おまえは俺の犬だから <第二部 8>
(第二部完)
   








 何が起こったのかと。
 突然、眠りを破られた。
 寝入っているところに、手錠を掛けられ、猿轡を噛まされた。――ああ、殺されるのかと、政宗はまず思った。
 極道の父のもと、幼い頃からヤクザの世界を見てきた。組同士の抗争や突然の下克上に、命を奪ったり奪われたりということも珍しくない世界。その世界で、清竜会二代目の自分が狙われることもあるかもしれないと、考えたこともある。
 ――ついにソレが来たのかと思った。ついに、自分が殺られる順番が来たのかと。
 怖くはなかった。怖くはなかったが、ただ、あまり苦しいのはイヤだなと、ちらっと思った。
 「けじめ」の中でも命を奪うほどの制裁はそうはない。政宗も人が殺される場に立ち会ったことは数えるほどしかなかった。勇道は殺す相手にも容赦ない。一息に息の根を止めてもらえず嬲り殺しにされる人間の苦悶の叫びは、聞いていてこちらまで苦しくなる。その叫びや呻きがやがて聞こえなくなり、断末魔の痙攣を繰り返し、身体も動かなくなる。最後の息を吐き切る音のあと、訪れるのは静謐。死者だけが持つ、完全な静けさ。
 無残に奪われる命に哀れみを覚えると同時、政宗はその静謐が羨ましかった。この世のすべての苦悶からも恐怖からも解き放たれて誰にもわずらわされない、その証の静謐が。この静謐が自分に訪れたなら……勇道がどれほど頑張っても、もう政宗に人が苦しむ凄惨な場面に立ち会わせることはできない。勇道がどれほど怒ろうと、政宗に人を傷つけさせることはできない。母親を失望させるしかできなかった、誰にも愛されない自分自身からさえも……さようなら。
『いやだああああ! やめてくれえええ!』
 殺される者の、傷つけられる者の叫びは、いつも政宗の心の奥まで響く。響いて、その叫びは政宗の心の奥の叫びと共鳴して、いつまでも鳴り止まない。
 そのすべてから解き放ってくれるなら……死も悪くないと思ってしまう。あまり苦しくなければなおいいが。
 そう、思ったが。
「政宗様」
 声を掛けられて、襲撃者が悠太郎だと知れた。
 驚いた。殺したいほど嫌われているとは思わなかった。
 悠太郎は政宗の胴体をまたいで腰を落とす。
「どうですか。犬、犬とバカにした相手に馬乗りになられてる気分は?」
 嘲笑うような口調で悠太郎は続けた。
「政宗様、俺が歯向かうなんて考えたこともなかったでしょう? あんたはいつもえらそうだった。一番初め、あんた、俺の頭を踏みましたよね? お手やおかわりがうまくできないって、俺のこと叩きましたよね? 首輪つけたり、俺だけ食事が床の上だったり……暗くなるまでボール拾いさせられたこともありましたっけ。あんたは飼い主様で俺は犬。けど、ホントは俺たちは同い年の人間だ。本気で人を犬扱いする気かよ、こいつ、おかしいんじゃないかって、俺、思ってましたよ」
 悠太郎は恨み言を連ねる。――そうやろなと思いながら政宗は聞いていた。こいつはぼくに反抗できない、こいつはぼくの犬や、ずっとそれだけで片付けてきたが、悠太郎が時折、くやしそうに顔を歪めるのは見ていた。その瞳に浮かぶ反抗的な光は虐げられた者の怒りにちがいなかった。
 ――こいつに殺されるんなら、しゃあないなあ……。
 今までの仕打ちに悠太郎がそこまで恨みをつのらせていたのなら仕方ないと、すんなりと思えた。こいつの手にかかるなら、いい。
 政宗は落ち着いた心持ちになって、ひとつ、深呼吸した。それが気に食わなかったのか、
「そんなふうに! わかったような顔すんな!! 犬が逆ギレしてる、そんな程度に思ってんだろ! おまえに俺の気持ちがわかるか!」
 悠太郎は政宗の顔すれすれに二発、こぶしを枕に打ち込んできた。
「ずっとずっと、俺はみじめだったよ! 人間なのに、なんで犬なんだよ! なんで俺がおまえに逆らわないのが当たり前みたいに扱われんだよ!」
 低い声だったが、叫びと同じだけの激しさがあった。
「わかるか! 俺がどんだけくやしかったか! どんだけ情けなかったか!」
 どれだけくやしかったか。どれだけ情けなかったか。そんなことは知らない。ただ、どれほどくやしくても、どれほど情けなくても、こいつはぼくの言うことに逆らえん、こいつだけはいつもぼくのそばにおる、それだけが政宗にとっては大事だったから。
 鬼のような形相で悠太郎が両手で頭を挟みこんできた。ぎりぎりと締め付けられる。
「おまえなんか、おまえなんか……!」
 それほどにみじめだったか、情けなかったか。ぶつけられる怒りの大きさが、悠太郎の味わってきた屈辱の深さなのか。
 両側から強い力で圧迫されて、頭の骨がぎしぎし軋む。殺す気なら首を絞めるとかもっと確実な方法があるだろうに、人間の頭を両手で挟み割ることが本当にできるのかどうか、悠太郎はちゃんと考えているのだろうか――。
 抵抗なんかしない。手なんか縛らなくても、おまえが殺したいなら、殺されてやる。こんなふうに頭を割られそうになって、生理的な反応で、顔は歪むし喉からは呻きが漏れてしまうけれど……口が自由にきけたなら、『ええんやで』と言ってやりたい。
 慌てんでええ。おまえに殺されるんやったら、本望や。――死ぬ瞬間まで、悠太郎の手のあたたかさを感じていられるなら、その存在が身近にあることを感じていられるなら……少なくとも、寂しくはない。
「……おまえに……わかるか!」
 わからんかった。でも、本当は全部、気がついていた気もする。気がついて、それでも悠太郎が自分から離れて行けないことが、嬉しかった……。
 が、その時、頭にかかる痛みが急に薄らぎ始めた。悠太郎が震える拳を握りこんで呻く。
「……わかるか! 腹が立って、くやしくて……だけど、俺はおまえと遊びたかった! ゲームしてて、楽しかった! もっともっと、遊びたかった! なんで、おまえ、あんなつまんなそうな顔、したんだよ! なんで、俺と遊ぶのが飼い主の義務みたいに言ったんだよ!」
 意味がわからなかった。楽しかった? 遊びたかった?
「なんで、おまえ、笑わないんだよ! 俺といても、楽しそうじゃないんだよ! 俺は、俺は……!」
 悠太郎が政宗の頭のすぐ傍らに顔を伏せた。その全身がなんの激情にか、細かく震えている。
 政宗は両手を上げられた姿勢で、なんとか首を持ち上げてみた。そっと悠太郎の頬に押し当てる。
 ――かんにんな。ぼくかておまえと遊んで、おもろかったんやで。
 そう。本当に……悠太郎と遊ぶのは楽しかった。笑えるものなら、もっともっと、笑いたかった。楽しめるものなら、もっともっと、楽しみたかった。政宗の胸の奥には、氷の塊がある。氷は、勇道に痛めつけられる人々の悲惨な姿や、母が残した、政宗に失望したという最期の言葉を核にしてできあがっていて、容易なことでは溶けてはくれない。
 楽しめない、笑えない。いつもどこかが冷たい。冷たくしておかなくては、いけない。
 それでも……悠太郎がそばにいてくれることが、嬉しくなかったわけではないのだ。その想いを伝えたくて、政宗はただ、悠太郎の頬に頬を押し当てた。




