天然総受け物語

 

 世話になってて、こーゆーこと言っちゃうのはなんだけど。
 でもやっぱさ。うん。おれ、先生って天然だと思う。

 


 やること言うことがね、思わせ振り過ぎんの、土井先生。
 十のおれの目から見ても、かーなーり、イッちゃってるって言うか。
 アンタ、それ、マズイでしょって。
 おれさ、先生の前ではふつーの十の子どもの顔してるし、無邪気に年相応な子どもをやってられるのって、やっぱ……なんつか、おれもうれしいし。
 だから、気づいても気づかないフリはしてるけど。
 でもさ、それはちょーっとまずいんじゃないのって、うん、時々ツッコみたくなるよ。


 たとえば……山田先生。
 ある事件が起きた時に山田先生の身代わりに作った人形が、先生の家には置いてある。
 この人形がまた実物そっくりで。
 土井先生の家に立ち寄った時、壁に立て掛けて座らせてあるその人形を見て、山田先生が、
「アンタ、あれ、もうなんとかしなさいよ」
 そう言ったのは、絶対テレも入ってたと、おれなんかでも思うんだけど。
「なんとかって、なんです?」
 いや土井先生、そんな正面から聞き直しても……ほら、山田先生も困って黙り込むしかないじゃないか。なのに先生はシラシラと続けるんだ。
「ああ、そろそろ衣替えの時期ですねえ、袷(あわせ)でも用意してやりましょうか」
 なんて。
「……や……そういう……着物がどうこうじゃなく、ですなあ……」
 また土井先生が無邪気ににこにこしてるもんだから、余計に山田先生は口ごもるんだ。
「その……こう、片付けるなり、なんなりですな……」
「留守がちですから」
 『片付けろ』っていう山田先生の言葉に、土井先生は正面から反対したりはしないんだ。
「これでなかなかよい留守居役を務めてくれています」
 ほら。
 山田先生もそれ以上押せなくなる。
 そこでさ、
「それにしてもよく似ているでしょう。山田先生が一緒にいて下さっているような気がする時があります」
 って、それ先生口説き文句ですかあ? 思わずツッコミたくなるようなことを言うんだよ、土井先生は。
 山田先生が黙って鼻の脇をポリポリやってるのは、絶対、返事に困ってるんだと思うんだけど。土井先生、
「あ。お茶を入れ替えましょうか、冷めてしまったでしょう」
 そそくさと席を立っちゃう。山田先生、じゃあさっきのあんたの思わせ振りはいったいなんなんですかって言いたいところだろうと思うんだけど、さすがに年の功なのか、土井先生のタチをわかってるのか、ちっちゃくため息をついて終わり。
 そこで、
「こら、きり丸、ちゃんと宿題はやっとるか」
 ありゃりゃ、おれをホコ先にして空気変えようとしないでよっておれも返したいのを飲み込んで、
「えへへ〜 まぁボチボチ」
 なんて首をすくめて見せる。
 まあさ。
 こんなのは序の口で。
 先生は天然なんだった。


 海に行くじゃん。
 兵庫第三協栄丸さんところ。
 もうさ。
 炸裂? 
 兵庫水軍に並み居る海賊さんたち相手にも、先生、天然ブチかまし。
 船に乗るじゃん。
 四功の一人、鬼蜘蛛丸さんは陸に上がると酔うって言う厄介な体質なわけだけど。
「もう大丈夫ですか?」
 甲板に立ち正面からの海風を受けてる鬼蜘蛛丸さんにそう聞くところまでは、まあ、付き合いの上だとしてもさ。
「……別人のようですね」
 って、あー先生? それ、目が細くなってるのは海風が目にしみてるからだって、おれはわかってますけど。
「顔付きが全然、ちがっていらっしゃる」
 そこで顔伏せちゃうのも海風が…………って、おれはわかってるけど!
「船の上の鬼蜘蛛丸さんは、とてもかっこよいですよ」
 とどめ。それだけ言って引っ込んじゃうんだよ、土井先生は。
 船室に戻りたいなら戻りたい、風が強すぎるなら強すぎる。ちゃんと言わないから、先生は!!
 そのセリフも、さっきおれらガキの前でみっともなくゲエゲエやった鬼蜘蛛丸さんへの先生なりのフォローだって、お・れ・は! わかってるけど!
 鬼蜘蛛丸さんは黙ったまま、ぎゅっと前方をにらみつけ、船の進路を守っちゃいるけど、あーもーどーすんだよ、先生? 鬼蜘蛛丸さんの顔が真っ赤だよ?


 かと思えばさ。
 若頭みたいな立場の義丸さん? 
 海賊さんたちはみんな海の男っていうか、カラッとしてて。それは義丸さんも例外じゃないんだけど、上からは押さえられ、下からは突き上げられって立場のせいだろか、おれなんかから見ると義丸さんは、けっこう気配りの人だし、その分、ちょっと繊細? って思えるんだ。
 いや。たとえ、義丸さんがあっかるくてぱあぱあな人だったとしてもだよ?
 一日の夕暮れを一人浜から眺めてる時にさ。
「……海って、やっぱりいいですね……」
 なんて肩並べてくる人がいたら、けっこうドッキリきちゃうんじゃないかと思うんだ。
 それもさ……先生、ナリは海賊さんと同じよーにしててもさ。浜辺で見ると色が白いんだよね。海賊さんたちの、太陽と潮にいいだけあぶられましたって感じの赤銅色を見慣れた目で見ると、もうおれみたいなガキでもドッキリ来るほど白くて、それがまた、夕日に染まってほんのり朱色。
 で。
 おそらく内心、どーゆーつもりだこいつって思ってるだろう義丸さんの心中を知ってか知らずか、
「…………」
 こーゆー時になぜか、黙り込むんだよ、先生は。
 夕暮れだろ、海辺だろ、ざざあざざあって波の音、風はほんのり髪を揺らして。足元で遊んでるガキどもがいなきゃもっと雰囲気はよかったろうけど。
「……海は……いいですよ」
 義丸さんが、しばらくしてそう言う。
「……海賊も……いいもんです」
 おれにはそれ、『俺と一緒に海賊やりませんか』って聞こえた。
 先生の答えは……
「……憧れます……」
 だったりする。
 おれは心の底から義丸さんに同情する。
 乱太郎達と作ってる砂の砦なんか放っておいて、頭なでてあげたいぐらいだ。
 大丈夫、義丸さんだけじゃないからね? 先生の玉虫色の言葉に振り回されてるのは。
 ああ、教えてあげたいよ……


