裸形

 

 

 

  闇の中──。
 いつも多弁な男が押し黙り、いつも無駄口をたたかない男が一人でしゃべる。
 しかし、それも、短い言葉。
 闇の中、淫猥な響きの短い言葉だけが、時折、沈黙を破る──。
 からだを重ねるようになって、まだ半年にもならない。
 年上の男は年下の男に押しかかられるたび、少し困ったような表情を浮かべる。
 かすかなためらい。
 「いやですか」
 頬に頬を押し当てながら、利吉は聞く。土井は答える代わりに利吉の頭を抱く。
 いや、というのではない。慣れないのだ。
 それは利吉も知っている。だけど、いや、だから。ひけない。
「脱いでください」
 ほのかな月明かりのはいる部屋の中で、男たちは裸になる。
 見せるために鍛えた体ではない、実戦のために、実戦の中で、鍛えられた体は、
しなやかでたくましい筋肉におおわれている。均整のとれた伸びやかな肢体に無駄はない。
 敏捷で力強い動きを約束する、それはふたつの忍びのからだ。
 利吉は土井の体を美しいと思う。なめらかな肌にむしゃぶりつきたい衝動がおこる。
 土井も利吉の体を美しいと思う。あちらこちらに傷痕の残るからだには、凄惨な色気がある。
   ‥‥そのからだに色気を感じるようになった自分に、土井は戸惑う。
   冴えた印象の、きれいな横顔と、傷だらけの素晴らしい肉体を持つこの若者が、
自分に与える快感を、土井は扱いかねている。
 「やめろ」とは言いたくない。では「もっと」と言えばいいのか。
  暗闇のなかで、土井は無口だ。

 

 口を吸い合い、舌を絡める。利吉は土井の舌を、土井の舌が伸び切るまで、吸い上げる。
 利吉の背にまわっていた土井の手に力がこもる。
   厚みのある背筋に、土井の指が食い込んだ。

 

「まだ‥‥すこし、軋みますね‥‥」
   土井の背中で利吉が言う。
「もうすこし‥‥練り物を足しますか」
 土井は答えない。
 腰だけ高く利吉に支えられ、頭を床につけたその姿勢のまま、乱れた息をつき続けるだけだ。
「‥‥じゃあ、このまま‥‥いきますよ?」
 利吉はもう答えを待たない。
  先端だけもぐりこませた狭隘に、ぐっと腰に力を込めて押し入る。
「あっ‥‥!」
  土井が喉の奥で低く叫んだ。
 もう、とまらない。男たちは互いの体を抱きしめ合いつかみあい、絡み合う。

 

 この前のそれは奇跡のように利吉は思った。
 狭くて熱い土井は、利吉にはまるで食いつかれているように、きつい。
 挿入の苦痛を和らげるための練り物のおかげで多少の融通がきくが、それでも、押し入るたび、
土井の苦痛とはもちろん違うが、利吉は灼熱感を伴う、痛みに似た緊迫を自分のそこに感じる。
‥‥その中で。
 抜き差しを繰り返し、猛ったものの中でも敏感な、先端と少し張り出したところを、
土井の粘膜の細かな凹凸と渦に合わせてこすり続けていると‥‥利吉は胴震いするほどの、
圧倒的な解放感を伴う快感とともに射精する。
 それはなんの不思議もないことだ。

 

 が、この前。

 

 利吉が前に手をまわしてしごいていたわけでもなかったのに。
 利吉に何度も突き上げられ、かきまわされ、ただ呻いていた土井が‥‥
 利吉が熱いものを土井の中にぶちまけたと同時に‥‥
 吐精したのだ。
 白く濁った熱いものが飛び散った。
 なにかの加減がよほどよかったにしろ‥‥それは利吉には嬉しい奇跡だった。
「‥‥あ‥‥!」
 土井は自分の腹と胸の上に散った己のものを、目を丸くして見た。
 自分でも、二度も起こったそれが信じられないというように。
 慌てて土井は枕元の懐紙に手を伸ばした。
 利吉が自分の体に残したものの始末より、まず、その自分の信じられない感覚の証拠を
ふき取ろうとしたその手は、しかし利吉につかまれた。
「ふかないで」
「え?」
「せっかく、あなたが‥‥」
 利吉は土井の胸に顔を伏せる。
 土井は呆然と、それをなめ取る利吉の舌の動きを見ていた。

 

 それが、ターニングポイント。

 

「咥えて‥‥」
 膝立ちになった利吉が言う。まだ荒い息をついていた土井が目を上げる。
 少し強気になった年下の恋人は、目を細めて想い人を見つめる。
 土井はからだを起こす。
 手を添える。
 口をあける‥‥。
 上から見下ろしていた利吉が、ゆっくりと目を閉じた。

 

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