My shinny day ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
  わたしの案内の仕方がまずかったため、先の12話が最終話だと思われた方が多くいらっしゃったようですが……



 すみません……
 この13話がMy shinny dayの最終話となります……



 「思いのほかハッピーエンドでよかった」というコメントもたくさんいただいていて、
 この13話をアップしてもよいものかどうか、
悩んだんですが……
 このラストが書きたくて、途中何度か挫折しそうになりながらも頑張れたということもあるので……

 悩みましたが、アップすることにしました。



 が。



 12話のあのらぶらぶから、さらに最終話一話となれば……



 そこで、お願いです。
 12話の、あの幸せな加地と遼雅のままで終わりたい方は、どうかこれ以上、スクロールなさらないでください。



 いいよどんな最後でも見届けるよとおっしゃって下さる方だけ、すくろーるぷりーず、です。





















My shinny day 13 - ずっとそばに -

 



 一年遅れて入った大学で、俺は達哉に会った。





 キャンパスの掲示板で休講案内を確認していたら、横から、やたらじろじろ見てくるヤツがいた。
 上等。
 そっちからガンつけたんだと、二、三発殴らせてもらうつもりで振り返ったら、
「ああ! やっぱり!」
 と明るい声を上げる、その相手の顔に見覚えがあった。
「遼雅だろ! 元気だったかよーおまえ!」
「達哉?」
 親しげに肩をばんばん叩かれる。
「ここにいるってことは、おまえも抜けられたんだな。よかったなー」
 あっけらかんと言われて、とりあえず話を合わせることにした。
「……おまえも抜けられたんだ?」
「ああ」
 達哉は人影の少ないほうへと俺を誘う。
「おまえ、ほら、オーナーのお気に入りだったろ? ほかのヤツらはけっこうちゃんと、借金終わったら帰してもらってたりしてたみたいだけど、おまえ大丈夫だったかなあって、時々思い出してたんだ」
「心配してくれてたんだ。ありがとな」
 当たり障りなく礼を口にする。
 達哉は学生らしいカジュアルな服装で、店で客をとっていた過去があるようには、とても見えない。俺も知らない人間から見たら無邪気な大学生に見えるんだろうかと思いながら、ついまじまじと達哉の顔を見ていたら、達哉は居心地悪げに視線をそらせて苦笑を浮かべた。
「……おまえ、あのビデオ見たんだよな。俺が、その……ひどいプレイされてる……」
 うなずくと、達哉の苦笑が深くなった。
「あれは……その、ひでえよな。気持ち悪いモン見せたと思うけど、忘れてくれよ。けどさ、最初のあれだけだよ、あんなひどいのは。客はちゃーんとプレイの範囲で収めてくれるからさ。で、稼ぎはぶっちゃけ、前の店よりよくてさ、けっこう早かったんだ、あれからは」
「そうなんだ……」
 知らないことのように相槌を打つ。
「つかさ……悪かったな。階段から突き飛ばしたりして」
 神妙な表情になって達哉は俺に向かって頭を下げた。
「いいよ。それほどひどい怪我はなかったし」
「あん時はどうかしてたよなあ、ほんと。なんでヤクザなんかに熱くなって、人に怪我させるようなことまでできたのか、今じゃもうワケわかんね」
 俺は静かに達哉を見た。達哉は屈託なく俺に笑顔を向けた。
「あの店に送られて、ひどい目に合わされてさ、俺、ようやくわかったんだ。ヤクザはヤクザなんだよ。ああいうひどいことが平気でできるなんて、やつら、やっぱ外道なんだよ」
「……本当にね」
 ヤクザはヤクザだ。どうしようもない。初めて俺は達哉に心から相槌を打った。
「ここにいるってことは、おまえもあのヤクザとは縁が切れたってことなんだろ? よかったよな」
「……うん」
 内心の葛藤を隠して、俺はうなずいた。
「……加地さんとは、俺ももうずいぶん会ってない」
 達哉はもう一度、俺の肩をばんばん叩いた。
「よかったよなー! お互い! あれは青春の痛い思い出だよな!」
「……そうだね、痛いね」
「今度ゆっくり呑み行こうぜ」
 達哉の誘いに俺はにっこり笑顔でうなずいた。絶対に予定を合わせるつもりはないままに。
「じゃあなー」
 手を振る達哉を見送って、青い空を見上げる。
 達哉が借金を返済し終わって家に帰ったことは加地さんから聞いていた。SM店のほうが報酬がよいことも、その時聞いた。ヤクザに惚れていいことなんてひとつもない、加地さんは達哉にそれを教えたんですと、耳打ちしてくれたのはヒデだ。無邪気に明るい達哉の顔を見れば、加地さんのやり方が本当の意味でひどかったのではなかったと思える。
 加地さん……。
 本当にもう、どれだけ会ってないんだろう。
 会いたいなあ。


