飛べない翼 はばたく翼

 

 

 

 土井半助は深いため息をついた。その瞳は常の輝きを失って、暗い。
「‥‥なんで‥‥こんな大事な時期に‥‥」
 沈んだ呟きをもらした半助の肩を級友がたたいた。
「どうした、土井。シケたツラして。一番が二番になっただけだろー?俺なんか20番より上に上がったことがないぜ?」
 その「上を見るな、下を見ろ」式の慰めに半助は弱く笑った。
 期末テストの結果が張り出された廊下を避けて、中庭に出る。五年の三学期、最上級を目前にした大事なテストで、今まで一度も逃したことのない首席を手放した。
「くそ‥‥!」
 人は褒めてくれる。半助の頭脳の冴えを褒め、記憶力の確かさを褒め、バランスのよい身体と筋力を褒め、瞬発力や持久力が優れているのを褒め、若さに似合わぬ洞察力を褒めてくれる。忍術学園期待の新星だと、忍術の天才だと、称賛の言葉は続く。
 しかし‥‥それらの褒め言葉を本気にしていい気分になれるほど、半助は単純な構造の持ち主ではなかった。人がどう言ってくれようと、半助は自分を知っているのだ。自分は天才でもなんでもない、忍術の才能があるというのも疑わしい。自分はただ、人より少し臆病で少し慎重なだけなのだ。だから、実技に挑む時も理論を充分に頭にたたき込み、教師の手本を忠実に模写する。級友たちのように我流で突っ走る勇気と思い切りがないだけなのだ。
 ‥‥それが出来る、というのも恵まれた天分のおかげだ、と気づくには、半助はまだ幼かった。
 だから、あせる。だから、不安になる。本当の天才なら、なんの努力もせず、うまい果実に口をつけることができるのだ。これほど足掻いてひとつひとつ碁盤を埋めるような周到さで事に当たらねばならぬ自分は、天才などでは決してない。
 成績の低下は自分の真の実力を、人々に知らしめてしまうように思える。
 この、大事な時期に。
「くそうっ!!」
 思い切り地面を蹴りつけた。その時だ。
「よお」
 低いゆっくりした声がかかった。
「荒れてるなあ。どうかしたのか、優等生」
 びくり、と半助は顔を上げる。その声‥‥。
 にやにや笑いを浮かべた六年生が立っている。
「なにをびくついてんだよ、え」
 半助は全身が強ばっていくのを感じる。‥‥落ちた順位‥‥。
「今度は一番が取れなかったって?どうかしたのか、優等生」
 六年生は馴れ馴れしげに半助の横に並んで肩に手を置いてくる。
「ん?」
 半助は体が震え出しそうになるのを懸命にこらえる。
 誰の‥‥誰のせいだと‥‥。
 唇を噛み締めて地面をにらみつける半助を、その六年生はしばらく見ていたが、やがて。
「きな」
 短く言って先に歩きだす。
 その背を半助は睨みつける。‥‥誰が、誰がついていくものか。誰が。
 そう思いながら。足はふらりと前に出る。
 落ちた順位‥‥誰のせいだと‥‥。わかっている、本当は。それは自分のせい。自分を今から物陰に連れて行こうとしているこの六年生のせいではなく、彼について行ってしまう自分自身のせい‥‥。
 最上級への進級を控えた、この大事な時期に、成績が下がってなお、彼について歩く自分を、半助は呪った。


