「肉饅頭」

Text by ヒンクレヰ

春は弥生の昼下がり、まだ肌寒い風の吹く空を、あなや不思議、娘が一人、箒に乗って飛んでおります。

黒装束に身を包み、真っ黒い鍔広帽をかぶったこの娘、まごうこと無き正真正銘、魔法使いでありまして、名を霧雨魔理沙と申します。

うら若い乙女の身でありながら、一人暮らしの侘しさよ、今日とてすべきこともなく、ここはひとつ友をば訪ね、茶の一杯でも馳走になろうと、出かけたところでございました。

そしておりしも魔理沙の箒が、吸血鬼レミリアの住まう紅魔館の上にさしかかりましたところ、風に乗ってふわふわと、何やらよい匂いが漂ってまいります。

ハテこの匂いは何だろう。何だかとっても美味しそう――魔理沙のお腹がぐぅと鳴り、匂いに誘われふらふらと、館へ降りてゆきました。

餌を求める子犬のごとく、館の回りをグルグルと、匂いの元をばたどってゆきますと、台所の窓が開いており、テーブルの上の大皿に、見るからにうまそうな肉まんが、ほこほこと湯気を立てております。

アア、なんてうまそうな――魔理沙がじゅるりと涎をたらします。

サテこの魔理沙という娘、器量よしではございますが、チト困ったところがありまして、言葉遣いが乱暴なのと、それと少々手くせが悪い。一旦欲しいとなりますと、ドウニモ堪えがきかなくなります。

キョロキョロ周りを見回して、幸いあたりに人影は無し。シメシメと魔理沙はほくそえみ、

ナァニ、これだけあるのだから、ひとつやふたつ失敬しても、誰も困りはしないだろう――ヒョイと肉まんを掴み取り、さらばと脱兎に飛び去りました。



ところ変わって博麗神社、紅白の可憐な巫女装束、娘が一人、境内を箒で掃いております。

かの娘こそ博麗の巫女、博麗霊夢でございます。

昼行灯とも見えるこの娘、しかしながら幻想郷を、グルリと囲む大結界、それに綻びが出ぬように、日ごと夜ごとに心を砕き、身を粉に働く健気な娘でございます。

アア、なんだか疲れチャッタ。ソロソロお茶にしようかしら――箒を動かす手を止めて、ウーンと伸びなどしておりますと、何やら空から騒がしく、オーイ霊夢、と名を呼ばわる声がします。

アラ、あたしを呼ぶのは誰かしらん――つぶらな瞳を見上げた先に、箒に乗った黒い影、悪友の魔理沙でございました。

アラ魔理沙こんにちは。またお茶を飲みに来たのかしら――

オウ、あたぼうのコンコンチキ、それに今日は気のきくことに、茶請けを用意してきたぜ。ソレ、ここにコノ通り――

ソレはまったく重畳なこと、ご丁寧にありがとう。ちょうど小腹もスイタことだし、ソレじゃ早速お茶にしましょう――

イソイソと霊夢が茶を淹れて、二人揃って縁側で、魔理沙の土産をお茶請けに、いつも通りのお八つ時。

霊夢、肉まんを頬張りながら、

マア、とっても美味しい肉まんね。ドコのお店で買ったのかしら?――

訊かれて魔理沙、少々ばつが悪くはございましたが、嘘をつくのも憚られ、実はかくかくしかじかと、語って聞かせてみましたところ、何故か霊夢の顔色が、紙のごとくに白くなり、グルリと白目を剥いたかと思うと、ウンと一声唸った後に、気を失ってしまいました。

ハテ何とも面妖な、これは一体どうしたことか――友の異変に小首をかしげつつ、魔理沙はパクリと肉まんにかぶりつき、

ソレにしてもこの肉まん、何とも言えずよい味だ。アッサリとしてコクがある。豚でもなければ牛でもない。一体何の肉だろう――よくよく考えてみましたところ、

―――――!!!!!

魔理沙もやはり青ざめて、ニッコリ不気味に笑った後に、白目を剥いて気絶する。

ぽかぽか日の射す縁側に、ほほえましくもしどけなく、仲良く寝転ぶ乙女が二人。

春は弥生の昼下がり、幻想郷の平和な平和なある日のできごとでございました。



<了>