イケナイおにいちゃん

 

 ぼくはおにいちゃんと暮らしてる。
 本当は、おにいちゃんは「おにいちゃん」じゃなくて、「遠縁のおじさん」なんだっていうけど。
 だけどぼくはおにいちゃんを「おじちゃん」なんて呼べない。だって……「おじちゃん」っていうのは、もっとず っと年をとってて、顔はなんかテカテカしてて、ひげも生えてて、学校の先生みたいなののことをいうんだと思うも の。
 おにいちゃんは全然、そんなふうじゃない。
 おにいちゃんは若くて、とってもカッコいい。おじちゃんなんて絶対呼べない、呼びたくない。
 ぼくがそう言うと、おにいちゃんは、
「光栄だね。でも私はマコ君より12も年上なんだよ?」
 って笑う。
 ぼくはおにいちゃんと暮らしてる。
 ぼくより12コ年上で、綺麗で優しいおにいちゃんと。






   *     *     *     *     *     *







 小学4年生の時だった。
 僕のお母さんが突然いなくなって、それからお父さんはお酒ばっかり飲むようになって、僕はいつも同じ服を着て 、 学校に行ったり行かなかったり、ごはんも食べたり食べなかったりするようになっちゃって……結局、僕は児童相 談所に送られたんだ。
 その相談所におにいちゃんが迎えに来てくれてから8年になる。
 僕はずっとおにいちゃんと暮らしてる。
 これからもずっとおにいちゃんと暮らしてく、僕はそのつもりだった。
 なのに。
 なのに、おにいちゃんが。
「マコト」
 真面目な顔で言い出したんだ。
 僕の18歳の誕生日のお祝いをしてる時だった。テーブルの上にはおにいちゃんお手製のローストビーフやコーン スープ、マカロニサラダに鶏の唐揚げ、僕の大好物がいっぱいいっぱい並んでて。ロウソクがちゃんと18本立って る、やっぱり僕の大好きな、イチゴがたくさん乗った真っ白な生クリームのデコレーションケーキもあって。
 なのに、なのにおにいちゃんは。
「高校を卒業したら、マコトもここを出ることを考えなさい」
 なんて。ひどいことを言い出したんだ!
「な、なんで? なんでそんなこと、突然言うの? ぼ、僕、なにかいけないことした!? ねえ、おにいちゃん、 僕、なんか悪いことしたの!?」
 僕は必死でおにいちゃんに聞いた。
 だって、そんなの、わかんないよ! 僕はこれからもずっとおにいちゃんと一緒にいるつもりだったのに!
「マコト……」
「ねえ。おにいちゃん、言ってよ! 僕、なにが悪かったの! 直すから、ちゃんと直すから! ねえ、出てけなん
て言わないで!」
 おにいちゃんはつらそうにうつむいた。
「……マコ君はなにも悪くないよ……マコ君は悪くない」
「じゃ、じゃあ……」
「マコ君のせいじゃない。……私が、私が悪いんだ」
「おにいちゃん……?」
 おにいちゃんはどこか痛いみたいに眉を寄せてる。
 僕は手を伸ばして、テーブルの上にあったおにいちゃんの手を握った。
 びくっ! おにいちゃんの手が震えた。
「おにいちゃん。きちんと教えて。いきなり出てけなんて言われても、納得できないよ」
 僕はできるだけ静かに、おだやかにそう言った。
 いつまでも子供じゃない、きちんと話もできるんだ、そうおにいちゃんにわかってもらえるように。
 おにいちゃんは深く深くため息をついて、うつむいたまま、
「……今までは……なんとか我慢してたんだ」
 そう言った。
「我慢?」
「……私はね、汚い大人なんだよ……マコ君が可愛くて可愛くて……どうしようもないんだ」
 ドキンとした。
 可愛い、なんて18にもなって言われて。喜んでちゃいけないって思うんだけど。でも……おにいちゃんにそう言 ってもらえるのはすごく嬉しかった。
「おにいちゃん」
「マコトは、好きな子とか、いる?」
 僕は考える。好きな子? 僕が一緒にいて楽しくて、いつも一緒にいたいと願うのは……。
 おにいちゃんはひどく切なそうに、笑った。
「マコ君は綺麗だから……心がとても綺麗だから、わからないかもしれないけど」
 ちがうよ! 僕はそう声を上げそうになった。ちがう。全然、綺麗じゃない。
「好きになるとね、その人の全部が欲しくなるんだ。心も、身体も、全部」
 どうしよう、心臓がもうばくばく言ってる。おにいちゃん、それって、それって……?
「もうずっと、私は我慢してきたんだ。可愛いマコ君を、こんな、こんな……汚い気持ちで汚しちゃいけないって。 でも、もう……。だから、別々に別れて暮らそう。そのほうがいい」
 僕はごくりと唾をのんだ。
「おにいちゃ……」
 うまく声が出なくて、僕は咳払いする。
「おにいちゃん。おにいちゃんは僕をどうしたいの?」
「マコト……」
 僕は深呼吸する。だいじょうぶ、僕の心は決まってる。
「僕。おにいちゃんになら、汚されたい」
 僕はゆっくりと、そう告げた。
 