 二学期の終わりだった。
 曲がったり欠けたりして使い物にならなくなった手裏剣や苦無を木箱に山と積んで、その六年生は廊下を歩いていた。重そうだな、とその様子を見やった土井に、彼は声をかけて来たのだ。
「おい、土井。手伝ってくれ」
 一学年しか違わぬ彼とはそれまでにも言葉を交わしたことはあったから、
「いいですよ」
 気軽に半助は木箱を支えた。
「どうするんですか、これ」
「鍛冶屋に出して打ち直してもらうんだが、それまでは物置に置いとくんだそうだ。裏の林の隅にあるだろう、あの小屋さ」
「あそこまで運ぶんですか、これ」
「おい、今更手を離したら怒るぞ」
 その言葉に半助は笑いながら、はいはい、とうなづいた。
 二人で歩調を合わせて木箱を運び込んだ物置には、ずいぶん旧式の石火矢から、修理の必要な耕作用具やらなんやらが、雑多に積み上げられていた。
「そこの隅に置いてくれ」
 指示のままに、木箱を降ろして振り返った半助は、戸口につっかい棒をかませている彼の姿に驚いた。
「先輩?」
「脱げよ、土井」
 なにを言われたのか、半助にはわからなかった。
「脱げよ、いいことしようぜ」
 そう言われて初めて、半助はなにを要求されているのか悟った。
 すぐに、いやです、と言えなかったのはなぜなのか、半助はその後も何度も考える。
 六年生の中でも身体の大きい彼は、いつも、5、6人の仲間とつるんでいた。そのグループに関して、半助はあまり芳しい(かんばしい)噂を聞いたことがない。校則を破り陰でこそこそと小さな悪事を重ねている、実技も学科も成績はぱっとせず、言ってしまえば、不良じみた落ちこぼれ集団だと見られているのも知っていた。
 ‥‥仕返しが怖かったのではない。なのに、なぜ、すぐ断れなかったのか‥‥。
「‥‥なあ、優等生。おまえ、キスしたことある?」
 半助は間近に寄って来た彼を見上げた。
 彼の顔が息もかかるほどに近々と寄せられ、そして、唇が唇におおわれた。
 救命実技などで、他人と唇を合わせたことはあったけれど。
 ふにゃんと柔らかいそれが、自分の唇に擦り寄せられ、吸い上げ、ついばんでいく。
 その動きは、背中をむずがゆくし、全身を粟立たせるなにかをもたらす‥‥。
「‥‥なあ、初めてか?」
 再度問われて、半助は小さくうなずいた。‥‥初めてだ‥‥こんな、感じは。
「ふうん」
 彼は舌で半助の上唇を舐め下唇をなぞり、薄く開いた唇から半助の中に忍び込んだ。
「舌、だしな」
 彼の言葉に、半助は小さく舌先を差し出した。
 その舌先はたちまち彼の唇に挟みこまれ、彼の口中に吸い込まれた。
 他人の、粘膜の気持ち悪さ、唾液の味と匂いの気味悪さを半助は初めて知った。
 しかし。それは、その気持ち悪さは、また、なんと不思議な気持ち良さでもあったか。
 肌の一枚下に潜んでいたものが、彼との口づけに目を覚まし、いっせいに騒ぎ立てるかのような落ち着かなさが全身をおおう。下帯の中のものが、むくりと大きくなり、尾てい骨の下がじんと痺れて来た。
「気持ちのいいこと、してやるよ」
 彼の手が、言葉と共に脇から袴の中にするりと入って来た。
 下帯の上からやんわりとそこを握られて、半助の膝から力が抜けた。


 二度三度と彼の呼び出しに応えたのは、初めて知った性が強烈な快感だったからだろう。自慰がちゃちな排泄行為でしかないことを、半助はその日に知り、次に呼び出された時に、舌の柔らかさと口の中の熱さと滑らかさが、目眩がするほどの快感をもたらしてくれることを知り‥‥そして三度目に彼とその小屋で会った時に、他人を体内に受け入れる身を裂く痛みを知った。
 ‥‥痛みの中に。何かがあった。
 半助は呼び出しに応え続けた。
 一週間も彼に放っておかれると、何も手につかないほどの飢餓を覚えるようになった。
 焦がれた。
 性に。
 ‥‥だからだ。成績が落ちたのは。勉強に集中できない。
 それなのに。
 また、抱かれている。そこを擦られて身をくねり、咥えられては高い声を放っている。
「‥‥どうした、優等生」
 笑う彼を恨むより、半助は性に溺れている自分を恥じ、嫌悪した。


