魔術道具一式、魔法のことならどんなことでも相談OK、呪殺引き受けます──のエイクの店は、そのどれも目的ではない風変わりな客を迎えていた。
「マスター・エイク。あなたがこの町で、大魔道士さまと一番親しいとお聞きしまして、お話を伺いに参りました」
自己紹介のあと、そう助祭マーリーは切り出した。
魔術師や魔法使いたちは、魔法使い……つまりルーンマスターの、マスターの称号をつけて呼ばれることがある。
しかしエイクは、マーリーの丁寧なあいささつにも硬い表情を崩さず、
「へたな芝居はおよしなさい、助祭どの。なんの用です? いくらにこやかに振る舞ったとて、あなたのその底冷えのするような雰囲気は消せませんよ。はやく本題に入りなさい」
マーリーは少しだけ目を大きく見開いた。
「これは……驚きました。僕は、あまりそのように言われたことはないのですが」
「よほど、ボンクラばかり周りにいらしたのでしょうね。私には多少の読心力もあります。あなたが心の奥底で、私達を見下していることがわかるくらいにはね。そのような人と長話したいとは思いません。さっさと用件をすませて、出ていってください」
そっけなくエイクは言った。
ふたりが立っているのは、異空間に通ずるエイクの店内である。
エイクの苛立ちを示すかのように、今日は闇に赤い光がちかちかと瞬いている。
見ているだけで不安になる光だった。
その中を、助祭マーリーはやはりうすく微笑をたたえて静かにたたずんでいる。
「そういうことでしたら……僕に対する誤解はまた次の機会にとくことにして、今回は話を先に進めさせていただきます。率直に言います。マスター・エイク。あなたは、大魔道士さまと組みたいとは思いませんか?」
「………」
エイクは黙ってマーリーの出方をうかがっている。
「あなたは大魔道士さまを崇拝なさっています。そして、そこにくっついている勇者さまを煙たく思っていたはずです。僕は、勇者さまが欲しい。だから、あなたに相談を持ちかけたのです。僕が勇者さまを、あなたが大魔道士さまを。新しいコンビの誕生です。いい話だとは思いませんか?」
マーリーはかすかに誘うように両手を広げ、エイクはふん、と鼻を鳴らした。
「なるほど、助祭どのが認めているのは勇者様だけだということですね。もうお会いにはなられましたか? 百年の恋も冷めなければいいですけどね」
「お会いしました。勇者さまには。想像どおり、かわいらしい方でしたよ。マスター・エイクとは見解が異なるようですが」
「あなたの外見とやわらかな物言いに騙されたのでしょう。あいかわらず大たわけな勇者様だ。ポップ様のご苦労が忍ばれます」
「その苦労から、あなたが解き放ってさしあげればどうです? 晴れてあなたは、大魔道士さまのパートナーだ。魔法使いなら、誰でもがあこがれるポジションだと思いますが」
「そう……パプニカの魔道士の塔なら、そこの生徒なら、喜んで飛びつく話でしょう。あの塔は、ポップ様のおしかけ弟子が集まってできたものですからね。しかし、私はちがう。私はみずから学んで魔術師になりました。私は、あのかたの弟子にも、パートナーにもなりたくない」
「──何故?」
「ひとことで言えば、格がちがう……ということでしょうか。それほどの器量は、私にはない。ポップ様と肩を並べられるのは、認めたくありませんが、勇者、ダイ様しかいないのです」
「………」
「あなたはどうです? 助祭どの、あなたは自分がダイ様にふさわしいと思っているのですか?」
マーリーは、どう返答したものかと首をかしげた。
それをエイクは冷ややかに見ていた。
「僕は……」
慎重そうに、言葉を選びながらマーリーは、
「僕は、そんなことは考えたことがない……無かったと思います。でも、どちらがよりふさわしいかという問いなら、答えはイエスです。僕のほうが、勇者さまを幸せにできると思います。この世の誰よりも。大魔道士ポップさまより、もちろん、パプニカ女王レオナ姫さまより」
「なかなか自信がおありのようですね」
「自信がなければ、こんな話を持ちかけたりはしません。僕はここに赴任する前から、おふたりの動向を気にしていました。大魔道士さまは、勇者さまを虐待しているとしか思えません。虐待、とは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも敬意を払っているようには見えません。勇者さまは、もっと、しかるべき場所で、大切に扱われるべきだと思います」
エイクは合点がいった、というふうに、
「なるほど。あなたは、カールはアルシア教の助祭でしたね。排他的な宗教だ。鼻もちならない。神に選ばれた者だけが生き残る……メシア信仰の典型的な教えです。もしや助祭どのは、ダイ様を救世主にしたてるつもりなのですか?」
「そんなことはしません。せずとも、既に勇者さまは救世主として認知されています。三年前の、大魔王バーンとの大戦から、世界を救った勇者──竜の騎士伝説ともあいまって、あちこちで竜神信仰が復活しているようですが」