 青い空が目に沁みて、俺の目からはすーっと涙がこぼれていた。



   *     *     *     *     *     *     *     *     *



 ネクタイのノットをきゅっと締め上げる。
 ホワイトゴールドだけどデザインがシンプルでわざとらしくないタイピンを留める。
 落ち着いた濃いグレーのスーツを手にする。
 袖を通して、肩を回し、ほどよくフィットさせて、俺は姿見の前に立った。
 今日だけはスキのない装いでのぞみたかった。
 ――よし。
 服装の確認を済ませて、俺は用意してあった眼鏡を手にした。コンタクトに切り替えてから外出時に眼鏡を使うのは初めてだ。高校の頃使っていたものによく似た、茶色いメタルフレームの眼鏡。
 ……よし。
 12年前とはやっぱり雰囲気がちがうが、わからないものでもないだろう。
 身支度が終わったところに、タイミングよく携帯が鳴る。
「車を回しました。マンションの下に待たせてあります」
 最近渋みをましてきた男の声が俺に告げる。送迎はいらないと何度言ってもきかない。
「地下鉄で行くって言ったろ」
 何度言ってもきいてもらえないが、俺も何度も繰り返す。
「……帰りは時間が合いそうなので俺が行きます」
「大丈夫だって。絶対帰ってくるから」
「……疑ってなんかいません。俺がそうしたいんです」
「パーティだから終わる時間はわからないかも」
「お待ちしてます」
 言うだけ言うと、電話は向こうから切られた。……まったく。
 苦笑半分の笑みをこぼし、俺は再度、鏡を見つめた。表情を引き締める。
 さあ。
 12年ぶりだ。





「えー今日はパーク・ハイアット東京でよかったんすよね?」
 運転手を務めてくれている茶髪が俺をミラー越しに見てくる。
「そう」
「すげっすよねえ。俺なんか入ったこともないっす。パーク・ハイアットとか」
「俺だって数えるほどだよ」
「しかもそこでパーティなんでしょ? 遼雅さんのための」
 使いっぱしりの若いニイチャンの言葉に、俺はつい噴き出した。
「俺のためなわけないだろ。会社に貢献した人みんなのためのパーティだよ」
「でもそん中で一番おっきな賞もらったのが遼雅さんなんでしょ? ヒデの兄貴が言ってったす。遼雅さんはやっぱちがうって」
「ヒデは俺を買いかぶり過ぎ」
「俺らから見たら、ヒデの兄貴も遼雅さんもどっちも雲の上っす! 知ってます? ヒデの兄貴、今度、次の若頭に決まったっす。やっぱすげえお人だあ」
 俺は小さく溜息をこぼす。ヒデは自分のこと、組織のことを俺には言わない。
 ――俺の傷を知っているから。
 車は俺の物思いをよそに、なめらかにホテルの玄関前に滑り込んだ。
 ひとつ、深呼吸する。
 いよいよだ。
 礼を言って車を降り、ドアマンが開けてくれた扉を入る。エレベーターを使って、パーティ会場になっているホールへ向かう。
 会場にはあちこちに生花が飾られ、立食形式ながら、山海の珍味がずらりとテーブルに並べられている。前方には一段高い檀がしつらえられ、金と紅で華々しく飾り立てられていた。日本本社だけではなく、系列会社からの出席も多いために、広い会場にはもうすでにかなりの人がいる。
「おおー杉山君!」
 部長が気づいて両手を広げてくれる。海外が長いせいだろう、数少ない日本人の上司だったが、そのジェスチャーや表情は日本人離れしている。
「今日の主役だろう! 檀の上にいなくていいのかい?」
「やめてください、部長。名前が呼ばれるまではここにいさせてくださいよ」
 俺が言うと、部長は笑いながら俺の肩をたたいた。
 やがて、司会者が現れ、会の開始が告げられる。
『今日の素晴らしい日のために、アラブ本社からジャリール本社社長もいらっしゃいました』
 進行は英語だ。
『まず、本社長にご挨拶をいただき、続いて日本本社社長より乾杯の音頭をいただきたいと思います』
 司会の声に壇上に、民族衣装であるガラベーヤに身を包み、頭にクーフィーヤをつけた本社長が姿を現す。会議などではスーツ姿でクーフィーヤもなしで現れると聞くから、この格好は日本本社向けのサービスなのかもしれない。
 そう思うと、小さく笑いが漏れてしまう。
 ――変わったのか、変わらないのか。
 俺は懐かしさと幾分の申し訳なさと、そして12年ぶりの再会への緊張を覚えながら壇上のジャリール社長を見つめていた。