 とどめに。
 土井先生は、忍術学園へと引き上げてくる時に、
「ありがとうございました」
 って第三協栄丸さんにお礼を言って。
「……また……遊びに来てもいいでしょうか」
 このさ。『また』って言う部分のタメ具合っていうか、間の取り方がさ。
「ありがとうございました。また遊びに来てもいいでしょうか」
 ちゃっちゃっちゃとさ。言わないんだよ、先生は!
 第三協栄丸さんが、しぱしぱって目瞬きする。
「いつでも歓迎するにきまっとるでしょうが……」
 先生はにこっと笑って。
 ……あーあ。


 大木先生の顔を見れば。
「よい酒がありますよ、呑んでいきませんか」だし。
 戸部先生の顔を見れば。
「最近少しなまってるんです、一本、お願いできませんか」だし。
 ああ、そうそう。
 ドクタケの魔界之先生にまで。
「一年生を教える苦労というのは……同じ立場でなければわからないですよね」
 なんて。
 先生さあ……童顔じゃん? んでもって、こうニコッて笑うとかわいいし、ほわっと周りがあったかくなるカンジするじゃん? それでここまで無防備にコナふっちゃ、マズイんじゃないかとおれは思う。
 ああ、本人はぜんっぜん、自覚ないんだと思うけど。それが問題だっつの。


 で。
 一番の被害者は、やっぱこの人。
 利吉さん。
 ほかの人はいいんだよ、ほかの人は。
 なんだかんだ言って、みんな土井先生より年上なんだから。あれ? 義丸さんは同い年ぐらい? にしたってもうちゃーんとオトナじゃん?
 利吉さんは先生より七つも年下。まだ18歳。
 もうなんていうか、気の毒通り越して笑える。
「おや、利吉くん。よく来たね」
 にこっと笑えば、利吉さんはお茶のいっぱいも出してもらえるんじゃないかと思うじゃん。なのに、
「山田先生なら、校庭だよ?」
 って、もしもーし? 利吉さんが今、校庭のほうから回って来てたの、見えてませんでしたー?
「父上にはもうあいさつを済ませました」
 利吉さん、憮然。
「おや、帰りの?」
「来たばかりのあいさつですっ!!」
 ……もうそんな利吉さん……そんなところで声荒げてちゃあ……
 あははって土井先生は明るく笑う。……笑ってすませられるところが先生のスゴイところだと思う……
「冗談だよ……今日はゆっくりしていけるの?」
「……はい。明日の朝出発する予定で……」
「じゃあ夜はこっちに泊まり?」
「その、予定、です」
 なんかこう固唾を飲みながらって感じの利吉さんの答え。
「そうか……じゃあ……二人きりのほうが、やっぱりいいよね……」
 なんて先生ゆっちゃって。
「は、はいっ! ふ、二人きりがいいですっ!」
 利吉さん、身を乗り出してきちゃって。
「……わかった」
 って先生、立ち上がって。
 え? って利吉さん、ようやく不審顔。
「わたしは外出届けを出してくるよ。山田先生と二人で、水入らずで過ごしなさい」
 ……………………。
 土井先生が出て行った後、利吉さんはぐるうっと首を回して縁側の外で遊んでるおれたちを見る。
 目が合った。
「……きり丸」
 なんだよ? と思ったけど、にっこり笑って利吉さんの言葉を待った。
「……おまえのせいか……?」
 それ、絶対、ちがう。


     *      *      *      *      *      *



 ねえ、先生。
 もしもさ、もしもだよ? 
 みんなが『責任とれ』ってやって来たら、どうする?
 先生、おれの目から見ても、かわいいし、色っぽかったりするんだよ?
 『ヤラセロ』なんて迫られたら、どうするんだよ?
 おれは時々考える。
 口に出しては言わないけどさ。
 先生、天然? それともわざと?
 ねえ、こうしてさ……おれのこと、同じ布団に入れてくれるのは……
 おれだって小なりとは言え、男なんだよ?
 先生のぬくもりにすっぽり包まれて、先生の胸に鼻先うずめてる時におれの胸に沸き起こるのは、先生の周りの男たちへの同情だったりする。
 みんな、悩んでるにちがいないんだ。
 『半助』『先生』『土井』、おまえはいったいどういうつもりだ? 
 『わしを』『俺を』『わたしを』、誘っているのか、それとも?
 ねえ、先生、わかってる?
 おれは先生の胸の中から、その顔を見上げる。
 知らないよ? いつかみんなが『もう我慢できん』って追っかけてきても?
 ねえ、先生。
 おれもいつかさ……悩んじゃうかもしれないよ? 
 先生、天然? それとも?
 今は……まだ、今は。
 おれは先生の胸の中でぬくぬくしてられるのがうれしくて。
 山田先生も、水軍のみんなも、利吉さんも。ああ、気の毒だなあ、なんて笑ってられるけど。
 いつかおれも悩むのかな? ねえ、先生?
 ああ、ツルカメツルカメ……



                                     了

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