休日の朝

 

 休日でも朝は8時には目が覚めるという、俺の恋人。
 感心なヤツ。
 俺はナマケ者で甘えん坊だから、あいつが俺のブランチを用意して、コーヒーの香りが漂って
くるまでベッドの中でごろごろしてる。
 シーツにはあいつの残り香。
 ああ……至福。




「コーヒー淹れたけど、起きる?」




 俺はもそもそ起き出して、新聞読んでるあいつの後ろから腕を回してもたれかかる。
「おはよー」
「……ん」
 朝のキスを口元に唇を寄せてねだると、あいつはちょっとためらう。
 付き合いだしてもう10年近い、一緒に暮らしだしてからだってもう2年になるのに。明るい
ところでイチャつこうとすると、いまだに顔を赤らめる恋人。
 ああ。たまんねえ。




 洗い立ての白いオックスフォードシャツにジーンズ。
 そんな休日仕様の格好でも、こいつは妙にサマになってる。
 爽やかで、清潔そうな、好男子。どこに出しても好感を持たれそうな、真面目で爽快感にあふ
れた二枚目。
 こいつはすぐに、
「おまえのほうがカッコいい」
 って言うけど、俺なんかはファッションとかスタイルでごまかしてる部分が多いわけ。
 飾らなくても素のままでカッコいいってほうが希少価値があるって、コイツ、ほんとわかって
ない。
 まあ……わかってくれてなくてラッキー、な部分は実際多いわけだけど。
 度量の狭い恋人にはなりたくないって、俺も25過ぎたあたりから思うようにはなったけど、
こいつのモテぶり見てると、マジ、1時間おきに所在確認してもまだ足りないって気になってく
る。
 本人の欲のなさにどれだけ救われたことか。いや。欲のなさってより、コイツの場合、はっき
り鈍感さのせいなんだけど。




 今週の月曜なんて大変でさ。
 底が抜けそうなほど、みっしりチョコレートの包みが詰まった大きな紙袋下げて帰って来て。
「女の人も大変だよねえ。義理チョコだけでもバカにならないよね」
 って、おまえ。ロイズ本店限定販売5000円のチョコを義理に贈るバカはいないぞ?
 付き合いだした高校生の頃なら、俺も胸の中だけでそう言って、わざわざ敵に塩を送るような
マネはしないんだが。
 余裕のあるポーズをつけたい可哀想な男心で、つい、本当のことを教えてやる。
「え! そんな高いの、これ?!」
 こいつはまじまじと包みを見つめて……。
「……どうしよう……誰からだったっけ……」
 いや、それは絶対、中にカードが入ってるから大丈夫だろうけど。
「だって」
 心底、困ったように眉を寄せる。
「ちゃんと恋人と暮らしてるって言ってあるんだよ? なのに、なんで、こんな……」
「あのな」
 俺はため息まじりで説明に入る。
「結婚後の不倫だってなにが悪いの、な時代だぜ? ンなもん、同棲程度で遠慮する必要がどこ
にあるんだぐらいに思ってんだよ。言っておくが、おまえがゲイだって職場でカミングアウトし
ても、そう状況は変わらないぞ? わたし昔から男友達にも女扱いしてもらえないんですぅって
女がすりよって来るだけの話だからな」
「…………」
 じっと見上げられた。
「おまえ、そういうことがあったの?」
 ゴホ! つまらないところだけは勘がいいっての。

 


「スクランブルエッグも作ろうか?」
 いちゃいちゃネッキングしてた俺の指先から逃げるように、あいつが立ち上がる。
「んー、このホットサンドとコーヒーだけで俺、いいわ」
 鼻先くすぐるキリマンジャロの香り。
 新鮮な野菜と香ばしいベーコンにハーブが、どっさり挟まれたホットサンド。
 新聞広げてるあいつ。
 幸せだなって、思う。
 この10年。
 おまえと付き合った10年。
 本当にいろいろあった、10年。
 色事にうとい、臆病なところのあるおまえが、自分の恋人は男だって友人に告げた時、自分が
暮らしたい相手は男だって家族に告げた時、どれほど悩んで苦しんだか、俺は知ってる。
 終始一貫、「自分に嘘はつけないだろ」って俺は強気な顔してたけどな。
 本当は、おまえが泣くたび、傷つくたび、「ごめんな」って言いたかった。こんな世界に引き
ずり込んだのは自分だから。俺がいなきゃ、おまえ、こんな苦しまずにすんだのになって。いっ
つも、謝りたかった。
 おまえがそんな苦しいなら。俺、別れてやらなきゃいけないのかなって、思ったことも何度も
あった。
 ごめんな。俺、自分勝手だから。結局、一度もそんなこと、口にもできなかった。
 コーヒーのいい香り。
 おいしいブランチ。
 テーブルの向こうにおまえ。
 幸せだなって思う。
 苦しんだ分、傷ついた分、おまえも少しは幸せだと感じてくれているといい……。




「これ、うまい」
「ほんと? よかった」



 
 何気ない会話のあと、あいつが言う。
「……いいよね、こういう時間」
 俺はちょっとうれしくなって。
 カップの陰で笑ってしまう。
 ああ、いいよな、ホント。




 ささやかで、ありふれた。でも、かけがえのない、それは休日の朝。


                                                   了







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