休日のアフタヌーンティ

 

 
 東の家に遊びに行く途中だった。
 ぼくはふと目に止まったパン屋にふらりと入った。ブランチを済ませたばかりだったけれど焼きたてパンの香ばしい匂いに惹かれたせいだ。なにかおやつ代わりに買って行こうかと見回したら、バスケットいっぱいにコロコロしたスコーンが積まれているのが目に入った。自家製ジャムあります、のポップも食欲をそそる。
 あ、これがいいと、ぼくは早速トングでスコーンのひとつをつまみあげた。
 
 
 
 
 
 ドアを開けてくれた東の鼻先に、
「はい、おみやげ」
 と紙袋を差し出した。
 ガサガサと袋をのぞきこんだ東は、
「お。うまそうじゃん」
 そう言うと、すぐに袋の中に手を突っ込んだ。
「な?」
 スコーンをひとつ手にした東が、ニヤッと笑ってぼくを見る。
「食いたい? 食われたい? どっちが先?」
 なんて。
 そこでつい正直に、
「おなかはすいてないよ。食べてきたばかりだもん」
 とぼくは答えてしまって。
「んじゃ、こっちが先ね」
 首を伸ばしてきた東に、きゅっと唇を吸い上げられた。
 
 
 
 
 
「ま、まだ真っ昼間だよ!」
 一応、抗議は試みたんだけど。
「だーって、おまえ今日、泊まれないんじゃん? だったらさあ……」
 唇から滑った唇に、耳たぶをくすぐられて、
「…あ」
 なんて、ちょっと甘い声が上がっちゃったら、もう東は見逃してくれるはずがなくて。
「ベ、ベッドで! せめて!」
 リビング入ったばかりの床の上でコトが始まってしまうのは避けようと必死でそう言えば、にっこり笑った東が、
「どうぞ」
 と、東の部屋へのドアを開く。
 ああ。もう。
 自分で言っちゃったんだから仕方ないけど。
 ドアを押さえてニヤニヤしてる東の前を通って、今からナニをするための場所に自分から入って行くのって……うわ、むちゃくちゃ恥ずかしい。どうしよ。
 だけど。
「照れてると、よけい可愛い」
 東はぬけぬけとそんなことをぬかす。もうホントに、東には羞恥心なんてないとしか思えない。その上、
「この高さならどこからものぞかれないから」
 って、まだ陽も高いのに、カーテンも閉めずにコトに及べるなんて、絶対絶対、東には……以下同文。
 でも、そんな東の頭を太股の間に挟んで、
「ああ……っ」
 身をよじってるぼくには東を責める権利なんかないかもしれなくて……。
 そんなことを考えながら、結局ぼくは東においしくいただかれてしまったんだった。
 
 
 
 
 
 行為自体が嫌いだとは口が裂けても言えないけど。
 きれいに燃え尽きて、でもまだ余熱の引ききらない躯を寄せ合ってぐったりしている時間が、ぼくは好きだ。ついさっきまで苦しいほどの快に追われてしがみついていた躯に、今は包み込まれるように抱かれて横たわる……東と二人、シーツの間に静かに埋もれてる事後の時間が、ぼくは大好きだ。
 行為自体とどっちが好きだと聞かれたら、困るほど。
 喘いで……泣いて……息を乱して、東と絡む。ふだんの日常生活では絶対に人に見せない恥部を互いにさらして求め合う。快感を分かち合う。セックスによって得られる快感はものすごくて、ぼくはいつも簡単にそれに飲み込まれてしまうし、それはそれで……その……正直に言っちゃえば、けっこう、かなり……好きなんだけど……。
 でも。
 そういう濃密な時間を過ごした後に、くったりくつろいでる時間も本当によくて。ぼくはこいつのことがホントに好きなんだなあって、すごく素直に思える時間。その時間の充実感とか幸福感はなにに較べることもできないんじゃないかと思えるほどに、ぼくは事後のけだるさの中、東と抱き合ってる時間が好きだ。
 ……もっとも東は、すぐにその穏やかさを放り出して簡単にエロエロモードに戻っていっちゃうから油断できないんだけど。
 その日はでも、そうして抱き合ってるときに東のおなかがグルって鳴って。
 ぼくは笑いながら自分から身を起した。
「おやつにしようか」
 
 

 
 
