未来予想図

 

 

 

 夢を見ていた。
 幸せな、幸せな‥‥。

 

 

「半助、半助」
 呼ぶ声に目覚めた。君がいる。
「大丈夫ですか」
「‥‥ああ、少し、眠っていた‥‥」
「‥‥月が上りました。‥‥どうしますか」
 君が問う。‥‥夢の中の君より、少し大きくなったように見える。背も伸びたのか、肩幅も胸も一回り頑丈そうだね。頬がちょっとそげたかな、鋭くなったね。
「傷は‥‥どうです?痛みますか」
 私よりひどいケガを負っているのは君だろうに。気遣う言葉も、今では自然だね。背伸びなどと言ったら笑われるほどに。
「大丈夫だよ‥‥まだ‥‥そうだね、朝までなら、まだ走れるよ」
「‥‥どうしますか。地の利はこちらにあります。土地勘もこちらに有利だ」
 目を見交わして微笑む。
 答えは出ている。
 強硬突破。

 

 

 忍びの仕事など、実は地味な情報収集や派手な用兵の影働きが多いのに。
 なぜだろう、君と組むと敵と斬り結び、炎の中を切り抜けるスリルがいつも待っている。‥‥それも悪くはないけれど。
 山の中、いくつも矢傷や刀傷を負い、包囲網をせばめてくる敵の気配に神経を尖らせながら、活路を探す。なんだかこれが初めての気がしない。君といるといつも、こんな場面ばかりの気がするよ。
 ‥‥そんな中で、どうしてあんな夢を見たんだろうね。
 まだ、君と付き合い始めて間もない頃。わたしがまだ、七つも年下で、しかも大事な職場の先輩の息子と、情を交わす、抱かれる、ということに慣れていない頃だった。
‥‥あの頃は、照れては下手な逃げを打ち、君を怒らせてばかりいた。
 あれはなにが原因だったっけ。‥‥君がことを仕掛けてきたのに、ふとした拍子に、脱がされかけてた着物を私が着直してしまった‥‥か、なにか、そんなつまらないことが原因だったように思うよ。今なら君も、そんなことで怒るなんて、と笑うような。
 でもね、その時の君は本気で腹を立ててしまってた。君があんまり怒ってるものだから、私はなんとか機嫌を直してもらおうと懸命になったんだ。‥‥だって、一緒に過ごせる時間は限られていたんだから。
 なんでもするよ、言うことをきくよ、と私は言ったんだ。出来ることなら、と。
 そしたら、君は。
「じゃあ」
 とてもまじめな顔で言ったんだ。
「今度、一緒に遊びに行きましょう。手をつないで」
 そんなことか、と思ったのが甘かったな。実際、19の男と26の男が手をつないで歩くのがあんなにこっぱずかしいものだとは思わなかったよ。ようやく、人気のない原に来た時には、もう私は顔から火が出るほどの思いをしてたんだ。でも、君はやたらと上機嫌で。鼻歌でも出そうな顔をしていたね。私はもう、恥ずかしくて恥ずかしくて。
 でもね。
 ‥‥吹き過ぎる風が、火照った顔に気持ちよかったよ。
 ‥‥お日様があったかくて。
 ‥‥草の匂いが心地よくて。
 ‥‥君とつないだ手が‥‥君の体温が、うれしくて。

 

 

 幸せな夢を見たよ。あの時の夢。
 君は覚えているだろうか。
 私の手を握り締めて、笑っていた若い頃の自分を。

 

 

 敵の気配。この窪地が見つかるのも、時間の問題か。
「そろそろだな」
「ええ。朝まで走る必要はありません。一刻‥‥それだけ距離がかせげれば」
 私はうなずく。いったんは追い詰められたと見せて尾根まで出る。そこから一気に下れば‥‥。
 君が立ち上がる。
「行きましょう、半助」
 君が手を伸べる。
 ‥‥あの時、握っていた君の手。今も私に向かって差し伸べられている、君の手。
 君の手をとる。
 握り合う。

 

 

 そして、走ろう。
 尾根に向けて。
 そして、その先へ。
 その先へ、先へ、走り続けよう。
 ‥‥君と手を取り合って。
 ずっと‥‥。

 

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