薫紫亭別館


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 いそいそとポップはカウンターにアイテムを広げた。
 三十センチ四方のふたつきの箱、その中に、接着剤だの、透明な袋に小分けされた土だの、ミニチュアの木だのが入っていた。
 どうするのかとオレがそばで見守っていると、ポップはまず袋から土を取り出し、箱の中に適当な起伏をつけながら地形をととのえていった。
 その間、オレは霧吹きを取ってくるように言われて、おとなしく台所へ取りに行った。オレもちょっと、今回のアイテムは面白そうだと思った。
 水を入れた霧吹きに接着剤をまぜて、ポップはととのえた土の上に噴いた。こうすると、崩れなくていいんだとポップが言った。
 次にポップは、お好み焼きにかける青ノリみたいなものを取り出した。
 これが草の代わりらしい。
 霧吹きを多めに噴いておいてから、それが乾かないうちに青ノリみたいなものをかけた。
 ポップはしばらくおいてから、箱を持ち上げて揺すったり逆さにしたりして、余分な草をとりのぞき、きちんと接着しているかどうか確かめたりしていた。
「ねえポップ。オレにも手伝わせてよ」
 興味を抑えきれなくなってオレは言った。
 まるで工作でもしているような雰囲気に、それがいつも厄介をもたらす、マジックアイテムのひとつだということを、オレはうっかり失念してしまった。
「いいよ」
 意外にもあっさりポップは了承してくれた。
 こんな楽しそうなことは、てっきり自分ひとりで一人占めするかと思っていたのだが。
 ポップは丘の上に林をつくる作業をまかせてくれた。
 ポップは足りない材料を買ってくる、と言って出ていった。
 このうえ何が足りないのか、アイテムに詳しくないオレにはよくわからなかったけど、ポップがそう言うのならあるんだろうと思った。
 オレはミニチュアの木を手にとった。
 見た目も触感も、まるで本物の木だった。
 根までついている。
 ノアという魔法使いが、魔法で木をちっちゃくして、そのまま箱の中に入れたような、そんな感じだった。
 オレは枝を折ったりしないように、指先でそっとつまんで、くぼみをつけた土の上に置いた。
 不思議なことに、そうすると木は以前からそこに生えていたかのように根をおろし、すっくと立つのだった。
 それはオレにはほっとすることだった。
 オレはあまり、細かい作業は得手ではないのだ。
 そうこうしているうちにポップが戻ってきた。
 がさがさとポップが紙袋から取り出したものを見て、オレは仰天した。
「ポ、ポップ! なに買ってきたの、ビスケットにチョコレートにゼリーの素!?
 なにこれ、おやつでも買いに行ってたの!?」
 ポップはにんまり笑った。
 よくぞ聞いてくれた、という表情だった。
「お菓子の家をつくるんだよ」
「お菓子の家!?」
 オレはおうむ返しにした。
「そう。聞いたことないか? お菓子の家の出てくる童話。たって、ダイは童話なんて知らないか。オレはその話を聞いたとき、幼心に、いつかその壁から天井からぜんぶ食べられる、お菓子の家を探しに行こうと思ってたもんだ」
 ポップは少しばかり気恥ずかしく、照れくさそうに言った。
 さすがにお菓子の家なんてものに憧れるトシじゃないからだろう。
 でもオレはそんなポップがとても可愛いと思った。
 甘党のポップの思いそうなことだった。
「がんばってね。ところで、もうすぐ林ができるよ。次は何をしたらいい?」
 オレは草原にあたるところに茶色い粉末みたいな花の種をまき、低地に池をつくった。その池に水を汲んできて入れようとすると、ポップに止められた。ポップには、まだ何か考えがあるらしい。
 そのポップはというと、生クリームを接着剤がわりにして、器用にお菓子の家をつくっている。
 薄いビスケットの壁に、チョコレートの屋根。
 あちこちをアラザンやオレンジピールで飾りつけ、ご丁寧に砕いたナッツや、アーモンドスライスまで貼りつけている。
 家ができあがるとポップは箱の中の家の近くにその家を置き、まわりをウエハースの塀で囲った。ここまで来ると、ポップの凝りようにオレは感心さえしてしまった。
「ダイ。椿の葉っぱ取ってきてくれよ」
 唐突にポップが言った。
「椿?」
「別に椿でなくてもいいよ。ただ、椿の葉は肉厚だから、しっかりしてていいかなーと思って。なんでもいいから、ちょっと厚めの葉っぱ取ってきてくれないか? 一枚でいいから」
「わかった」
 それくらいなら造作もない。
 いくら町中といっても、木の一本も生えてないわけじゃない。
 オレは近所の木のある場所を脳裏に浮かべ、小金持ちのマルコさんちの庭に椿があったのを思い出すと、ルーラでこっそり忍びこんで、一枚だけ葉っぱを失敬してきた。
「ポップ。取ってきたよ」
「おう」
 オレが戻ってもポップはぞんざいな返事をしただけで、手を動かすのをやめなかった。
 オレは怒ったりしなかった。
 それより、どこまで作業が進んだのか早く知りたかった。
「あ、池ができてる」
 それだけではなかった。
 いつのまにやら、塀の内側には玉石にみたてたゼリービーンズが敷きつめられていた、なんだかものすごく甘そうだなあ、とオレは初めて苦笑しそうになったが、楽しげなポップのようすを見ていると、まあいいかなあと思うのだった。
「ダイ。葉っぱかせ」
「はい」
 ぽんと手渡すと、ポップは椿の葉のつるつるした方を下にして、船をつくった。ほら、笹舟ってあるじゃない、あれの椿の葉バージョンだ。
「この方がよくすべるからな。よっしゃ、これで完成だ」
 説明しながらポップは船を池に浮かべた。
 そうしてなんとなく、眩しそうに箱庭を見つめた。
「ダイ、それじゃ、さっそく出かけようぜ」
 嬉しそうにポップが言った。
「ど、どこに?」
 いやな予感。
「もちろんこの箱の中にだよ。いったい何のために庭をつくったと思ってるんだ?」

>>>2001/7/6up


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