 ――だが。
 今夜の悠太郎の心理は読めないこと続きだった。
「……んだよ!」
 肩を力いっぱい握りこまれた。
「なんのマネだよ、これは!」
 なんのマネて……だから、ぼくかてうれしかったんやて。おまえがそばにいてくれて……。
 そう伝えたかっただけなのに。
「城戸輝良? あいつに教えられたの? 男はこうすると喜ぶって」
 悠太郎は思いもかけないことを言い出した。ヤクザの因縁つけというのは、ほんの些細な相手の不始末からコトを思い切り大きくして大騒ぎするものだが、悠太郎もやはり長年ヤクザの家で暮らすうちに、そんなつまらないことだけ学んでしまったのだろうかと、最初は思った。
「今日も会ってたよな。なに、あいつとつきあってんの?」
 そんなわけがない! 悠太郎の声は不気味に低く、どうやら本気で輝良と自分の仲を疑っているらしかった。
『ないない! なにをアホゆうてんねん!』
 タオルを噛まされた口で必死に反論する。悠太郎が顔を間近に近づけてきた。
「……もう、あいつとキスした?」
 気持ちの悪いことを言うなと思った。必死で首を横に振った。
『あほ! バカも休み休み……』
「でも、残念だね。政宗様、ファーストキスは俺が相手だよ」
 思いもかけない言葉と事実に、驚愕以外、なかった。
「小学六年生の時。俺、あんたにキスした」
『ホンマ?』
「ホントだよ。あんたが熱出して寝込んでた時。二度目も俺だよ。たった今。どう? 気持ち悪い? くやしい? 犬なんかにキスされて」
 キス? キスって? 悠太郎が、ぼくに? 二度目? たった今?
 わけがわからない。
「かわいそうにね。犬、犬ってずっとバカにしてきた相手にファーストキス奪われたってわかって、どんな気分? ああ、今はしゃべれないんだよね」
 憎まれているなら、理解できる。それだけのことを自分は悠太郎にしてきたからだ。けれど、キス? 記憶にないということは、自分が寝入っている間に唇を重ねたと? なぜ? どうして? わからないことだらけだ。
 悠太郎の手に頬を包まれる。その手がいっそ優しくて、政宗の混乱に拍車をかける。
「ねえ、本当に誰ともエッチしたこと、ない?」
 疑り深く尋ねられて、悠太郎の真意はわからないままに、政宗は事実だけは伝えたくて、ゆっくり深く、うなずいて返した。
「……そう」
 それでもどこか信じきれない様子で、悠太郎は政宗のパジャマのボタンを外し始めた。
「じゃあ、政宗様。あんたの初めてのエッチの相手も……俺になるんだ!」
 突然に荒々しい動作で悠太郎はパジャマの前を思い切り両側に開いた。パジャマのボタンが弾け飛んだ。




