をとらえている。
 涙まじりにその手をはずそうとしてみるが、利吉の手はゆるまない。
「……はぁっ、はぁっ……」
 荒い息を数度繰り返すうち、波は頂点から少し、下がる。
 すると今度は。
 腰が勝手にうねりだすのだ。
 利吉を、そう、咥え込んだまま。
 半助の腰は、うねりだす。
 そして、利吉に抱えられていた脚が、これも勝手に動き出す。
 利吉の腰に絡み付く。
 脚で利吉の腰を引き寄せ、半助の腰はぐりぐりと、利吉の下腹でうごめきだすのだ。
 あさましい。
 思ったところで、止まらない。
 半助の躯は奥から震える。
 もっと……もっと……
「……半助……っ!」
 切羽詰まったような利吉の声に呼ばれたと思った次の瞬間。
 利吉の荒々しい責めが、再び始まった……

 


 打ち付ける。
 えぐる。
 突く。
 掻きまわす。
    あえぐ。
    叫ぶ。
    悶える。
    啼く。

 


 ふたりは、抱き合い、快楽に酔う。
 お互いが、その相手にしか、与えない快楽に。
 お互いが、その相手にしか、許さない快楽に。
 夜のあいだ、ふたりはその貴重な快楽に。酔う。

 



「……もう、だめだ……」
 汗で濡れ、うまく力が入らない、重くなった躯を、半助はなんとか動かそうとする。
「水……」
 伸ばした腕は、冷たい床板の上に落ちる。
 その手は、後ろから伸びてきた手に、搦め捕られる。
 恋人の声が、あまく、しかし、断固とした響きで言うのを、半助は聞く。
「まだ、だめ」
 そして半助の手は躯ごと、また布団の上にと引き戻される。

 


 百×二と二分の一×三……足す 一 ……足す、一 ……

 


「……やっぱりさあ……そろそろ飽きるべきだと思うよ……」
 くったりと布団の上にうつぶせながら、半助はもう一度、言ってみる。
「君も、わたしも」
 事後のけだるさに美貌を柔らかくして、年下の恋人はその顔にさらにあまさが増すような魅力的な微笑を浮かべた。
「わたしは、無理ですね。あなたに飽きるなんて、ありえません」
 そしてうっとりと利吉は続けるのだ。
「あなたが飽きても……わたしは飽きない。愛してる。あなたしかいらないって言葉の意味が、本当にはあなたに伝わり切らないのが、くやしいくらい」
 半助の目元に優しく唇が押し当てられる。

 



 そうかなあと、とろりとまぶたが下がってくるにまかせながら、半助は思う。
 伝わってないだろうか。わたしは君の気持ちをわかりきっていないと、君は思う?
 でも、そしたら君も。きっと君にも伝わり切っていないと思うよ……
 君がいなかったら、生きてはいない。
 ねえ……

 


 余韻が躯のすみずみに、染み渡る。
 ふたりは狭い床の中、互いの腕の中で、深く満ち足りた眠りに落ちた……



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