薫紫亭別館


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 どれくらい経ったのか、ふっと、オレを圧迫していた痛みが消えた。
「ほい、お疲れさん。もういいぞ、ダイ」
 ポップの声に、オレはまだ信じられないような面持ちで顔をあげた。
 ポップの手には、趣味の悪い金色に塗られた心臓があった。
「こいつはテル・テール・ハート。『告げ口心臓』だ。どんなふうに使うかは面倒くさいんではしょるが、とにかくこれは、おまえみたいなシロートが生半可に手ェ出していいシロモノじゃねえんだよ! こいつは宿った人間のもっとも嫌なことを探り当てて気を狂わせ、同時に体も作り替える。そこまでゆくと宿主は、テル・テール・ハートの操り人形になる。ま、もう充分思い知っただろうが」
 がっくりと肩を落としてオレはうなずいた。
「よろしい。ダイも反省してるようだな。……しかし、なんだって、ええと、その、……あんなことしたんだ? マジでオレはもう駄目かと思った。言っとくけど、オレにそつちのシュミは無いぞ」
 ええ!? オレはびっくりしてしまった。
「だ、だって、テルが、ポップはアバン先生と出来てるって──もうずっと前からそうだったって。オレが、なかなかカールからポップ帰ってこないなあって思ったら、テルが」
 オレは皆まで言うことは出来なかった。ポップがポカポカとオレを殴りつけたからだ。
「だ、だ、誰がアバン先生と出来てるんだっ。どこをどーやったらそんな考えが出てくるんだ? 変態か、ダイっ!?」
「だから、テルが」
 ポップはオレをもう一度殴りつけて、
「ええい、いくら『告げ口心臓』でも、宿主がちらりとも考えなかったことを言うものかっ。さてはダイ、貴様、オレとアバン先生のことをそーいう目で見ていたな!? 汚れてるのはおまえの方だっ、テル・テール・ハートのせいにするんじゃない!」
 オレはきょとんとしていて、よく事の成り行きが飲み込めなかった。
「え……だって、テルは人の心が読めたし」
「心が読めたところで、パプニカからあんなに離れたカールでの出来事や、ましてや過去のことなんかわかるわけないだろ! おまえ、心臓にからかわれてたんだよ。ああ気色悪い。トリ肌たっちまった」
 ポップは本当に鳥肌たてていたようだが、オレにはまだ納得出来なかった。そっちのシュミが無いという、その割には──やけに、慣れてなかったか!?
 ポップはオレの考えていることがわかったらしく、
「あ、なんだ、その目。信じてないな。いいから、オレを信用しろよ! せっかく助けに来てやったのに。もう次から死のうがどうなろうが、ほっといてやるからな」
「そうだ。なんだってオレの危機がわかったの?」
 ぽんと手を打ってオレは聞いた。
「レオナやデリンジャーならともかく、半月以上も離れてたのに。それに、エイクとも会ってないんでしょ?」
 テルは、ポップが嘘をついているとは思わなかった。ポップは事実を語りつつ、テルを騙したことになる。そこらへんのからくりが、オレにはわからなかった。
「簡単だよ。おまえ、どこで心臓にとりつかれたか忘れたのか? アイテム達が教えてくれたよ。留守中のあいだの何もかも」
 なるほど。オレはあのアイテム達に救われたのか。
 ちょっと待て。疑問はまだある。
「ポップ。それならどうして来てすぐに心臓取ってくれなかったのさ。おみやげ広げる前に、一回帰りかけたじゃないか」
 ポップはそんなこともわからないのか、とでも言いたげに肩をすくめて、
「作戦に決まってるだろ、バカ。心臓を油断させるために、ひと芝居打ったんだ。敵はおまえの体 を操ってたんだから、へたしたら逃げられて、手の打ちようがなくなってたかもしれない。オレのこの深謀遠慮があってこそおまえは救われたんだぞ、感謝しろ」
 感謝しろ──か。
 テルもよくそんなことを言ってたな、とオレは、今はポップの手に乗っている金色の心臓を見た。
 いろいろ大変に目に合わされたけど、オレはテルが好きだった。テルはオレに取って代わろうとこそしたけれど、オレの意思を尊重してくれたし、恥をかかせることもなかった。
 それはまあ、ポップに襲い掛かったのは別として、もしかしてオレにも責任の一端が無いとは言えないし……たったの半月ほどだったけど、確かにオレ達は友人だった。
「ポップ。テ……いや、その心臓どうするの?」
 オレは聞いた。
「そうだなあ。こいつでちょっと遊びたかったけど、ま、アイテムの棚にでも飾っとくか。遊んだといや遊んだし、思ったより危険みたいだし」
 ポップは心臓をもてあそびながら答えた。
「また掃除に来いよ、ダイ。さすがに二週間も三週間も空けると空気がこもって、ほこりだらけになってるんだ。アイテム達に礼だって言わなきゃなんないだろ? とっときの場所をこいつに開けてやるよ。それに、店には他にもいっぱいアヤシイのがいるから、こいつも退屈したり寂しがったりしないだろうしな」
 まるでポップは、テルの不満がすべてわかっていたようなことを言った。
 どうもやはり、ポップは承知でオレをこんなになるまでほっといたのではないか、という気がしてきた。わざと店を空けといて、わざとエイクに品物を届けさせ、オレがひっかかるように仕向けた。
 そうすれば、やけに用意がいいのもうなずける。
 これはちょっと、うがちすぎた見方かもしれないけど。
 すると残る問題はひとつ。
「うん。行くよ。ところで、ポップ」
 オレはポップの肩を掴んで引き寄せた。
 そうしてオレはにっこり笑って、
「あとひとつだけ。本当に、ポップにそっちのシュミが無いのか確かめさせてよ。まさかこんな夜更けに、オレのところへ来て、無事に帰れるなんて思っちゃいないよね? ポップ?」

<  終  >

>>>2002/11/28up


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