光
「閣下……お許しを、どうか、もう……」
明けない夜の闇の中で、僕はある魔人の下になっている。
「何を言う? まだ、大丈夫だろう? そら」
「……や……っ!」
閣下──グリニデ様の、お相手を務めるようになってから、もう、どれくらいになるのだろう。
それは確かに、僕はグリニデ様の配下だったから、グリニデ様にどう扱われても仕方がなかった。本当なら僕など、グリニデ様に瞬殺されていても文句は言えなかった。僕は人間で、魔人であるグリニデ様にはうとましいだけの存在なのだから。それを生き長らえたのは、僕が持っていた古文書に、グリニデ様が偶然目を止められたからだ。
以来、僕はグリニデ様の遺跡発掘のお手伝いや、スパイとしてお仕えすることになった。
人間でありながら、魔人の配下となることに、抵抗が無かったわけではない。
でも……!
「や……あ、ああああ! あああ──っ!!」
がっちりと腰を捉えられ、奥の奥まで穿たれて、僕は絶叫した。
「うむ、実にいい表情だよ。キッス君」
僕に声をあげさせながら、グリニデ様は満足そうに笑った。
※
……初めて犯された時のことを覚えている。
グリニデ様は誠に寛大な方で、僕をスパイとして使うことはまずなく、僕はあちこちの古代遺跡の間を飛び回っていた。古代魔文字の写しや、珍しい出土品などを持ち帰ると、グリニデ様は殊のほか喜ばれるので、僕は、グリニデ様が魔人にもかかわらず、慕っていたと言っても良かった。例え、左腕に毒の腕輪が嵌められていたとしてさえ。
「ただいま戻りました、閣下」
僕はグリニデ様の玉座の前に進み出て、帰還の挨拶をした。
グリニデ様は鷹揚にうなずいて、僕に調査結果を述べるよう言われた。
「はい。今回はトロワナのウェジ遺跡について調査してきたのですが……」
僕がメモを開いて報告しかけると、グリニデ様が手招きをされた。何か失礼なことでもあったかと、僕は恐る恐る足を踏み出した。
グリニデ様は、御自分の足を示された。
岩のような筋肉がついている、緑色した片方の太腿を指して、座れ、とおっしゃられた。
「で、でも……」
僕が戸惑いを隠せずにいると、グリニデ様の目尻がキッと吊り上がり、普段は僅かに隆起しているだけの額のツノが、めりめりと盛り上がってきた。グリニデ様が御不快かどうかかは、このツノが一種のバロメーターになっている。僕は慌てて、
「し……失礼します」
一礼して、グリニデ様の左の太腿に浅く腰かける。すると、ひょいと腕が伸びてきて、僕はグリニデ様の胸にもたれかかるような格好になった。
「あ、あの、閣下……?」
「良い。報告しろ」
僕は改めてメモを見、内容を読み上げた。幸い、今回も僕の報告はグリニデ様に満足して頂けたようだった。内心でほっとしながら、僕はウェジ遺跡で発見した石碑のことを説明しようとした。なんといっても、ウェジ遺跡での最大の収穫は、この石碑のことだったのだから!
「……ウェジ遺跡は比較的僕らの時代に近い文明だったらしく、ところどころに、古代魔文字と現在の魔文字が混在していました。特に、ある石碑には古代魔文字と、現代にも通ずる文字が並んで書かれており、これを比較検討すれば、文字というより記号に近い古代魔文字の解読も、一段と……」
僕は言葉を切った。グリニデ様の手が、僕の服の下に忍んできたためだ。
「か、閣下……」
「構うな。続けろ」
僕は服の下でうごめく手を気にしながら、それでもなんとか報告を続けた。
「……一段と、進むかと思われます。残念ながら、その石碑はかなり大きく、僕の背丈ほどもあったため、持ち帰ることは適いませんでしたが……文字は、すべて写し取ってきました。閣下にも、後に提出します。まだ清書しておりませんので……アッ!」
グリニデ様の手が、僕の下衣にも進出してきたのだ。僕はさすがに耐え切れなくなって、懇願した。
「閣下……お戯れは……!」
「……気にせずとも良いと言っただろう。報告を続けろ」
「し、しかし……」
いつのまにか、前合わせの上衣の留め金ははずされ、シャツは胸まで捲り上げられていた。剥き出しになった乳首を、グリニデ様の指がはさむ。もう片方の手が、下衣に潜りこんで、僕の男の部分を刺激している。
「……か、閣下……どうか、手を……!」
大変不敬ながら、僕はグリニデ様の手首を握りしめて、離してくれるよう願った。
グリニデ様は面白そうに僕の反応を見つめていて、
「だから、報告しろと言っただろう。報告しなければいつまでもこのままだが、良いか?」
「………!」
僕は、もつれる舌で、出来るだけ急いで残りのメモを読み上げた。
僕の報告を聞きながら、グリニデ様はささやかれた。
「君はなかなか可愛い顔をしているな、キッス君。……正直、人間の美醜というものは私にはよくわからないが、君には品位と知性がある。それが、私の君に対する評価となっているわけだが、好意にもつながっているのかもしれん。君は可愛いよ、キッス君。……もっと、叫び声をあげさせたくなるくらいに」
「……うあ……っ!!」
グリニデ様の指が、僕の最奥を突いた。
僕はほとんど絶叫するように、メモを最後まで読み終えた。
「……以上で報告は終わりです、閣下! お願いですから、これ以上は、もう……!!」
僕が叫ぶや否や、グリニデ様はあっさりと腕の力を抜いてくれた。
僕は転げるように、転がるように玉座の前の床にうずくまった。
「う……っ」
半脱ぎになっている情けない姿を、僕は震える手で整えた。
マントで身を隠すようにして、まだ立ち上がれずにいる僕に、グリニデ様は言った。
「今宵の伽を申し付ける。身を清くして、今夜は自室で待機しているように」
それを僕は、どこか遠いところで聞こえてくる声のように思った。
>>>2003/6/2up