旅先の夜

 

 寝返りを打った拍子に、絡んでいた腕から逃げる形になった。背中を向けるかっこうにもなって、それが気に入らなかったのか、後ろからやんわりと腕が回って来た。逃げるなっていうみたいに。
 逃げないよと伝えるつもりで、脇から回された手をとってきゅっと握った。
 そしたら今度は耳の後ろや首筋に唇が押し付けられて、背中にもぺったりくっつかれた。
 半分以上、夢心地のなか、触れ合う素肌、重なる体温がうっとりと心地いい。
 握った手の、指に指を絡めた。


 ……好きだよ……


 この気持ちがちゃんと伝わるといい。
 そう思いながら、でもぼくはそのままもう一度、深く眠ってしまうつもりでいたんだけど。
 ちゅ。……ちゅ。ちゅ。
 後ろから後頭部や首筋に落とされるキスは全然間遠にならない。どころか、髪の間をかすめる息は吐息交じりに熱くさえなってきてて……。


 え? ウソだよね……?


 眠るつもりで閉じていた目を思わず開いた。海に向かって開いた窓辺でカーテンが揺れている。満月なんだろうか、蒼い月の光が部屋の中まで薄明るく照らしている。
 月の光、波の音、爽やかな夜風。
 ぼくにはそれはすごく気持ちのいい睡眠の条件に思えるんだけど。後ろの人間はそうは思っていないらしかった。
 ぐっとぼくのお尻の底に押し付けられてくるものがある。


「え、ウソ……!」


 今度は声に出して言ったけど。
 ウソなんかじゃなくて。
 丸い先端が、ゆっくり、でも、確実にぼくの体内に埋め込まれてきた。
「ああ、ンッ! ……あ……」
 数時間前、さんざんぼくを泣かせたモノが再びぼくの躯を貫いてくる。もう無理……そう思ったけど。丁寧な愛撫で蕩かされた後、長時間、熟しきった状態で貪欲にむさぼられたソコは、まだ十分な柔らかさと湿りを保っていたらしくて……猛々しい肉棒が隘路を進むままに、ぼくのソコはずぶずぶとソレを呑み込んだ。
「ん、ああ……」
 ぴっちり根元まで埋め込まれて声が漏れる。
 ――少し前までは、躯で繋がるこの行為はぼくにとって苦痛でしかなかった。キスも、愛撫も、重なる肌もその熱さも、ものすごく気持ちよかったけれど、男を躯で受け入れるその行為だけは快感より苦痛が勝っていた。でも……。何度目、なんてはっきり言えないけれど、繋がる行為を繰り返すうちに、ぼくの躯は痛みとないまぜになった快感を覚えるようになり、鋭い痛みの中にかすかに潜む甘さでしかなかったその感覚は、それからすぐに鮮やかで深い快感へと育って行って……。正直に、思い切りぶっちゃけて言えば、今ではもうぼくは、前で逝く男の躯の快感だけじゃ物足りないような気さえしている。
「……あ、ん……」
 ゆるく回った腕に抱き締められ、後ろから貫かれて……ぼくは躯中の細胞が快感めざして騒ぎ立つのを覚えながら、喘ぎとも吐息ともつかぬ声を上げていた。





 『初夜のやり直し』なんて名目で恋人と二泊三日の旅に出て、2日目の夜。観光地をめぐり、夏の終わりでもう閑散としてる海辺を散策し、明日はもうそれぞれの家に帰らなければならない夜。ふだんの生活圏を遠く離れた見知らぬ人ばかりの土地で、いつもよりちょっぴり人目を気にせずくっついて過ごせた三日間も明日で終わり。その夜を抱き合って揺すりあって過ごすのに、ぼくに反対があろうはずもないけど。
 でも、だよ。
 夕飯食べて、シャワー浴びて、それからずううっとベッドのなかで過ごして、揚げ句に夜中に起きてまたインサートって、いくらなんでも、盛り過ぎ。
 だから、
「……も、やだぁ……」
 拒否を伝える言葉を口にするんだけど……あいつに深く刺されたソコは、もう独特の熱さと疼きを訴えだしていて、拒絶の声はありえないぐらい、あまかった。
「おまえ、動かなくていいから」
 後ろから耳の中にささやかれる声は耳朶を掠める。
 あ……。
 ぞくりと首筋を走った震えは、そのまま背中を通ってあいつを咥えたままの場所を直撃する。
「…………!」
 ぼくは無言で身悶えた。




