「離せっ!!」
キッスは暴れた。
今までも散々抵抗してきたが、ここまで必死で暴れた事はない。がむしゃらに手を振り回し、グリニデの腕から逃げようとする。キッスの爪がどこかに当たってガリッと引っ掻く様な音を立てたが、どうせグリニデの皮膚には傷も付かないだろうから大した問題じゃない。
「この! いい加減に……!」
後頭部を掴まれて、枕に顔を押しつけられた。息が出来ない。
息苦しさにそれこそ虫みたいにもがいていると、下衣をずり下げられ、乱暴に指を捩じり込まれた。途端、体が硬直して、動けなくなる。標本にされる虫の気持ちがわかる気がした。生きながら体の中心に虫ピンを刺されているような。
「ふっ……ぐ、う……!」
頭を掴まれたまま、顔を上げる事が出来ずにキッスは呻いた。
背中にグリニデの重みがかかった。指が引き抜かれると同時にグリニデのものが押し込まれた。
ブロー、ブロー、ブロー。
腿の内側を生温かい液体が伝うのを感じた。自分の血だ。
こんなものでも無いよりマシだった。最近はきちんと塗り込んでくれるオイルが今回は無い。自分を苦しめる為か余程切羽詰まっていたのか、まあどっちでもいいが、もみくちゃにされる意識の中でキッスは思った。
そもそも自分は何故こんな苦しい思いをしなければならないんだっけ?
自分一人だけなら、キッスは自分で好きな所に行ける。
多分もうすぐ、一人になれる。
他の博士の存在も、今、自分を苦しめている魔人も、関係のない場所に旅立てる。
良かった……!
キッスはもがくのをやめ、優しい闇が降りてくるのを待った。
視界は既に枕で塞がれていたけれど、それとはまた別の、慈悲深い、全てを覆い尽くす闇を。
――気がつくと、グリニデが肺に空気を送り込んでいた。
片膝を立ててキッスを抱き上げ、唇から息を吹き込みながら、どことなく心配そうに自分を覗きこんでいる。グリニデはキッスが目を開けたのを見て取ると、安心したように言った。
「……キッス君!? 良かった、気がついたか……!」
キッスはうんざりと目を眇めた。やっと自由になれたと思っていたのに。
そう思うと、またも降りて来た唇に、キッスは無意識に噛み付いていた。グリニデはほぼ反射的にキッスを突き飛ばした。キッスは人形のように無表情のまま、ベッドの上に転がった。
グリニデは無言で口を拭った。
意識は取り戻している筈なのに、そのままぴくりとも動かないキッスをグリニデはしばらく眺めていたが、
「自閉して逃避しようとて、そうはさせんぞキッス君。君は私の物だ。まだ理解していないようだな」
そう言うと、キッスの前髪を掴んで仰のかせた。
額の上辺りの皮膚が引き攣れて、多分、何本か抜けた。僅かに顔が歪む。グリニデは目聡くそれを認めた。
グリニデは酷薄な笑みを浮かべた。
「ふ……、まだ、無機物には成り切れていないようだな。もちろん、そうであっては困る。私が必要としているのは君の頭脳であり、愛でているのはこの体なのだからな。私に断りもなく、意識だけあちらの住人になられては迷惑だ。もっとも、そうなったら引き戻すまでだが」
グリニデは裂けて破れて、ほとんどシャツとしての用を為さなくなった布きれをキッスから剥がすと、キッスの体を裏返した。後ろ手に両手首をまとめる。
縛られる。キッスは思わず口走っていた。
「や……、嫌……っ!!」
能面のようだった顔に表情が戻ったのが面白いのか、グリニデは笑いながらキッスの手を縛めた。
残った布をちいさく丸め、怯えた声で制止を求めるキッスの口に押し込む。
「私の口に歯を立てておいて、無事で済むとはよもや思ってはいまいな? ああ、そうそう……ここ、頬骨の上辺りに、君の爪痕が残っていると思うのだが……見えるかね?」
そんなものは見えない。甲虫の外皮のようなグリニデの皮膚に自分が爪を立てられる筈がない。
そんな事は百も承知だろうに、グリニデは最初の事を覚えていて、キッスを追い詰める。
「コダマンボが再生しているのと同じ台詞を吐くまで……と思っていたが、もういい。コダマンボの声を聞きながら、その通りにしてやろう。自分がどんな風に抱かれているのか、その身でしっかりと感じるといい」
「………っ!」
そういえばそうだった。
キッスの意識が暗転している間にグリニデがコダマンボを止めたのか、声は聞こえなくなっていたが、グリニデがちらとベッドヘッドにいるコダマンボを一瞥すると、コダマンボは慌てたように再生を始めた。
『な、舐めて……舐めてくだ、さい』
『どこをかね?』
『あ、胸……ち、ちくび、乳首を』
耳を覆いたくなるような甘えた声が聞こえた。乳首って何だ。本当に自分がこれを言ったのか。
コダマンボの声はキッスだけでなく、グリニデの言葉も再生する。グリニデは言葉巧みに自分を追い上げ、わざと、そういう単語を使うよう、誘導しているようだった。
「乳首ね……」
グリニデはピン! と右胸の尖りを弾いた。間髪入れず、ぐり、と左胸を爪でえぐった。
キッスは半泣きになって首を振った。違う、こんな事は言っていない……!
