疼き

 

 利吉が仕事に出てもう一月以上がたつ。
 会えぬ寂しさは仕事で紛らわせもできるが、重くなる股間のものだけが、たまらない。
 ふと手の空いた時に、利吉の、体臭よりもっと近くに触れた時にだけわかる、肌の湿りとその匂いを思い出すと‥‥たまらない。
 これも男の習い性、と独り遊びに興じてみるが、とりあえずの浅い精は吐き出せても、体の奥深い所に重たくたまったものまでは、ちゃちな手淫ではしごきだせない。女でも買いに行くか、とやけくそに思ってみたりもするのだが、実は、女を買って収まるものでもないものを、すでに利吉に抱え込まされている半助である。
 ‥‥なんと言えばいいのか。
 利吉を受け入れるのに、慣らされたところが。むさぼられるのに、慣れたところが。この空閨はたまらぬと、泣き声を上げている。
 いつかおんなが言っていた。
「あんたの顔を見るだけで、疼くんよ、ここが」
 そしてしどけなく、裾を開いて見せた女の言葉を、しょせん遊び女の浮かれ言葉、と聞き流していたが、あれがもし、これほどの肉の飢えを言っていたなら、もう少し気を入れて抱いてやればよかったと、これは利吉には死んでも聞かせられぬ半助の気持ちである。

 



 悪寒、発熱。
 まずいな、と煎じ薬を調えたところに、利吉がひょっこり帰って来た。
「どこか悪いんですか」
 表にまで漂いだしているだろう煎じ薬の匂いに、顔色変えて、足を洗うもそこそこに、利吉は床を延べた半助の傍らにやって来る。
「おかえり。少しやせたんじゃないか」
「‥‥‥‥」
 もう無言で半助を抱きすくめる利吉である。
 からだ。互いの匂い、互いの肌、互いの、からだ。深く息を吸い込んで、目を閉じるのは、ふたりともに。このまま、いつものように、押し倒したい、押し倒されたい、それもふたりがともに願っていることではあったが。
 利吉は名残惜しげに、抱擁を解く。
「‥‥熱がありますね」
「‥‥もう上がり切ったようだから、あとは引くのを待つだけなんだけど」
 顔をそむけて利吉は立ち上がる。
「おかゆでも作りましょう。とにかく休むのが一番ですよ」
 半助は小さくため息をつく。
 不得手、と言うしかない。ごくごく控えめに、誘ったつもりであったのに。

 


 灯火のもとで、利吉が本を読んでいる。
 ‥‥久しぶりに帰宅した時は、いつも狂ったように半助を抱いて、会えぬ時間の埋め合わせをするのに。病人には手出しをせぬつもりらしい。口づけもせぬのは、もろい歯止めと知っているからか。
 半助は床の中から、利吉を見る。
 少しやせて、頬が直線的になっている。それでも‥‥綺麗な顔は変わらない。額にかかる茶のかかった髪、その中に手を突っ込んでかき回せば、指に絡む細い髪。目尻の切れ上がった瞳を縁取る長い睫毛、まばたきのたびにゆっくりと上下する。鼻筋のきれいに通った形のいい鼻、その下の唇が、半助の体の上をはい回る時、その鼻も時に半助の肌に押し付けられて、思わぬ感覚を呼び起こしてくれる。そして、唇‥‥その中に、隠されている、ぬめる舌‥‥。
 半助はゆっくりと床の中から抜け出す。
 本に没頭しているのか、顔を上げぬ利吉に滑るように近づく。
 ふと気づいて目を上げる利吉の顔を、半助は両手で挟み込んだ。仰向かせる。
 ‥‥唇。ぬめる舌。
 ‥‥ほしい。
 唇に唇を重ねた。

 


