シンシロ
やっと終わった、と気を抜いた直後だった。
「あ……っ!?」
右の膝裏に手を入れて持ち上げられ、今、抜かれたばかりの場所に指が入り込んできた。
「どうかしたかね?」
「い、いえ……」
キッスは慌てて目を伏せた。グリニデがピンポイントにキッスの奥を突いてくる。腰がくねる。無意識の動きだった。キッスの体はもう、そういう風に反応するよう躾けられている。
もっとも、こうなったのはつい最近の事だ。
随分と強い酒を飲まされて記憶を失くし、不審に思ったキッスが酩酊状態の自分がどんな行動をしているか対策をし、が、逆に見透かされて、手ひどく抱かれた。
そこに快楽など微塵もなかった筈なのに、妙に神妙な顔をして、グリニデが告白めいたセリフを吐いてから、キッスの体は変わってしまった。
ほだされた……のか? とにかく、キッスの体はキッスの意思がどうあろうと、グリニデの愛撫に素直に応じるようになってしまった。指技を受けるために足を開き、受け入れる体勢を取り、四肢を絡める。
この急激な変化についていけないのは当のキッス自身だけで、グリニデは歓迎しているようだ。
終わったと思ったのに、また求められる。正直、しつこい。
だが体は悦んでいる。もっと、とねだっている。
指ではないものが押し込まれる。ずるずると、どこまでも侵蝕されてゆく感覚。
「……や……、嫌……っ!!」
自分の体が自分のものでなくなる恐怖に、キッスの意思は悲鳴を上げた。
――何だか寝苦しい。
体が重い。あれだけ相手をさせられたのだから当然……と、思った所で、実際に重いのは手と足だと気付いた。ぱち、と目が覚めた。飛び起きようとしたが、ぐい、と反動が来てまたもベッドに沈んだ。
「え……っ!?」
慌てて左手首を見る。見慣れた白銀の毒の腕輪の他に、黒光りする鉄製の腕輪がつけられている。
同じものが右手と両足首にもあった。鉄の輪にはこれも太く重々しい鎖がついていて、ベッドの天蓋を支える四本の柱に、それぞれくくりつけられていた。
「……何これ……何、これっ!?」
焦りながらもキッスは鎖の長さを目視し、実際に引っ張ってみて、強度や重さを確かめた。
感覚的に、ひとつ2〜3キロ、といった所だろうか? 動けはするが、俊敏に、とはいかないだろう。
なんとか上体を起こせる程度の長さはあるが、ベッドから降りるのは無理そうだ。
はた、と気付く。
このベッドには見覚えがない。
グリニデに呼びつけられる部屋は幾つかあって、天蓋付きのベッドも何個かあるが、これはその内のどれでもない。どうもあの後、グリニデのベッドで墜落するように眠ってしまった自分はその時にここに運ばれたらしいが、一体ここは何処だろう。
天蓋からは今は薄い紗のような布が幾重にも垂れ下がっていて外がよく見えない。
いざるようにして端まで寄って、重い手で布を持ち上げようとした。
「………っ!?」
ぴしゃりと閉められた。向こう側に誰かいる。キッスは目を凝らして、
「誰……? 僕のこと、わかる? ねえ、教えてよ。ここは何処で、この鎖は何なのか」
自分は逃げたりしない。
ここまでせずとも、既にキッスは軟禁されていたようなものだ。毒の腕輪はもちろん、これまでの経験上グリニデに逆らえばどうなるか、骨身に沁みて知っている。
かといって怒らせた覚えもない。むしろ最近は機嫌が良かった。
ベンチュラなどは、キッスの身を案じてくれながらも、グリニデの機嫌が麗しい時は多少の失態はしても見逃してくれるので、こっそり感謝してくれた程だ。オモチャとして、自分は充分に役目を果たしていた筈だ。こんな扱いを受ける謂われはなかった。
「ねえってば。あ、でも、喋れないのか……じゃあ、せめて姿を見せて。それも駄目なら、ダンゴールかベンチュラか、とにかく僕と話せる人を連れてきて。お願い」
「私でも良いかね? キッス君」
――グリニデの声。
ベッドの上でキッスは身じろぎした。紗で隔てられて見えない筈なのに、思わず首をすくめる。
