キッスは目を逸らさずグリニデの視線を受け止めた。
グリニデはまだ探るような表情をしていたが、やがて手を伸ばし、キッスを抱き上げた。
片腕だけで運ばれながら、キッスは自分からグリニデの首に両手を回し、首筋に顔を埋めた。人間とは違う、緑色の皮膚。年月を経て、よく磨いた光沢のある木の幹のような四肢。胸の辺りは甲虫の背中のような滑らかさで、触るとひやりと冷たい。
どこまでも人間とは異質な魔人の腕の中で大人しくしていると、グリニデの私室の前に着いた。もう半分、自分の寝室のような気もする。ガチャリ、とドアを開ける音がやけに大きく聞こえた。
ベッドに落とされ、慣れた手つきで服をはだけられる。
する、と忍び込んできた指に一瞬、体が強張る。意識的に息を吐いて、力を抜いた。
「………っ」
グリニデの手が、キッスの体をなぞる。キッスの輪郭が、浮かび上がってゆく。
これが自分の形。自分の体。ここからここまでがキッスの体だと、グリニデの手が教えてくれる。
やんわりと握り込まれた時、叫び声を上げそうになって、思わず口を押さえた。その手を、荒くグリニデが払いのけた。
「望んで抱かれに来たのではないのかね? キッス君!?」
苛々と、不愉快そうな様子を隠しもせずにグリニデは言った。
獲物の悲鳴や嬌声は、大きい方がグリニデは喜んだ。
「違……。声、が……」
「声?」
「聞かれたくなくて……、皆に……」
恥ずかしい、とキッスは顔を伏せた。
執事であるダンゴールはともかく、一応は同僚に当たるベンチュラやロズゴート、フラウスキーに筒抜けになるのはいたたまれない。フラウスキーのストレートな嫌味はもちろん、他の二人の茶飲み話のネタにされていると考えるだけで顔から火の出る思いがする。実際、聞かされた事もある。
魔人は人間とは感覚が違うから、それでロズゴートとベンチュラがキッスを蔑むという事はないが、それでもキッスには耐えがたかった。
「ふむ……」
グリニデは少し考えた後、唐突に、おのれの指をキッスの口に突っ込んだ。
中指と人差し指でキッスの口中を掻き回し、親指も割り入れて舌を摘まみ、引き出し、たわむれに咽喉の奥まで指を突き入れてまさぐった。
「ぐ……! げほ、が……っ!!」
「好きなだけ噛んでいいぞ、キッス君。むしろ、歯を折らないように気をつけたまえ」
苦しげに咳き込むキッスを面白そうに見下ろしながら、グリニデはもう片方の手を秘所に滑らせ、ねじ込んだ。上と下、両方を縫い止められて跳ねる体を、グリニデの舌が這った。グリニデの舌がそこに到達し、含まれると、キッスはあっけなく達した。
両の指が抜かれた。すぐにグリニデが口づけてきた。口移しに、苦いものが流れこんでくる。
――呑まされた。自分のものを。
「う、うぐ……っ、くう……っ!」
こみあげてくるものをこらえながら、キッスは口を押さえ、咽喉を掴んだ。吐き出す事は許されない。
「そうまずそうな顔をするな。自分の出したものだろう」
グリニデはキッスの手を掴み、外させ、おのれのたぎったものに導いた。
「次は私の番だな。そうだろう?」
「………」
握らされたまま、キッスはのろのろと身を起こした。移動して、グリニデの足もとに回り込もうとする。
「ああ、違う違う」
悠然とグリニデは寝そべり、ぽんぽんと、自分の両脇を叩いてキッスを促した。
「腰をこちらに向けて、私の体をまたぎなさい。よく見えるように」
「そっ、それは……」
キッスは動揺した。
乗せられて挿れられた経験はこれまでもあるし、犬のように這いつくばって開かれた事など数え切れない位だが、自分から、一番無防備な部分をグリニデの目の前に曝け出すのは……! もちろん、その間もグリニデは自分のものに奉仕を要求するだろう。嫌だ。乗りたくない。
キッスの逡巡をどう取ったのか、グリニデは一旦ベッドから降り、隣の書室に通ずるドアを開け、ある本を持って戻ってきた。魔獣大鑑、樹の章。
グリニデはベッドに腰かけ、ページを繰った。目当ての魔物を見つけたのか、あるページを開いたままキッスに示した。キッスが恐る恐る覗きこむと、そこには通常とは巻きの異なる、左に渦巻いたかたつむりの絵が描かれていた。
