夜が明けた。特別な朝だった。
みだれた格好のままのポップが隣で眠っていた。長すぎるほどの前髪をかきあげて、そのひたいにキスした。もちろん、ポップはぐっすり眠っていて、起きたりする気づかいはなかった。
オレはベッドから抜け出て服を着た。朝帰り……か。
いや、今日からオレはここに住むのだから、朝帰りというのは正しくない。
でも一回はレオナに会って、事情を説明する必要があった。
全部話すことは出来ないにせよ、オレが、どんなにポップといたいと思っているか。
ポップもそうだと思ってくれているか。
決戦の朝だった。オレはぱちんと自分で頬を叩いて気合いを入れると、ポップをもう一度見つめてから窓に足をかけ、パプニカへルーラをとなえた。
「おはよう、ダイ君。すっきりした顔してるわね」
広間に入っていったオレを見て、レオナはそう感想をのべた。
オレとレオナはいつも、広間で朝食をとる。
昨夜出かけたのは知っていたろうに、とくに小言を言うでもなく、あっさり言われたのでオレは少し拍子抜けした。
でも言うべきことは言わないと。
「……あのね。レオナ。オレ、今日からポップと暮らしたいんだけど」
「いいわよ」
「へ?」
レオナは何もおかしなことは言われてない、というかのように、卵料理を口に運びながら、毎朝の世間話をしている口調で言った。
「え、えと、レオナ、わかってる!? オレ、ポップと暮らしたいんだよ!?」
あわててオレはくりかえした。
「そう何回も言わなくても聞こえてるわよ、うるさいわね。でも、毎日ちゃんと、授業に間に合うように出てきてね」
こ、これは……。
オレが錯乱しているとレオナが手招きした。
オレは近くに寄っていって顔をよせた。
ちすさくレオナが耳打ちした。
「……ポップ君と、したの?」
し……したって、したって、つまり、そういう意味だよな!?
お、お姫さまがこんな口きいていいのかー。
オレは思いきりうろたえた。
「そんな、動揺しなくったっていいでしょ。王女ったって、箱入りでもなけりゃ、聖人君子でもないんだから。ちょっとは下世話な想像だったするわよ。とくに、ダイ君達には」
レオナはぷうっとむくれた。
こうするとレオナもとても可愛くて、オレって浮気性じゃないかと不安になった。
「心配しないで。私、応援してるから。勇者と魔法使いなんて、当節、流行の最先端よねッ。そりゃ一番はやっぱり姫と勇者だけど、悪くないわよ、うん」
「レ、レオナ……なにか、ヘンな本でも読んだの?」
「失礼ね」
ころころと、鈴を転がすようにレオナは笑った。
ここまでドライとは思わなかったぞ。
「でも……レオナ、怒らない?」
オレがもっとも気にかかっていたのがそこだった。
オレはポップが好きだけどレオナも好きで、できるなら、どちらも傷つけたくなかった。
レオナが応援してくれるというなら好都合だけど、でも。
「本当に、それで、いいの……?」
レオナはしばらく考えこんでいたけど、やがて、
「うーん。それは、女としての価値を否定されたような気が無きにしもあらずだけど、言っとくけど、ダイ君は、私と結婚するのよ。それだけはポップ君には出来ないわるだから、ダイ君がきちんと毎日勉強に来て、りっぱな王様になってくれるなら許してあげる。恋人の、一人や二人は王族のたしなみよ」
それって……、レオナもいつかオレ以外の誰かを見つけるような意味にも取れるんだけど、オレには何も言い返せない。先にポップを見つけたのはオレだから。
「好きよ。だいじょうぶよ。私、ダイ君とポップ君のあいだの空気が好きなの。ふたりとも好きなの。だから、ダイ君がポップ君と仲直りしてくれて嬉しいわ。ちょっと行き過ぎたのは見逃してあげる」
いたずらっ子そうにウィンクしてレオナは言った。
※
こうして、オレとポップのベンガーナでの生活が始まった。
店に持ち込まれるさまざまなアイテムや客とのトラブルは、また別の物語だ。
いつか語られることもあるだろう。
「それじゃ行ってきます、ポップ」
「おー。ダイ、パプニカに泊まるなら泊まると、ちゃんと鏡で連絡しろよ。こないだみたいに忘れるんじゃないぞ。次忘れたら、結界魔法張って家に入れなくしてやるからな」
「わかってるって」
かるく請け合ってオレは空から手をふる。
名前でバレちゃったので、もういちいち町のはずれまで行って呪文を使うことはしてない。
空を見上げる町の人々にも手をふって、オレはゆっくり上昇した。
こんなにいい天気だもの。
ルーラで一気に行くのはちょっともったいないよね。
アッピアシティの町の上で。
オレはゆっくり、
空中散歩。
< 終 >
>>>2001/6/14