ぼくたちの真実の証明
  ―エピローグ―

 




「醤油とって」
「あ、はい」
 反射的に返事して醤油差しを取ってしまったぼくを、向かい側に座った東がにらむ。
「無視しろって言ったろ!」
 しまった。またやった。
 
 
 
 
 
「ありがと」
 にらむ東としょげるぼくの間に漂う気まずい空気を思いっ切り無視して、先輩はにこりと笑いながら醤油差しをテーブルに置く。
 ……どうしよう。これをテーブル端の調味料立てに戻したら、また東を怒らせるだろうか。
 平然とかき揚げを口に運ぶ河原先輩に、
「てめぇはてめぇの学校で食え」
 東が低く唸る。
「こっちのほうが美味しいんだよ。さすが私立だね、細かいところにお金がかかってるよねえ」
「そういう問題じゃねーだろ! 俺と秀にまとわりつくなっつってんだよ!」
「あ、東、東」
 声が大きくなった東をなだめようとしてたら、
「あれ? 俺のことは無視する方向じゃなかったの」
 先輩がまた混ぜっ返す。
 ギ、と東の奥歯が鳴った。





 東とよりを戻して一ヶ月。
 冬休みが明けた頃から、河原先輩は「よ!」って気軽な笑顔でぼくと東の前に現れるようになった。
「なに考えてんだよ!」
 って東が怒るのも無理はないと思う。時間が空けば、大教室での講義にくっついて一緒に受講してることもあるし、こうして学食に現れることもある。
 最初はいちいち怒鳴ったり話し合おうとしていた東も、なにを言っても馬耳東風、聞く耳持たないばかりか減らず口を叩く河原先輩に、『徹底無視だ』と戦法を変えた。
「なにを言われても、どれだけ近づかれても、その場にいないようにふるまえ。人間、無視されるよりつらいことはないんだから」
 そう東はぼくに指示した。ぼくはその通りにしようとするんだけど……河原先輩は本当に人のスキを突くのがうまくて……。
 はあ。





 それでも、これは東に言われるまでもなく、ぼくは先輩と二人っきりになることだけは絶対に避けていた。
 いくらぼくでも、多少は経験から学ぶことがある。
 これ以上、東に対して後ろめたくなるようなことを、ぼくは作りたくなかった。
 だから、ついに東が先輩に対して、
「ストーカーで訴える」
 そう言い出した時にも、ぼくは東を止めなかった。
「おまえ、いいとこのぼっちゃんだろ。ちゃんとあちこち聞きまわって確かめた。おまえの家、病院やってるじゃないか。そこの末っ子が男にストーカーして捕まったなんて噂が立ってもいいのか」
 病院。そう聞いた時は驚いた。河原先輩にお兄さんとお姉さんがいるのは聞いてたけど、お兄さんはお父さんが経営する病院に医者として入り、お姉さんも医学部を卒業してインターンだと言う。
「へえ……調べたんだ」
 先輩もいつもの笑みを消して東を見返す。
 キャンパスの一隅で東と先輩が向かい合う。
「俺もさ、調べたよ。おまえ、小学校の時におかあさんを亡くしてるんだって?」
 東の片眉がぴくりと上がる。
 いやいや、と先輩は手を振った。
「それを茶化すつもりはない。気の毒だったと思うよ」
「おまえに気の毒がられるスジはない」
「俺が言いたいのは、もっと早くにそれを知ってればよかったってことなんだ」
 しんみりと言って先輩は俯いた。
「俺は十分に高橋に優しく接したつもりだったし、自分でも、そう冷たい人間じゃあないとは思うんだけど……やっぱりな、痛みを知ってる人間の優しさと言うか、懐深さに比べたら、俺の言動は無神経なところがあったんじゃないかと思うんだ」
「ヘンなヨイショは……」
「いや、ヨイショじゃない。おまえはきっと、俺には与えられない安らぎを高橋に与えられるんだよ。だから俺は振られても仕方なかったんだって思ってさ」
「な、なにを殊勝ぶり……」
 顔を上げた先輩は、ちょっとうろたえた様子の東を見て、にやっと人悪く笑った。
「ふーん? やっぱ正面から褒められるとテレる? 顔、真っ赤だぜ?」
 真っ赤は言い過ぎだけど。くすぐったくなるような言葉を連発された東の顔は確かにほんのり桜色になっていた。
「……てめえ」
 今度は怒りに顔を赤くした東の拳が震える。
「殴ってやる!」
「テレるな」
 デコピン一発、東にかまして、先輩は踵を返して逃げる。
 東が追う。
 追いついた東が飛び上がるようにして先輩の頭を抱え込む。
「大学生にもなってじゃれてんだ……元気だなあ」
 隣を行く人が呟くのが聞こえた。
 ……………………二人には絶対黙っておこうと思った。
 




