薫紫亭別館


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球体の奏でる音楽

 オレは今、ちょっと怒っていたりする。
 それというのも、この店は確か武器屋だったはずなのに、某経営者によりいつのまにやらマジック・アイテム・ショップと化しているからだ。
 『ジャンク屋二号店』───オレと、ポップの店。
 それはオレは後からこの店の住人になったのだけど、一文の出資もしてないけど、この店の改装にはオレだって手伝ったんだし、怠惰な店主に代わって今はオレ一人で切り盛りしているような状態だし、だから、オレの意見だって聞いてくれたっていいと思うんだ。
「あああこんなに隅に追いやられてしまって……」
 物悲しくなってつい愚痴が口をついて出た。
 ノヴァの打った剣も槍も、以前は狭い店内にぎつしりと陳列されていたのが、あるじの趣味と嗜好があらわになってくるにつれて段々と追いやられ、今はかろうじて壁の一面を占領しているのみだ。
 下手をするとそれすら危うくて、いつの日か武器すべてが地下室に放りこまれるかもしれない。
「なに壁に向かってぶつぶつ言ってんだ? ダイ」
 背後からお気楽な声がした。
 オレはふりかえって、この店をこんなにした張本人の顔を見た。
「……ポップ」
 外出から戻ってきたポップは、手にまた怪しげな包みをかかえていた。
 オレはそれを見咎めて、いつもの会話がくりかえされる。
「ポップ。またヘンなもの仕入れてきたんだね!? ここは武器屋であって、魔術道具の店じゃないんだよ」
「ここはオレの店であって、オレが何を仕入れてこようとオレの自由だ。何度も言わせんなよ、ダイ。客の入りはどうだった? あ、やっぱり一人も入らなかったか。まあ仕方ないな」
「仕方なくないよ! 当初の予定どおり、武器屋をやってりゃほとんど閑古鳥とはいえまだ少しは客が入ってたのに。いったい誰がこんなワケわかんないアイテムを買ってくっていうのさ!?」
 ベンガーナは尚武の国だから、魔法使いよりは剣士や戦士が多い。武器屋もたくさんあるけれど、勇者と大魔道士の店というネームバリューだけでも、もっと客が入っていいはずだった。
「必要なヤツには必要なのだ。お前に言ったところでわからんだろうが、今回のコレはかの有名な『青の洞窟』から採取された貴重な天青石で、打ちつけると美しい緑色の火花を散らすのだ。この緑色の炎がある種の魔法に不可欠なので、これを咽喉から手が出るほど欲しがっている魔法使いはどこにでもいるはずだ。まあ気長に待ってろって、ダイ。いずれこの店は、世界中の魔法使い垂涎の店になるから」
 ポップは包みをといて、青いきれいな石をオレに見せながら言った。
 相変わらず自信まんまんだ。
 オレはだから、この店は武器屋なんだって力説したところで、ポップにはどうでもいいことなんだろうな……と、脱力しながら考えた。
「はいはい。わーかったから、たまにはマジメに店番してよ。自分の店なんでしょ?」
 オレの嫌味が聞こえたのかいないのか、ポップは今日の戦利品をマジック・アイテムの棚にならべ、満足そうにうなずいた。
「エイクの野郎、さぞかしびっくりするだろうな! これに、……の種が宿ってたと知ったら。まあ、気づかないあいつがボケなんだよなっ。後から金を払えったって知ったこっちゃないよな」
 おやおや。ポップは、善良(?)な魔術士を騙して、どうやら天青石以上のものを、天青石の値段だけで仕入れてきたらしい。
 この店の魔術道具や触媒は、ほが自分でつくるものも多かったけど、近くに住む魔術師エイクから仕入れてくることが多かった。
 ……の部分はよく聞こえなかったけれど、オレはエイクに同情などしなかった。
 どころか、オレは、あの魔術師に天敵に近い反感をいだいていたのだ。
 エイクはベンガーナでは珍しい魔術師だ。
 魔法使い、魔道士、魔術師。いろんな呼びかたがあって、ポップに言わせるとそのどれもが微妙に違うらしいけど、そんなことオレにはわかりゃしない。
 初めて会ったときから印象最悪だった。
 魔術師にあるまじき赤いド派手なローブを着て、フードを目深にかぶり、狷介そうな目だけがらんらんと輝いている。
 背も低くて、ええと、ポップの目か鼻くらいまでしかなくて、ひょろひょろっとやせて、それでいてやけに力を感じさせ、そして、ヤツはポップ以外の人間は人間にあらず、とでもいったような、そんな雰囲気を全身から発散させていた。
 それは当たらずとも遠からずで、エイクは魔法使い以外の人間を、自分達より一段低く見る傾向があるらしい。そう、いつかポップが教えてくれた。
 オレは勇者だから、まあ多少の魔法は使えるのだけど、魔法使いでない、ということは、エイクにはまるで罪悪のように感じられるらしかった。大きなお世話だ。