「おっと。すまんな、キッス君。だが、前回と同じ手順じゃ君もマンネリだろう? ……といっても、君には記憶がないか……」
ぐりぐりと爪を押し付け、血が滲んだ所で、ようやくグリニデが舌を使った。
傷口に唾液が染みて痛い。キッスはただ涙を流しながら、与えられる暴虐に耐えるしかない。
痛い。痛くて、意識を飛ばしそうになる度、それ以上の痛みで繋ぎ止められた。
最初こそ、縛められながらも体を反転させ、足を突っ張らせて逃げようと画策していたが、もちろんグリニデがそんな事を許す筈がない。幾度も貫かれ、キッスの頭には、白いもやがかかってきた。
駄目だ、もう……自分には、この魔人から逃れる術はないのだ。キッスは思い知らされた。それならば、いっそのこと、グリニデの望む通りに振舞った方が良いのかもしれない。が、そんな殊勝な思いも、体の奥深くに突き込まれる痛みで散じてしまう。
キッスは体を強張らせて、えんえんと突き入れられる苦痛に耐えた。
ふと、苦痛が止まった。
いや、グリニデ自体はキッスの中にとどまっている。朦朧としながらキッスはグリニデを見た。
グリニデはいつか見た、捨てられた子供のような顔で自分を覗き込んでいた。
その口が開いた。
「君は私が、何をしても傷つかない怪物だと本当に思っているのかね?」
「………!?」
「全身で拒絶する君を見て、私がどう思ったか……本当に、何も気付かなかったというのかね!?」
キッスは驚いた。とろけた脳でキッスは考える。
正直そう思っていた。だって、どうやって受け入れろというのだ。
ほぼ騙し打ちのような形で毒の腕輪を嵌めさせ、それからも、好き勝手に自分の体を使っておいて、そんな事を言うなんて反則だ。好かれていると思う方がおかしい。いや、グリニデが自分には寛大に破格に扱ってくれていたのはわかるが、わかっているが、何故、そうなのかまでは思いもしなかった。
「……っ……!?」
どくん、と心臓が跳ねた。体の奥から、得体の知れない熱が湧き上がってくる。
な……に、これ!? きゅううっと、グリニデを咥え込んでいる箇所が窄まるのがわかる。
グリニデの形までリアルに感じて、キッスは夢中で頭を振った。
その様子を見たグリニデが行為を再開した。
突かれる度に、キッスは先端から僅かに露を零した。こんな風になった事は今までない。
キッスは自分の体がわからなかった。
今では、自分の体は完全にグリニデにコントロールされている。
グリニデは浅く挿送を繰り返し、最後に、ひときわ深くキッスを貫いた。
同時に、キッスが口に含んだ布を引き抜く。
「――ああああっ!」
高い叫び声を上げて、キッスは達した。
どくどくと、長く放出を続けるキッス自身を、最後の一滴まで絞り取るようにグリニデは扱いた。
は、は……、と切れ切れに息をつくキッスに、グリニデは長く口づけた。
歯列を舐め、舌を絡め、咽喉の奥に唾液を流し込む。
キッスが顔を背けるのを許さず、すべて飲み込んだのを確認してから、グリニデは唇を離した。
「私の物だ……もう、私の物だな、キッス君。身に染みて実感した事だろう。返事は?」
ぐっ、とキッスを潰すように握りこむ。
悲鳴を上げ、キッスはグリニデの望む答えを吐かされた。
その答えに満足したのか、にやりと目を細め、グリニデはまたもキッスに挑みかかった。
際限なく揺らされながら、いつしかキッスは、コダマンボと同じ台詞を言っているのに気付いた。
違う。こんなのは本当の自分じゃない。
そう思うのに、与えられる快楽に逆らえない。
縛られていた手が自由になった。ほとんど感覚のなくなった手を、キッスはグリニデの背に回し、すがるように頭をすりつけた。グリニデはキッスを優しく抱き返し、言った。
「いい子だ、キッス君」
――違う。
キッスは逃げるように快楽にのめり込んだ。
いつのまにか、こんなにもグリニデに馴染んでいた自分の体を、厭わしく嫌悪しながら。
< 終 >
>>>2010/10/22up