 そんなこんなのある日。
 自宅にいたぼくの元に電話が掛かってきた。
「秀はぼくですけど?」
「あ! ご、ご無沙汰しています。あの……高橋君、覚えてるかな。高2の時、担任だった藤井です……」
 言われれば聞き覚えのある声だった。
「え、藤井先生? うわ、すごい、お久しぶりです!」
「お、お久しぶり……」
 高2の時、担任だった藤井先生は生物の先生だった。先生と言っても、すごく若く見えて、クラスの皆はおにいさんみたいに思ってた。生徒思いで熱心な先生で人気があったけれど、時々、妙に自信なげに慌てたように見えることがあって、不思議だった。
「あ、あのね……机の中を整理してたら……懐かしい写真が見つかって……」
 卒業して一年弱、突然の電話の理由を先生はそんなふうに説明した。
「あの……どうだろう? ど、どこかで待ち合わせて、渡したいんだけど……」
 なんでぼく?と、ちらっと思いはしたけれど。先生だったから。
 ぼくは駅前のコーヒーショップでの待ち合わせを約束した。
 
 
 
 
 
 時間通りに行くと、壁際の奥まった席に、なんだか落ち着きなく座っている先生がいた。
「こんにちは。遅れてすみません」
 謝ると、先生は、
「え! あ! いや! こ、こっちこそ!」
 うろたえたように手を振った。
 ぼくが先生の向かいに座っても、先生はなんかそわそわしてて。ズレてもいない眼鏡を何度も押し上げたりしてる。
「先生はお変わりなく?」
「あ、うん!」
 顔を上げた先生はぼくと目が合うと、ちょっと赤くなって慌てて目を伏せた。
「えっと……た、高橋君も、もう落ち着いた?」
 え?と思ったけど。
「え、ええ。大学のほうも、ずいぶん慣れて……」
「そ、そう、大学! うん、よかった!」
 さすがにぼくも、なんかおかしいと思い始めた。
「先生? 写真って……」
「先生、お手間をおかけしてすみませんでした」
 ぼくの声をさえぎる声。
 瞬間、ぼくはフリーズした。
「ああ、高橋、悪い。席、つめてくれる」
 恐る恐る見上げれば……。
 にっこり笑って河原先輩が立っていた。
 
 
 
 
 