 火照りの残る腰に、なお快を覚えている自分に心底嫌気がさしながら、半助が長屋に戻る途中だった。同じクラスの生徒達が校庭の隅でかたまって騒いでいる。
「なに?」
 のぞき込んだ半助はどっと笑い崩れる同級生たちの中心に小さな子供がいるのを見つけた。
 年の頃、6、7歳だろうか。きかん気そうな吊り上がった大きな目が印象的な、でもなかなかに可愛い顔立ちの男の子だ。
「ほうら、次はここだぞ、届くか?」
 同級生の一人が頭より高く、その子の物らしい風呂敷包みを差し上げる。
「大丈夫だよ、さっきだってもうちょっとだったじゃないか」
「だめだめ、こんなガキじゃ」
 にやにや笑いの同級生たちの言葉と、肩で息をしているその子の様子に、半助は状況を理解した。喜車の術、怒車の術を巧みにかけて、その子をおもちゃにしているのだ。
 その子は低くかがんで、狙いを付けてから思い切り飛び上がった。
 指先が包みをかすめただけだった。
 その子は足を滑らせて尻餅をついた。
 皆が笑う。
 しかし、半助は笑えなかった。助走もつけない垂直飛びでそれだけの高さを飛べるバネの良さ、体の線がきれいに上へ伸びるその勢いの良さ‥‥。
「ね、どこの子?」
 半助は隣に立つ級友の袖を引いた。
「ああ、山田先生の子だって。奥さんが荷物を届けに来てんのさ」
 納得するとともに、半助は深いため息をついた。
「はあ。やっぱりカエルの子はカエルだなあ」
 調子づいた級友たちは、さらにその子をあおる。
「ほうら、もう一回チャンスをやるぞ、今度はしっかり飛べよ」
 止めようか、と思いながら半助は黙って見ていた。その子がどうやって荷を取り返すのか興味がわいていた。
 その子はきりりと唇をかんだ。
 低くしゃがんで飛び上がる‥‥と見えたその時、その子の手から小石が飛んだ。
 ぱし!
 狙いあやまたず、その石は包みを持つ生徒の手に当たる。
「わ!!」
 その生徒がひるんだ隙だった。その子は鋭く踏み込んで飛び上がると、包みをひったくっていた。
「やったあ!!」
 高い声で快哉を上げ、その子は一目散に逃げ出した。
「うーん‥‥やるなあ。逃げ足も速いし」
 悔しがる級友たちの中で、ひとり半助は感心の声をもらしていた。


 探すつもりはなかったが、足はその子の後を追っていた。
 その子は池のほとりでしゃがみこんでいた。
「おとうさんたちの所に行かなくていいの?」
 半助は声を掛けて隣に座った。
「‥‥父上と母上は大事なお話しがあるから、もう少し待ってなさいって」
「そうか‥‥」
「おにいちゃんも忍者のたまご?」
「そうだよ。君も将来はおとうさんみたいな忍者になるの?」
 何気ない会話の、何気ない質問だったが。その子はキッと半助を振り返った。
「父上みたいになれるわけ、ないじゃないか!!」
 あまりの怒気に、半助は目を丸くした。
「どうして。どうしておとうさんみたいになれないの」
 その子は小さく、胸をそらす仕草をした。
「どうしてもだよ。父上は天才なんだぞ」
「‥‥天才‥‥」
「そうだよ!忍者の天才なんだ!」
 威張って言った後に、その子はすっと顔を伏せた。
「がんばれば一流の忍者にはなれるけど、天才にはがんばってもなれないんだよ。知らないの?」
「‥‥へえ‥‥天才にはなれないのか‥‥」
「うん。‥‥だって、天才だもん。がんばってなれるものなら、天才って言わないよ」
「‥‥そうか‥‥」
 その子と一緒にしんみりと顔を伏せながら、半助は胸に言いようのない、安堵のようなものが広がって行くのを感じていた。
 そうだ。天才にはなれないのだ。どれほど頑張ろうと。しかし、それでも一流の忍びになることは出来るのだ。そうだ。頑張れば。
 捕らわれていた桎梏がひとつ、外れたような気がする。
「‥‥そうだ、きみ、名前は‥‥」
「あ!母上!!」
 小さな体は、もう母に向かって駆け出していた。
 その才に恵まれていればこその悩みを抱える幼い二人であった。