 たちまちのうちに、それは激しいものに変わる。唇を、舌を、吸い合い、絡め合い、唾液を絡め取る。
 胡座をかいて座る利吉の上に、半助は足を開いてゆっくりと腰を落とす。
 頬を挟む手を、そのまま首筋に滑らせ、そのまま両の肩に滑らせる。ぐっと力をいれて、肩先を抱き込めば、利吉の着物はあっけなくはだけて、前を割った。
 寝衣の前で結んだ細帯は、片端を引っ張るだけでするりと解ける。
 下帯も、自ら片手で解いた半助の、前がもう屹立しているのを、伸ばした舌先で半助のあごの先を嘗めながら目の端でとらえた利吉が小さく笑う。
「もしかして、たまってました?」
「‥‥そういうことは、聞くものじゃない」
「でも、言ってほしいな」
 半助は熱に浮かされた瞳で、利吉を見る。厚い胸板、引き締まった腹筋、そして、その下の‥‥。まだ袴の紐さえ崩れていないのが不満で、半助は両手でそれをほどきにかかった。その手を利吉の手がつかむ。
「だめです。ちゃんと言ってくれなきゃ」
 そうだ、今なら熱のせいだ‥‥なにもかも。なにもかも。半助の口が動いた。
「‥‥きみが、欲しかった‥‥」
「わたしの、なにが」
 そうだ、今なら熱のせい‥‥。
「‥‥わたしの、中を埋めるもの‥‥」
 利吉が目を細めて半助を見る。その空いた片手が半助の口に伸びる。
 一本、二本‥‥。
「‥‥ん‥‥」
 咥え込まされる指。
 そして、半助自身の唾液で濡れた指で、いじられる菊座。
 ぬぷん。
 指の一本が、その半身だけ、半助の中に沈んだ。
「‥‥これ、ですか?」
 ちがう、と半助は首を横に振る。
「じゃあ‥‥なに?」
 聞きながら、利吉の指は半助の中で蠢き回る。とば口を揉みほぐし、中にもぐる指が二本に増えた時、半助のからだが震えた。
「‥‥言ってほしかったのに」
 ぐっと力のこもった指が、二本とも付け根まで埋まる。
「‥‥く、あ‥‥」
 たまりかねて半助がすりつける頭を肩で受け止めながら、利吉は自分で袴をゆるめる。
「わたしの辛抱も、この程度‥‥」
 先走りの露で、もうぬらりとその頭を光らせたものが、利吉が下帯を取ると同時に飛び出した。
「せめて‥‥欲しいものは、あなたが自分で‥‥」
 ずるりと引き抜かれた指にすら、喉の奥から声にならぬ声を上げて身をそらした半助だったが。その言葉に、腰を浮かせる。
 後ろ手にまわした手を‥‥添える。菊座にあてがう‥‥。
「‥‥ああっ‥‥!」
 みずからその上に腰を落としながら、半助は叫びを上げた。

 


 後門が、いくらぬめった丸い先端とは言いながら、常はきつく閉まっているそこに、大きな圧迫を加えられて、軋む。それでも、もっと奥に、もっとたくさん、止まらぬ衝動に半助は腰を落とし続ける。
 鋭い痛みと、鈍い痛み。痛みとともに、強烈な、快感。背を抜け、頭にまで響く貫入。
 熱い。利吉が熱いのか、受け入れる自分の肉が熱いのか。その熱がじわじわと、全身を犯していく。全身の肌を粟立たせながら、半助は腰を落とし続けた。

 


 体重がかかる。
「く‥‥」
 利吉が眉を寄せる。
「ひとつきぶり‥‥きつい‥‥」
 体重がかかる。軋みながら、それでも、利吉の猛ったものは半助の体の奥深くに飲み込まれてゆく。利吉が腰を突き上げるまでもなく。半助の腰が落ち切った。
 半助の腰から全身に、小さく震えが走る。
 利吉に深くいっぱいに、己の身を貫かせながら、半助は利吉の頭を抱く。いや、しがみつく、と言ったほうが正しいか。
「半助‥‥半助‥‥もう、手加減できませんよ‥‥」
 言下に。
 利吉は半助の脚を抱えながら、上体を倒す。
 激しく抽送を繰り返す利吉に揺さぶられて、半助は大きく上体をのけぞらせた。

 


 もう。どれほど時間が経ったのか。
 何度も達し、何度も果てた。
 それでも、まだ。
 触れ合う肌が、熱を生む。
 燃やし尽きるまで。
 もう。止まらない。

 容赦もなく、蹂躙され、ただ快感をむさぼるために使われたそこが、火照っている。
 互いの吐き出した精に、しとど濡れ、粘りさえする脚と身体を、それでも、絡め合う。
 太いもので、深く浅く半助を穿ちながら、利吉は半助のそれを擦り上げ、擦り下ろす。
「ああっ!あああっ‥‥!」
 翻弄される感覚に、喘ぐというより苦しむような半助を、利吉は煽り続ける。
 もっと、いっぱい‥‥もっと、たくさん、もっと、深く‥‥貪欲に利吉を咥え込み続けたそこが、ぐっと締まった。
 利吉は呻きながら、手いっぱいに握り込んだ半助の、カリの部分をことさらに。
 果てたのは、利吉が先か、半助が先か‥‥。
 ともに、脱力した二人は、ただの肉塊となって、重なり合う‥‥。

 


「‥‥すいません。熱はどうですか」
 情け容赦もなく責め続けた揚げ句に、利吉が言った。
 思わず、半助はぷ、と吹いた。
「大丈夫だよ。‥‥汗をかいたら、かえって身体は楽になったようだ」
 利吉が顔を近づける。額を合わせて。
「‥‥ほんとだ。でも、無理はいけませんよ」
「‥‥肝に銘じておくよ」
 ふたり目が合う。小さく笑い合った。

 

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