薫紫亭別館


back 武器屋top next



「──逃げられた。オレの探査に気づいたのか、それとも偶然か……? なんにせよ、オレの魔法の網をくぐりぬけられるとは、並みの相手じゃないな」
 寝室にある、魔法の鏡をにらみつけながらポップはつぶやいた。
 この鏡はジャンク屋二号店とパプニカとをつなぐだけではなく、結界内の異常を見極めるための、モニターの役目も兼ねているのだ。
 もっとも、さすがに結界からひと一人を捜し出すとなると手間どる。
 ポップは結界の揺れた方角にしぼって探査の目を向けていたが、その人物は、見つかる前に姿をくらました。
 逃げた、というより同化した。
 その他大勢の一般人の中に溶けこんだのだ。
 ポップは不敵に唇を釣りあがらせ、
「ふん。まあ、たまにはこういうのがいてもいいだろう。いつもいつも思い通りだと、人生に面白みがなくなるしな。……しかし、ほっとくわけにもいかない。オレ様の平和をおびやかすような奴は、一匹たりとも許しておけん」
 がたりと音をたててポップは椅子から立ち上がった。
 階段を降りてゆくと、これまた派手な音をさせてダイがドアから入ってきた。
「ポップう! 大変だよ!!」
 入ってきた拍子にひと山いくらの剣がまとめてある筒をひっくりかえす。
 床にザザーッと剣の波が広がった。
 ポップはうんざりした顔をした。
「集めろ。ちゃんと拾えよ。だいたいお前の大変は、ぜんぜん大変じゃないんだよ。まったく気がちいさいんだから。で、今度はなんだ? 言ってみろ」
「ほんとに大変なんだってば!」
 素直に剣を拾い集めながらダイが抗議する。
「ふうん」
 事情を聞いたポップの第一声がそれだった。
 台所に場所を移動して、レモン汁に砂糖とお湯をそそぎながら聞く。
「ふうん、じゃないよ。もしオレたちが死者たちを蘇らせた本人だとわかったらどうするんだよ」
「どうなるんだ?」
「それは、えっと……どうなるんだっけ」
 ダイは言いよどんだ。
「やっぱりな」
 ためいきとともに、ポップはできあがったホットレモネードをダイに手渡した。
「おまえのことだから、死者を蘇らせた責任感とか罪悪感でいっぱいなんだろ。気にするこたないさ。犯人を探す気なら、とっくにやってる。しないのは、犯人が誰だかわかっているからだ。つまりオレたち。深く考えなくても、あんなことができるのは、オレとおまえしかいないだろう」
「そ、それじゃなんで何も言ってこないのさ」
 図星を指されて少々どきりとしながらも、ダイは聞き返した。
「勇者と大魔道士に責任取れ、なんて言える心臓の持ち主なんかいると思うか? 救援を求めには来たみたいだけどな。ま、その唯一の機会も、ダイが握りつぶしちまったけど」
「あ、あれは……」
 弁解しようとしてダイはやめた。
 確かに断ったのは自分なのだ。へたに欲をだした罰かもしれない。
「な?」
 一人で納得してポップはグラスを口に運ぶ。
「いいのかなあ……」
 まだ釈然としないダイ。
 何も言われないからといって、放っておいていいものだろうか。
 ポップよりはるかに真面目なダイは、グラスを両手でもて遊びながら、言った。
「でも……、集められた僧侶たちや護民兵に悪いけどそれでいいとして、やすらかな眠りを妨げられた死者たちには迷惑だったと思うよ。今からでも、線香の一本でもあげに行こうよ」
「いらないって」
 左手をひらひら振りながら、ポップは言下に否定した。
「わかってないな、ダイ。怨んだり祟ったりするのは霊魂のほうで、残された肉や骨にはそんな湿っぽい感情なんか残っちゃいないよ。報告聞いたろ? 吹雪にもかかわらず、踊り狂ってたそうじゃないか。むしろオレたちは、いいことをしたとさえ言えるかもしれない」
 ダイは困ったように微笑した。
 どうにも詭弁くさかったが、ダイは、いつもこれで丸めこまれてしまうのだ。
「それに、新しく赴任してきた助祭……だったか? そいつだって、これでうまくいけば司祭になれるかもしれないぞ。司祭試験さえ受かれば。もっとも、この町では司祭だろうが助祭だろうがあんまり気にしないだろうがな。宗教熱心な国じゃないし」
 それは本当だった。
 ベンガーナは自分の始末は自分でつける、という気概が浸透しているため、神にすがろうとする人間は他国に比べると割合少ない。
「アルシア教って元はカールの教えだったな。あまりメジャーな宗教じゃない、この町の教会がうまくいかなかったのもむべなるかな、ってカンジだなあ」
 ちなみに、世界でいちばん普及しているのは太陽神エイポスをあがめるエイポス教である。こちらは、教会に対して神殿、司祭に対して神官と呼ばれる。
 呼び名ひとつで、だいたいどこの宗教か、わかるようになっている。
「……ところで、ダイ。その助祭とやらについて、もうすこし詳しく教えてくれないか」
 できるだけなんでもないようにポップは言った。
 いかにも話のついで、に聞こえるように。
 ひとつもそれらしい素振りはなかったが、ダイに聞いた瞬間から、ポップは結界を破ったのはそいつに違いない、と直感し、緊張していたのだった。
 ダイはポップの内心にはまるで気づかずに、
「うん。可愛い子だったよ。女の子みたいだった。声を聞かなきゃ男だとわからなかったかもしれない。背もポップよりちょっと低いかな? ってくらいで、やけに低姿勢で、あ、卑屈ってわけじゃないんだけどね。おだやかで、優しそうで」
「宗教関係者が、そうつんけんしてるわけにもいかないだろ」
 憮然とした表情で、ポップ。
「あ、ポップ、妬いてるの?」
 ぺしん! とポップはダイの頭をはたいた。
 ダイはわざとらしくはたかれた箇所を撫でながら、
「いったあい」
「まったく、ヒトの気も知らないで。調子にのるんじゃねえ。ちょっと甘い顔するとすぐつけあがりやがる。この前もゴーカンされかかったし。いいか、ダイ。夫婦でも恋人同士でも、強姦罪って通用するんだからな。……ってオイ、なににやにやしてんだよ。笑ってんじゃねえ、ダイ!」
 ポップの意図がどうあれ、ダイには、自分の褒めた助祭のことをポップが気にしてくれた、ことが重要なのであり、そのうえ、強姦罪うんぬんの発言は、ポップがダイを恋人と認めた、と思っていいのではないか?
 証拠に、ポップは真っ赤になって怒鳴っている。
 ポップが怒れば怒るほど、ダイは楽しい気分になって、ポップが胸ぐらをひっつかんで揺さぶるのもかまわず笑い続けた。

>>>2000/11/13up


back 武器屋top next

Copyright (C) Otokawa Ruriko All Right Reserved.