「ああ、そんなこともありましたね」
マーリーはちょっと眉をひそめ、
「失礼ですが、マスター・エイク……あなたは、大魔道士さまと比べ、勇者さまを不当に評価していませんか?」
「私が? まさか。私はいつでも公平です」
「しかし先程からのおっしゃりようだと、とてもそうとは思えませんが……」
ちらり、とフードからエイクの目がのぞいた。
エイクはいつものように、頭から血の色のローブをかぶって、表情を読みとらせなかった。
エイクは、痩せて骨の関節の浮きでた手で、二度ほど指を鳴らした。
枯れ枝のぽきりと折れるような音だった。
「………?」
なにごとかとマーリーがいぶかしんでいると、
エイクの背後の闇から、淡い水色のドレスを着た、プラチナ・ブロンドの巻き毛をなびかせた少女が現れた。
「プランツ・ドール──観用少女です。話くらいは聞いたことがありませんか?」
「ええ、まあ……でも、見るのは初めてです」
「私の妻です」
マーリーははじかれたようにエイクを見た。
エイクは平然として、自分の胸ほどの身長しかない少女の髪を撫でつけている。
「私の妻です。ヴィアンカといいます──ポップ様が、私に賜れたものです。私の妻が死んだことを知っていて、代わりにくだすったのです。もっとも、あのかたは、ただ厄介ものを私に押しつけただけと思っているかもしれませんが」
「……どういう意味です?」
ゆっくりとエイクは説明をはじめた。
「以前、ダイ様がこの子を拾ったのです。そしてポップ様のところに持ちこみました。この子をプランツ・ドールと見抜いたポップ様は、専門の人形店を私に調べさせ、受け取ってもらえずに、連れて帰ってきました。私は、ポップ様から、新しい主人を見つける手伝いをするよう言いつかって、顧客リストを持ってジャンク屋二号店へ伺いました」
エイクはそのときのことを、思い出しているようだった。
エイクは感慨深げに、
「あの感動は忘れられない───自分で主人を選ぶという観用少女が、目をぱっちりと見開いて、私に歩み寄ってきてくれたときのことは。私はもう一度、ポップ様に名前を問いなおしました。ヴィアンカ、と。ヴィアンカ……それは、死んだ妻の名前です」
右手を振ると、白いもやもやとした気体がこごって、椅子のかたちになった。
エイクは、そこにヴィアンカを座らせた。
「この子は妻の生まれかわりだと思いました。妻は、小太りの、色黒の女でしたが……私には何より大切だった。ヴィアンカと名付けたのはポップ様の悪意でしたが、そんなことはどうでもいい。この子が私を選び、私がこの子を見いだしたのは、ポップ様のおかげだと……心からそう思えるのです」
エイクは座っているヴィアンカの肩に手をかけ、頬ずりするように顔を近づけた。
ヴィアンカもまた、幸せそうにほほえんで影になって見えないエイクの顔にキスした。
「……人形、でしょう?」
マーリーのつぶやきにエイクは、
「これは、助祭どのの言葉とも思えない。聖職者はかんたんに人を疑ったり、否定するような言葉を吐いてはいけないのでしょう?」
あざけるような声音だった。
「………」
「私に言わせれば、いまだにアルシア教の信者がいることのほうが驚きですね。世界の終わりにメシアが現れると言うなら、三年前の大戦こそがそうだった。現れたのはメシアならぬ、竜の騎士の勇者と人間の大魔道士……あなたは、どこにいました? あなたの、神は?」
「……マスター・エイクには、勇者さまだけでなく、アルシア教にも偏見をお持ちのようです」
「私は事実を言っているのです.私は、私と妻は、カールはアルシア地方の出でした」
「………!!」
「私はともかく、妻は敬虔な信者でした。アルシア教の。彼女は死んだ。三年前の大戦で、モンスターに襲われて。そのころ私達は、既にこの商売のためにベンガーナへ移住していましたが……私は、妻を守れなかった」
エイクの声は、だんだんと低く、押し殺すようなものになっていった。
「私は魔術士としては出来損ないでした。努力するかわりに店をひらいて、それで生計を立てていました。私がもっと……魔法の研鑚を積んでいれば、妻は助かったかもしれない! 魔術士として、モンスターを追い払えるほどに強力であれば!!」
「しかしそれは……あなたのせいではありません!」
悲鳴のようにマーリーは叫んだ。
「いいえ私のせいです。私は、ヒトが、大魔王に立ち向かえるなどとは思っていなかった……それこそ、選ばれた勇者か英雄でもなければ。ポップ様はそうではなかった。あのかたはただの武器屋の息子だった。私だけでなく、どの魔法使いにしても、機会は平等に与えられていた……大魔道士として、世界を平和に導く力を」
エイクの激情を感じとったのか、ヴィアンカがびくりと体をふるわせた。
そのふるえが肩に乗せていた手からエイクに伝わって、ようやくエイクは冷静さを取り戻したように見えた。
