薫紫亭別館


back ビィトtop



 抉られる痛みにキッスは意識を取り戻した。
「……ぐう……っ!」
「目が覚めたかね? キッス君」
 キッスの上で、グリニデが揺れている。ああ、まただ。
 ここに繋がれてから、一体何日経ったのだろう。意識がある時は常にグリニデが足の間にいて、体内に異物が入り込んでいる。圧迫感に息が詰まる。異物を排除しようと、そこが激しく収縮を繰り返す。
「……ん? 急に締まりが良くなったな、キッス君。ははは、そんなに待ち兼ねていたのかね?」
「や……っ、違……!」
 首を振って否定する。グリニデは満足げに、一定のリズムで腰を打ち付ける。
 こうなるとグリニデは長い。自分の気が済むまで何時間でも腰を使う。実際には何時間、という訳でもないだろうが、それほど長くキッスには感じられた。既に昼夜の区別も時間の感覚も失われている。内臓が口から出そうだ。同じ箇所ばかり責められて、吐き気がする。
 ふっ、と気が遠くなる。
「おっと」
 グリニデがキッスの肩ごと頭を揺さぶって呼び覚ます。
「失神するほど良かったのかね? だが、まだ眠ってもらっては困るな」
「………っ」
 咽喉がひくつく。無理だ。この所の荒淫で、キッスの体力も精神力も限界に来ている。
 キッスは泣きながら懇願した。
「閣下……お願いです、僕を自室に戻してください。無理ならどんなちいさな部屋でもいいから、ここから出して。ベッドの上だけは嫌です。僕は自分で、自分の面倒は看られます」
 行為の後始末から体の清拭から、屈辱的な事に汚物の処理まで、他人……魔物の手を借りなければ成り立たない。我慢して、シーツの上に漏らすよりはマシだと自分に言い聞かせて世話をして貰っていたが、羞恥心で消え入りたくなる。
「何故? ここにいれば君は指一本動かす必要はない。私の相手以外では、だが」
 心底ふしぎそうにグリニデは聞いた。
「僕の研究は。このままでは遅れる一方です。他の部屋に移れないなら、せめてやりかけの翻訳や資料などをここに運ばせてはいけませんか」
 必死でキッスは言い募った。このままでは気が狂う。自分がただの穴としか思えなくなる。
「その腕で本やペンが取れるのかね?」
 グリニデが言った。手首に巻かれた鉄枷と鎖の事だろう。
「……やってみせます」
 腕は重いが、覚悟してそう答えた途端、鋭い痛みがキッスを襲った。
「……あうっ!!」
「まだ余力があるな、キッス君。それだけ元気なら、もう少し激しくしても大丈夫だろう。余計な事は考えないことだ。君は、」
 グリニデは大きく腰をグラインドさせ、
「ここで私を楽しませる事だけ考えていればいい。この体は君の物だが、私の持ち物でもあるのだからな。私に提供する義務がある。頭脳が必要な時にはそう対処するから、今は大人しく抱かれて、可愛くしていたまえ。強張ったままの体を抱いても面白くない」
 痛みに引き攣るキッスの体を押さえつけながらグリニデが言う。
 駄目だ。もう何も考えられない。――苦しい。
 絶望して、キッスは正気を手放した。