「ずっと……我慢してたんだ。このままずっと……我慢できると思ってた」
 おにいちゃんのささやきが僕の耳をくすぐる。
 サイドテーブルに置かれたライトの間接照明でぼんやり明るいだけのおにいちゃんの部屋は、いつも見慣れてるは ずなのに、全然ちがって見えた。
 オレンジ色の淡い光は、なんだかすごくイヤラシイ。
「だけど……おまえももう18なんだ、もう大人と同じなんだって思ったら……すまない、もう我慢できないなって 」
 僕の頬に唇を押し当てて、おにいちゃんが謝る。
「いいよ……いいよ、謝らないで。我慢なんかしないで……」
 僕はおにいちゃんの頬を両手で挟んで、おにいちゃんを見つめた。
「僕だっておにいちゃんが好きだよ? おにいちゃんが僕とこんなことしたいと思ってくれて、僕、うれしいよ?」
 言ってから、顔が熱くなった。たぶん、赤くなっちゃったんだと思う。
「じゃあ」
 おにいちゃんが僕を見つめてくる。初めて見る、おにいちゃんの表情だった。
 瞳がとっても優しくて、でも、濡れたみたいに光ってて。唇がほんわりほころんでて。こんな、優しそうで、そし て熱っぽい顔を、僕は今までに見たことがなかった。
「じゃあ、マコトの全部を見せてくれる? マコトを脱がせてもいい?」
 ドキドキした。すごく、すごくドキドキした。
 だけど、僕はこっくりとうなずいていた。





 僕たちはベッドの上で真っ裸になって向き合ってた。
「恥ずかしい?」
 少し笑ってるような声でおにいちゃんが聞いてくる。
 僕はまともに顔を上げることもできなくて、うつむいたまま。そしたらおにいちゃんが、ふわっと僕の頭を包み込 むみたいに抱きこんでくれて。
「恥ずかしい? それとも、怖い?」
 もう一度聞かれて。
「こ、怖くなんかないよっ!」
 答えたら、あごをすくって上向かされた。
「本当に?」
「本当だよ!」
「嘘をついちゃダメだよ? 止まらなくなっちゃうよ?」
「いいよ!」
 僕は一生懸命、おにいちゃんの瞳を見つめた。
「と、止まらなくて、いい!」
「まこと……」
 おにいちゃんの唇が、僕の唇を覆う。
 やわらかくて、気持ちのいいおにいちゃんの唇に、ちゅっと吸われて、めまいがした。
 だけど、そんなところでめまいしてる場合なんかじゃなくて!
 僕の唇を吸いながら、軽く唇で唇を挟むようにしてたおにいちゃんが、今度は、ぬるって、舌を僕の口の中に滑り 込ませてきた。
「…ふぅっ…」
 驚いたのとおにいちゃんの舌が気持ちいいのとで、僕は思わず変な声を漏らした。
 おにいちゃんはかまわず僕の舌を掬い上げて、僕の舌の裏も表も嘗め回す。僕は思わずおにいちゃんの胸にすがり ついた。
 そしたら今度はおにいちゃんの指が僕の胸を這って来て……ふわん……胸の先端を触れるか触れないかって感じに くすぐってきて。
「あ…っ!」
 僕はあわてておにいちゃんの唇から逃げた。
「だっだめだよっ! キ、キスしてる時にヘンなことしたらっ! 噛んじゃうよっ!」
「ヘンなことって?」
 おにいちゃんが、なんだろ、やっぱり初めて見る笑い方。ちょっと意地悪そうで、ちょっと笑ってて、で、見てる とすごくドキドキしてくる表情で、僕を見上げる。
「意地悪って、なに? ……こういうこと?」
 乳首を今度はツン、突かれた。
「アッ」
「それともこういうこと?」
 今度はぐるんって、こねられた。
「ああっ、んっ!」
「ごめん、痛かった?」
 おにいちゃんは優しく聞いてくれて、ぺろんとそこを舐めた。
 ああ。
 なんだろ。
 乳首が痛い。
 ちがう、痛いって言っても、おにいちゃんにされてるのが痛いんじゃない。
 僕は僕の乳首を見る。
 そこは今まで見たこともないほど、ぷくんぷくんに膨れ上がって、ツン、と突っ立っていた。
 おちんちんと同じだと思った。
 興奮したときのアレと同じ。
 でも、胸までこんなふうに固くなるなんて初めてだった。
 おにいちゃんが僕の胸に吸い付いてる。
 吸われて……舐められて……甘く噛まれる……。
「あ…んっ、お、おにいちゃっ……! ア、ン……」
 僕の口から僕が今まで聞いたこともないような声が出る。自分がこんな声を出せるなんて知らなかった。
「まこと」
 おにいちゃんに名前を呼ばれると、背中にぞくぞくって電気が走る。
 身体が全部、おにいちゃんのすることに反応するみたいだった。
「……まことのここは気が早いね……」
 おにいちゃんが笑いながら僕のソコを見た。
 僕は顔から火を噴きそうだった。
「や。見ないで……!」
「だって、どうしたって見えちゃうよ。もうこんなおっきくなってるんだから」
 本当だった。僕のソコはもう僕の腹を打つほどに勃ち上がって、いやらしくヒクヒクいってた。
 おにいちゃんはそっと僕のそれを両手で包み込んでくれる。
「……どくどくいってる……」
 低く囁いて。
 おにいちゃんはいきなり僕のそこに顔を伏せた。
「あっ! だ、だめっ! おにいちゃん!!」
 叫んだけど。
 おにいちゃんはやめてくれなくて。
 キスだけでもあれだけ気持ちのよかったおにいちゃんの唇が僕のその先端に触れて……キスだけで僕を蕩けさせた おにいちゃんの舌が、猛り立った僕のソレに絡み付いてきて……熱くて柔らかくて濡れてて、とにかくすごく気持ち のいいおにいちゃんの口の中に、僕はすっぽり含まれて……。
「う、ふぅっ、……アッ、は、ぁんっ! ん、あっ…はっ、あっ、イ、イイッ!」
 僕はもう吐息だか声だかわかんない喘ぎを立て続けにもらすしかなかった。
 だって。 
 だっておにいちゃん。
 僕の一番敏感なところを口でいじくり倒しながら、茎の部分を手できゅ、きゅ、きゅってしごき続けてるんだ。
「あああああっ!! う、くぅっ……!」
 思わず腰が浮いた。
 僕は、おにいちゃんの口の中で、大人の証を吐き出していた。





