それから数日後のある夜に、オレたちはここらでいちばん高い建物、時計塔の屋根の上に立っていた。
ポップは限界まで大きくなった、天青石でできた葉っぱの殻ごとベルちゃんを抱いている。
ベルちゃんはもうそこに納まることは当然できなくなっていて、あきらめたように近くをぷかぷか浮いている。
塔の上には強い風が吹いていた。
ベルちゃんが吹き飛ばされないのは、ここに殻があるからなのか、それともポップがなにか細工しているからなのか。
そんなことはどうでもよかった。
今日が、ベルちゃんの旅立ちの日なのだ。
ポップが名残りを惜しむように、光に顔を近寄せて、お別れを言っているようだった。
オレは狭い塔の上で、できるだけポップから離れて遠慮していた。
ポップとベルちゃんには、オレには永遠にわからない絶ちがたい何かがあったはずだからだ。最後に手を貸すにしても、それまでは邪魔しないよう努めようと思った。
エイクに聞いた話によると、ベリンモンは──種もとれないことはないのだろうが、滅多にとれるものではないということだった。
それではどうやって種をつなぐかというと、ちょうどじゃがいもを栽培するように行う、のだそうだ。
オレはじゃがいもを栽培したことがないのでよくわからなかったのだけど、ポップとエイクの説明でなんとか理解することができた。
じゃがいもは、ほっとくと芽が出てきて、その芽の出てきたところでカットして、それを種の代わりにしてていねいに土に植えるのだ。
ベリンモンは、土に植えこそしないけれど、理屈は似たようなものだとエイクは言った。
ベリンモンの場合は花をカットするのだという。
花自体が実であり種であるのだ。しかし、ベリンモンの花は巨大ではあるけれども、光の集合体にすぎない。こんなもの、どうやってカットすればいいのだろう?
もちろんエイクはそれも教えてくれた。
「台になっている天青石を破壊しなさい。粉々にすればするほど、同じだけ花もちいさく分裂して、またどこかの石に宿るのです」
ベリンモンは、どこからどこまでも魔法使いのお世話にならなければいけないのだった。そんなことで、よくここまで花が続いてきたと思う。
もちろん最初はそうではなかったんだろう。
長い年月の中で、ベリンモンと魔法使いは不思議な共生関係になって、育ててもらう代償としてベリンモンは音楽を奏でるようになったのだ。
でもそれは、ベリンモンはともかく、魔法使いには酷な話だと思う。
せっかくここまでして育てても、いつか枯れて、枯れさせずに花を咲かせ続けるためには、ただひとつ残るはずの、石の殻まで壊さなきゃいけないんだから。
「花とはそういうものです。咲いて散るものです」
エイクは言う。
たしかに、花が咲き終わったあとも枯れずに残っている葉っぱなんて見たことがない。けれど、自然に任せるか、自分でそうするかは大きな違いだ。
オレは、エイクのこういうところが、嫌いではなくなったけれども好きにもなれそうにないな、と思った。
「ダイ」
心を決めたらしいポップが叫んだ。
オレはポップに近づいて、天青石を受け取った。
ポップはオレと、ベルちゃんと、その石を代わるがわる見つめていた。
目がうるんでいるのがわかった。涙は必死にこらえているようだったけれども。
オレはポップの気がすむまでそうしてずっと立っていた。
ベルちゃんはこれからオレのすることがわかるのか、どことなく落ち着かなくポップと離れがたく見え、それでも、多少の期待にふるえているようでもあった。
オレの役目は、ポップの代わりに天青石を壊すことだ。
ポップの腕力じゃ石を粉々にするなんてできっこないし、といって、カナヅチか何かで崩すのもしのびない。
ポップの気持ちがわかったのと、オレも同感だったからこそ、オレはこのあまりありがたくない役目を引き受けることにしたのだった。
「……やってくれ」
短い沈黙のあとでポップは言った。
