薫紫亭別館


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罪と罰


『バスター禁止事項6か条』

第1条 天撃や才牙といったバスターとしての能力を使って、一般人に危害を与えることを禁ずる。
第2条 天撃や才牙といったバスターとしての能力を、窃盗や恐喝といった犯罪行為に使用することを
    禁ずる。
第3条 天撃や才牙といったバスターとしての能力を使っての器物破損行為を禁ずる。
    但し、それが魔人や魔物との戦闘によって生じた場合は免除する。
第4条 バスター同士/戦士団同士の私闘を禁ずる。
第5条 他のバスター/戦士団の活動妨害行為を禁ずる。
第6条 いかなる場合でも魔人に協力することを固く禁ずる。



 カチン。
 キッスは自分の手に嵌められている手枷を鳴らしてみた。
 犯罪を犯したバスターに嵌められるものだ。中でもキッスに嵌められているのは手枷の中でも最硬度を誇るゴールデンカフスと呼ばれるもので、当然、天力も封じられている。
 初めてミルファに付けられたカフスは普通の鉄製だったような気がする。あれから一年も経ってないのに、と思うとキッスは笑いを禁じ得なかった。これは出世したと思っていいのだろうか。
「………」
 辺りを見回す。ここはグランシスタ。ヴァンデルバスター協会本部の、地下牢の一室だ。
 四方はほぼ壁で塗り込められている。腰をかがめてやっと入れるくらいのドアに、四角く切り取られた鉄の棒が何本も差し渡された窓があり、そこから廊下に灯されている松明の明かりが牢の中まで照らしていた。どちらにせよ暗いが。この程度の明かりで牢と廊下を煌々と照らす事など出来はしない。
 ドアの下方には、これも四角く切り取られた跳ね上げ式の窓がある。これは日に二度、食事を差し入れる為のもので、普段は固く閉ざされている。
 これなら、グリニデ城の方が自由だったな。キッスは思う。
 同じ天力封じの毒の腕輪を付けられていても、城の敷地はほぼ出入り自由だったし、遺跡調査で外出も出来た。今はこの横たわって、もし手を広げる事が出来たなら壁に両手両足がついてしまうような狭い地下牢で、外気に触れる事もなく、闇の中で待つ事しか出来ない。
 ――どうでもいいから、早く終わらせてくれないかなあ。
 ころんと冷たい石の床に転がって、キッスは思った。死刑宣告は済んでいる。
 後は、実行されるのを待つのみだ。