 でも。
 と半助は思う。
 頑張ればなれると言う一流忍者にすら、自分はなれないかもしれない。
 忍びの三禁と言われる酒・金・女。酒の習慣を戒め、賭け事に耽るを禁じる三禁のうち「女」を制するそれは、特定の女性に血道を上げることを戒めると同時に、色の道に溺れるを禁じている。‥‥それは‥‥女色に限らぬ。己の大事を忘れるほどに、色事に溺れてはならぬ、とそれは言うのだ。
 なのに、自分は‥‥自分は。
 身内にたぎる熱い泡立ちに抗しきれず、成績まで下げた。
 自分は一流の忍びに‥‥いや、それよりも、一人前の忍びにすら‥‥なれるのだろうか。自問して、半助は重く深いため息をついた。


 卒業式の日、半助は複雑な思いで送られる側に立つ彼を見ていた。
 もうこれでサヨウナラ。それを喜んでいるのか、悲しんでいるのか、自分でもわからない。
 未練は、ないと思う。が。諸手を上げて彼の巣立ちを喜べないのは。
 これから、どうやってあの火照りを沈めればいいのか、誰を相手にすればいいのか、その戸惑いがもしかしたら、一番の気掛かりなのかもしれない、半助は自嘲気味に思う。
 その彼に、式の後、呼び出された。一応は別れを惜しむつもりなのだろうか、と思いながら例の物置小屋に向かった半助の足は、その小屋の入り口でぴたりと止まった。
 中にいるのが彼だけではなかったからだ。