 アラブを本社に置くこの会社に勤めて7年。俺は今日の日のためにがんばってきたと言える。
『では、最後に本社社長賞。これは我が社に特に多大な利益をもたらした業績に対して贈られる賞です。ここ数年、受賞者のいなかったこの賞の、栄誉ある受賞者はスギヤマ・リョウガ氏です。氏は研究開発部門においてめざましい研究を行い、氏の考案による新体系の太陽電池は各国で特許を取り、我が社に大きな利益を約束してくれました。さあ! スギヤマ氏、どうぞ!』
 石油を売って大きくなった会社なのに、アラブ本社は石油に代わるエネルギー開発にも熱心だった。石油という化石燃料を一方の柱にしつつも、新たなエネルギー産業の一翼を担おうとする野心に、俺は正直感心した。そして、その野心の持ち方を彼らしいと思わずにいられなかった……。
 壇上に上がった俺を見て、アラブ本社社長は目を見開いた。
『お久しぶりです。ミスタージャリール』
『名前を聞いてまさかと思っていたけれど! 本当に!? 君がわたしの会社で働いていたなんて!』
 本社社長の驚きの表情に、司会者がどうしました?とのぞきこんでくる。
『いや……昔、まだ高校生だった彼に日本に来たときに世話になったんだよ』
 さすがにそつのない返答だった。俺も調子を合わせる。
『ミスタージャリールにお会いするのは12年ぶりです』
 堂々とした口ひげの中の口元が、ふっとゆるんだ。
『そうだ。12年前だ。その時、言ったろう? わたしのことはハーキムと呼んでほしいと。リョーガ。古い友人に再会できて、うれしいよ』
 記憶にある大きな手を差し出された。
 俺はにっこりその手を握り返した。


 司会は偶然の再会と持ち上げた後、
『では副賞の授与です!』
 と、ひときわ大きな声を上げた。
『副賞は報奨金500万円と冬季ボーナス500万円です!』
 大きな拍手と歓声が会場から起こる中、俺は司会者とハーキムに向かって静かに告げた。
『ありがとうございます。でも、わたしは副賞受け取りを辞退いたします』
 そう。研究に励んだのはこのためだ。この日のため。
「え? 一千万の受け取りを辞退するの!?」
 司会者が日本語になって確かめてくる。
「そうです」
 信じられないと言いたげな司会者とは逆に、ハーキムは落ち着いた表情で俺を見ていた。
『一千万円はあなたにお返しします。わたしは受け取りません』
『君をこの壇上で見た瞬間から……そのつもりなんだろうと思っていたよ』
 湧き上がる驚きの声の中、俺は12年ぶりの借金完済の感慨にほおっと溜息をついていた。