いつからそこにいたのだろう。もしかして、布を閉じたのもグリニデなのか。
「閣下……、これは……?」
ジャラ、と鎖を鳴らす。黙っていては駄目だ。言うべきことは主張しないと、了承したと見做されて好き放題にされてしまう。キッスは声が震えているのを見抜かれないよう強い口調で言った。
「うむ。それはだな」
ばさりと紗の布を撥ね上げ、グリニデがベッドに腰かけた。
上体を捻って両手をキッスに嵌めた鉄の腕輪に重ね、真上からキッスを覗き込みながらグリニデは、
「ここで、君を自由にする訳にはいかんのだよ、キッス君。ここは私の秘密の部屋でね、私はここで、君やロズゴート君にも知られてはならない研究を行っているのだ。下手に歩き回られて、見られてはまずい物も色々とあるしな。普通の者なら何の用途に使うかさえわからないだろうが、君は天才だからな……」
褒められているのだろうが、全く嬉しくない。
キッスは必死でグリニデの目を見返しながら、
「で、では、僕を自分の部屋に帰してください。僕は閣下の研究には関知しませんし、知ろうという興味も持ちません。それにこれでは、閣下に言われた僕自身の研究が出来ません。わざわざ縛りつけずとも、僕はいつだって閣下の思うがままです。その事は、よく御存じではありませんか」
「む……それはそうなのだが……」
珍しくグリニデは語尾を濁した。
もうひと押し、とキッスが口を開きかけた所で、グリニデがキッスの乳首を摘んだ。
「――あっ!?」
キッスは何も身につけていなかった。情交の後だ、多分そのままこの部屋に運ばれ、繋がれたのだろう。
妙にさっぱりしている事からして、処理はしてくれたらしいが、服を着せる手間は省いたものと思われる。大体が、ベッドに繋ぐ所からして、服など不用という事実を物語っている。
「ま、待ってください閣下。まだ答えを頂いていません。お召しとあらばいつだって喜んで応じますが、今は、まだ……!」
「今が召し時なのだがな。大人しいようでいて、案外気が強いな、キッス君」
くすくすと笑いながら、それでもグリニデは指を離した。
キッスを見下ろしながら髪を撫でる。総毛立つのをこらえながら、キッスはもう一度促した。
「君がずっとここにいてくれれば、気分転換もしやすかろうと思ってな」
グリニデは前髪から頬を伝って鎖骨まで一気に手を撫で下ろした。
キッスはちいさく声を上げて、たったそれだけで力が抜けて、どこまでもグリニデの手に翻弄されたいと思う自分を恥じた。手を強く握り込んで、手のひらに爪を喰い込ませる。僅かな痛みでも、正気を保つ助けにはなった。
「気分、転換……?」
「そうだ。この所、研究をしていても脳裏に君の顔が散らついてな。どうも集中出来ん。恐らく、君が余りにも可愛らしい反応を示すようになったせいだ。何度見ても飽きん。なら、最初から君をここに置いておいて、催した時、すぐ使えるようにしておけばいいと思ってな。来なさい」
最後の言葉はキッス以外の者にかけられた。
ダンゴールと同じくらいの大きさの、螳螂と蛞蝓の魔物が垂れ下がった紗の布をくぐって現れた。
「これからは、彼等が君の世話をする。何でも言い付けたまえ。腹がへったとでも水が飲みたいでも。ああもちろん、排泄もな。何せこれからはこのベッドの上だけで生活するのだ。介助の手は必要だろう? 何、恥ずかしがる事はない。赤子にでも戻ったつもりで、面倒を看られていればいい。簡単だろう?」
――嫌だ、という抗議の言葉は、グリニデの口で塞がれた。
じゃらじゃらと鎖が鳴る。その音の大きさがキッスの抵抗の激しさを示しているが、グリニデには通用しなかった。むしろ面白がっている様子で、自由を奪われたキッスの上にのしかかり、押し潰した。
痙攣し、キッスは脱力した。
だが、グリニデと繋がっている箇所から響く水音は、止む事はなかった。
>>>2011/8/9up