薫紫亭別館


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光の庭

「庭がほしい」
 というのが、最近のポップの口癖だった。
「庭がほしい。緑が足りない。空気が悪い……って、オイ、聞いてンのかダイ!?」
「庭ならあるでしょ。れっきとした裏庭が」
 カウンターで伝票整理をしながらオレは言った。
 武器とマジックアイテムが程よく混じった店内に、足を組んだポップがふわふわ浮いている。
 ベンガーナはアッピアシティ、『ジャンク屋二号店』──それがこの店の名前だ。
「猫のひたいほどのな。あんなの庭じゃない。洗濯もの干したらいっぱいになっちまうじゃねーか」
「そりゃ、お世辞にも広い庭とは言えないけど、このへんじゃ庭のついてる家のほうが珍しいんだし、少しはガマンしなよ」
「ヤだ。ガマンできない。庭ってーのはさあ、もっとこう、花とか木とか植えてあってさ、それが食べられる種類のやつだったらなおよろしい、とにかく、オレは庭が欲しいんだー!!」
 ポップのわがままは今に始まったこっちゃないが、今回はやけにしつこい。
 どうも自然いっぱいのランカークスで育ったポップには、前々から地方とはいえ一応は都市に属する、この街の環境に不満があったらしいのだ。
 だからといって、いまさら別の土地に店を構えるわけにもいかないし、大体この場所を選んだのはポップ自身だし、それなら緑化運動でもすれば、というオレの提案は即座に却下されていた。
「だいたい自然が少なすぎるんだよ、この国わ。そりゃベンガーナの首都と比べたら、まだ何倍もマシだとは思うけど」
 あんまりぶちぶち言うので、オレもつい、言ってしまったんだ。
「それなら魔法でなんとかしなよ。こんだけマジックアイテムがそろってるんだ、ひとつくらい、庭の代わりになるモンがあるだろう」
 覆水盆に帰らず。
 言ってしまった言葉はフィードバック出来ない。
 オレはしまったと口を押さえたが、ポップのほうは、なにか非常な名案を聞いたかのように目を輝かせて、すいと床に降り立った。
「なーるほどー。そりゃ考えてもみなかったよ。さっすがダイ、サンキュ。えーと、何があるかなあ」
 ポップは首をめぐらせて、さっそく店内のものを物色し始めた。
 あわててオレは言った。
「ポ、ポップ。今のは冗談だよ。言ってみただけで、本当に庭の代わりになるものがあるなんて思ってやしないよ。そうだ。なんだったら不動産屋行って、土地情報もらってこようか。庭つき一戸建てでなくても、畑とかを借りて、野菜つくってる人も世の中にはいるんだし」
 しかしそんな言葉は、もうポップには聞こえていないようだった。
「うーん、ダメだな、ここじゃ品揃えが悪すぎる。ダイ、オレちょっとエイクの店行ってくる。エイクのとこなら、きっと、もっといいもん置いてあるはずだから」
 言うなりポップは飛び出していった。
 オレはそれを見送って、深くふかあくため息をついた。
 なぜあんなことを言ってしまったのか。
 魔がさしたとしか言いようがない。
 ポップは確かに大魔道士で、その魔法力の高さはほかに比肩するものがないくらいだが、オレの目には、どうもその力をムダに消費することに、情熱をそそいでいるようにしか見えないのだった。
 エイクは、近くに住んでいる魔道士だ。
 この店にマジックアイテムが増えたのは、ポップが彼と知り合ってからだ。
 ポップは今までそうアイテムに頼るタイプじゃなかったのに、まあアイテムが無くても大抵のことは出来るからだけど──使いかたを教えてもらうや、今度は異様にその魅力にとりつかれてしまったらしく、この店にマジックアイテムが置いてあるのは、半分以上エイクのせいだと言っていい。
 もっとも、あまり役に立っているとはいえない。
 今までにも何回か、それらを使ったことがあるのだけど、そのたびに一騒動おきて、収拾がつかないことがあった。
 それらマジックアイテムたちは、オレは真剣に疑っているのだが、欠陥品ばかりじゃないかという気がする。
 これらのことをかんがみれば、オレがどれほど不安に思い、後悔したとしても、無理はないだろう。
 オレはいくぶんじりじりしながら、ポップの帰りを待った。

 ほどなくしてポップが戻ってきた。
 もっと長くかかるかとふんでいたのだが、今回はいつものおしゃべりもせずに、まっすぐ帰ってきたらしい。
 庭がほしいというのは、まんざらダテや酔狂でもなかったようだ。
 ポップは息をはずませて、オレに説明した。
「ダイ、見てくれよ! 『ノアの箱庭』っていうんだ。その昔ノアって魔法使いがつくったアイテムらしいんだけど、キットになっていて、自分で好きなようにつくれるんだ。まず森だな。それから草原……草原を流れる川に、その水に流れこむみずうみ。ああ、でも、箱庭っていうくらいだから、そんなに欲張ったものはできないな。せいぜい林……と、池ってところかな。でも、それでも充分だよな!?」
 最後の言葉は、どうやらオレに向けられたらしい。
 よく意味がつかめなかったけど、オレはこくこくとうなずいた。
「よかったー。そんじゃ、すぐにかかるよ。期待しててくれよ。ダイにも、きっと満足してもらえるよーなモンつくるから」

>>>2001/7/2up


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