薫紫亭別館


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 どうしよう。
 グリニデ様から与えられた城の一室で、僕は途方に暮れていた。
 グリニデ様は本気でおっしゃっているのだろうか。僕の性別を間違えている、なんてことはないだろうか?
 ……と、一瞬思ったけれど、既に謁見の間であんなことまでされてしまっているのだ。グリニデ様は知っていて、僕に伽をせよ、と言われたのだ。
 僕は部屋の中を落ち着かなく歩き回りながら、僕用にと揃えて頂いた豪華なベッドや机を見た。
 黒の地平の、たぶんどこかの貴族の家具だったらしいそれらは、黒檀で出来ていて、よく磨かれ重厚な光を放っていた。ベッドには天蓋までついている。持ち主がどうなったかは考えないようにしている。どのみち僕には、どうすることも出来ないのだ。
 そして、これも……どうすることも出来ないことの一つには違いなかった。
 どんなに嫌でも、グリニデ様に逆らって出奔する、などという選択が出来ない以上、僕は言われるままに湯を浴びて、身を清め、グリニデ様の訪れを恐れながら待つしかないのだ。どうして僕はこんなに臆病で、勇気が無いのだろう。あの黒髪の、ちいさな親友、彼なら、敵の虜にされた時点で自害しているかもしれないのに。
 それとも、死を覚悟で立ち向かってゆくか。
 いずれにせよ、彼なら、僕のようにおめおめと生き恥を晒すことだけはないはずだ。
 僕がその親友の顔を思い浮かべて、なんとはなしに暖かい気分に浸りかけたときだった。
 ギィ、とこれも重い、精緻な彫刻が施された木製のドアが開いた。
 僕は生唾を呑みこんだ。
 グリニデ様が入ってきたのだ。
「服を着たのか……無粋なことを。まあ良い。人間の服など、私には紙を着ているに等しいものだしな。さあ、来なさいキッス君。私を、おまえの体で慰めるのだ」
「……あ……」
 僕は窓近くに立ったまま、近付くことも遠ざかることも出来なかった。
 蛇に睨まれた蛙とはこのことか、と思った。恐怖に震える僕を、グリニデ様は却って興がるような様子で、僕の右の二の腕を掴むとベッドに放り投げた。腕が抜けそうだった。
「あうっ!」
 すぐにグリニデ様がのしかかってきた。僕の着ていた夜着を、その言葉通りまるで紙のように破ると、硬い石を思わせるグリニデ様の指が僕の胸を這い始めた。撫でられるだけで皮膚に傷がつきそうだった。痛い。最初からこれでは、行為が進むとどうなってしまうのだろう。僕は息絶えて、二度と目覚めないのではないかという恐怖にかられた。
「心配するな。私は人間とも関係を結んだことがある……雌とだったが。そのときに、どのくらいやれば人間が壊れるか、どの辺までなら耐えられるか調査しておいた。君を殺したりはしないよ、キッス君。君の知性は私にはまだまだ必要だ」
 それは、必要がなくなれば殺す──と言うことと同義だったかもしれないけど、僕はなんとか息をつくことが出来た。とりあえず、今夜死ぬ心配だけは無くなったのだ。僕がお役に立てる限り、グリニデ様は僕を殺さないだろう。そして、夜も……役に立てさえすれば。
「……んっ!」
 僕には尖った石で擦られるように感じられる愛撫にも、僕の体は反応してきていた。びちゃり、と人間には有り得ない長さの舌が僕の体を舐め回し、脇の下や、耳の穴にまで舌が差し込まれ、その度にぞくぞくと僕の背筋を走り抜けるものを、僕は無視出来なくなっていた。
 夜着はとっくの昔にただの布きれと化して、僕は全裸をグリニデ様の前に晒していた。
 グリニデ様は普段と同じくマントを羽織っていて、グリニデ様の体に手をかけるのが不敬に思えた僕は、そのマントかシーツを握りしめるしかなかった。グリニデ様はゆっくりと時間をかけて僕の体をひらいてゆき、ついにそこに到達したとき、僕は思わず嬌声をあげて腰を浮かせた。
「……おや? もしかして……」
 グリニデ様は意外そうな声を出された。
「初めてではないのだな、キッス君? まあこの麗質なら、そうであっても不思議はないが……」
 僕は全身から血の気が引くのを感じた。
 魔人はどうかよくわからなかったが、力ある者が、獲物の処女性……というかそういうものに価値を見出すのは知っていた。そう、僕は……初めてではなかった。そんなものは、親下を離れて一人立ちしようとしたときに、名前も知らない中年男のバスターに暴行されて失くしていた。