 会場をゆっくり回って、あちらこちらから挨拶を受けながら、小声でハーキムと話した。
『まさか君が本当にわたしの会社にいるとは思わなかったよ』
『……一千万円をどうしても受け取ってもらえないと、世話になっていた組織のボスから聞きました』
 そう。加地さんが指を詰めることで付けた落とし前を、ハーキムは頑として受け入れなかったのだと、俺は組長から聞かされた。「アラブだかなんだかにいる相手に、スジもクソもないが、受け取ってもらってないってだけはおまえに伝えておかなきゃならないと思ってな」、組長はそう言った。
『せめてもの抵抗だよ。君に対する権利は放棄していないっていう』
 堂々とした口ひげの中の唇が笑いの形になった。
『だからです。わたしはなにがなんでもあなたに一千万、受け取ってもらわなきゃならなかった』
『……つれないなあ』
 唇の形が笑いから苦笑へと変わった。
『君には手ひどく振られてばかりだね。まさかあの時、空港で君が逃げ出すとは思わなかったし、こんな形で最後の権利まで奪われるとは思ってなかった』
『すみません』
 ハーキムの瞳に誘うような光が浮かぶ。
『改めて口説かせてもらいたいんだが……どうだろう? わたしも君も大人の恋を愉しめる年になったとは思わない?』
『……遊びのお相手なら、もっと若いのがいいんじゃないですか? わたしはもう30ですよ』
『18の君は14に見えた。30の君もわたしには20に見える』
『では次の研究は眼鏡をテーマにしましょう』
 12年。若く才気に溢れる印象だったハーキムはヒゲのせいもあるのだろう、今では堂々と貫禄もあり、男としての器や魅力も増したように見える。が、俺のジョークに噴き出したその笑顔は変わっていなかった。
『……あなたには、ずっと謝りたいと思っていました。あなたは……わたしの話を聞いて、わたしを慰めてくれた。とてもとても嬉しかったのに……あんな形で裏切ってしまったことだけは、申し訳ないと思っています』
『なら、こんな形で清算するほうじゃなく、いつまでもわたしにロマンスを抱かせておいてくれたらよかったじゃないか』
 俺は静かに首を横に振った。
『相手が誰であれ、どういう形であれ、男とつきあうつもりはありません』
『もったいない』
 心底残念そうにハーキムは言い、その表情を引き締めた。
『店のオーナー……なんと言ったかな。カチ……と言ったか。今は彼と?』
 ひとつ、小さく息をつく。――11年、たった。痛みは切ない疼きに変わったけれど、それでもまだ、時折悲しみが胸を噛む。
『彼は……亡くなりました。……あなたの元から逃げ出して……その後、10ヶ月は一緒に暮らしましたが、ヤクザ同士の抗争に彼は飛び込んで行って……亡くなりました』
 行かないでと泣いてすがった。お願いお願いと声が嗄れるまで繰り返した。ヤクザもんと一緒になった意味がわからないのかと叱られ、大丈夫だとなだめられ、最後には……組と親父を守りたいんだと、頼むと、請われた。最後のキスは……あわただしく、唇に押し付けられるだけのものだった……。
『それは……気の毒に』
 その時、俺の携帯が胸のポケットで振動して着信を知らせた。
『失礼』
 発信者の名前を見て、口元が勝手にゆるんだ。確かに時間はもう終了予定に近いけれど。
『迎えが来たようなので、これで失礼します。今日はありがとうございました』
『じゃあせめて下まで送らせてくれ』
 それまで固辞する理由はないので、肩を並べてホールを出る。
 エレベーターに乗ったところで、
『まだ彼が好きなの?』
 と問いかけられた。
『……彼は俺の初めての男でした。彼を……忘れられないのも本当ですが、俺はあの人を俺の最初で最後の男にしたいんです』
『だからもうほかの誰にも抱かれないと?』
 黙ってうなずく。
 考え深げな黒い瞳が探るように俺の目を見つめてくる。
『……我が社に多大な貢献をしてくれた有能な社員に、ちょっと失礼な質問をしてもいいだろうか?』
『どうぞ?』
 笑いながらうながした。
『12年前の君は、そりゃ商売上の演技もあったかもしれないけど、わたしの腕の中で快感を感じているように見えたけれど?』
『……その快感がなくても平気なのかと聞かれてますか?』
『言いにくいことを言ってくれてありがとう』
 一階に着き、ロビーに向かって歩きながら、俺はハーキムを振り返った。
『俺が裏切りたくないのは加地じゃありません。俺は……加地を最初で最後の男にすると誓った、19の俺を裏切りたくないんです』
『なるほどねえ……』
 残念そうに相槌を打ったハーキムの視線が、ロビーの中ほどで立つ男に止まった。
 仕立てのよい濃茶のスーツ、ストイックにオールバックにセットされた髪、ただ立っているだけで周りを圧するなにかを発している男。
 男の視線もこちらに向く。
『……彼には会ったことがある……』
 ハーキムの呟きに俺は笑顔を向けた。
『よくおわかりですね。空港で職員にばけて俺に薬を飲ませた男ですよ』
『道理で憎らしい顔に見えるわけだ。……彼はここで何をしているんだ?』
『わたしを迎えに来たんです』
 物問いたげな視線を投げかけられて、俺はうなずいた。
『彼は加地の部下でした。加地亡き後も、……数年のブランクはありましたが……彼は俺の世話を焼いてしょうがないんですよ』
『ブランク?』
『刑務所です』
 加地さんが殺られたと聞いて、俺とヒデは抱き合って一晩、大声で泣いて過ごした。
 次の日、やっぱり俺の制止を振り切ってヒデは出て行き、身体中に手榴弾をぶら下げて単身、相手の組に乗り込んだ。半死半生の傷を負いながらも加地さんの仇を討ったヒデは、警察病院から刑務所送りとなり、出所してからはその功績もあって組での出世は約束されていると聞く。
『ふーん』
 ヒデと視線を合わせたまま、間に十数メートルの距離でハーキムは足を止めた。
『君はヤクザなんか嫌いだと思っていたけど』
『嫌いですよ。ヤクザとしてしか生きられない彼らが、大嫌いです』
『でも、君は加地も彼も受け入れている』
『大嫌いになったのは加地の死後ですけれどね。……彼は仕方ないんですよ。どれほど言っても、大事な兄貴の大事なお人だって、俺から離れようとしないから』
『……彼は君を愛しているんじゃないの?』
『そうだと思います』
 ハーキムが少し呆れたように俺を見る。
『どうしてだか、わかりますか?』
 俺は少し皮肉な笑みを浮かべてハーキムを見返す。
『俺が彼の大事な兄貴を今でも大事に想っているからですよ』


