薫紫亭別館


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 きれいな音きれいな。
 ポップはベルちゃんを聴いている。
 あの日から、ずっとポップは夜も昼もベルちゃんと一緒にいて、ベルちゃんの音楽を聴いている。
 ポップは悲しんだり嘆いたりしなかった。
 でもそれは表面上のことで、内心は後悔が充満していたのかもしれない。本当に悲しいときもポップは静かになるんだなと思った。
 怒るのも笑うのも、そして悲しむのも力いっぱいのヤツだから、こんなときはそっとしといてやりたい。
 オレは黙って夕食のしたくをして呼びかけた。
「ポップ。ごはんだよ」
 ふだん、夕飯は近くの大衆食堂『なめとこ亭』で摂るのだけど、ポップがベルちゃんを離したがらないのと、ちょっと……こんな状態のポップを連れだすのもどうかという気がして、結局、オレがごはんをつくっている。
 オレはポップを食卓につかせた。
 ポップは無言でスープをすすった。
 オレも席について、魚の身を切り分けながらポップの様子を見た。
 顔をしかめて、なんとなく怒っているようにも見える。それは、オレにもわかる気がした。
 悪気なんかひとっつもなくって、良かれと思ってやったことが、……結果的に、ベルちゃんの枯れるのを早めることになってしまった。
 後悔してもしきれまい。
 オレは、ゴメちゃんが消えたときのことを思い起こしていた。
 そんなつもり全然なかったのに、オレ達のために力を使って、砕けてしまったゴメちゃんのことを。
 ポップの気持ちも、これに近いものだろう。
 オレだってもっと早くから、ゴメちゃんの正体がわかっていれば──とは思うけど、きっと、何も変わらなかったと思う。ゴメちゃんのおかげで助かったことも多々あったから。
 ポップを不勉強とそしるのは簡単だ。
 でも、エイクじゃないけど、この世のどれほどの人間が、ベリンモンについての知識を持っているというのだろう?
 だから、オレは、ポップを責めようとは思わない。
 どうしようもないことだってあるのだ。
 オレはそう思っている。
 そのベルちゃんは、今の、この夕飯どきもポップの後ろでふわふわしている。
 なんだか、また、ひとまわり大きくなったように見える。
 ポップの顔色が悪いのは、ベルちゃんの青い光だけのせいじゃないと思う。
「ポップ、おかわりは?」
 オレは明るく言った。
「………」
 ポップは答えなかった。でも、オレは元気づけるためにも新しい切り身をポップの皿についだ。
 今夜はカレイのソイソース煮だった。
 カレイって魚はけっこう高価で、いつもはあんまり手をださないのだけど、この魚を甘辛く煮たのがポップの好物だったので、食欲だけでも出るならと思い切って買ったのだった。
 いたずらに、皿をつつきまわしていたポップの手が不意に、止まった。
「……? どうしたの、ポップ」
 不審に思ってオレは聞いた。
 ポップは皿を睨みつけるようにして、何か──気がついたように叫んだ。
「そうだ、そうなんだよ、ダイ!!」
「な、なにが?」
 目を白黒させて、オレはポップを見た。
 オレとは正反対に、ポップは目をきらきらさせて、ベルちゃんを手のひらにのせるように近寄せた。
「タマゴだよ、ベルちゃんの」
「た、玉子?」
 オレはにわとりの、白いタマゴを思い浮かべた。
「ちがう。卵。種……と言ったほうがいいかもしれない。ベルちゃんだって最初は、種の状態で天青石に宿ってたろ? ベリンモンの種がどうやってできるのかは知らないけれど、花が咲いたなら種だって取れるはずだ。そうしたら、オレはベルちゃんの子供をずっとずっと咲かせることができる……ベルちゃんの死を、無駄にしないでもよくなるんだ!!」
 ポップはひといきに言った。
 オレも同意した。
「いい考えだね、ポップ」
「ダイもそう思うか?」
 ポップは嬉しそうだった。
 きっと、あれから毎日考えていたんだろう。どうすれば、ベルちゃんを永らえさせることができるのか。
 ベルちゃんの死、とポップは言った。植物が死ぬ、というのもなにかおかしな言い方だけど、オレにはその微妙なニュアンスが伝わっていた。
 ベルちゃんはしゃべりこそしないけれど、ポップにくっついて浮遊し、ポップのリクエストに応じて音楽を奏でる。
 そこには植物というより、犬とか猫とかのペットのような、ペットすら超えた絆を感じさせた。ほほえましくさえあった。
 オレは言った。
「でも、どうやってそんなこと思いついたの? ポップ」
「お前のおかげだよ、ダイ」
 言いながら、ポップは夕飯の皿を指差してみせた。
 カレイの切り身ののっているお皿だ。
「オレは身も好きだけど、ソースの味のしみこんだ魚の卵もすっげー好きなんだ。フォークでそれをつつきながら、オレは思った。ベルちゃんにだって、子供はできるはず。それを育てれば、少しはベルちゃんに対するつぐないになるんじゃないか。今度はもう失敗しない。おいしく食べちゃったカレイには悪いけど」
 ちょっと申し訳なさそうにポップは言った。
 ま、それは仕方ないだろう。
 心を通わせた、どっからどう見ても食べられないベルちゃんと、魚市場で買ってきたカレイとはまた別の問題だ。オレ達だって食わなきゃ生きてゆけないのだ。
「うん。それで、どうやったら種が取れるって?」
 はた。会話がぴたりと止まった。
 そ、そーいや、さっきポップ、わからないとか言ってたよな。
 案の定、 ポップは頭をかかえている。
「そ、それはだなあ、やっぱりエイクにでも聞くか。あいつのほうが、ベリンモンには詳しいようだし」
 ひきつった笑いを浮かべながらポップが言う。
 まあオレも、一時期ほど得に敵愾心燃やしてないからいいけどね。
「それなら、夕飯食べたらさっそくエイクに聞きに行こうか。夜分遅くすいません、とか言って」

>>>2000/10/24up


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