 そういうことは何度もあった。バスターになりたての、力も弱い世間知らずの子供の僕など、世馴れたベテランバスターにとっては丁度いいオモチャだったのだろう。彼と会って、彼と再会するときの為に強くなろうと契約をした戦士団でもそうだった。戦士団ではしばしば、戦闘ではお荷物にしかならない新参を鍛える代わりに、夜は欲望の吐け口として使うことがある。僕は黙って従った。その戦士団は一応、僕の憧れでもあったのだ。
「お許しください閣下、お許し……っ」
 僕は涙ながらに許しを乞うた。いざ楽しもうと思って命じた相手が既に誰から使われていたら、プライドの高いグリニデ様は決して面白くないだろう。誰かのお古など使わずとも、グリニデ様なら相手など困らないのだから。
 顔を伏せて泣きじゃくっている僕に、優しくグリニデ様はささやかれた。
「……気にせずともよい。初めてであろうとなかろうと、君が私にとって大事な部下であることに違いはない。顔を上げなさい、キッス君。そして、口を開けるのだ」
「………」
 僕はおずおずと口を開けた。グリニデ様の舌が忍び込んできた。魔人の長い舌は僕の咽喉の奥まで忍びこみ、唾液は草の茎を噛んだように苦かった。唾液が咽喉を通って胃に落ちていった。僕は体がこれまでになく熱くなるのを感じた。
「正気の人間には、この私を受け止めることは出来まいからな……どうだね、キッス君? 私が欲しくなってきたろう? 早く熱く太いもので掻き回して欲しくなっただろう?」
 その通りだった。
 僕は、まだ後腔にまだ充分な準備を施されていないにもかかわらず、早く、グリニデ様の灼熱のものが欲しくてたまらなくなっていた。浅ましくも腰をくねらせ、膝を立てて、自分から受け入れる体勢をとる。
「いい子だ……私のものを見たら、その素直さもどこかへ飛んでしまうかもしれぬがな……」
 グリニデ様は羽織っていたマントを滑り落とした。その下には何も身につけていなかった。僕の視線は吸い寄せられるようにグリニデ様のそこを注視し──僕は、絶叫をあげた。グリニデ様のそこは、むろん人間とは比べ物にならないほど巨大だったし、何より、黒い絨毛がびっしりと生えていて、絨毛の先は丸い、オレンジ色の目のついた昆虫が何万匹も集まったかのようにねうねと動いていた。
 僕は、無意識の内に逃れようと背を向けた。
 その背を簡単に押さえつけ、片手で腰を抱えあげて、グリニデ様は僕にあてがった。
「閣下! どうか、お許しを、お許し……っ!!」
 ──その後のことはよく覚えていない。
 圧迫感で、このまま引き裂かれて死ぬのだと思ったことは覚えている。しかし、行為に慣れた僕の体はこの質量をもなんとか受け止めようと力を抜き、グリニデ様も、無理な抽挿などはなさらなかった。グリニデ様の絨毛が僕の中で蠢くのがわかった。その絨毛は何かの意志を持っているかのように的確に僕の感じるところを見つけ出し、集中的に突いた。もしかして、唾液と同じくその絨毛からも何らかの物質が分泌されているのかもしれなかった。
「あ──っ!! あああ──っ!!」
 僕は数えきれないくらい達した。
 頭が真っ白になって、このまま狂ってしまえたらいいと、明けない夜の中で思った。

                    ※

 そして今も、僕はグリニデ様の下にいる。
 僕の体はどうやらグリニデ様のお気に召したようだった。遺跡調査から戻る度に、こうして召し出されることでそれがわかった。グリニデ様の欲望に応えながら、感じながら、それでも僕は、僕の心にただひとつ、今も輝いている光のことを考えずにはいられないのだ。
 『暗黒の世紀を終わらせる男』と、『世界一の天撃使い』となってまた会おう、と別れた彼。
 あのまま彼といれば、僕はこんなところまで流されずに済んだのだろうか。
 ……いや、何も思うまい。
 僕がこうなってしまったことに、彼は関係ないのだから。
 願わくば、彼が、その初志を貫いて成長していることを。
 まだおぼろに残っている人間としての意識で、僕は……祈った。

<  終  >

>>>2003/6/14up


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