 初めてのエッチの相手が……俺? て? 悠太郎とぼくが……エッチ?
 事態が飲み込めない。殺されるんじゃないのか。それとも、ヤるだけヤッたあとで殺すつもりか?
 だが、さらけ出した政宗の胸と腹を撫でる悠太郎の手は優しい。腹部という弱点を剥き出しにされて抗う術もないことが本能的に怖いけれど……そんな心もとなささえ飛んでしまいそうなほど、悠太郎の手は気持ちよかった。
 手の平から悠太郎の体温が伝わってくる。そのあたたかさが心地いい。腰の上に乗る悠太郎の重みさえ、不快なものには感じられない。
 その時、政宗は自分の中に、もっと深く、もっと広く、悠太郎と触れ合いたい欲があることに初めて気づいた。そんな手の平だけではなく。躯の一部に乗っているだけではなく。もっと深い部分で。もっと広い部分で。触れられたら、どれほど気持ちがいいだろう。
 政宗は愕然とした思いで自分の胸や腹の上をすべる悠太郎の手を見つめた。もっと触れてほしい、もっと――。いつから自分はそんなことを望んでいたんだろう……?
 もし、悠太郎も裸で、自分も真っ裸で、躯いっぱい使って抱きしめられたら……触れ合えるだけの肌をすべて合わせて抱き合ったら……きっと嬉しくて笑ってしまう。嬉しすぎて、どこかが壊れてしまう。それは確信だった。――自分は、いつから……。
「ん……」
 悠太郎は両の手の平と指で胸から腹、腹から胸へと丁寧に撫で回す。その手が脇腹のほうへ滑れば少しくすぐったく、あまり下のほうへと降りてもやはりこそばゆく、政宗の躯はそのたびかすかに強張った。
「――……本当に、白くてすべすべだ……」
 またがる男は独り言のように呟く。かがみこんだと思ったら、今度は唇を押し当てられた。
「……ッ」
 政宗は息を呑んだ。押し当てられた唇が……熱い。唇はそのまま政宗の胸を滑り、平らな胸にふたつ、小さく突起を見せている部分に辿り着く。
 くちゅ……濡れた音がかすかにし、乳首を温かく濡れていて柔らかなものにくるみこまれた。
「ん…!」
 とたん、躯に不思議な痺れが走り、ピクリと肌が震えた。
「ここ、感じるんだ」
 少し、意地悪な口調で確かめられる。唾液に濡れた突起を、今度は指がいやらしく撫でては捏ねる。
「……ッ……ッ」
 そのたび、躯が勝手にヒクついてしまう。ほのかな明かりに、悠太郎の眉が不機嫌に寄ったのが見えた。
「ずいぶんと……。城戸にも弄らせた? 開発されたの?」
 思い切り首を振る。こんなところで輝良の名前を出されたくなかった。
「じゃあ初めからこんなに敏感なの?」
 男の声に湿った粘りがある。いやらしくて、下品な響き。なのに……不愉快じゃなかった。その声でもっと、自分のことを語ればいい。
 悠太郎はかがみこむと、両手で両の芽の周りを優しくなぞった。
「乳暈っていうんだって。ここ。政宗様、知ってた?」
 聞いたことはある。人に触られるのは初めてだったが。
「乳首、硬くなってるよ」
 そう言って、男は双つを強くつまんだ。




