夜。ほの暗い夕闇から、小暗い夜のとばりが下りるまでの時間、オレはずっと空中にいて、アッピアシティを見下ろしていた。
かなりの高さだったから、下から見るのは不可能だったと思う。
オレからも、宵闇にまぎれて人のかたちはほとんどわからなかったけど、あったかそうな店のランプや、家々の明かりはじゅうぶん見て取れた。
「……?」
オレは妙なことに気づいた。
たしか、あのへんがポップの店だったと思うけど、武器屋には明かりが灯っていないようだ。
晩ごはんを食べに行ったのだろうか?
それにしては、やけに時間がかかっているような……。
まさか。ポップ。オレに会うのがイヤで、ここから引っ越してしまったんじゃ!?
あり得る……かもしれない。ポップは勇気の使徒だけど、どちらかというとへっぴり腰で、問題を先送りにしたがるヤツだから。
「……ポップ!!」
もしそうだとしたら、許さない。
どんな手段を使っても見つけだして、ぼろぼろになるまで乱暴してやる。
泣いたってもうダメだ。許してやらない。
オレは空中から二階の窓にとりついた。
雨戸が閉まってる。力任せに引きはがした。
「あ……」
中からあたたかい光がもれた。
明かりが灯ってないように見えたのは雨戸のせいで、あるじは中にいたらしい。
「ダイ」
あるじが呼んだ。
驚いてはいたが、怒ってはいないようだったる
「ご、ごめんポップ! これ、壊しちゃった。壊す気はなかったんだけど、でも……!!」
オレは雨戸の残骸を手にして言った。
ものすごくうろたえて、こんなもの、どうすればいいのかわからない。
「ばか。いいから入れよ。そんなもん床に置いて」
ポップはずいぶん冷静だった。
オレはその冷静さに救われたような気分で、それを床に置いて、中に入った。
「………」
オレ達はしばらく無言だった。
町のざわめきは今も窓から聞こえていたけれど、それを感じさせないくらい、ポップの持つ雰囲気は静かで、音を寄せつけなかった。
こんなポップを見るのは初めてだ。
ポップはいつも気安い、話しかけやすい雰囲気をまとっていて、それが料理長にも教育係りにも、慕わしくふるまわせる根源だったのに。
そして。オレは部屋を見回した。
あれだけあったぬいぐるみが、すべて片付けられていた。
片付けたというのか、部屋のすみに、でっかい木箱を置いて、その中に入るだけ放りこんだという感じだった。
入りきらないイルカやクマのぬいぐるみは壁にたてかけてあったし、ほかにも大小さまざまなタイプのぬいぐるみが、ひとかたまりに散らばっている。
……いや、全部じゃない。
本棚の上に、きちんと並べられてあるやつ。
あれは、オレが前に買ってきてプレゼントしたものだ。
あの後すぐにああいうことになって、オレはお礼も言われないまま今に至ってしまったのだけど。
「……ポップ。あれは」
オレはぬいぐるみを目線で差し示した。
ポップもぬいぐるみを見て答えた。
「ああ。あれは、ダイがくれたものだから……特別に。遅くなって悪いけど、ありがとう」
「特別に……って、それじゃ、ポップ」
ふるえる声でオレは聞いた。
「……うん……いいよ、ダイ」
神様!
ひざががくがくふるえた。
最初の強気はどこへやら、いざこんなときになって、心が怖じける。
「えっと、ポップ。それって」
「……ばか。はっきり言わせるな」
そおっと手をのばして、ポップにふれた。ポップは逃げなかった。
どちらがより以上に緊張しているのか知れたものではない。
「ダイ……明かり……」
オレはランプを吹き消した。
顔が見えて恥ずかしいのは、オレもポップと同じだった。
オレはポップをベッドに横たえて、う!から順に脱がせていった。
ポップの肌は、夜の、窓からさしこむ星と、隣家の弱々しい光の下でも光沢をはなって目を射る。
オレはちょっと見とれた。
下肢に手をかけると、初めてポップが身じろぎした。
「や……やっぱり、ダイ……!!」
夜の中でも、ポップの顔が真っ赤に染まっているのがわかった。
なんて可愛いんだろう、オレのポップは。
これが、すべてオレのものなのだ。
「……だめ。だって、ほら……」
痛いほどに、欲望がはっているのを、オレはポップの手ょとって教えた。
ポップがびくっとして手をひっこめようとするのを、オレはさらに引き寄せて押しつけた。
「ダイ……!!」
ポップが動揺するほどに、オレは自信を取り戻していった。
や、やっぱりこういうのは、オレ……の方が、リードしなくちゃと思って。
オレの手の中で、ポップはだんだん我をなくしていった。
それとともに、うわごとのように言葉を口走る。
「ダ……イ、オレ、……まえがオレを好き……なの、実は、かなり前から気づいてた……。で、でも、こんなふうになるのイヤだった……恐かったんだ、たぶん」
うん。よくわかるよ、ポップ。
オレだって、本当にこれでいいのかと、よく思ったもの。
「だから、逃げた……夢にかこつけて、おまえのもとから。なのに、おまえは毎週やってくる……休日のたびに、自覚もしてないくせに、無邪気に。やめろ、もう来ないで、オレを困らせないで……」
「ポップ」
スケジュール表をあげたときの、ポップのあの複雑な表情は、ポップがこんなことを思っていたからだったのだ。
変わりたくないと。
この関係を壊したくないと、
ふたりともが、同じ願いを持っていたのに。
「ポップ……大丈夫。もう、逃げなくていいんだよ。オレ、わかったから。一緒にいよう、ずっと。オレも、パプニカを出て、ここで暮らすよ」
ぬいぐるみはもういらない。
「え……駄目だよ。だって、レオナが……!」
沸騰しているはずの思考能力をかき集めてポップが反論する。
オレは、指を奥にすすめた。
ポップに口でかかられたらかなわない。
とにかく気をそらさせて、頭がぼうっとしている間にうんと言わせるのが先決だ。
「ダ、ダイや、待っ……」
この調子だ。
もっと、オレのことしか考えられなくなるまで。
「……痛いッ……」
「だいじょうぶ大丈夫。ほら、……ね?」
「うん……」
ポップの理性がなくなった頃を見計らって、
「……ね? オレと暮らすね?」
「……うん」
大成功。
>>>2001/6/11