イミテーションゴールド
雌型。
ジゼルはそう呼ばれていた。
ここに連れて来られた時に一応名前を聞かれたのだが、ここにいる魔人達はそんな事は、綺麗さっぱり忘れ果てているようだった。このご時勢のご多分に漏れずジゼルは孤児で、多少容姿のいい、そんな娘の行き着く先は娼館と決まっていた。
売られた時はまだ十歳に満たなかったので下働きをしていたが、十二になった頃、そろそろ良かろうと子供好きの客の相手をさせられた。ゆるくウェーブのかかった長い金髪と青い目は人形の様だと評判で、ジゼルはそっち方面で人気になった。
感じず、痛がらず、何をしても反応しない、等身大の生き人形。
もちろん、何も感じていなかった訳ではない。そう見える振りをしていただけなのだ。
だが振りでも続けていると板についてくるもので、自分でも本当に何も感じなくなってくる。
この商売では、その方が都合が良かった。
客のつかない娼婦は食事を抜かれても仕方がない。ジゼルは人形の様、というのが売りで、下手に技術がなくとも話が続かなくとも許された。楽と言えば楽だったかもしれない。
ただこれも、許されるのは十代までだろう。漠然とジゼルは思っていた。
ジゼルはもう十九だ。小柄で若く見えても、そろそろレースのワンピースは似合わない齢になってくる。
後一年やそこらで、ジゼルは他の売りを見つけなくてはならない。
内心焦っていたが、表情は変わらなかった。
それが、命運を分けたかもしれない。
「あれ、お前」
町が襲われ、この娼館にも魔人達は容赦なく火の手を上げた。
ジゼルは逃げる事も出来ずに部屋でガタガタ震えていただけだったが、やはり顔には出ず、一見して冷静そのものだった。というか……置いていかれた人形の様に見えた。
その蜘蛛型の魔人はジゼルを見て人間? と聞いた。かろうじてジゼルは頷いた。
何も反応せず無視したとでも思われたら、確実に命がない。
「おーいロズゴートー! 面白いの見つけたぞ」
襟首を掴まれて立たされ、引き摺られるようにして、ジゼルは外に出た。そこには頭からマントをすっぽり被った魔人がいて、どうも蜘蛛型の魔人の仲間の様だった。
「また貴様は。モルモットはもう不要だと言われただろう。ん……!?」
マントの魔人は呆れた声を出したが、ジゼルの顔を見て気を変えた様だ。マントのフードでよく見えないが、その魔人がジゼルをじっと注視しているのがわかる。
「……似てるな。こいつは娼婦なのか、ベンチュラ?」
蜘蛛型の魔人はベンチュラ、というらしい。
「じゃねえの? ここ娼館だし、個室貰ってたみたいだし。売れっ子だったかもよ」
「なるほど好都合だな。それなら、他のよりは長持ちしそうだ。あいつは嫌がるだろうがここまで似ているとなると、それがこの雌の運命なんだろう。例えお気に召されずとも、話のネタにはなるしな」
どうも自分は仲間の魔人に似ているらしい。
魔人に似ている、と言われても余り嬉しくはないが、それで命を拾ったのならめっけものだろう。
捕まったのはジゼルだけではなく、魔人と魔物に襲われて焼け跡のようになった町の一角に、ジゼルと似たような年代の男女が集められていた。一様に不安そうな顔をして、泣き出している者も多い。そんな中で確かにジゼルは浮いていた。
商売柄それなりに小奇麗な服を着て、割と整った顔をしたジゼルはやはり無表情のまま、皆若いという事はどこかで強制労働をさせられるのだろうか、そして娼婦が好都合という事は、自分は魔人相手にその仕事をやらされるのだろうか、とぐるぐる頭の中で考えていた。
そっとベンチュラと呼ばれた蜘蛛型の魔人と自分がベッドにいる所を想像してみる。
……多分、大丈夫。変な客には慣れているし、本物の蜘蛛ならまだしも蜘蛛型の魔人で、まだしもヒトに近い。ジゼルがほ……っと息を吐いていると、当の魔人が寄ってきて、ジゼルの髪を掴んだ。
