砂の果実
慣れた圧迫感に、キッスはちいさく悲鳴を上げた。
「……う……っ!」
「随分とすんなり入るようになったな、キッス君?」
好きで慣れた訳じゃない。魔人グリニデを呑み込めるように、時間をかけて開かれた体。
初めは、ここまでされるとは思わなかった。
本当に人間か確かめたいと、訳もわからずグリニデの寝室に連れて行かれた。人間かどうかだなんて、少なくとも十数年以上、自分は人間だと信じて生きてきたのに、何故魔物に好かれるかなんて自分でもわからないのに、理不尽な難癖をつけられて、キッスは体を暴かれた。
検分、とグリニデは言っていた。
言葉通り、初回は研究者がモルモットを扱っているような非人間的な手つきで、それは魔人は人間ではないからキッスにも理解出来た。というか、我慢出来た。グリニデが自分を人間だと確信してくれれば、この地獄のような時間も終わりを告げると思ったのだ。実際、自分の体に不審な点は見つからなかったようで、キッスは自分の部屋に戻る事を許された。
「明日の朝参には遅刻しないように」
という、勧告つきで。
キッスはふらつきながら部屋に戻った。体をぬぐう気にもなれず、ベッドに横になる。
この時グリニデは手と指しか使わなかった。キッスを好き勝手に折り畳んで、無理矢理指を潜り込ませようとしたが、キッスが泣き喚いたので、ほとんど第一関節も入らなかったのではないだろうか。意外にもグリニデはすぐに手を引き、そこから上記のセリフになった。
解放された安堵感でキッスは眠った。
寝入った後にダンゴールがやって来て、枕元に翌朝の衣服を整え、簡単な後始末もしてくれたらしい。
これは、もっと後になってから知った事だが。
そうしてしばらくの間はキッスは虚勢を張りつつ、フィカス博士から引き継いだクラッスラ遺跡の調査を続けていた。発掘自体はほぼ終わっていたから、以前は拉致されてきた人間全員で使っていた研究用の一室をキッスは一人で占領して、机も、箱と板を組み合わせて作った簡素な物から博士達が使っていた大きな物に変わっていた。キッスは日がな一日、そこにいる事が多かった。
むろん結果を出さなければ殺されるから、研究に手を抜いたつもりはないが、解読は一向にはかどらなかった。色んな事が起こり過ぎた。自分はまだそれらを全て咀嚼仕切れていないらしい。頭が痛い。振っ切らなければ。キッスは改めてペンバリーに写させた絵文字に目を落とし、集中しようとした。
が、背中にぞくり、と悪寒を感じ、キッスは思わず振り返った。
「……閣下……!?」
「やあ、キッス君。毎日頑張っているようだね」
研究室の入り口に、深緑の知将グリニデが立っていた。グリニデは頓着せず大股で部屋に入ってくると、キッスの持っていた写しを取り上げた。ふむ、とうなずく。
「成果ははかばかしくないようだな?」
「す、すみません……」
身を縮めてキッスは答えた。どれくらいの頻度で結果を出せばいいのかわからない。最初に飛ばし過ぎた。セネシオ博士の解読する筈だった石板の写しとフィカス博士のクラッスラ遺跡と。コンスタントにあれだけの成果を出せ、と言われるとキッスも困る。やって出来ない事はないだろうが、それで解く謎が無くなってしまっては、キッス自身が不要と処分されかねない。保身の為にも出来るだけ長引かせたい所だ。
「構わんよ。それより、気分が乗らないなら私につきあいたまえ」
「え……?」
キッスは二の腕を掴まれて椅子から立ち上がらされた。グリニデはキッスを引っ張ったまま、またも大股で研究室を出る。腕が抜けそうで、キッスは必死でグリニデについて歩いた。朝参の間を通り過ぎ、キッスは嫌な汗が流れるのを抑え切れなかった。この部屋は。
「あ、あの、閣下……」
忌まわしい部屋。もう二度と訪れる事はないと思っていたのに。
「どうした。早く入りなさい」
腕を掴まれているのだから早くも何もないだろうが、グリニデはそう言った。ここは、グリニデの寝室。
キッスがグリニデに検分された部屋だ。
「閣下! 僕は……僕が人間だと、認識されたのではなかったのですか!」
「私はまだ見極めてはおらんよ。あの夜は君が余りにも辛そうだったから、つい手心を加えてしまっただけの事。私らしくもない。それだけ君には期待しているという事なのだが……君は、私の期待を裏切るような真似はしないな?」
キッスは詰まった。文字通り、キッスの命はグリニデが握っている。
毒の腕輪もそうだし、そんな物に頼らずとも、グリニデなら腕一本でキッスの首を捩じ切ってしまえる。
「お許しください、お許し……! 閣下の為に、他の事なら何でもしますから! 古文書も解読しますし、計算でも計略でも、叩き台を出せというならその日の内にでも……だから、あれは、嫌……!!」
嫌だ、もう、あんな目に合うのは……!
半狂乱になって暴れるキッスをグリニデは張り手一発で黙らせた。
「うるさい」
血の味がする。口の中を切ったらしい。ムチ打ちにでもなったかのように首がガクガクする。
「余り、私を怒らせない方がいい……自分でも、怒れば何をするかわからない。私にまだ多少の理性が残っている内に、私に服従したまえ。君は、そういう条件でフィカス達を逃がした筈だ」
「………っ」
キッスは息を呑んだ。目に涙が盛り上がってくるのがわかる。フィカス博士、魔人グリニデが、本当に逃がしてくれたかの確証もないのに……そう言われては、キッスはもう逆らえない。キッスは全身の力を抜いた。グリニデが掬い上げるようにキッスを抱き上げた。先程、僅かに隆起しているように見えたグリニデの額の角は、今は元に戻っていた。
「それでいい。力を抜いて、私に全てを委ねたまえ。何、悪いようにはしない。少し、手慰みに、いじらせて貰うだけだ」
自分など、その程度の価値しかないのだろう。
キッスは思い上がっていた。見通しが甘かった。頭脳労働で役に立てば安泰だと思っていたのに、絶対服従の中に、こんな事まで含まれていたなんて。いや、そこまで察しろというのは酷だろう。なんといってもキッスは少年だったし、魔人が人間を相手にする、などとは、人間が猿を相手にするようなモノで、想像の埒外だったからだ。
グリニデがキッスに触れたのはキッスが人間かどうか改める為だったが、二度も手を伸ばしてきたのは、やはり最初で興味を持ったからだろう。人間には魔人と違って固い殻も剛毛もなく、薄い柔らかい皮膚の下に、とくとくと鼓動が脈打っている。
グリニデはキッスをベッドに横たえ、満足げに、首筋から腹まで撫で下ろした。
服の上からでもそれとわかるほど、キッスは震えた。
「あ……っ」
思いも寄らぬ丁寧さでグリニデはキッスの服を剥がしにかかった。キッスはぎこちなく肩を浮かせて、袖を抜くのに協力した。下衣に手がかかると、キッスはきつく目を閉じた。
自分はこれから犯されるのだろう。先日のように泣き叫べばまた中止して貰えるだろうか?
どこか冷静にそんな事を考えながら、だが、グリニデの手が体の上を這い回る頃になると、そんな感傷は消え去った。キッスは嫌悪感に体中支配されながら、グリニデの機嫌を取るのも忘れて、嫌だ、やめて……! と、懇願する事になった。
>>>2010/6/30up