「この所、キッスの姿が見えないと思っていたら……」
 グリニデに再生虫の卵と、ついでに栄養剤の処方を頼まれたロズゴートが得心したように言った。
 キッス不在の朝参が続き、不審には思っていたが、ロズゴートは口には出さなかった。キッスが勝手な事をしているなら何よりグリニデが怒る筈だし、放置しているので恐らく命令で、何処かの遺跡にでも行っているのだろうと思っていたら。
 まさか性奴として、ずっと監禁状態にあったとは。
 キッスが朝参に顔を出さなくなって何日経っただろう? 半月やそこらでは効かない筈だ。
「グリニデ様は、キッスの頭脳を買っていたのではないのですか?」
 言いつけ通り、ロズゴートはキッス用にストックしてある再生虫の卵と、今のキッスに必要であろう成分の栄養剤を調合しながら聞いた。グリニデはロズゴートの研究室で、出された茶を優雅に啜りながら、
「うむ。だが……あれだけの体と容姿なら、夜専門でもいいかと最近思い始めていてな」
 カチン、とソーサーにカップを置く音が響く。
 しばらくロズゴートは無言で作業していたが、やがて数日分の薬を包み終えると、
「私は、そちら方面の事には詳しくありませんが……」
 振り返り、グリニデに薬包を差し出した。
「キッスもいずれ成長します。今のような、一見雌のような容貌でいられるのも、後僅かの間でしょう。そうなってもグリニデ様が寵愛されるというなら別ですが、それよりはやはり知性の方を重視して、いつまでも変わらない頭脳を利用された方がいいのではないですか」
「………」
 薬を受け取ってロズゴートの部屋を出て、グリニデは思案した。
 さて、どうしたものか。ロズゴートの助言にも一理あるが、もはやキッスは壊れてしまっている。
 もう鎖で繋がずとも、逃げる心配はないだろう。
 酩酊していた時と同じく、リミッターの外れたキッスは素直に、貪欲にグリニデを受け入れ、達する。
 鮮やかな乱れっぷりにグリニデは感嘆したものだ。
 この体をここまで淫乱に育て上げたのは自分だと、誇らしくもある。
 ただ……。
 それ以外の時は。
 茫と目を開けて、ぴくりともせずベッドに横たわっている。
 螳螂の魔物が首を持ち上げ水を飲ませ、時折り流動食を流し込む。一度垂れ流してからは、二匹がかりで協力してぬるく沸かした湯を注ぎこんで、強制的に排泄を促している。巨大な蛞蝓の魔物が体の上を這って色々な体液を拭き取っても、声も発しない。
 あれだけ嫌がっていた以前からは、信じられない変化だった。肉も随分落ちたようで、くっきりと肋骨が浮いている。再生虫で修復出来るかというと、無理だろう。これは外からつけられた傷ではない。
 グリニデはキッスのベッドに戻り、布をくぐって端に腰を下ろした。
 今は眠っているキッスの顔は青白い。唇が渇いてひび割れていた。グリニデは両手でその頬を包み込み、口づけし、唾液を与えた。
「……ん……」
 ふるふるとまぶたが震えて、キッスが目を開けた。
「キッス君。聞こえているかね?」
 ごく間近で顔を覗き込み、目の奥に、失われた正気の光を探す。もの問いたげに見返す、その所作にまだ間に合う、と確信する。ぺちぺちと頬を叩き、次に、
「この」
 ぎゅう、とグリニデは親指と人差し指でキッスの乳首をつねり上げた。
 キッスは身を捩って呻いた。
「ここだけでイけるようになったら、自由にしてやろう。他の場所に比べ、ここは忌々しいバスターの烙印があるせいで、余り構ってやってなかったからな。わかるな?」
 イヤイヤと首を振るキッスは、どこまで理解しているものか。
 構わずグリニデは愛撫を続けた。甘噛みし、爪を立て、押し潰し、執拗に、乳首だけを。
 長く舐め続けていると、途中から、明らかに息の色が変わった。
「ん……、ん、んう……っ!」
 もぞ、と膝頭を擦り合わせる。ぱん! と強くグリニデはキッスの足を叩いた。
「ルール違反だ、キッス君。あくまで胸だけでイく事が条件だ」
 きつい口調に、キッスがグリニデを見上げる。もう一度叩く振りをしたら、びくりと震えて、そろそろと膝が開いた。狂った頭にも、何を要求されているか届いたらしい。
「よろしい」
 くしゃくしゃと髪を撫でる。ふわりとキッスが微笑む。
 グリニデの意を汲み、その通りに行動し、感じるキッスは何と好ましかった事だろう。
「戻ってきたまえ……キッス君」
 今のキッスに未練はあるが、グリニデは優しく、小声で同じ言葉を繰り返した。