「連れてく前に、下ごしらえしとかなきゃな」
ザク、と髪が切り落とされた。
首の後ろ辺りで、ひとまとめに、蜘蛛型の魔人が何処からか取り出したナイフで。
「………!?」
驚いた。ショックだった。長い金髪はジゼルの売りのひとつで、髪フェチの客からも高い評価を得ていたものだった。それをあっさりと切られてジゼルは動揺したが、表面的には僅かに目を丸くしただけだった。
「な? けっこー根性座ってると思わねえ!? いきなり刃物あてられて髪切られてるっつうのに、この落ち着きっぷり」
「そうだな。昔のあいつの様だ。これならグリニデ様もお怒りにならないだろう」
――グリニデ様。
聞こえてきた名前にジゼルはぴくりと反応した。
知っている。確か、『深緑の知将』と呼ばれる魔人だ。ここ黒の地平の、実質的な支配者。
では、自分が似ているのは、その魔人グリニデの、愛人……? 髪を切られた、という事は恐らく相手はこれくらいの長さの人間の女性で、昔、という事はもしかしてその人は死んでいるのかもしれない。彼等はその後釜に、ジゼルを据えようとしているのかもしれない。
なんとなく、ジゼル以前にも他の人間を連れていったような口振りだったし、もしうまく魔人グリニデに気に入られれば、ジゼルは安泰だ。この先、娼婦を続けるよりいいかもしれない。
ジゼルは表情に出さないまま笑った。
思惑通り、連れて行かれた先でジゼルはグリニデに目通りされ、驚かれ、どうやら後添いとして認められた様だった。結婚していた訳ではないだろうが、雰囲気としてはそんな感じだ。ただ、与えられた衣服が男物なのが気になった。それにあの、雌型、という呼び方。
もしかして……とは思うが、グリニデの自分を見つめる目が優しいのでどうでもよくなった。
この城一番の権力者に愛されている、というのは自信になるもので、虫と魔物だらけのこの城でもジゼルは精神に異常をきたす事なく過ごす事が出来た。食事は最初に虫を出されて反射的に拒否したら、次から塩漬けにされた野菜が出てきた。魔人も漬物を食べるのだろうか。
夜も覚悟していたが、今のところ一度もお呼びがかかっていない。グリニデは昼間、といっても黒の地平は昼夜の区別がつきにくいのだが……ジゼルを同じ部屋の、目につく所の椅子に座らせておいて、時折り机から顔を上げて眺めては、にっこり微笑むのだった。
あの恐ろしげな外見からは想像もつかない程それは幸せそうで、ジゼルまで胸が熱くなった。
グリニデはジゼルには話し掛けず、ジゼルにも、黙って座っている事を要求した。人形風味で売っていたジゼルには容易い事だったが、少しもどかしくもあった。
前の人には負けない。ジゼルはそう思っていた。
一度抱いてくれれば、その人より自分の方がふさわしいとわかって貰えるのに。
そう思い悩みながらも、早いものでジゼルがグリニデ城に来てから一ヶ月以上経っていた。数日前からジゼルは謁見室とでも言うのか、ジゼルを連れてきた蜘蛛型とマントの魔人とグリニデが会議している部屋にも連れて行かれた。その日は朝の会議が終わり、グリニデの執務室に引き上げようとした所で、何やらぱたぱたと執事のプロテク虫がグリニデに耳打ちした。
「……何? 予定より早いではないか。いや、いい。ここへ通せ。あれの反応を見てみたい」
まさか。
嫌な予感がしたが、ジゼルには質問する事さえ許されなかった。
蜘蛛型とマントの魔人が部屋を辞した同じ扉から、一礼して、人間の少年が入って来た。
ミディアムショートの金髪。ジゼルと同じ型の服を着て、白いマントを羽織っている。
彼はもちろんすぐにジゼルに目を止め、僅かに不快そうに眉をひそめた。
>>>2011/12/27up