 なんで! どうして! 質問攻めのぼくに、
「だって高橋、俺が呼び出しても出て来てくれないだろう」
 先輩はしらっと言いのけた。
「藤井先生もお休みの日に申し訳ありませんでした」
「先生もグルなんですか!」
 つい声を荒げたら、
「グルという言い方はよくないよ」
 先輩にたしなめられる。
「先生はぼくの頼みを聞いてくれただけなんだから。ね、先生」
 もじもじしていた先生が思い切ったように顔を上げた。ぼくをまっすぐに見て来る。
「あの……高橋君。だますような形になったのは本当に悪かった。だけど……河原君が、一度、どうしてもきちんと君に謝りたいって言うんだ。聞いてあげてもらえないだろうか」
「謝る?」
 先輩はぼくの隣で神妙な顔でうなずいた。
「先生、ありがとうございました。先生にいただいたチャンスです、これでちゃんと高橋に謝れます」
 先生はほっとしたようにうなずいた。
「うん。きちんと謝ってね。……じゃあ、ぼくはこれで……」
 先生が立ち去ると、先輩はすぐに馴れ馴れしくぼくの肩に腕を回してきた。
「放して下さい」
 つっけんどんにその腕を突き放す。
「どういうつもりなんですか。学校の先生まで使うなんて……!」
「だって、」
 先輩は頬杖をついてぼくの顔を横目で見る。
「こうでもしないと高橋は二人だけで会ってくれないだろ?」
「なんで二人で会わなきゃいけないんですか。言いましたよね、ぼくが好きなのは東だって」
「それはわかってるよ。君たちふたりが一緒にいるのを見てるとね、お互いのことがホントに好きなんだなあって、ちゃーんと伝わってくるよ。大丈夫、大丈夫。もう高橋をどうこうしようとは思ってないから。そりゃ、高橋が東に隠れて浮気したいっていうなら、喜んで相手は務めさせてもらうけど」
「な……そんなこと、あるわけないじゃないですか!」
「そう? ちらっとも、ない?」
「ないです」
 きっぱり言い切って、ぼくは先輩に向き合う。
「もう迷わない。ぼくを許して受け止めてくれた東を、二度と裏切ることはしません」
 はーご立派、先輩は小さく呟くと、つまらなさそうに視線を横に投げる。
「だいたい先輩はどういうつもりなんですか。ぼくをだまして呼び出して……」
「うーん。軽くいやがらせ?」
 またこの人は。ぼくは脱力しそうになるのをこらえる。
「また……どうしてそんないやがらせなんか……」
「だって、おもしろくないじゃないか。こんなに可愛い高橋を東は独り占めしてるわけだろ? 俺が数ヶ月邪魔できただけで、東は今までもこれからもおまえを独占できるわけだ」
 なんて反論すればいいのかわからない。
 先輩が続ける。
「同じ相手を好きになった者として、くやしいわけだよ。おまえの初めての相手になり、それからもずーっとおまえを……」
 瞬間、口が勝手に動いていた。
「ちがう」
 なんだか、東が。あんまり一方的に、ぼくを独占できるから嫌がらせをされてもいいんだ、みたいに言われてて。東がどんな思いでぼくと一緒にいてくれたか、知りもしないで。そう思ったら、我慢できなかった。
「ぼくの初めての相手は東じゃない」





 後から思い返すと、その時の先輩の表情には作った部分が全然なかったんじゃないかと思える。
 目がちょっと見開かれて。不思議そうな黒い瞳がまじまじとぼくを見つめた。
「あれ?」
 声も、素だったと思う。
「高橋、付き合ったのは東が初めてだって」
「そうです」
 腹をくくった。
「でも、ぼくの初めての相手は東じゃない」
「どういうこと」
 コーヒーが運ばれて来て、その間だけ、先輩もぼくも押し黙る。
「どういうこと」
 一言で答えられることじゃなくてもごもごしてたら、先輩はすっと質問を変えた。
「じゃあ、高橋の初めての相手は誰」
「……大輔。山岡大輔」
「ガーディアン? いつ?」
「……大学に入ったばかりの頃」
「おまえ、高3の1学期から東と付き合ってたんじゃないのか」
「付き合ってました」
「Hはなしだった?」
「……最後までは」
「山岡はおまえと東が付き合ってることを知らなかったのか」
「……知ってました」
 先輩の眉間に縦皺が出来る。
「山岡とのHは合意のものだったのか」
「いいえ」
 ちょっとためらって、でも、はっきりさせておきたくて、ぼくは思いきって続けた。
「レイプでした」
 先輩の眉間の縦皺が深くなる。
「普通ならこれ以上は聞かない。だけど俺は聞きたいし、聞かせてほしいと思う」
 前置きして、『どういう状況で』と聞かれた。
「高校の部活のOB会で……カラオケボックスで……ぼくは酔い潰れて……気が付いたら、大輔に……」
 両手を縛られていた。下半身を剥き出しにされていた。思い出すと、声が出ない。
「東はそれを……」
「知ってます。……ぼくは東のところに転げ込んだから……東が手当てしてくれたから……」
 無言で先輩はコーヒーカップを手に取った。
 一口飲むまで、先輩の難しい表情は変わらなかった。
「……秀」
 名前で呼ばれる。
「おまえ、俺との時も酔った勢いだったよな。一度目も二度目も」
 答えるまでもない気がして俯いた。それに、先輩は答えを求めてるんじゃない気がした。口調には非難の色が濃い。
「普通は一度で懲りないか」
 もう今度は非難どころか叱られているようで、顔が上げられない。
「前から思ってたんだ。おまえはガードが甘過ぎるどころの話じゃない。警戒心ってものがまるでないんだ」
 ……そこまで言われなくても、と思ったけれど、確かにぼくに非がありすぎる。
「おまえは東に甘え過ぎなんじゃないのか」
 ……う。
「いや……この場合、放置してる東にも……」
 声も出せないでいると、先輩は呟き、
「出るぞ」
 不意に立ち上がった。





