夜が来た。
夕食を終えてテルは、部屋に来るようにポップを誘った。何も知らないポップは疑いもせすについてきて、張り出し窓に腰かけて夜空を眺めている。
どうしよう。オレにはテルの考えていることが手に取るようにわかった。きっと、テルにもたなごころを指すがごとく、オレの焦りが伝わっていることだろう。
もう、ポップが、アバン先生とどんな関係だろうと何をしていようとどうでもいい。でもそれを、オレがするのは……嫌だ。やりたくない。
見たくない。自制が壊れる。突き上げる欲望を、どうしていいかわからなくなる。
やめろ、テル。それ以上ポップに近づくな──早く逃げて、ポップ。オレの手から、テルの手から。
「ダイ?」
近づくテルに気づいて、無邪気にポップが呼んだ。
テルの口もとが、ゆっくりと、半月型に釣り上がってゆく。サディスティックな笑み。明らかにテルは期待と、興奮とを覚えていた。
(よせ、テル!!)
力一杯、オレは叫んだ。
テルは張り出し窓に座っているポップを突き落としかねん勢いで、襲いかかった。
ひとつバランスを崩せば本当に落ちてしまいそうな危うい均衡の中で、ポップはそうならないために自分の唇を奪っている男の肩にすがり、しがみついて、ともすれば力の抜けそうになるのを、必死でこらえているのがわかった。
「あ──ダイ、どうし、て……?」
ようやく解放されて、荒く息をつきながらポップは言った。テルは答えずに、落ちる不安で身動きもとれずにいるポップの咽喉に舌を這わせた。
「ダイ、嫌……だ……!」
違う。ポップ。そこにいるのはオレじゃないんだ。オレの体を乗っ取った、テル・テール・ハートっていうアイテムなんだ。
服の上から体をまさぐり、上半身を反り返らせたあとで、テルは半分すすり泣いているポップを寝台へ引き摺りこんだ。
「あっ」
テルはいきなり、うつむきに両足を広げさせて閉じられないようにし、纏っていた着衣を引き裂いて最奥に指を伸ばした。
「や、やめろ、ダイっ。そこは……!!」
暴れるポップを押さえつけて、
「いやあ──……」
後になるほど細く、長くなるポップの悲鳴を聞きながら、オレにも、今テルが味わっているだろう感覚が流れこんできた。
それは、今まで感じたことのない感覚だった。
きゅっとつぼまって、狭い肉のあいだに指を挿し入れる感覚。何度か抜き挿しを繰り返したあと、テルは指を二本に増やした。
「ダ、ダイっ。もう、もうやめろ……っ!」
ポップが哀願するように叫んだ。
しかしオレも、もうテルを止めようだとか、そんな気はふっつりと無くなっていたのだった。オレはポップに酔っていた。白い体。この体を、ポップはアバン先生にも与えたのだ。
可愛さ余って憎さ百倍とでも言いたいような感情がどす黒く沸き起こり、胸に広がって、それならオレがこうして何が悪いと、始め思っていたこととは正反対に、ひらきなおったような気分でオレはテルに同調していた。
してやったりというような、テルの思いも伝わってきた。が、それすらどうでもよくなっていた。
テルとオレは力尽き、完全に抵抗を諦めた様子のポップを仰向けにひっくり返し、覆いかぶさって、まだ慎み深くポップの上半身を守っている、忌まわしい布を乱暴に左右にひらいた。
その瞬間、手に熱湯をかけられたかのような痛みが走った。
「な……なんだ!?」
手は何ともなっていなかった。それなのに、感じている痛みは本物だった。
目を転じ、オレとテルは、このやけどのような痛みを負わせた元凶を見つけた。
「そ、それは……!!」
呆然とテルが言った。オレにも覚えがあった。
はだけたポップの胸には、オレが剥がした、テルに貼られていたのと同じ紙のお札があった。
「ご名答! 唯一おまえを封じることの出来る、リンガイアはポトマック地方、イオールトの魔術師制作対テル・テール・ハート用呪符だ。このためにもう一度わざわざ取り寄せたんだぞ。その労力をムダにしないためにも、大人しく封印されろ」
どこか楽しそうに、ポップは呪符を胸から剥がすと右手に持ち替え、オレの胸に押し当てた。
「ウギャアアア────アア!!」
オレの声だがオレでない、誰かの絶叫が響き渡った。心臓に針を千本も刺されるような痛み。これは、テルの感じている痛みだ。
「ポップやめて! 痛いよ!!」
オレが言ったのかテルの声なのか、もうわからない。
「ふざけろ。オレがやめろって言ったときは、全然聞こうともしやがらなかったくせに。ダイも。自業自得だ、エイクの忠告を無視したな。ほんとはおまえの神経はカットして、テル・テール・ハートだけにダメージを与えることも出来るんだけど、個人的怨恨によりパスだ。なに考えてたんだ、馬鹿」
空いている左手で、ポップは乱れた着衣をなおした。なおす仕草さえ扇情的で、うっとりと見とれそうになったけど、テルの痛みがれを許さなかった。
「……くう……ッ!!」
痛みがますます激しくなった。
ふと気づくと、ポップの手がオレの胸の中にめりこんでいた。これもあの時と同じだ。テルが、オレの体の中に入りこんできたときと。
──いや。ただひとつ違うことは、あのときはこんな痛みなど感じなかった。
つっぱねるようにポップが言った。
「我慢しろ、ダイ。その痛みは、作り替えられてしまったおまえの体をイッキに元に戻しているから感じるんだ。痛みが消えたときこの心臓はおまえから分離している。それまでガマンしろ」
それまでって──、一体いつまでなんだよ!
そう言ってやりたくもなかったけど、とにかく痛いのと、確かにポップの言うとおりだと思って、歯を食いしばってオレは耐えた。
>>>2002/11/23up