「よお、さっさと入って来いよ」
 取り巻きを連れた彼が声をかける。
 半助は薄暗い小屋の中を見回す。一人、二人‥‥彼をいれて六人。
 彼と幾度も淫靡な愉しみにひたったその小屋の中に、足を踏み入れるのを半助はためらった。
 彼が笑った。
「とって食いやしねえよ。入って来いって」
 うながされてようやく、半助の足が動いた。
 彼は苦笑する。
「そんなに怖きゃ、戸は閉めずにおきな」
 戸口に立って、半助はようやく口を開いた。
「‥‥御卒業、おめでとうございます」
「ま、あんまりめでたい卒業でもねえけどな。おまえと違って俺らみたいな落ちこぼれは旅立ちってよりは、放り出されってほうが近いからな」
 半助は返す言葉に詰まった。
「‥‥まあ、いい。そう期待できるものが待ってるわけじゃないが、俺たちは今日のうちに学園を出る」
「‥‥急な話ですね」
「別れを惜しむほど仲のいい先公もいねえんだよ、俺たちには。‥‥おまえと違ってな」
 またも半助は返す言葉に詰まった。
「ああ、誤解すんな。なにも俺たちはおまえに逆恨みが言いたくて呼び出したんじゃねえ。‥‥なあ、土井。おまえ、俺たちがおまえのことをどう見てたか、知ってるか」
「え?」
「俺たちの学年はたださえ、評判がよくねえんだよ。学園不作の年、とか言われてさ。一年下は粒がそろってる、おまけに一人飛び抜けてるとみんながそいつを目標に頑張るからますますレベルが上がるんだとさ。‥‥俺たちはずっとさ、おまえたちが入学して来た二年の頃から、下級生に負けてどうする、情けないぞ‥‥そんなことばっか言われてたのよ。その情けない学年の中でも俺たちは落ちこぼれ‥‥なあ、そんな俺たちがおまえのこと、どう見てたと思う」
「‥‥‥‥」
「憎たらしかったぜ、めちゃくちゃにしてやりたかった。‥‥でもな、俺たちはおまえに憧れてもいたんだ。‥‥おまえは、やっぱり、すごい奴だよ」
 半助は小刻みに首を横に振った。そんなことは、ない。ないのだ。
「ふん。謙遜も過ぎると嫌みだぜ、優等生」
 彼は身軽く腰掛けていた木箱から飛び降りた。
「でな、まあ、これが最後でもあるし、俺のダチも一度おまえに挨拶がしたいんだとよ」
 慌てて半助は回りを見回した。彼らの仲間が一人、右手を差し出しながら近づいてきた。彼の手が半助の右手を握った。
「よう、土井半助。おまえ、これからも頑張れよ」
「‥‥え、あ、ありがとう‥‥」
 次に代わる。
「土井‥‥。俺たちの分まで頑張れな」
「‥‥あ、ありが‥‥」
 次‥‥。
「あのな、一年後な、楽しみにしてるな。きっとおまえ、すごいとこ就職してな、はは、俺たち下っ端だな、きっと。またよろしくな」
「‥‥‥‥」
「俺は頑張れなんて言わない。気楽に行けよ。先は長いんだから」
「‥‥‥‥」
「でも、俺はやっぱ頑張ってほしいなあ。でさ、すんごい評判になったらさ、俺、自慢すんだ。あいつ、俺の後輩だぜ、卒業の時、握手したんだぜって」
 半助はこみあげてくる熱いものを飲み下すのに懸命になった。自分はそんな人間ではない。そんな励ましを受けるに値する才能の持ち主ではない‥‥。
 じわりとにじみだした視界をなんとか鮮明にしようとまばたきを繰り返す半助の肩を、最後に彼がたたいた。
「‥‥元気でやれよ。じゃあな」
「あ‥‥」
 背を向ける彼の背中に向かって半助は叫んでいた。
「僕は、だめです‥‥!」
 彼が振り向いた。
「‥‥僕は‥‥だめなんです、弱くて、情けない‥‥僕は‥‥」
「なにがだめなんだ」
 問い返す彼の、優しいとすら言える声音だった。
「‥‥僕は‥‥三禁も守れない‥‥情けない‥‥」
 ああ、と彼は合点が行ったと言うようにうなずいた。
「誰だってそうよ。あっちのことはな、ハマりたてはみんなそうよ。気持ちの良さに、みんな一度は狂うのさ。‥‥なあ、土井。おまえは大丈夫だよ。今だけだ。いや、今でもおまえは十分、冷めてるよ」
 手で涙をぬぐって半助は彼を見つめた。
「‥‥ほんとに俺に溺れてりゃあな。おまえ、聞きもしなかったろう、俺の就職先」
「‥‥あ‥‥」
「おまえはただ、アレが目新しかっただけよ。感心してるんだぜ、さすが学園期待の星と言われるだけあって、おまえは違うって。‥‥最初な、俺はおまえのそのすました顔をなんとか崩してやりたくて、それでちょっかい出したんだけどよ‥‥最後は俺がおまえをおもちゃにしてんのか、おまえが俺の体を利用してんのか、わかんなかったじゃないか。‥‥利用できるものは利用しろ。おまえ、忍びの王道いってるぜ」
 半助は涙が乾いていくのを感じていた。‥‥でも‥‥いや、そうなのだろうか。
「それからな、おまえが気にしてた成績‥‥一番が二番になったぐらいは、おまえ、下がった上がったじゃなくて、誤差って言うんだよ、覚えとけ」
 そして彼は深く頭を下げた半助の肩を、もう一度たたいた。
「‥‥なあ、いい忍びになれよ。‥‥おまえなら言われずともなれるだろうが」


 彼らが去った後の小屋から、半助もまた歩きだした。
 では。飛び立てるのか、自分は。高みに向かって。
 胸を張り、目指せるだけのものが、自分の中にもあるのだろうか。
 ‥‥少しだけ、信じて頑張ってみようか。足掻く価値のあるものが自分の中にあると、少しだけ、信じて‥‥。


 半助は遠くを見つめた。自分の、未来を‥‥。

 

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