天撃を地面に向けて放ち、大きな穴をつくる。
前にもこんな事があったなあ、とキッスは思い返す。大怪蝶と三魔人を葬った時の事だ。
あの時も、ポアラにビィトを任せて、内緒で墓をつくったのだった。墓、というほど立派なものではなかったが、一応、同僚だったものを、そのままにしておくのは忍びなくて。自分で殺しておいて欺瞞だなあ、と思わない事もないが、どちらも本心なので、仕方ない。
ダンゴールを穴の中に寝かせて土をかける。やっぱり花は無い。ダンゴールが持っていたナイフを上に突き立てた。一本だけ、形見に貰っておこう。ナイフを仕舞って、短く祈る。どうか今は、閣下や三魔人のいる場所に行って、彼等と再会出来ていますように。
「ふう」
ぱんぱんと手で土を払って、キッスは墓を背にして歩き出す。振り返るまい。自分は、人間として生きていく事を選んだのだから。ビィトの側で。ビィトの側でなら、自分は人間でいられる。人間で、バスターなら、魔物を狩って当然だ。ダンゴールだってキッスを殺そうとした。降りかかる火の粉を払って、何が悪い?
門が見えてきた。
門の前に、見慣れた青い髪の女の子が立っていた。
「ポアラ……!」
キッスは足を速めて、門にもたれかかって立っているポアラの下に近付いた。
「どうしたのポアラ? ビィトは?」
ポアラは怖い顔をして、キッスを睨みながら言った。
「あんたねえ……いったい何やってんのよ!?」
「へ?」
「昼間っから、何か様子が変だと思ったら! 悪いと思ったけど、つけさせて貰ったわよ。あんた口がうまいから、問い質しても絶対丸め込まれると思って。……ダンゴールが来たんでしょ、どうなったの?」
へえ、とキッスは思った。
昼間から気にかけててくれたなんて、と何だか嬉しくなる。
「そこまでは見なかったんだ?」
「だって、隠れる所なかったから……あんたとダンゴールが追っかけっこしてた所までは見たんだけど、あんた達どんどん門から離れてっちゃうし、ビィトの方も心配だし……」
それで、門の前まで戻って待つ事にしたのだと、ポアラは言う。
キッスはにっこり笑って言った。
「殺したよ。だから安心して、ポアラ。もうダンゴールが僕らを襲ってくる心配はないよ」
「こ……!」
ポアラは口をぱくぱくさせてキッスを見た。
「そんなに驚かないでよ。ダンゴールは復讐に来たんだよ? グリニデ様と三魔人の仇だって、自分で言ってた。やっぱり一番恨みが深いのは僕だよね。何たって元は仲間だったんだし……僕を殺したら、次はビィトとポアラの所に行ったよ。それは駄目だよね。だから、僕が殺してあげなきゃ」
で、でも……! と、ポアラは更に続けた。
「だってあんた、顔見知りだったじゃない。いいの!?」
「魔人グリニデとも三魔人とも、僕は顔見知りだったよ。ポアラ」
どうも忘れ去られている節がある事実をキッスは指摘した。顔見知りどころか知人、同僚、友達といっていい間柄まであったのだが、ポアラがまともに喋った事があるのはベンチュラとダンゴールだけで、その内ベンチュラはとっくに滅していたので、ポアラの中では比較的無害なダンゴールだけが顔見知りとして記憶に残ったらしい。他の魔人は全て敵、と思っていただろうし。
「ねえポアラ。君は、毒の腕輪をつけられて、どこに信頼関係があるのかと言っていたけど……」
それは人間の考え方だよ、とキッスは説明した。
「少なくとも、ロズゴートとフラウスキーは好きで腕輪を嵌め、忠誠を誓っていた。僕とベンチュラは確かに捕まり組だったけれど、腕輪をつけている時点で、命を握られているのは皆平等だ。そこに上下関係はない。弱肉強食が基本の魔人社会で、彼等は信じられないほど対等に、僕を扱ってくれた。僕は好きだったよ、みんなが。ポアラやビィトと同じくらい。だから最初は、ビィトを見捨てて魔人側に着いたんだし」
「………!」
「命が惜しかったのも本当だけど。僕は流されやすいんだ。その時一緒にいる人に、影響を受ける……今、僕がダンゴールをきっぱり切れたのも、ビィトとポアラがいてくれたからだよ」
そこまで言うとキッスは慌てて手を顔の前で振って、
「あ、二人に罪をかぶせようなんて思ってないから大丈夫だよ。これは僕の問題だ。僕が一度は魔人側について、人間を裏切っていた事実は変わらないし」
それについてはもっと色々な要因が重なっていたのだが、ポアラには説明しなかった。
もう過去の事だ。魔人グリニデも、三魔人も、ダンゴールも死んだ。殺した。
当時を知る者は誰もいない。
キッスより先に何人もの博士が犠牲になっていた事も、キッスのせいでセネシオ博士とその助手が死んだ事も、自分が自殺すれば次の博士が連れて来られるだけだったろう事も――左腕を切り落とせば自由になれただろうか? そうは思わない。左腕がなければ右腕に、右腕もなくなれば足首に、腕輪を嵌められただけだろう。その場合は足輪になるのだろうか。
「フラウスキーは、僕の事を表返り者、って言ってたけど……」
四肢をなくして、殺されれば良かったのか?