「スコーンならちょうどいい」
 そう言って、東は戸棚からなにかの包みを取り出した。
「貰い物なんだけどさ」
 黒いシックな包装紙に、金文字がシャレたポイントになっている黒いリボンがかかった小ぶりな箱。センスのよさとともに、ちょっと高級感が漂うパッケージ。
「紅茶だって。せっかくだからさ、アフタヌーンティぽくしちゃわねえ?」
「……イギリスの午後のお茶だっけ? 軽食なんか出る……」
 ウロ覚えの知識で問い返すと、東はそうそうと軽くうなずいた。
「パンときゅうりもあるからさ。ケーキやクッキーはないけど、サンドイッチとスコーンで」
 もうおまかせ気分で見ていると、東は慣れた手つきでさくさく準備を始める。パンを切り、きゅうりを薄切りにし、お湯を沸かしながら、サンドイッチにしていく。その間ぼくのしたことと言えば、スコーンを袋から出して東が出してくれたお皿に盛り付けただけっていうのが、ちょっと情けない。
「東、器用だしマメだよね」
「慣れだろ、単に」
 うーん。そうだろうか。ウチの母親が紅茶いれる時に、いちいちポットとかカップとかあっためておくのなんか見たことない気がするんですけど。ウチの親がズボラ気味ってのもあるけれど、でも、東の手はいつも丁寧で早い。これって単に慣れの問題だろうか。納得のいかない顔をしていたら、
「ああ、あと、ほら。マスターがいろいろ教えてくれるから」
 東がそう言った。東は大学入ってからずっと近所の喫茶店でバイトしてる。そこのマスターはもう40近いって聞くけど、口ひげの似合う、スリムでシャレたカッコいい人だ。
「紅茶って、手抜きせず焦らずいれないとダメなんだって」
「ふーん」
 耐熱ガラスのポットに東が湧きたてのお湯を注ぐ。紅茶の葉がゆっくりとポットの中を上下にめぐりだす。これはジャンピングって言って、その間に、葉からおいしい成分が出てくるんだと東が教えてくれる。
 そろそろかな、東が呟いてポットをあっためてあったカップの上で傾ける。
 綺麗な夕焼けにも似た色になった紅茶が注がれる。
「……あ。なんかいい香り」
「えーっと」
 東がパッケージに入っていたリーフレットをのぞきこんだ。
「この葉っぱ、ミルクティも合うらしいぜ?」
「クリーム出す?」
「エセブリティッシュに冷たい牛乳で行こう」
「なにそのエセブリティッシュって」
 吹き出しながら、ぼくは冷蔵庫を開く。
 砂糖とミルクをそれぞれ好みの分量入れて、東が作ってくれたきゅうりのサンドイッチとスコーンを前にテーブルに着けば、本格的なアフタヌーンティとまではいかなくてもちょっと「お茶」な雰囲気だ。
「このスコーンうまい」
「あんずジャムがおいしいよね。紅茶にすごく合うカンジ」
「だな」
 ぼくはサンドイッチをつまみ、クセはないのに、味も香りもしっかりしてるおいしい紅茶をいただく。
「そういえばさ、明日の英語……」
 東とたわいもないおしゃべりを楽しみながらの、お茶の時間。
 ああ……ぼくはこういう時間も好きだなあと改めて思った。
 東とキスしたり、セックスしたり……ベッドの中でくつろいだり、それももちろんだけど、こうして一緒においしいものを食べたり飲んだりするのも、すごく楽しい。
 ああ。もしかしたら。
 ぼくは東と「一緒に」なにかするのが好きなのかもしれない。
 ふっとそう思いついた。
 エッチも、リラックスも、食事も、テニスも、勉強も。ああ、そうだ。ぼくは東と一緒に過ごす時間が大好きなんだ。
 それって……。
 きっとそれだけ、ぼくは東のことが好きなせいで……。
 そこまで思ったら、かっと頬が熱くなった。
「そ、そういえばさ!」
 ぼくは自分ひとりで考え付いたことの照れ隠しに、あわててなにか話題を探そうとした。
「こ、この紅茶、おいしいけど、なんていうの?」
「ああ、これ?」
 なぜだか東はニッと笑った。
「聞きたい?」
「う、うん。名前覚えておいたら、今度また買えるし……」
 東は身を乗り出すと小さくささやいた。
「Wedding」
「え? ウェ……」
 聞き取れた瞬間に、ぼくは顔面から火を噴いた。
 
 
 
 
 
 東が紅茶カップの向こうで笑っていた。
 
 
 
 

                                                   了







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