メゲない恋人推進計画

 

 

 俺の恋人は拓人さんっていう、5歳年上の綺麗な人だ。
 まぁ……恋人って、言っちゃっていいのかどうか、正直、ビミョーなとこなんだけど……。うー……恋人って言い切っちゃうのは、やっぱアレかなあ、フライング? 願望? 思い込み? あ、ダメだ。なんか落ち込んで来た。





 俺は拓人さんに一年とちょっと前、交際を申し込んだ。そう、きっちり、ばっちり、男らしく!
 で、拓人さんもそれは受け入れてくれたハズ、なんだけど。
 その時、拓人さんは「昔の」(ここ、強調ね)恋人に借金があって、その借金のカタにずるずる関係を続けてて……俺はそんな拓人さんを見ていたくなくて、拓人さんの借金を肩代わりすることにしたんだ。俺は拓人さんのことが好きで、だから、拓人さんに自由になってほしくて。
 そんな俺が、俺に借金のある拓人さんと交際しちゃったりしたら、それこそ、俺のしてることは拓人さんの「昔の」(しつこいけど、ここは絶対強調!)恋人と同じになっちまう、そう考えた俺は拓人さんが俺に借金を返し終わるまで、じいっと節度を守ってたワケ。
 ところが、それがさ……拓人さんの「昔の」(繰り返すけど、以下略)恋人であり、拓人さんの勤め先で、俺のバイト先でもある居酒屋「漁火」の店長に言わせると、「ガキの勝手な思い込み炸裂」で、俺のしたことは完全に裏目に出ちまった。
 つまり、ケジメにこだわるあまり、拓人さんにキスひとつも一年の間にせがまなかった俺に、拓人さんは俺の交際申し込みは「一時の気の迷い」って思うようになっちまってて。
 晴れて借金完済した拓人さんに「イザ!」と交際を迫ってみれば、「亮太は弟みたいだ」の冷たい一言。
 以来、何度か、「俺は本気です」アプローチを繰り返しては玉砕してる俺。
「しょうがねーな。若さはバカさだからな」
 店長にせせら笑われる情けなさ……。嗚呼。





 でもさ、拓人さん、全然、脈ナシってワケでもないと思うんだよなあ……。
 誘えばさ、映画とか買い物とか付き合ってくれるし、ねだったら、拓人さんが一人暮らししてるアパートにも入れてくれて、ごはんまで食べさせてくれる。キスだって……三回ぐらいはしてる。
 拓人さんは絶対、俺のことを嫌いじゃない。
 それは間違いないと思うんだけど……ハァ……。
 溜息が出ちまうんだけどさ……拓人さん、はぐらかしたりタイミングずらしたりすんのが、すんげえうまいの。あ、いい雰囲気かなとか、おっしゃ、キス成功!とかいうシチュエーションに持ち込んでも、するっと逃げて、にこっと笑って、「じゃあね、またね、亮太」とか、ムゴイ一言をあっさり口にしてくれるんだ。
 もうこれは、男らしく強引に迫るしかないと思うんだけど……年下の哀しさで、ペース作りは拓人さんの思うがままで、ここ数ヶ月、ズルズル来てる。
 ここらで一発、ドカンとキメたい!!
 ……と、思うんだけどなあ……。





 俺がそんなふうに一人モンモンと、拓人さんとどうやったら距離が詰められるか、考えていた時だ。
 店で封切り間近の映画の話が出た。
 世界中で大人気のスペースアクション巨編の最終版だそうだ。何年かに一度ずつ、新作が作られたらしいその映画を、俺はほとんど見たことがなかった。
「やっぱり今までの流れを知らないと、シリーズラストのありがたみってないっすよねえ」
 俺がそう言ったら、
「あれは見とけ」
 店長が言うんだ。
「今見たら、絵はちゃっちいがな、あのスケールってのは映画史上、特筆すべきものがある」
「あーじゃあ、やっぱ見とかないと。ビデオとかDVDとか、ありますかね?」
「あのシリーズを置いてないビデオ屋はないぞ。DVDもちゃーんと出てる」
 店長がそう言った時だ。それまで黙っていた拓人さんが、
「じゃあ僕も見ておこうかな」
 って言ったんだ。
「確か一本目は見てたと思うんだけど、もうずいぶん前のことだから」
 え、え、え、それって……俺、もしかして誘ってもらってます!? え、でも、そんなずうずうしいこと、言っちゃっていいのかな? 
 あたふたしてたら、店長があっさり、
「なら、二人で見んだな。安上がりだろ」って。
 店長〜! あんた、スケベでどーしよーもないオヤジな気もするけど、でも、やっぱ、いい人かも〜!
 感激してたら、拓人さんがすっと俺の顔をのぞきこんできて。
「明日は店も休みだし。今夜の帰り、ビデオ屋、寄ってく?」
「え、あ、マジっすか! 寄ります寄ります!」
 俺は首をぶんぶんタテに振りまくった。
 おっしゃあ! 大チャンスだぜ!!





 ――チャンスだと、思ったんだけど……。
 お互い、風呂まで済ませて、拓人さんはパジャマ姿、俺なんか上半身裸のまんまで。
 なのに、なぜだか、俺たちはすんげえ健全にちゃーんとテレビ画面を見てんだよ、二人して。
 このままじゃあ俺たちは星間戦争を見守りつつ、キレイなまんまで夜を明かしちまう。
 俺は策を練る。
 ……そうだ。まず、拓人さんの手からリモコンを取って……テレビを消す。んで、『テレビより、俺を見て』とか言って、後ろから、こう、ぎゅうっと拓人さんを抱き締めて……。
 おし! これでキマリだな!
 心を決めた俺は、まず作戦の第一段階、拓人さんの手からリモコンを取り上げようと、そろーっと手を伸ばして……。



「ああ、これ、二作目への伏線かな」
 突然、拓人さんに話を振られた。
「えっ! あ、どこっ!」
 今まさに下心マンマンで手を伸ばしかけてた俺はビクついて聞き返す。
「なに、亮太、見てなかったの? いい、戻すよ?」
 リモコンを操作しながら、拓人さんが振り返った。
「あれ、まだそんなカッコしてんの。風邪引くよ? 早く上着取っておいで。待っててあげるから」
 拓人さんになにか命じられれば、俺は忠犬ハチ公と化す。店で仕込まれた悲しき条件反射だ。
「はい」
 俺は素直に腰を上げて……。
 あれ? あれ? ……チャンスは? ……あれ?


 


 メゲるな、亮太。
 夜は長い。
 俺の人生は、たぶん、もっと長い。





 俺は自分に言い聞かせた。













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