 ……頭に白いもやがかかっている。
 磨りガラスごしに見る世界のように、自分が蹂躙されるのを他人事のようにキッスは見ていた。
 この方がいい。意識と体を切り離してしまえば、心は傷つかない。痛みも感じない。グリニデにとってもその方が都合がいい筈だ。なのに呼び覚ます声がする。
 どうして……? キッスは自問した。
 自分は要求通り、大人しくこの体を提供している。これ以上は無理だ。お願いだから何もかもを求めないで。キッスはもやの中に深く分け入り、聞こえない振りをした。それを許してくれる相手ではなかったが。
「はあ……っ」
 キッスは長く息を吐いた。
 何か、いつもと違う。いつもなら、もうとっくに突っ込まれて突き上げられている頃合いだ。
 それが今回はいつまでも、ずっと胸の辺りを彷徨っている。体を反転させてうつぶせになりたくとも、その度にグリニデの指が皮膚に食い込んできて戻される。それでなくとも手と足が重いのに、僅かな身動きすら封じられて、キッスは膝を合わせた。その途端、叩かれた。
 びっくりしてグリニデを見上げる。グリニデが何か言っている。
 ルール違反……? 何の事だ? 
 グリニデが怒っている様子なので、膝は開いておいた。髪を撫でられた事から、どうやらそれ以上の怒りは避けられたらしい。それにしても、胸を集中的に責めているのは、何か意味があったのか?
「くっ……、ん……」
 急速に意識が浮上する。一度疑問に思うと、それが頭について離れない。
 グリニデが爪を立てる。両胸に走る痛みに、一気に目が覚めた。
「い、痛……い、閣下、やめて……!」
「おはよう、キッス君」
 余裕たっぷりにグリニデは言ったが、何処かホッとしているように見えたのは、キッスの気のせいだろうか? 幸い、爪を立てるのはやめてくれたが、それ以外のあらゆる方法でいじられ続けている。訳がわからずに、キッスはグリニデを見た。グリニデはいぶかしそうな顔をして、
「……ああ。まだ、完全に意味を捉えきれていなかったのだな。ここから出たくはないかね? キッス君」
 ここから……?
 グリニデの説明を聞きながら、ここから出られるなら何でもしてやる、とキッスは思った。
 それがどんなに恥ずかしくて情けない事でも。
 目を閉じ、キッスは自分の胸と、グリニデの指に意識を集めた。これまで拡散させていたものを凝縮する。ぴく、キッスは震えた。じわりと熱が広がる。
「う」
 それまでの刺激で、神経が過敏になっている。
 実はかなり痛い。ちらっと見ただけだが、そこが今までにないくらい腫れ上がっていた。
 そこを容赦なく潰されなどしたら痛いに決まっている。グリニデは、感じていると思っているようだが。
 キッスはなんとか痛みを快楽に変えようと務めた。
 自分を騙す要領だ。これまでも、色んなものに蓋をして生きてきたのだ。
 自分の体を騙すくらい、どうという事はない。少しずつ、痛みが熱いだけのものに変わり、認めたくない感覚が胸から体中に広がってゆく。
「あ……あ、あ……っ」
 シーツを握り締める。足は、ベッドの端に座っていた筈のグリニデが途中から上に乗って、足を絡めてきたので動かせない。男の胸なんて、こんな何の役にも立たない部位、触れられる度に千切り捨ててやりたいと思っていたのに、ふざけた条件のせいで今は僅かな刺激も逃がさぬよう、丁寧に指の動きを追っている。
 だけど、これももうすぐ終わる。
 全神経を胸に集中しろ。他の器官は今はないものと思え。痛みを快楽にすり替えろ。
 自分が反応している。僅かに勃ち上がって、ぬるついたものが染み出している。
 もう少し。もう少しで、あの頂点に達する。
 動かない体で身悶えしながら、キッスはひと粒も零さないよう、丹念に熱を拾い集める。
 ジャラ、とひと際大きく鎖を揺らし、キッスが上り詰めようとした時、
「―――っ!?」
 グリニデがそこを掴んだ。
「嫌、何でっ!? 閣下、そこは、駄目……!!」
 抗議のかいもなく、キッスはグリニデの手で白いものを吐き出した。べたべたした手を、グリニデは見せつけるように舐めながら、
「……残念だったな、キッス君」
 と言った。
 涙目でキッスは睨みつけた。もしかして、最初からそのつもりだったのか? オモチャが完全にオモチャに成り下がったのが気に入らなかったのか。わざわざ呼び覚まして、授ける仕打ちがコレか。キッスは情けなさに顔を背けた。
「……そう怖い顔をするな。君があんまり可愛いから、つい苛めたくなるのだ」
 キッスの機嫌を取るように、座り直してグリニデは言った。
 足首を掴み、何処からか鍵を取り出し、錠と合わさった音がして、鉄枷が外れる。
「私は寛大なので、君が条件を満たせなかったとしても、今回はその努力に免じて自由にしてやろう。私の為に、またその頭脳を役立ててくれたまえ。……少し、やり過ぎだったな。悪かった」
「………!?」
 グリニデは同じようにもう片方の足首と両手首の枷も外し、静かにキッスを抱き上げた。
「しばらく目を閉じていたまえ。ここに残りたくないならな」
 君の部屋まで送ってやろう、とグリニデがささやく。
 混乱しながらキッスは慌ててキッスは目を閉じた。グリニデが謝るなんて初めてだ。
 これも裏があるのだろうか。
 わからない、と自慢の頭は、エラーを繰り返すだけだった。


<  終  >

>>>2011/8/25up


back ビィトtop

Copyright (C) Otokawa Ruriko All Right Reserved.