 藤井先生がレジは済ませてくれていたらしく、ぼくたちはそのまま店を出た。
 先輩は携帯を取り出しながら、
「おまえも来い」
 と、ぼくの腕を引いて駅に向かおうとする。
「は、放して下さい。ぼくは先輩とは……」
 抗おうとしたけれど、
「ああ、東?」
 携帯に向かう先輩の問い掛けに、手を振りほどくのも忘れてしまった。
「俺、俺」
 ……で、わかるんだろうか。
「え、わからない? ひどいなあ。恋敵の声ぐらい覚えておけよ」
 東がなにか言い返したらしく、先輩は、あははと声を上げて笑った。
「で、おまえ今どこよ? 出て来れる? それともそっち行こうか」
 先輩はまるで長い付き合いの仲のよい友達のように東に話しかける。
 たぶん、東はなんでおまえなんかと会わなきゃいけないんだ、とか噛み付いたんだと思うけど。
「高橋もここにいるけど?」
 先輩はしらっと言った。
「はは。大丈夫大丈夫。駅前の喫茶店。二人きりにはなってないから、そう心配すんなって。俺だってまた歯を折られたらイヤだし。で、どこで会う?」





 東の家の前のファミレスで、ぼくたちは落ち合った。
 先に来ていた東は先輩の顔を見るなり、手を突き出した。
「携帯出せ。俺のナンバー消してやる」
「いいけど。家にメモが残してあるよ」
 激しく仏頂面の東とニコニコ顔の先輩。ぼくは東の隣に居心地悪く腰を下ろした。
「ごめんね……藤井先生に呼び出されて出て行ったら、なんでか先輩がいて……」
 とりあえず釈明する。もう変な誤解も不審もほしくなかった。
「あ? おまえ、藤井まで使ったの」
 東は河原先輩にきつい眼差しを向けた。
「使ったなんて人聞きの悪い。俺の誠意を伝えて、協力してくれるように頼んだだけだよ」
「富永は知ってんのか」
 え、なんで富永先輩の名前が?
 先輩の目も丸くなった。
「へーおまえ、知ってたんだ」
「たまたまな」
 そう答えて、東はぼくに、藤井先生は富永先輩と付き合っているんだと小声で説明してくれたけど……びっくりだ。
「それより、今、高橋に聞いたんだが……」
「ぼ、ぼくが話します!」
 ぼくは先輩をさえぎり、声をひそめて東にどうしてぼくと先輩の二人でここに来たかを説明した。
「で……ぼくが東に甘え過ぎだって、先輩が怒って……」
「余計なお世話だとおまえは言うだろうが、」
 しっかりと腕組みして先輩は東に厳しい眼を向けた。
「おまえ、山岡とのことがあった後に、ちゃんと高橋を責めたのか」
 ――東は責めなかった、一度も。ぼくの落ち度も、不注意も。
 東は無言で先輩を見返している。
「今回はどうだ。俺とのことで、ちゃんと高橋を怒ったか」
 東はやっぱり無言のままだ。
「高橋がふらふら別の男と付き合ったこと、おまえ、怒ったり責めたりしてないだろ。ちがうか」
「……ちがわない。だけど、おまえにそれをごしゃごしゃ言われる……」
「だから高橋が同じことを繰り返すんだ」
 先輩がきつい口調で言い放つと、東はさっと気色ばんだ。
「同じじゃないだろ! 山岡のことは……!」
「起こったことについては、俺も高橋が気の毒だと思うよ」
 俺とのこともね、と先輩は付け加えた。
「最後、ずいぶんいやな思いをさせたと思うし。けど、高橋が被害者なのは間違いないにしても、高橋自身のワキの甘さが災難を引き起こしてるとも言えるだろう」
 ワキの甘さ。言われてみればその通りで、ぼくは蒼ざめるような気持ちでうつむいた。
 東の表情は見えなかったけれど、聞こえてきた声は冷静で、低かった。
「で? おまえはなにが言いたいんだ」
「おまえにしっかりしろと言いたい」
 間髪入れずに先輩は答えた。
「高橋から聞いてるかどうか知らないが、高橋が俺と間違えたのは酒がきっかけだ。山岡の時も酔い潰れてたって言うじゃないか。何度も同じ間違いを起こさせるな」
 ち、と舌打ちの音が聞こえた。
「その間違いに乗じて甘い汁吸いまくったのは誰なんだよ」
「俺を責めるのはいいが、高橋にもしっかり教えろと言ってる」
 針のムシロってこんな感じだろうか。チクチクチクチク痛みがあって、この場にいたたまれない。
 ぼくはそろっと東の横顔をうかがった。
 かすかに眉をひそめた……でも、不機嫌な感じはしない、真剣な顔。
「……俺が、教える?」
「おまえのほうが恋愛経験も豊富だし、経験値は高いだろう。予測できる危険は避けるように教えてやれよ」
 先輩は先輩で、全然ふざけた感じのない真面目な声。
「高橋に警戒心が全然ないのは、おまえだって気が付いてたろ」
「それは……でも、俺もそこにつけこんだようなものだったし……」
「だからって、おまえがキツク言わなきゃ誰が高橋に注意できるんだ」
 東が黙り込む。先輩も口をつぐんで、沈黙が落ちる。
 なんだかチリチリと視線を感じて、ぼくは恐る恐る顔を上げた。
 ぼくを見つめる四つの瞳。
 東と先輩の二人にじーっと見つめられて、ぼくはもう穴があったら入りたいような気持ちで肩をすくめた。