 つらい。
 躯中を撫でさすられ、唇や舌で辿られ舐められて、身を捩りたいのに頭上で両手を固定されてかなわず、声を上げて刺激を発散したり訴えたりしたいのに口にタオルを噛まされて、それもかなわない。
 悠太郎は……どういうつもりなのか。
 今までの意趣返しに陵辱されるのだろうとは覚悟していた。そしてその挙句に殺されるのかもしれないとさえ。
 けれど。悠太郎の動きは暴力的なものではなかった。
 パジャマの前を開く時こそ激しかったが、下を脱がせる時はいっそゆっくりなほどだった。薄闇とはいえ局部を晒されることに羞恥を覚えた政宗が少し脚をバタつかせた時だけ、押さえつけてくる手には力がこもっていたが、
「イヤなの? なんで? 城戸に申し訳ないから?」
 という言葉に、政宗が『そんなわけあるかい』と躯の力を抜くと、悠太郎もまた、力を抜いた。
 足の先からパジャマと下着をそっと引き抜かれる。政宗の脚を大きく左右に拡げ、悠太郎はその間に躯を進めた。
「……勃ってる」
 状態を端的に表現される。
 じっとソコを凝視され、政宗はなんとかその視線から逃げようと身をよじったが、圧倒的に晒されているソコが隠せるはずもなかった。
 やんわりと握られた。
「んうッ!」
 人の手など初めてだ。それが悠太郎の手だからなおさらなのか、躯が一気に熱を孕む。
 悠太郎はなにかに憑かれた人のように政宗のソレを見つめ、丁寧に丁寧に、力を加えては緩めながら、握った手を上下させた。
「ん、んー、んーッ、んッ、ッ……!」
 急速に、ペニスが硬くなる。痛いほどに張る。
 自分でもほとんど弄ったことがないものに加えられる、人の手による愛撫。かつて一度、実の父親の手に弄られて以来、ソレを自分で触れることさえ、なにか汚いことのように思えてできなかったが、なぜだか、悠太郎の手なら平気だった。
 握られる力が強まるたび、上下にこすられるたび、じわんじわんとたとえようもない疼きと甘さが躯の中に満ちてくる。
「ん、ぐ……む……ん、ん……ッ」
 腰が知らぬ間に浮いていた。悠太郎に握られているモノはもう痛いほどに張り詰め、それでもまだやまぬ愛撫の手に、視界がじわりと滲んでくる。もっとさわってほしいのか、もうやめてほしいのか、わからない。慣れない感覚に躯がさらわれていきそうで怖く、同時に、熱く高まる疼きとともに、どこかに溶けて行きたかった。
「……あふれてきた」
 低い呟きとともに、にちゃっという湿った音が指の間から漏れて聞こえた。
 悠太郎は指先で政宗の丸い先端をくるりとなぞる。血を集めてさらに敏感になっているそこを粘液とともに柔らかく愛撫されて、政宗はまたびくりと躯を震えさせた。
「とろとろ……政宗様、そんなに気持ちいいの?」
 タオルを食まされて答えられないのに、聞かれても困る。だが、最初から答えなどいらなかったのか。
「ほんと……蕩けてる」
 呟くやいなや、悠太郎はためらいもなく政宗のソレを唇を開いて咥え込んだ。
「ッ! んん、んー、んー!!」
 猛りに猛ったモノを、温かく濡れていて柔らかなものにくるみこまれる、極上の刺激に、政宗は激しく背を反らした。踵を突っ張り、背を反らせ、首をひねる。そうでもしなければ……いや、そうしてさえ、耐えられなかった。
「ーっ! ーーッ!」
 声なく叫ぶ。なのに悠太郎は溢れたモノをすべてしゃぶろうとでもするかのように、熱心に舌と唇と口腔を使って政宗のペニスをすすり上げる。
 がしゃ!と、手錠が音を立てた。抵抗したかったのではない。ただ、悠太郎の頭を自分の股間から遠ざけたくて、政宗はなんとか手を動かそうとしたのだった。
『なにすんねん! どあほ!! いやや、いやや、いやあああっ!』
 きつすぎる刺激と持っていかれそうな快感、自分の恥部を口の中に入れられているという状況に、政宗は必死で腰をよじった。
 その抵抗が腹立たしいのか、悠太郎は両手で政宗の腰をがっしりとつかんだ。指が食い込む。
『あかんて! もう……!』
「ん、んーー!」
 声を出せないまま、政宗は全身を小刻みに震わせながら男の口の中で達した。股間にある男の頭はその瞬間、ひくどころか、逆にためらいもなく、深くソコに沈んできた。
 痙攣は長くおさまらなかった。
 おさまりそうになるたび、男がもっと出せとでもいうように、舌と唇を使ってしゃぶり直したせいだ。
 口で息ができないのがつらかった。政宗は必死に肩をあえがせ、鼻から深い呼吸を繰り返した。心臓がばくばくいっている。荒い息が、苦しい。ようやく悠太郎が躯を起こした時にも、まだ政宗は足りない空気を補うために肩で息をしていた。
 すっと、太股のあたりを撫でられた。達したばかりで敏感になっていたのか、それだけの刺激にさえ、ひくりと腰が動いてしまった。
「まだ感じるんだ」
 笑いを含んだ声が言う。――嘲笑われているようだった。
 なにもかもが初めてで、与えられる刺激にただびくびくと躯を震わせるしかない自分を、もうセックスなんかとっくの昔に経験済みである悠太郎が笑っているのだとしか、政宗には思えなかった。
 両手を万歳の格好にさせられたまま、上半身だけは大きく前を開いたパジャマを着たまま、下は大股開きのすっぽんぽん。おちんちんを弄られて「うぐうぐ」と出ない声で喘がされ、口淫されてのたうちまわった。
 これも今までの仕返しか。いやらしい姿であさましく乱れるところを嘲笑いたいのか。こんなふうに……恥ずかしいほどに感じさせて、「淫乱」とでも笑いたいのか――。
 そうとでも思わなければ、嫌われているはずの、恨まれているはずの、その自分に、優しく触れた悠太郎の真意が理解できなかった。
 まだ涙が乾かない。にじんで歪んだ視界に、こちらに乗り出してくる悠太郎の顔があった。
「政宗様……政宗」
 呼び捨てにして侮辱してくる。太股を撫でた手がそのまま脇腹から胸へと滑る。それさえ心地よく感じてしまう自分が情けなかった。
「本当に……俺が初めて? あんたに、こんなふうにさわるのは……?」
 知っている。悠太郎は初めてじゃない。彼は自分で認めたのだ、女の子たちと愉しんだことを。それを聞いたとき、胸の中心に刃を突き立てられたかのような痛みが走った。今ならはっきりとわかる。悠太郎が誰かほかの人間と濃く肌を触れ合わせることが、自分はいやだったのだ。自分が、自分こそが、悠太郎の一番近くで、一番その体温を感じていたいのに……。
 涙が溢れた。口惜しくて、腹立たしくて。
「政宗……どうして泣くの。そんなに……イヤだった? 答えて」
 噛まされていたタオルを外された。
「俺にさわられるの、そんなにイヤだった?」