「……何でキッスが死刑なんだよ!?」
 ビィトは机を叩いて怒鳴った。
 ビィトの真向かいに座っている机の主は、バスター協会会長、アルターその人だ。
「そうよ。今、判明している七ッ星魔人を全員倒せば、助命してくれるって話だったわ」
 ポアラも言い募った。
 約一年前、天空王バロンを倒したビィト戦士団一行は、当初の予定通りグランシスタを訪れ、キッスの減刑嘆願にバスター協会本部に出頭し、裁判を受けた。
 確かに魔人の下についていたとはいえ、既にその主である魔人グリニデは当のキッス達の手で滅している。
 毒の腕輪で捕虜として強制労働させられていた、という見方も出来る。BBミルファの口添えもあり、情状酌量の余地は充分にある、とその時は考えられていた。更に不動巨人ガロニュートを葬り、天空王バロンまで倒したビィト戦士団一行の仲間であった事も、キッスに有利に働いた。
 結果、キッス、いやキッスを含めたビィト戦士団一行は、その時判明していた七ッ星魔人を全て倒すことと引き換えに、キッスの自由を勝ち取ることにしたのだった。
「だから私達、必死で魔人達を退けて……どうせ七ッ星魔人はビィトを狙ってくるんだから、同じ事だし。だけど、どの魔人も、キッスがいなければ倒すことは出来なかった。キッスも、私達も、全員が力を合わせて、全ての力を出し切って戦ったから勝つことが出来たのよ。それなのに、今更アレは無かったことになんて言われたら、誰だって怒るわよ!」
「口を慎みたまえ!」
 鋭くアルター会長がたしなめた。
 ビィトとポアラは、その迫力に思わず詰まった。
「それくらいの事、君達に長々と説明して貰わずともわかっている。キッス君の網膜判定をしたのは、他ならぬ私だからな。ベカトルテで暫定的に仮レベル判定をして貰ったようだが、そこからの戦いは全て見せて貰った。その上で結論を出したのだ。キッス君……彼は、このまま野放しにするには余りに危険過ぎる。始め、私は彼に、ここバスター協会本部で働かないかと持ちかけた。それを断って、処刑してくれと頼んだのは彼自身だ」
「………!?」
 同時にビィトとポアラは顔を見合わせた。信じられない。
「君達が信じようと信じまいと、これが事実だ。君達はまさか彼の罪が完全に清算されて、無罪放免になるなどと、おめでたい事を考えていた訳じゃあるまいな? バスター禁止事項の第6条、いかなる場合でも魔人に協力することを固く禁ずる……なるほど、確かに彼には情状酌量の余地がある。だが彼が魔人グリニデの下にいた時に、黒の地平の人口が十分の一になったのも事実だ。彼は一体何をしていた!? バスターならば、叶わぬまでもぶつかっていって、潔く散るべきではないか!?」
「キッスに死ねっていうのかよ!?」
 ビィトがアルター会長に食ってかかった。
「そうだ!!」
 アルター会長は言い切った。
 巌のように厳しい、険しい皺が顔に深く彫り刻まれたアルター会長は、真っ白になった、背中まである長髪を揺らしながら立ち上がり、
「彼も本当はわかっていた筈だ。バスターという職業を選んだ以上、魔人に囚われた場合、玉砕しかないという事は。本来なら囚われるまでもなく殺されている筈なのだからな。それが彼は、まず天空王バロンに見逃され、深緑の知将グリニデに拾われ、登用され……小悪魔ロディーナに予言を贈られ、以降も、魔人博士ノアにその頭脳を見込まれ、共同で研究をしないかと持ちかけられた事もあったと聞く。この魔人との関わりの多さは何だ!? 当時、我がバスター協会が突き止めていた七ッ星魔人は、君達が既に倒していたグリニデ等を入れて七人! 実に半分以上が、何らかの形で彼に関わっている。これは偶然では済まされない」
「……それだけの価値がキッスにはあったんだよ。キッスが悪い訳じゃない」
 か細くビィトは言い返した。
「その通りだ。あの頭脳、天撃の才能……彼が万一、魔人側に付けば、我々には新たな七ッ星魔人を野に放つと同義だ。私は彼に、これまでの魔人との関わりの中で、得た知識をバスター協会の皆に知らしめてくれるよう頼んだ。もちろん行動の制限は付く。彼はこの協会本部の敷地内から、一歩も出る事は許されない。体のいい終身刑だと思ってくれて構わない。だがそれでも、問答無用で処刑されるよりは、温情をかけたつもりだ」
「………」
 ビィトは唇を噛みしめながら言った。
「キッスはそれを……断ったってのか? どうして?」
「ふん。それを君が聞くのかね?」
 鼻白んだようにアルター会長は言った。ビィトは頭に血を上らせて、叫んだ。
「何だよ! 俺が聞いちゃ悪いのかよ!?」
「別に悪いとは言っとらんよ。ただ随分と、見込まれたものだと思ってな。キッス君は、ビィト君……君のそばにいて、君の役に立てないなら、この世に用は無いと言い切ったよ。どうも、彼にとって君は特別な存在らしいな。一度は魔人側に付いた彼が人間側に戻ったのも、君のおかげらしいし」
 ビィトはロズゴートとの一戦を思い出していた。
 ロズゴートのイリュージョンミストと上位瞑撃からビィトとポアラを守る為に、キッスは死を覚悟で戦った。幸い、寸前でクラウンシールドでの解毒方法をビィトが会得していたから助かったものの、それが無ければキッスはあの時点で死んでいた。終わり良ければ全て良し、と結果論で良かった良かったと笑ってしまったが、そこまでさせたビィトに責任がないと言えるだろうか。
「待ってください会長! あの……それなら、これまで通り、という訳には行きませんか?」
 ポアラが割って入った。
「このビィトとキッスが、よくわからないけど固い絆で結ばれているのは私も知っています。それにキッスは大事なビィト戦士団の主力です。ビィトといる限り、キッスが魔人側に寝返る事はありません。それは、私が保証します」
「……それで彼に、また魔人退治をさせるのかね?」
「え?」
 アルター会長はわざとらしく首を振った。
「どれだけ酷な事を言っているか君はわかっているのかね、ポアラ? キッス君は魔人退治などしたくないのだ。もちろん、虫や魔物退治もな。彼はビィト君が魔物を狩るからそれに付き従っているだけだ。魔物を一匹狩る度、彼の心は血を流し、傷ついてゆく。哀れで私にはそんな事させられんよ。だから私は、協会本部で働く事を勧めたのだが……したくない、と彼が言うなら仕方ないな」

>>>2010/5/11up


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