「……失礼。そのときから、私の神はポップ様になったのです」
なにか言いだけにマーリーはエイクを見ている。
「あのかたがパプニカを出奔して、同じ町に越していらしたときは、天にものぼるかという心地でした。今では声を聞き、姿を見、あのかたのおそば近くにおつかえして、これほどの光栄があるでしょうか。その上、私の過去を気にしてくださり、この子までお遣わしくださいました。私の信仰と忠誠は、未来永劫、ポップ様のものです」
「……大魔道士さまは人間ですよ。人間には、そのような信仰は重荷になるだけです」
「ポップ様は私の思いなど毛ほども気にしちゃいませんよ。ポップ様が気にしているのはおのれの店とダイ様だけです。だからこそ、私も気楽におつかえできるのです」
「そんなものは、信仰とはいえません」
「私にとっての信仰です。信仰とは、それぞれ違っていて当然です。助祭どのが、アルシア教の助祭であるように」
「………」
エイクがうなずきかけると、ヴィアンカは心得た顔で立ち上がり、恐らくはエイクのプライヴェートエリアへと続く闇の中に消えていった。
「私は……!」
その後ろ姿を見送りながら、エイクは、
「私は、あの子を『人形』呼ばわりしたあなたにも、あなたの神にも、すがりたいとは思わない……!!」
マーリーはちいさく唇を噛んだ。
自分の失敗をさとったのだ。交渉は決裂した。
もう少しうまく立ち回るべきだった。
先制攻撃ともいうべきセリフを投げつけられて、話の主導権を取られてしまっていた。
いまさら気づいても遅すぎる。
マーリーはせいぜいしおらしく見えるように頭をさげた。
「……マスターの気持ちはよくわかりました。僕と手を組むおつもりはない、ということですね。それなら、これ以上の長居は無用でしょう。貴重な時間を邪魔して申し訳ありませんでした」
「お待ちなさい」
背を向けて出ていこうとするマーリーにエイクが声をかけた。
「このままあなたを帰すわけにはいきません、助祭マーリー。……なにを企んでいるのか知りませんが、それはとても、ポップ様の得になるようなこととは思われない。すべて白状していってもらいましょう。必要とならば、力ずくでも」
エイクは手のひらに集めながら言った。
それを見てマーリーはにやりと酷薄な笑みを口もとに刷いた。
なまじ、天使のようにあどけない風貌だけに、そういう顔をするとぞくりと人の悪寒を誘うものがあった。
「力ずくで? へえ……おもしろいですね。やってみたらどうです?」
「言われずとも!」
エイクは溜めていた魔法力を炎に変えてマーリーにぶつけた。
その炎はマーリーの黒い僧服を舐めるかという時点でかき消えた。
マーリーはよけようともしなかった。
「なに!?」
驚愕して叫ぶエイク。
マーリーが防御のための身振りも呪文もとなえなかったのはわかった。
自分の呪文はマーリーの体を直撃したはずだ。
エイクはもう一度、先程よりも力をこめて、火炎呪文をはなった。
「………!!」
同じことだった。炎はマーリーにふれる前に消えうせた。
マーリーはまだ、あの癪にさわる薄笑いを浮かべていた。
「無駄ですよ、マスター・エイク」
あきらかに面白がっている口調で、
「生まれつき、僕は魔法の効かない体質に生まれついているんです。こういうときはいいんですが、回復魔法も効きませんで、なかなか不便なんですよ。しかし、まっとうに生きていると、人に攻撃呪文をかけられる、なんて機会はまず無いですが。しかも初対面の方から」
「ごたくはよろしい。どんな手品です!?」
「言ったとおりです。体質ですよ」
マーリーの返答は人をくっていた。
エイクは魔法が効かないと知って、慎重にマーリーのようすを観察した。
どこかに、種が……仕掛けがあるに違いないと思いながら。
「僕はこれでおいとまします、マスター・エイク。協力を得られなかったのは残念ですが、今日はとても愉快でした。また、いずれお目にかかりましょう」
「ま……待ちなさい」
この店はエイクの店、いわばエイクの魔法力の結界内である。
入りこんできた客人を、生かすも殺すもエイク次第のはずだった。
マーリーはきびすを返して出口へと向かった。
そのままするすると、マーリーはドアを開けて外へ出ていってしまった。
呆然とエイクはそれを見ていた。
「何者だ……? あれは」
言いつつ、エイクはふとひたいに手をやった。
つめたい汗がそこを濡らしていた。
※
その日、久しぶりにジャンク屋二号店は来客を迎えていた。
店内にはポップひとりだけだった。椅子に座って両足をカウンターに投げだして、すがめた目で黒い僧服を着た子供のような客をながめた。
その人物は愛くるしい顔に満面の笑みをたたえて、言った。
「はじめまして大魔道士さま……グレイト・マスター・ポップ」
< 『STANDARD DAYTIME3 ─百億の昼と千億の夜─』に続く >
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