「……これからは……気をつけます……」



 気をつけるとかなんとか、そういうレベルじゃない、と先輩に怒られた。
 気をつけるっていうか、ちょっと流されないようにしないと、と東にクギを刺された。
 なんだかなあ、と二人に叱られながら、ぼくは小さくなっていた。





 その数日後。
 またぼくたちの前に現れた先輩の頬は、赤紫色に腫れていた。
 ぎゃははと笑い声を上げたのは東だ。
「バッカでー! 富永だろー!」
 先輩はうん、とうなずいた。
「先生のことになると、見境ないから、ヒロちゃん」
「おまえもこっすい手ばっか使うから、そんなんなるんだよ。いい加減、懲りろ」
「いやだ。俺はおまえにいやがらせをするためなら、これからもどんな手も使う」
「殴るぞ」
 そう言う東の横に、ぼくは自然に立っている。
「もうやめなよ」
 自然に笑う。
 人気がないところだったら、東の腕は自然にぼくの肩に回る。
 先輩は……本当のところは、ぼくには量れないけれど……柔らかい表情でそれを見てる。





 ある時、先輩がぽつりと言った。
「おまえらが幸せそうだと嬉しいよ」
「そういう白々しいこと言うから、おまえは信用できないんだよ」
 東がすぐさま、突っ込んだ。
 ぼくはそばで笑ってた。




   *     *     *     *     *     *     *     *




 コーヒーのいい香り。
 おいしいブランチ。
 テーブルの向こうにおまえ。
 ささやかで、ありふれた、けれど、穏やかな休日の朝。
 ピンポーン。
 そのなごやかさを破る、無粋なインターホンの音。
 俺は反射的に時計を見る。10時になってねーじゃん。
 土曜の朝10時前に勤め人二人が同居してる家に押し掛けて来るヤツなんて、大抵、見当がつく。
 飽きないよなあ、もう9年だ。
 ここで、『はあ? 無視しろ、無視』、そう言うのは俺の役目。
 まあそう言わないで。
 秀は笑いながら席を立つ。





「こないだロシアに出張行ったんだ。ほら。キャビア」
 笑顔だけは変わらず爽やか系な河原が、紙袋を差し出す。
 あーあ。
 俺はそっと溜息をこぼした。
 
 
 
 
 
 
                                                   了

                                                  こ、今回もHなくてごめんなさい……!いつか、必ず!




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