オレはわずかに力をこめた。
貝殻みたいな葉っぱの部分はもう随分薄くなっていたので、それだけで割れるように砕けてしまった。
さらさらと、砂のこぼれる音がした。
ベルちゃんの最後の音楽。
そして死のほうも。
ほうせんかの種がはじけるようにベルちゃんもはじけて、大きかった球体はたくさんのちいさな光に分裂していった。
その数はどんどん増えてゆく。
オレの手で石が砕けるごとに、同じだけ、花も砕けてちいさくなってゆくのだ。
「……ベルちゃん……!」
すい、とポップが両手をのばした。
ポップはちいさくなったベルちゃん達を抱きしめるようにしていた。
それはたくさんの星ぼしを抱いているようで、とても幻想的できれいな光景だった。
満天の星。
地上にも人の住む証拠の星がある。
ポップの腕の中にも星がある。
星達はあえかに息づいていて、ポップに最後のあいさつをしているのだ。
オレはさらに力をこめて、粉々になった石のかけらを風にのせた。
かけらはすぐに吹き払われていった──やさしい音楽を奏でながら。
そのあとを追うように、光のかけらも風にのっていずこともしれぬどこかへ流れていった。
お別れは言い終えたのだろうか? ……オレはポップの方を見た。
すぐに目をそらした。
へたに声をかけてはいけないと思った。
オレは、自分がやけに場違いな気がして、いたたまれなくなった。
ので、もういちど流れてゆくベルちゃんに目を転じた。
しかしそのときには、ベルちゃんは遠くの星ぼしにまぎれて、オレにはどれがベルちゃんの光だかわからなくなってしまった。
ポップには、きっと、ベルちゃんが見えているのだろう。
ポップの視線の先にベルちゃんがいる。
オレは目を閉じ、自分の覚えているベルちゃんを網膜に映しだした。
まだ花の咲いてない石のおデキみたいだった頃や、人魂みたいでちょっとぞっとしなくもなかった頃。
オレはベルちゃんを一生忘れないと思う。
綺麗としか言いようのない音楽も、その花の形状も、いつもポップに目をかけてもらっていて、少しうらやましかったりしたことも。
けど、嫉妬するにはベルちゃんははかなすぎる。
もうベルちゃんはいなくなってしまったのだから。
ポップの育てたベルちゃんは粉々に砕けて、また宿る石を探しに、風にのってどこかへ飛んでいってしまったのだから。
「また……オレの所へ来てくれるかな。ベルちゃん」
ポップがつぶやいた。
オレは急いで肯定した。
「来るに決まってるよ! ベリンモンなら誰だって、この世で最高の魔法使いに育ててほしいはずだもの。よしんばベルちゃんの子供たちが遠い場所で根づいて、ポップの所まで来れなくっても、エイクがいるかぎり、それは大丈夫。ポップは安心して、エイクが新しい石を持ってくるのを待ってればいいよ」
エイク。エイクも地上のどこかから、この光景を見ていただろうか。
「そ……そうだよな。エイクが見つけてきてくれるよな。今度はどんな石かな……ベルちゃんが透きとおった青色の天青石だったから、次はちがう石がいいな。黄水晶とか紅玉とかラピスラズリとか。あ、あんまり高価な石に宿られると、サイフが保たなくなっちまうけど。やだなーエイクまけてくれるかなあ」
ようやくポップのへらず口が復活した。もう心配ない。
オレはほっとした気分でポップの肩に手をまわした。
「帰ろう。塔の上は寒いよ。あの店で、ポップが集めたわけのわからないものたちと一緒に、ベルちゃんの子供たちが帰ってくるのを待とう」
オレはポップをうながして、夜空を飛翔呪文で戻りはじめた。
オレ達の店が見えてきた。
店の中には、オレ達の帰りを待ちかねたらしいわけのわからないものたちが、わさわさとうごめいて、嬉しそうに明かりをつけたり不気味な物音をたてたりしている。
オレはにっこりと微笑んで、ただいま、と言いながらジャンク屋二号店のドアを開けた。
< 終 >
>>>2000/10/25up