キッス自身はそれで良いかもしれないが、次の犠牲者はどうなるだろう。
「僕はいつだって人間で、人間として、閣下……魔人グリニデに仕え、三魔人と友好を深め……それが罪だったと言うのなら、きっと僕は魔人なんだろう。人間から魔人に転生したんだ、生きながら。今はビィトとポアラといて、人間に戻っているけれど、いつまた何かのきっかけで、魔人になるかわからない。だから、ポアラ」
キッスはポアラに向き直った。
「僕がまたふらふらと、魔人寄りになったら、君が殺して。僕は二年間付き合いのあった、それなりに親交の深かった魔人の皆を殺せるんだ。ビィトとポアラだって殺せるよ」
だって、時間的には彼等と付き合った年数と、大して変わらないのだから。
ポアラが一番知り合って日が浅い。
「だから、油断しないで。僕を見張っていて、今夜のように。ビィトには頼めない。ビィトは何故だかこんな裏切り者で表返り者の僕を信用して、信頼してくれてるみたいだから。僕が殺そうとしたら、何か事情があるんだなーとかうんうんとうなずいて、黙って殺されてくれそうだから。君はビィトのお嫁さんになるんでしょ? それなら、君がビィトを守ってあげて。僕から」
ひと息に言って、キッスは待った。ポアラが納得して、わかった、と返事をしてくれるのを。
しかしポアラがとった行動は、キッスの予想もしないものだった。
「あんたって奴は……!」
ポアラはキッスの頭をどついた。思いっきり。
目から火花が出た。生まれてこの方、ここまで重い一発を食らった事はない。魔人の一撃より痛い。
「そんな弱音ばっかり吐いてるから舐められるのよっ! あんた頭いいし、顔もいいし、天撃センスだって抜群だし、そのヘタレな性格さえ直せばパーフェクトなのにっ! その有り余る才能が魔人を惹き付けてるって事には同情するけど、その才能をどう活用するかはあんた次第なんだから、もっとシャキッとしなさい!」
キッスは茫然とした。長ーくポアラはため息をついた。
「いるのよね、こーいう頭が良過ぎて身動き取れなくなってる奴……もっと簡単に考えればいいのに。いい? 魔人は人間の敵なの。今こうしてる間にも、誰かが魔人に殺されてるんだから、魔人に対して恩とか友情とかは感じなくていいの。グリニデだって、人間はゴミだって言い切ってたでしょう!?」
「………」
「それから、あんたは人間でしょ? 手足だって二本ずつだし、余分な角も触覚もない。あんた、利用されてただけなんだから。そりゃまあ、あの時は私も言い過ぎちゃったかもだけどさ……ビィトの親友なんだから、悪い奴じゃないって事くらいわかってたわよ。胡散臭いとは思ってたけど」
「あはっ」
ポアラは単純明快だ。キッスは笑った。どつかれた頭は痛かったが。
「お似合いだなあ、やっぱり……ビィトの目は確かだね。ビィトのお嫁さんは君しかいないよ」
利用されているだけ。フィカス博士もそう言ってくれた。ポアラもそうだと言うのなら、自分はまだここで、人間として、生きていっていいのだろう。
「ちょ、やめてよ! もう一発殴るわよ」
顔を真っ赤にしてポアラが言う。素直じゃないんだから、とキッスは思う。
「戻ろう。宿の中だし寝てるし大丈夫だと思うけど、なんとなくビィトを一人にしておくと心配だし」
「一人にしておくと心配なのはあんたもよ、キッス。これからは、あんまり団体行動乱さないでよね」
先に宿に足を向けたキッスを追い越しながらポアラは釘を刺した。
うん、と素直に返事をしながら、キッスは別の事を考えていた。
だけどポアラ。僕は、僕のせいで死んだと言われた虫や魔物達の事を、考えずにはいられないんだ。
魔人グリニデに殺された、グリニデ城の虫達。セネシオ博士と同じように、間接的に、僕が殺した。
魔人は人間の敵なんだろう。では虫達は?
遺跡の発掘では、随分と彼等に助けてもらった。僕は好きだったよ。ビィトやポアラと同じくらい。
でもこの感情も、人間として生きるのなら、封印しなければならないのだろう。
虫や魔物に親愛の情をもつ事も、魔人とつちかった友情も、グリニデ城で過ごした二年間の全てにキッスは決別した。ダンゴールの攻撃力なら、今のキッスには簡単に躱す事が出来る。放っておいても害はなかった。殺したのは、過去にケリをつける為と……ダンゴールも、それを望んでいただろうからだ。
本気でダンゴールが仇を討つ気なら、ナイフなど使わずにその身を丸めて体当たりしてきた事だろう。
魔人グリニデに選ばれ、グリニデに仕える為に執事として特別な魔物になったダンゴールには、魔人グリニデのいない世界に用はない。死ぬ為に彼はやってきたのだろう。少しでも、主人とかかわりのある、主人の匂いのするキッスに殺される為に。
仕舞いこんだナイフに手を当て、ポアラの背を見て歩きながら、キッスは思った。
(さよなら。ダンゴール)
人間として生きる為に、キッスは自分の半分を切り捨てた。ダンゴールはその象徴だ。
それは、キッスの魔人部分だ。
< 終 >
>>>2010/4/27up