 
 朝。
 僕はおにいちゃんの隣で目覚めた。
 朝日の中で、柔らかそうな髪を額に垂らしておにいちゃんはまだ眠ってた。
 綺麗だった。
 僕はおにいちゃんを起こさないように、そっとそっとその額に口付ける。
 なんだかたまらなくなって、今度はむき出しの肩にも口付けた。
 おにいちゃん。
 今までも、僕の一番大事な人だった。
 そして、きのうの夜から、一番大事で、一番特別な人になった、おにいちゃん。
 おにいちゃんの手が布団からはみだしてる。
 その手を握った。
 ――昔は、あんなに大きいと思ったのに。
 いつの間にか、僕の手の中にすっぽり入る、おにいちゃんの手。
 握っていたら、おにいちゃんが目を覚ました。
「……おはよう」
 おにいちゃんがにっこり笑う。
 僕も応えてにっこり笑う。
「おはよう、おにいちゃん」
 僕はおにいちゃんの胸元にすりっと頭を摺り寄せる。
「ねえ、おにいちゃん」
 僕は甘えた声を出す。
「今夜も僕、おにいちゃんのベッドで寝ていい?」
 おにいちゃんがちょっと赤くなった。
「だめだって言ったら、マコトは言うこときくのか?」
 僕は思わず噴き出す。
「うん。きかないかも」
「だろ」
 おにいちゃんも笑う。
 じゃあ、今夜もきのうの夜と同じこと、してくれる? 僕はそう聞きたいのを我慢した。
 あんなにおねだりしたのに、ゆうべは、まだ早いって許してくれなかったことも、今夜は許してくれる?
 そうも聞きたかったけど、我慢した。
 おにいちゃんはしつこくて行儀の悪い人が嫌い。
 僕はおにいちゃんとの長い暮らしの中で、きちんと学んでいたから。



 
 

 朝ごはんを食べて、行ってきますのキスをして。
 家を一歩出たら、僕は気を引き締める。
 おにいちゃんは行儀悪いの嫌いだから。家ではきちんとしてるけど。
 でも、男にとって男社会で「ナメられない」ってのも、すごく大事なことなんだ。
 ごほっ!
 咳払いひとつ。
 僕は……ちがう。俺はすっくり背を伸ばす。
「おっす、誠」
「うーす」
 駅で出会った同級生に挨拶を返す。
「なあ、この前の佐藤の態度、あれ、ムカつかねえ?」
「ああ、あいつな。あれはいっぺん、シメねえと」
「だよな? 誠ならそう言うと思った!」
 満員電車に揺られながら、バカ話をする。
「いいよなあ、おまえ、苦しくないだろ」
 頭ひとつ、混雑から抜けてるのを、同級生にうらやましがられるのはいつものこと。
「牛乳飲め、牛乳」
 笑って返しながら、俺は頭の中で別のことを考える。
 
 




 ――おにいちゃん、今夜は挿れさせてくれるかな……。



                                     了








 




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