 魔法を使えない人間のほうが、世の中にはなんぼか多いのだ。
 そのエイクが、ほとんど崇拝していると言ってもいい大魔道士ポップに騙されて、品物を相場以下で売っぱらってしまった、ということがオレにはなんだか小気味よかった。
 本当は喜んじゃいけないんだろうけど、この店がこんなになった責任の半分はエイクにあるような気がする。オレがエイクに好意をもてないのも当然だろう。
 オレは改めてポップの仕入れてきた石を見た。
 かなり大きな石だった。握りこぶしふたつぶんくらいあるだろうか?
 青く透きとおって、たしかに綺麗だったけど、オレには何のへんてつもない石にしか見えない。
 ……の種、とかポップは言ってたっけ。種ってからには何かの植物なんだろう。
 でも植物って、石に生えるもんだったっけ?
 オレは興味をそそられて、棚の前に立つとそっと手をのばして石に触れようとした。
「わーっ、ダイ、何やってるんだっ!!」
 ポップがかきつくようにオレの手をつかんで下ろさせた。オレはちょっとぎょっとして、えらく慌てた様子のポップに見入った。
「ど、どうしたのポップ。オレ、なにか悪いことした!?」
「したした。今、お前この石に触ろうとしただろう? コレにはぜったい触っちゃダメだっ、他人が触ると何もかも台無しになるんだっ」
 ポップは真剣だった。こういうときのポップの真剣さというのは、オレにとっては大抵ロクなことじゃない。オレはポップの嫌がることをするつもりはもちろん無かった。
 でも、理由くらいは聞いたってかまわないだろう。
「ポップ、なんなのこの石? そんなに貴重なものなの?」
 ポップはくちびるを突き出して、少し困ったような顔をした。
 言おうかどうしようか迷っているふうだった。
 ほおっておくと、秘密主義のポップは取り返しがつかなくなるまで黙ってるから、ここは多少無理にでも、聞き出したほうが得策だ。
「ねえ、言ってくれなきゃわかんないよ。掃除の最中とか、ついうっかり触らないとも限らないんだから。ポップってば」
 できるだけ優しく、猫なで声で。
 もう一押し。
「言ってくれれば気をつけるよ。理由がわかれば、不用意に触れてポップの大事なものを台無しにしたりしないから、ね?」
「………」
 からめ手から、優しく、優しーく聞くのがコツだ。
 少々あまのじゃくなポップは、強引に聞き出そうとするとするっと逃げていってしまう。
 ポップはうつむき気味に目をふせて、まだ考えているようである。
 うう、可愛い。ふだんやかましくてうるさいだけに、すこし黙っているだけで別人のようにしおらしく見えるのだ。
「……ぜったい触らないって約束できるな?」
  ポップが念をおす。オレは勇んで答える。
「もちろんだよ」
「……よし。じゃ、教えるけど、この石には『ベリンモン』が宿ってるんだ」
「ベリンモン?」
 聞いたことのない名前だった。それに、宿っているとはどういう意味だろう。
「……これが、ベリンモンの種」
 ポップは石を棚からおろして、注意ぶかく手をかざした。
 青い石の表面近くに、不思議に光だす一点があった。
「ベリンモンというのは、ちょっと珍しい鉱石植物なんだ。石に宿って、硬質できれいな石の花を咲かせる。ただ、石には成長に必要な養分なんて無いから、ベリンモンはもっと別のところから養分を吸い上げる。魔法力だ」
「ああ! それで今は、ポップの魔法力に反応して光って見えるんだね!?」
  合点がいってオレはぽんと手を叩いた。
「あれ。でも、それなら、エイクの魔法力でもいいんじゃない?」
「いいところに気がついた。ベリンモンは、自分で魔法使いを選ぶんだ。まあ魔法使いでなくとも、潜在的に魔法力を持ってる人間なら誰でもいいが、とにかくベリンモンに選ばれた人間しか種は見えない。花はそりゃ、みんなに見えるけどな。なんたって石の形状が変わっちまうんだから」
 得意そうにポップは言った。
 ベリンモンに選ばれた、ということがよほど嬉しかったみたいだ。
 ポップはベリンモン付きの石を棚に戻して、いとおしそうに表面を撫でた。
 ちょうどさっき青く光って見えた場所だ。
 ポップはオレよりみっつほど年上なんだけど、こうしているとやけに子供っぽく幼く見える。オレはなんとなく保護欲というか、そういうものに刺激されて、反対などできなくなってしまうのだ。
「……わかった。触らないよ。きれいな花が咲くといいね」
 オレがそう言うと、ポップはそれこそ花が咲くようににっこりと笑った。

>>>2000/9/6up


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