 長い時間、布を突っ込まれていた口は乾いていたが、政宗は声を振り絞った。
「さっさと殺せや!」
 また涙が溢れる。こんなみっともないところを嘲笑われるくらいなら、さっさと殺されるほうがマシだった。
 悠太郎がぴたりと動きを止める。
「殺せ、殺せ、殺せえ!」
 最初からそのつもりだったんだろうと言い募ろうとしたところを上からまたタオルを押し付けられた。
「……なんだ……やっぱあんた、最低だな。こんな……白くて綺麗な躯してても、心は真っ黒だ」
「んぐ……ッ」
 再び、さっきよりも強引に口の中にタオルが押し込まれてきた。
「お望み通り……殺してやるよ」
 政宗の躯をまたいで膝立ちした悠太郎が、見せ付けるようにベルトを外しジーンズの前を開いた。中から赤黒い怒張が飛び出す。
「本当に初めてなら、軽く死ねるよ」
 不気味に宣告して、悠太郎は膝をにじらせて後退すると、政宗の脚を掴み上げた。Vの字に大きく開く。
 脚の間から自分を見下ろす男の冷たくも猛々しい視線に、ざわりと肌があわ立った。
 男の腿の上に腰を下ろされる。
「行くよ」
 短く冷酷な前置きのあと、政宗の秘所に男の剛直が突きつけられたのだった。


 いっそ、本当に殺してほしいとさえ、願った。それほどの、痛みと苦しさだった。









 ただ、犬が欲しかったのだ。
 決して飼い主を裏切らないという犬が。
 自分にだけ懐き、自分のすべてを受け入れてくれる犬が。










 目覚めた時、手錠とタオルはどこかに消えていた。
 そこにいたはずの男も。
 政宗の秘孔にまだ異物が捻じ込まれているかのような違和感と、シーツを染める赤い血を、その存在の証拠に残して。









                                               第二部・完






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