 
 後ろから抱え込まれて。
 ゆっくりゆっくりと抜き差しを繰り返される。
 激しくガツガツと責められるのも、それはそれでかなりクルんだけど……こんなふうに時間をかけてゆっくりゆっくり味わわれると、躯の奥深いところから快を掘り起こされるみたいで。
 ずる……内臓を引きずりだされるみたいな、快感。
 ず、ん……身を穿たれ、満たされていく、快感。
 引いていく。満ちてくる。波のように、ただ繰り返されるそれに、快感の熾き火はじっくり、でも確実に大きく、燃え上がらされてしまう。
「は、ア、あぅ……あッ……や、んんッ、は、アァ……!」
 こらえようもない、甘い、少し掠れた喘ぎが立て続けに上がる。
 ソコが熱い。ソコから、熱い。
 躯を中から炙られて、全身がトロトロと蕩けていく。蕩けながら、ひとつひとつの細胞はもっともっととざわめきたって、落ち着かないのだ。
「……ん、あっ! はぅ……っ!」
 ぼくは身をよじった。腰が勝手にうねりだす。
「やっ! もうやめようよっ……! あ、明日っ! 起きらんないっ!」
 それでも、と、懸命に制止しようと声を上げても、
「起きなきゃいいじゃん」
 あっさり返されるだけで。
「このコテージ、レイトチェックアウトできるってさ」
 夕食の後、フロントでなにか話してると思ったら、それか! 怒鳴ってやりたかったけれど、なにか言えばもう、甘ったるくて高いよがり声にしかなりそうになくて。
 ぼくは抗議の意味を込めて、前に回ったあいつの腕に爪を立てる。
 と。なにを勘違いしたんだか。
 肩口をきゅっと甘噛みされて。その上、両の乳首までつままれて……。
「アアッ!」
 慌てて身を折ったけれど、ぼくの身内深く填め込まれたソレも、肩口の歯も、突起をつまんだ人差し指と親指も、全然余裕で離れてなんかくれなかった。
「うう……!」
 一度に大きさも、鮮やかさも、深さも増した快感の波に、ぼくはもうさらわれるしかなかった。





 腰をつかまれて、深く深く、突き上げられて。
 背中を反らせてぼくはその一瞬を迎える。
 あまりに大きな官能の波はもちろん、それだけで引いてくれるわけもなくて。
 ぼくは頂点を迎えて敏感になりすぎてる局部と全身の肌が、びくりびくりと震えるのを耐える。あいつはそんなぼくを後ろからぎゅうっと抱きとめてくれていて。
「……すんげ、よかった。……おまえの中、きゅんきゅんで熱くて……」
 感極まったような声でささやいてもくれるから、ぼくはついうっとりと目を閉じてしまう。


 愛してる


 うん、ぼくも


 今夜何度目か、同じ会話を、ぼくたちはまた繰り返した。





 それでもやっぱり、釘だけは刺しておかないと。
 そう思って、肌のざわめきがおさまるのを待ち、
「ばか」
 身を返してあいつをにらむ。
「いくらレイトチェックアウトできたって、こんなの無茶だよ。明日、起きられなかったらどうするんだよ」
 そうしたら、月の光の中、あいつがにやっと笑うのが見えた。
「起きられなかったら、ずっとベッドん中でいちゃいちゃできるな」
「あのね……」
 ため息ついて呆れて見せたら、
「大丈夫。おまえ歩けなかったら、背負ってやるから」
 なんてしゃあしゃあと抜かすから。
「ばか!」
 ぼくはあいつの頬を軽くぶつ。


 イテ。それぐらいで殴るかなー。
 今度仕掛けてきたら、蹴るからね。
 ひでー。


 バカなことを言い合って、それでも手足は絡めたままで。
 旅先の夜はふけた。
 ぼくとあいつの、初旅行――。

                                                   了







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