『日本人の精神構造は我々には理解できない』


 それがハーキムの返事だった。





「地下鉄で帰るって言ったろ」
「迎えに上がると言いました」
 少しすねたようにヒデが答える。
「……あの野郎、また遼雅さんをアラブに連れて行こうとかなんとか、してたんじゃないですか?」
「だったらどうする?」
「どうもしません」
 ヒデはさらりと言う。
「遼雅さんがどこに行こうと、俺はおそばにいるだけですから」


 その言葉通りなんだろう……
 ヒデはずっと俺の傍らにいるだろう。
 かつて、一人の男に俺は寄り添い、ヒデもまた、彼に影のように付き従っていた。
 俺は彼に愛され、ヒデは彼に可愛がられていた。
 俺たちは二人とも、加地さんの傍らにいて、幸せだった……。
 今、こうしてヒデが俺の世話を焼いていることと、俺がそれをすっぱりと断ち切れずにいることは……二人してその幸福な記憶にすがっているからなのか、それとも……新しいなにかが俺とヒデの間にあるからなのか、俺にはわからない。
 ただひとつ……確かなことは、加地さんは俺にとって最初で最後の男であるということ。そして、その俺の決心を、ヒデは知っているということ。


「遼雅さん?」
 車のドアを開けてヒデが俺に声をかける。
「……ああ、今行く」


 ホテルの扉を一度だけ振り返る。
 ――ハーキムは結局、俺の最後の客になったんだ……。
 加地さんが最初。そして幾多の男たちに俺は抱かれた。ハーキムにも抱かれた。そしてまた、加地さんが最後。
 屈辱にまみれた、みじめな時間を俺は懐かしく思い出す。
 多くの男たちに求められ、全身で応えた時間を懐かしく思い出す。
 自分の人生を自分の力で生き出した俺には、二度とは来ない……――若き日の、それは輝ける日々。










   
長い間、お付き合いいただいて、ありがとうございました!











 

Next
Novels Top
Home