「レフトカルゴ――音を食べる、蝸牛の魔物だ。四匹でセットになっている。大抵、部屋の四隅に配置……いや、もっと狭い範囲でも構わない。これらで囲った範囲の内側では声が聞こえるが、それ以外は防音という、密談用に使われる魔物だ。我が城には忠実な部下しかいないので、今までは必要なかったが……」
言わんとする事はすぐにわかった。
「買ってもいい。君の為に。……どうだね?」
返事など決まっている。
キッスは唇を噛み、今度は大量の枕とクッションの上に寝そべって、僅かに上体を持ち上げたような形で待っているグリニデの胸をまたいだ。視線を感じる。羞恥で死にそうだ。
つぷ、とグリニデが指を埋めた。
「や……っ!」
逃げようと腰を浮かしかけたのを、やはりグリニデが引き戻した。尻肉を鷲掴まれ、つぷつぷと指が追加される。
「や……あっ、ああ……っ!」
「ほら、君もちゃんと舐めたまえ。私ばかりこうしていては、不公平というものではないかね?」
キッスは夢中でグリニデのものにむしゃぶりついた。声を抑える為もある。何より、早くこの体勢から解放されたかった。が、ややもすると後ろに加えられる刺激から、つい歯を立ててしまいそうになる。
グリニデはそんなキッスの状態を正確に把握して、薄く笑いながら時折り双丘のやわらかい部分をひっぱたき、休むな、きちんと舌を使えとキッスに指示した。キッスは口に余る大きさのグリニデのものを頬張りながら、涙目で口唇奉仕を続けた。
充分に成長しきって、もう少しで口の中で爆発する、と思った時、ぐ! と腰を引き寄せられて口から抜かれた。うろたえてキッスがグリニデを見ると、グリニデはキッスを抱えたままあぐらをかき、その上に、キッスを座らせようとしているようだった。
「閣下! 閣下、待って、お願い……!」
「うるさい」
「違います! そうじゃなくて、この体位は、嫌……!!」
「……ほう?」
グリニデは落とそうとしていた腕を止めた。
「君がそんな事を言うのは初めてだな。良かろう、どんな体位がいいか、リクエストしてみたまえ」
「す、座ったままでもいいんですけど、出来れば、向かい合わせで……! よ、欲を言えば、普通に、せ、正常位で……」
震えながらキッスは答えた。グリニデは、キッスのこんな勝手な願いを、聞き届けてくれるだろうか。
「……理由は?」
僅かに目を眇めてグリニデは言った。それはそうだろう、つい最近まで嫌々抱かれている、というポーズを崩さなかったのが、こんなに積極的な事をいきなり言っては。
「手を……、腕を、お体に回しても構わないでしょうか。閣下」
「………!」
無言で体を反転させ、グリニデはキッスの体を敷きこんだ。
「うあ……、ああああっ!」
貫かれる。
キッスはグリニデの肩に腕を回し、つるつると滑らかな胸に顔を寄せて衝撃に耐えた。
「閣下、熱い、閣下……っ!!」
バラバラだった意識と脳と体が重なった。全身でグリニデを感じる。
体温の低そうなイメージからはグリニデのものは程遠く、キッスは灼熱の棒に焼かれながら更にグリニデに縋りついた。自分を底なし沼に叩き込んだのもこの腕だが、そこから自分を引き上げてくれるのも、この腕しかないのだ。キッスはグリニデと呼吸を合わせ、更に熱を追った。
この時だけは何も考えないでいられる。
畑にされた人間達の事も、間違っていたのかと思う自分の選択も何もかも。
翻弄されながらキッスは思う。
グリニデに貫かれる度、僕は一歩魔人に近付く。グリニデに浸食されてゆく。
だが、大丈夫だ――まだ。
オセロの駒のように、盤上のほぼ全てが黒……魔人に埋め尽くされても、たったひとつ、白が残っていれば。自分はまだ人間でいられる。
だからこれ以上掻き乱さないで。どうか僕の心の片隅にちいさな穴を開けておいて。
僕がまだ、呼吸出来るように……!
「んう……っ!」
キッスは自分の最奥でグリニデを受け止め、気を失った。
グリニデは約束を守った。数日後、グリニデの寝室には予想外にカラフルな赤と緑のツートンカラーのレフトカルゴが鎮座していた。グリニデは何セットかまとめて買い求めたらしく、他の場所でも要求されるようになったのは失敗だったが、声を聞かれないと思うだけで以前より気楽に応ずる事が出来た。
そうして自分は何処まで、いつまで、自分でいられるだろうとキッスは思った。
< 終 >
>>>2010/12/3up